2013/04/13 - 2013/04/14
200位(同エリア720件中)
熱帯魚さん
天津滞在時間もあとわずか。
五大道を大体歩き終えたところで、
長沙路を通り、復興公園を抜けて向かったのは、
カトリック教会の西開教堂。
どっしりした門構えの教会でした。
そして地下鉄に乗り、小白楼駅に戻りました。
天津での最後の食事は、起士林で。
ドイツ、ロシア、フランス料理の3つのレストランが
入っていますが、フランス料理を選びました。
気品溢れる店内で、環境はばっちり。
お料理はぼちぼちでした。
帰りは歩いてホテルまで。
レストランやバーの並ぶ欧州風情街を歩いて、
生活臭が漂う路地裏を歩きました。
★★ 西開教堂について ★★
1912年、直属の北境代牧区から直属の海浜代牧区を新たに設置するようにとのローマ教廷からの命令で、主教府として望海楼教堂が建設されました。初任の主教パウロ(フランス遣使会会士)は望海楼教堂が天津の旧市街に位置しており、今後の発展には不便だと考え、天津のフランス租界の西南部の老西開に新しく主教堂を建設しました。これが西開教堂です。主教パウロは、教堂の付近に西開小学校、若瑟小学校、聖功小学校、若瑟会修女院仏漢学校(現 21中学)、天主教医院(現 婦人科医院)などを次々と建設し、大規模な教会建築区が形成されました。
★★ 起士林について ★★
1901年、ドイツ人のアルバート・キッシリン(Albert Kiessling)が開いたお店が始まりです。初期の起士林餐庁は、本場ドイツの味を再現したドイツ料理、パン、西洋菓子などの食品を売るレストランでした。レストランが最初に建てられたのは、天津のフランス租界の大法国路のフランスクラブの向かい(現 解放北路の中国金融博物館の向かい)でした。
第一次世界大戦期間、起士林はフランス住民に破壊されてしまったそうです。このため、起士林餐庁は天津のドイツ租界と米国租界の境目のウイリアム街(威廉街)に店舗を移しました。ちょうど今の解放南路の天津政協倶楽部の向かいです。そのあと、この場所には、起士林食品工場となりました。当時、アルバート・キッシリンはその妻の弟バードを経営陣に迎え、店名を「キッシリン=バート」と変更しました。
1930年代、起士林餐庁はその面積を拡張し、ダンスホールや露天レストランも敷設するようになりました。また、南京や上海の静安寺路と南京路、北載河にも次々と支店を出していきました。
1937年、日本軍によって天津が陥落しても、レストランは営業を続けていました。そして1949年、中華人民共和国成立後は、天津市人民政府によって管理されました。1954年、起士林のレストラン業と当時の維克多力餐庁が合併されました。合併後のレストランも起士林餐庁と名づけられました。文革期間には、天津餐庁、工農兵餐庁と名前を変えました。
1970年、起士林餐庁の職員聨合が、時の中華人民共和国周恩来総理に手紙を書き、起士林餐庁の名前を復活させたいと申し出て、7日後に認可が下りたことから、起士林と再び呼ばれるようになりました。1990年に再度名前が変わり、「起士林大飯店」として現在に至っています。
★★ 天津旅行記 4/13〜4/14 ★★
天津1★2度目の正直、初天津!〜古文化街〜
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10781536/
天津2★川沿いのオーストリア風町並み〜奥式風情街〜
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10781616/
天津3★旧イタリア租界のおしゃれスポット〜意式風情街〜
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天津4★念願の狗不理包子と天津版裏外灘夜景散歩
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10782123/
天津5★租界の町並み五大道を歩く〜馬場道〜赤レンガのキャンパス天津外国語大学
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10783383/
天津6★租界の町並み五大道を歩く〜馬場道〜睦南道〜大理道〜常徳道〜重慶道
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10783941/
天津7★美しい西開教堂と起士林でフランス料理、そして欧州風情街路地裏散歩!
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10785053/
天津8★孫文、溥儀も訪れた、まるで博物館なホテルに泊まる〜利順徳大飯店〜
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10785465/
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 航空会社
- 海南航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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五大道散歩を終えて、長沙路を歩きます。
○ 長沙路
○ 関麟征 故居 -
イチオシ
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ものすごく混んでいる西洋料理のお店でした。かなり惹かれましたが、テイクアウトしかできないみたいなので、あきらめました。
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イチオシ
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長沙路、そんなに長い通りではなかったですが、生活臭たっぷりでした。租界の建物のエレガントさと生活臭のギャップがよかったです。
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あーいいなぁ、辛いもの食べたい。
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こちらのお店、揚げ菓子や焼き菓子を売っていました。
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ものすごく人気で次から次へと地元の人が買いに来てました。
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○ 岳陽道
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復興公園って公園を発見。
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市民がのんびりくつろいでました。
○ 復興公園 -
西開教堂に到着。
こっちはオフィスみたいな感じかな。 -
掲示板
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イチオシ
○ 西開教堂
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ステンドグラス
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イチオシ
うわーきれい!!
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バスに乗って移動しようかと思いましたが、乗り間違えるとかなり痛いので、地下鉄で移動。小白楼で下車。
目指すは駅前にあるこちらのレストラン。
○ 起士林 -
床
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中に入ると、店員さんに、どの料理のレストランに行くの?と聞かれました。このレストランは4階建てで、それぞれの階がロシア、ドイツ、フランス料理店になっているそうです。どれがよいのかわからなかったので、とりあえず全部見てみることに。
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結局4階にあるフランス料理店にしました。
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色合いがやわらかくていい感じ。
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イチオシ
座ったテーブル。
まだ5時半だったので、そんなに混んでおらずひとりでも入りやすかったです。 -
スープ 30元
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フランス風魚のフライ 88元
しめて118元。
最後に豪遊してしまった。 -
起士林の上海支店。(1933年)
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オーナーのAlbert Kiessling一家。(1925年)
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帰りも歩いてホテルまで。
○ 欧州風情街 -
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欧州風情街はおしゃれなレストランが並んでいましたが、一歩路地を入ると、めちゃくちゃローカルです。
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どんどん入って行っても大丈夫かなぁ?と思いましたが、えーい入っちゃえーっといつもの要領で。
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気がつけばもう6時半です。ホテル内にある博物館にも行きたかったので、路地裏散歩はこれくらいにしてホテルに戻りました。
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