2012/05/22 - 2012/06/20
286位(同エリア659件中)
チャウさん
ベルガマからバスに乗ってイズミールへ
バスに忘れた地球の歩き方様を無事受け取り、
汽車でパムッカレへ向かう。途中下車してヒッチハイクにて温泉に向かう。
温泉と思ったところはトマトの苗を作っている工場で、昼飯をごちそうになる。
テックキィユ温泉は泥湯があった。
パムッカレでは前日に石灰棚の下の公園より、棚に登っていく道が付いていたので、次の日の早朝よりよじ登ってしまいました。常識はずれの行為ですが、開場の8時前までに登り切りましたので、見張り番に見つかりませんでした
前後の旅行記も見てください
1、イスタンブール編 入国日2日間と、帰国日4日間のことが書いてあります。
2、ブルサ編 ヤロワ ヤロワ温泉、消防署訪問、
ブルサ 無料舞旋見学
3、トロイ、チャナッカレ編
4、ベルガマ編、イズミール、セルチョク
5、パムッカレ編
6、エフェス編、クシャダス、プリエネ、地底温泉
7、フティエ編 マリマリス、クサントス、ミュラ、(カミングスーン)
8、アンタルヤ編 オリンポス(カミングスーン)
9、カッパドキア編 バイクで回りました。(カミングスーン
10イスタンブール帰国編
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス ヒッチハイク 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
イズミールのオトガルはものすごく大きかった。全国に通じているようだ。バス会社YALOVAのカウンターに行くとマネージャーの席にぽつんと置いてあった。それそれと指をさすだけで渡してくれた。わざわざ宿の親父さんに、いきさつまで書いてもらって心配していたのにあっさりと還ってきた。
右端の方のドルムシュ乗り場へ行くと、係員風の人にバスマネ駅と言うと、プロブレムなんとかかんとか2リラと言って、タクシーを指さす。乗り合いタクシー見たいので、30分ほど待つ。4人のメンツが揃って出発。1人3,5リラなのにえらく遠くて40分もかかった。
どうもバスマネ駅ではない様で港のすぐ横の考古学博物館前のバスターミナルに着いた。
メトロに乗るが乗車券が買えない。次の客に2リラ払ってカードを2回かざしてもらって一緒に入る。2つ目のバスマネ駅で降りる。
明日のパムッカレ(DENIZLI)行の時刻と料金(20リラ)を聞いておく。街中は相当にぎやかで、キャバレーや劇場などのネオンがきらめいていた。 -
駅前でムール貝のピラフがあったので、5リラ差し出すと5個ぐらいかなと思ったが、次から次とわんこソバみたいにくれ結局10個くれた。いくら早食いのチャウ様もむせてしまった。最後はコロンを手にかけてくれてフィニッシュ。
オジサンにガルホテルはどこかと聞くと、向かい側を指さすが、チャウには一度では解からないほど小さな入り口と看板だった。
ダブルルーム使いで25リラ。101号室(2階)は駅前大通りに面しておりうるさそうだが、暖炉があり、壁には大きな銅板画がありその昔には高い部屋だったのだろう。キーとテレビのリモコンを渡された。耳栓をして寝よう。
夜の散歩に出ようとするが、部屋のドアーが開かない。キーはカチッと音がして空いているのに開かない。ドアーに体当たりしても開かないので、ドアーをどんどん叩いて1階のマスターを呼ぶ。部屋を変えてもらったが、暖炉も銅板画もなく寒々とした部屋で、外の音は聞こえないが、シャワー室の水が漏れてピチャピチャと音がしていた。歩き方の本には設備の老朽化した安宿の感はゆがめないと書いてあるがそれはこんなことだ。でも大変きれいで親切なホテルだったよ。お薦め。ガルホテルの周りには、上中下沢山のホテルがあり、選び放題だった。一昔前の歌舞伎町みたいな雰囲気で、治安は悪そうなので早々に立ち去る。またムール貝があったので2リラ(90円)差し出すと、今度のは前のよりは小さくて3分の1ほどの大きさであったが、部屋で数を読んだら20個あった。今度はゆっくりと食べ夕食とした。チェリーも乱暴に鷲つかみで量って、これまた沢山袋に入れてくれた。
反省 アカメムノンの温泉にはいかなかった。イズミールから10KMとあるから寄り道してもよかったのに。 -
5月30日テッケキュユ温泉TekkeKoyu
スープ屋にて朝食。牛肉スープとたっぷりのヨーグルトと水で12リラ。ものすごくおいしい朝食だった。
HPで知ったテッケキュユ温泉に汽車で向かう。
イズミールからセルチョクに向かう列車で、降車駅であるブハルケントは、パムッカレの最寄駅ディ二ズリの2駅手前で15,75リラ、ディ二ズリまでなら20リラ。8:09発で11:41着らしい。(切符に書いてある。)
駅内でどの汽車に乗ればよいのかとうろうろしていると、ついておいでと親切に教えてくれる。車内は半分半分で向きが逆になっている。進行方向に向かって、ほぼ1人ずつすわっている。単線で複線化工事をしているようで9:25セルジョク着。セルチョクより先は複線化する予定はないらしい。トイレはトルコ式汽車便であった。停車して発車すると、車掌は次の停車駅を言って歩いて車内放送などしない。 -
ブハルケントの駅はド田舎の駅で、村人とチャウだけ2人が降りた。村人は迎えに来ていたバイクに乗って行ってしまった。まぁ何とものんびりした村だろう。えらく様になる駅だった。
すぐに畑の真ん中を走る道になり、とぼとぼと元気よく歩く。車が来たので停めてみたら、定員いっぱいだったのに詰めて乗せてくれたが、仕事中なので3KMほどで下してもらう。歩き始めてほどなくしてから、振り向きながら歩いていると同じ車が、乗りなと言ってくれた。また2KMぐらいで降りて、歩いているとオアシスみたいに木陰があり、硫黄の匂いもする茶屋があった。ハマムともタメルの文字もあったが、オバサンはそっけなかった。テッケキュユ温泉はここかと聞いたからかもしれない。温泉はあそこだと指さす方向にビールハウスとそれらしい建物があったのでまた歩く。 -
敷地内に入るとサイレンが鳴り渡り、人々が次々と出てきて建物の中に入っていく。ちょうど昼食時間になったようだ。お前さんも飯を食って行けと言われ遠慮なくいただく。デザートのライスプディングが素晴らしくおいしかった。昼食後はいろいろ質問攻めであった。ここでもオリンピックの開催地が話題になった。東京よりもトルコの方が、国民の熱意が感じられる。
ここは温泉ではなく○○Fedというトマトの苗を作っている会社であった。テッケキュユ温泉には左右に2つのホテルがあり、段然左のホテルに行けと薦められる。 -
2,30分でテッケキュユ温泉に着いたが、まずは手前にある右側にある温泉に入るが、普通のさびしい温泉である。
お薦めの左側の温泉にも行くがあまり変わり映えがしない。道路から見ると、露天風呂らしいアズマヤがあり、池で若い西洋人2人が遊んでいるだけだった。
せっかく来たのだからと受付すると、ハマム10、マッサージ30、マッド10と言う。マッド風呂??どろ温泉があるのか!!洗濯(5リラ)もしてくれると言う。部屋に入り、たまっていた洗濯物を渡し、さっそく泥温泉に行く。4つの池が続いてあり、1つ目はタダの池、2つ目と3つ目に温泉が沸きだっている。4つ目が泥温泉だったが、初めはタダの池だと思っていたので、泥温泉だと気が付かなかった。若者が体中に泥を塗りつけ始めたから解ったのである。
池は四、五十センチの深さで、底にはに三十センチ程泥がたまっている。足の裏が痛いのでスリッパを履いては入ったが、ぬかるってスリッパが抜けてしまい、一足一足ごとにスリッパを引き抜かなければいけない。両の手をブランコの支柱のようにして、両足を前に投げ出し、尻餅をついた形でいざリ歩きをする。池の淵から熱い温泉が流れ出ているのだが、泥の中からも適温の湯が出ている。体の前と後ろ、手の前と後ろで微妙に温度差がある。もちろん顔や体に塗り手繰って泥パックもする。匂いも何にもしない。つるつるになった。 -
2つ目の池へ行くと、エラク太った爺さんがスコップで地面をひどそうに掘っている。手伝ってあげようかと思ったが黙って見ていた。爺さんは土に温泉を混ぜて、ひどく傷んだ皮膚に塗っている。皮膚病にも効く永逗留できる温泉宿のようだ。
3つ目の池は真ん中に大きめのアズマヤが建っているが相当壊れている。足湯ができるように建てられたようだが、お湯が熱すぎて片足を入れてはあちっち、片足を入れたはあちっちで話にならない。 -
宿に戻りハマムに行く。普通のハマムであったが、マッサージはとても気持ちが良くて、今回の旅行では2位に入れたい。
事務所で親父さんに料金を払っていると、どうしてここを知っているのかと聞かれた。いやHPで知ったので歩いてここまで来たと言ったら感心され、自分の覚えの中で、初めての日本人であると喜んでくれて、泥クリームの化粧壜をくれた。
中国の九寨溝のように90年代になって偶然に発見されたと、初めて公に発表した者が発見者となるのならば、この泥温泉は日本人にはチャウが発見者になってよいと思う。だってチャウの見たHPには泥湯のことも、写真も、行き方も載っていなかったもん -
ブハルケント(Buharkent)から9KM,サライキョイ(Saraykoy)から11KMあり、サライキョイからパムッカレの最寄駅ディ二ズリまでは頻繁にミニバスが出ている。行けば帰りには、ホテルから送迎バスがあるとHPには書いてあったがそれらしい車はなかった。前の道で車をヒッチすると言うとやめとけタクシーにしろ。サライキョイまで20リラ(900円)と言うので呼んでもらうとすぐに来た。サライケントからパムッカレまで22KMある。運転手は通しで50リラでどうだとしきりに薦める。いったん断って40リラ(1800円ぐらい)にしろと再交渉したが無理だった。結局は時間も4時近くだったのでOKしてパムッカレに着いた。安宿でそれもドミをお願いすると、タクシーで乗り付けて来てドミかよと笑われた。
パムッカレ編に続く -
ブハルケント(Buharkent)から9KM,サライキョイ(Saraykoy)から11KMあり、サライキョイからパムッカレの最寄駅ディ二ズリまでは頻繁にミニバスが出ている。行けば帰りには、ホテルから送迎バスがあるとHPには書いてあったがそれらしい車はなかった。前の道で車をヒッチすると言うとやめとけタクシーにしろ。サライキョイまで20リラ(900円)と言うので呼んでもらうとすぐに来た。サライケントからパムッカレまで22KMある。運転手は通しで50リラでどうだとしきりに薦める。いったん断って40リラにしろと再交渉したが無理だった。結局は時間も4時近くだったのでOKしてパムッカレに着いた。安宿でそれもドミをお願いすると、タクシーで乗り付けて来てドミかよと笑われた。
パムッカレではアルテミスホテルと決めていた。しかし田舎のタクシーの親父はパムッカレの町自体をあまり知らない様で、ぐるぐる回り人に聞きまくっている。HPの旅行者の中でとても評価が高いと書いてあるが、12年度版の歩き方には載っていない。値段もドミトリー20リラ(900円)とお手頃で、ハマムとプールも無料でなかなか良い。 -
さっそく温泉棚の下にある公園へ散歩に出るが、ホテルの前で25リラの日没ツアーに参加しないかとお誘いがあった。じゃー値段が値段なので、申し込みして公園に向かう。向かうと言ってもほんの5分もかからない。公園は立派に整備されていて、温泉棚のすぐ下まで柵もないので行ける。池に棚が映りなかなか良い景色だ。日没ツアーは話にならないほどつまらなかった。ただ単にサンセットであり、パムッカレらしい景色ではなかった。絶対に行くなと申し上げたい。ただ地理上には石灰棚や、ヒエラポリスや、カラハユット温泉の位置関係はよく解った。懲りずに明日の1日ツアー(60リラ)に申し込む。彼の言うには見どころ各地の入場料だけで上まってしまうよの一言で。。
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看板の親子丼の文字が目についたので思わず入ってしまった。出てきたものはまるっきりのチキンライスであり皿に盛ってある。写真ではちゃんとドンブリに盛りつけてある。チキンと卵だから親子で間違いないだろうが卵でとじていない。おそらくドンブリがトルコにはないのであろう。ここの親父は自分から松村に似ているとか言っている。
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6時前に宿を出て、石灰棚へ向かう。昨日下見に行った時上の方にまで踏み分け道がついていたからだ。まずは墳水塔のような岩へ目指す。道はところどころに続いているが、自然に棚をよじ登ったり、せせらぎを横切らなくてはいけない。石灰棚を直登するとヒエラポリスであった。石棺が石灰棚に飲み込まれてしまい、下から見上げることができた。
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誰もいない独り占めの石灰棚を堪能できた。8時を過ぎたのだろう、観光客がちらほら見えだしたころ上にまで着いた。もう少し遅れたら警備官にどえらく叱られたことだろう。だってほんの少し脇に離れただけで、どこからともなくピッピ―と鳴る。
観光客のいるエリアはさすがに見栄えのする所であったが、今一つ物足りなさが残ったが、裏道を登ってきたので大満足できた。
モデルさんを使った撮影をしている所があった。棚を斜めに上がってきて左に門のように両側に石のあるところから、100Mほど行ったところであるが、撮影会をしているから気が付いたが、ただ行っても解るかどうかな。真っ白な石灰棚に水がキラキラしていて、これぞ本来のパムッカレと言った場所であった。但し特別なお許しを得ての撮影会だろうし、我々が立ち入ることはできない。木道から50M位離れている。 -
観光客のいるエリアはさすがに見栄えのする所であったが、今一つ物足りなさが残ったが、裏道を登ってきたので大満足できた。
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モデルさんを使った撮影をしている所があった。棚を斜めに上がってきて左に門のように両側に石のあるところから、100Mほど行ったところであるが、撮影会をしているから気が付いたが、ただ行っても解るかどうかな。真っ白な石灰棚に水がキラキラしていて、これぞ本来のパムッカレと言った場所であった。但し特別なお許しを得ての撮影会だろうし、我々が立ち入ることはできない。木道から50M位離れている。
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結構広い。 乗らなかったが無料バスが走っている。ポツンぽつんと建物が建っているが、おそらくは地下には沢山の遺跡が眠っているのだろう
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今日のツアーは、韓国人ハネムーンと若い2人娘との5人だけだった。2人娘は青年協力隊の隊員で、日本ならJAICA,韓国なのでKOICAとノートに書いてくれる。昨年もキリマンジャロにこの季節に行ったが、ちょうど任期の切れ間にあたるらしく何人かの隊員に会った。ソラク山とハンラ山が韓国の山で有名だねと言ったら、よく知っていますねと言われた。
ガイドによく町中に咲いている夾竹桃のようなピンクの花の名前を聞くと、ザックム(ZAKKUM)と教えられた。この木がトルコ政府が全国に推し進めている植林計画の花木に指定されている。
カラハユット温泉
新婚さんは人口石灰棚に入り込み、はしゃいで顔に泥を塗って立派なカメラでポーズを決めている。
ここのは白い石灰泥だった。口に含んでみると酸っぱく苦かった。他にも別に泥温泉もあるようだ。
次に移動した時に、野球のユニフォームを着た4人組の日本人オジサンが乗り込んできた。なにか運転手ともめている。どうかしたのかと聞くと1人6リラの乗車料を請求されたようで、それは高すぎる2リラにせよと交渉していたんだそうだ。このバスはなんなんだろうね。ツアーバス専用か、単に乗り合いバスなのか -
遺跡温泉
入浴したい人は入ればよいのだが、4人組のおじさんとお話しする。この方々は元同僚で退職後もつるんで遊んでいて、うち1人がイスタンブルに娘が住んでいて、今回で3回目のトルコ訪問だと言う。この時期はもう真夏で、雨が降らない季節なのに、今年は寒くて異常気象だなと言っている。野球のユニフォームは別にファンでもなく、イスタンブールでお揃いのを買っただけで、チーム名は何ら関係ないとのこと。4人も揃っていると目立つなぁ。 -
ヒエラポリスに行くと、また4人組が先を歩いている。ガイドは少し説明した後、先のパムッカレを見学したらそのまま流れ解散すると言う。ほぼほったらかし。入場料だけで60リラ以上かかるよと言ったが、どうもヒエラポリスと遺跡温泉だけしかかかっていないようだ。韓国新婚さんに埋まってしまった石棺の所を教えてあげて、少し木道からはずれたアングルで撮らす。
自由解散になったが、どちらの方向に行ったらよいのか解らない。日本人観光客に聞くと、怪訝な顔をされてもう少し先に進めば解るよと言われた。石灰棚に行くと凄い人波で、うれしい顔をして遊んでいる。人が多いと若くてスタイルの好い女性も多いと言うことで、水着姿や、泥を塗っている人々がいる。写真を撮ってくれと頼まれた2人は、シアトルから来たんだと言っていた。
これで世界3大石灰棚を見たことになる。
中国黄龍、一番良かったような気がする。
イエロストーン もう40年も昔だからなぁー石灰棚なんてあったかなぁー
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