2011/06/10 - 2011/06/10
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babyananさん
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今日は丸一日、ブハラを散策します!
ブハラは新市街と旧市街に分かれていますが、見どころはもちろん旧市街。そのつもりで宿も@旧市街。
やはり現地の雰囲気を味わうには、旧市街が一番です☆
メドレセに戻り中庭を見学し、ブハラのシンボル(カラーン・ミナレット)等へ。その後チャイハナで休憩し、アルク城を見学しました。
チャイハナではチャイしか頼まなかったのに2時間近くも長居してしまいましたwでも、地元の方とのコミュニケーション(?とは言えないレベルですが)は楽しかった♪
写真は、ウルグベク・メドレセ内で出会った地元の女の子。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- アシアナ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ちょっと寄り道してしまいましたが。
まずは現存する、中央アジアで最古のメドレセ
1418年に建てられたという「ウルグベク・メドレセ」へ〜 -
入ると土産屋のような雰囲気がお出迎え。
スザニが鮮やか☆ -
と。
お店番かな?
笑顔がカワイイ女の子♪
プロフでランチ中☆ -
-
中庭へ〜
-
-
-
-
1階の各部屋は土産屋になっているところもあり、スザニが並べて置いてありました。
なんとなく、もう一つの(少しだけ新しい)メドレセのほうが品数豊富かな?と勝手に思い、ココでは見るだけに。
ちなみにメドレセ入場はfreeでした。 -
向かいにある「アブドゥールアジス・ハーン・メドレセ」
ウルグベク・メドレセの200年後に建築。
装飾がかなり変化してますね、素人目にも判るほどw
イスラム建築っぽく感じます。 -
なんて緻密。。。
-
ついつい先程のメドレセと比べてしまいます。
幾分、厳かな雰囲気。 -
中庭へ〜
-
・・・・
ちょっとがっかり。大部分タイルが剥げてしまっていて。。。 -
こちら側も、残念っ
-
こちらのメドレセでは、表に並べてあるスザニはわずか。
実は1階の扉を開くと部屋とは言えない程の狭い空間の中にスザニが・・・ -
かなり無造作に積み重ねられてましたw
まあ、品数は確かに豊富かなw
折角なので、数枚購入\
いざ買うとなると、すごく迷ってしまいます(笑)
もちろん値段はあってないようなもの。交渉次第です。 -
いろいろ対応してくれた現地の方
ありがとうございました☆ -
がっかりしつつも、剥げていないところを探して!
やはり、素晴らしいものは素晴らしい☆ -
こちらのメドレセも入場freeでした。
というのも、ガイドブックには入場・写真撮影ともに料金必要と書かれていたので。 -
タキ・ザルガランへ戻り通り抜けて、反対の西側へ〜
-
お昼の12時を回ったのか、影も現われてきました。
-
ステキな青、蒼、藍でオリエンタルな模様が。
でも、私にとってのブハラのイメージは薄茶色なのです@ -
カラーン・ミナレット(左)とカラーン・モスク(右)
見つけました!
カラーン・ミナレットはブハラのシンボルです。
カラーンとはタジク語で「大きい」、ミナレットは「光塔」という意味だそう。
毎金曜日に信者に祈りを呼びかける本来の役割の他、見張りの塔でもあり旅人の目印でもありました。ブハラの町を崩壊した大地震に耐え、チンギス・ハーンからの破壊も免れ、町の興亡を眺めてきました。
ミナレットはモスクの壁から少し離れて建っていて、橋で結ばれています(写真では分かり難いかも)。 -
向かいには
ミル・アラブ・メドレセ
なんと、ソ連時代にも唯一開校を認められ活動していたメドレセなのだそう。 -
まとめてパチリ☆
ミル・アラブ・メドレセ(左)
カラーン・ミナレット(中)
カラーン・モスク(右)
後程また立ち寄るので、この辺で〜 -
うっ・・・
さすがにこの暑さの中、このような帽子は目にしたくなかったw -
日陰☆日陰☆
-
何かの入口?
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バザールかな?
-
活気があまり感じられませんが。
よく見ると、売り手側はほとんど女性?
売られているのもアクセサリーの類ばかりのような。。。 -
-
-
-
また別の入口が。
こちらは絨毯バザールのようです。
うーん。。。素通りしまーす! -
再び日蔭〜
くどいですが、暑いんですw -
後ろを振り返り。
遠くに見えるのは、カラーン・ミナレットとカラーン・モスク
結構歩いてきました! -
さて前方には。。。
-
?
-
?
-
アルク城です!
この城の辺りがブハラ発祥の地、だそう〜2000年以上前にまで遡ります。
こんな話を聞くとちょっとドキドキします。
といっても、外敵に破壊されては建て直すことを繰り返し、今に至ります。
現存するのは18世紀のもの。1920年にソ連軍に攻められ滅亡するまで、歴代ブハラ・ハーンの居城でした。
これも後程あらためて訪れます! -
アルク城の前にはレギスタン広場が。
この近くにカフェがあるようで、それを求めて歩いてきました。 -
アルク城と共にレギスタン広場を挟むようにある、このハウズ(Bolo Hauz バラハウズ)の近くのはず。
-
ありました!
「Bolo Hauz Chaikhana」
Chaikhana(チャイハナ)とはティーハウス・喫茶店のこと。
Bolo Hauzとはこのティーハウスの前にあるハウズの名前。
店の名前、そのまんまですねw
入ってみます! -
-
休憩したかったので、座敷席へ。
-
一人でこのテーブルを独り占め!
どちらかというと外のテーブル席に人が多いですね。
見た感じ、現地の人が多いような・・・
最近でこそ外のようなテーブル席が増えてきたものの、本来、チャイハナはこのような座敷席が主だったようです。
チャイハナでチャイを飲みながらダラダラと過ごす・・・という生活習慣があるとかないとか@ -
喉が渇いていたので、Black tea オーダー。[1000Cym]
ほのかにミントを感じるような。。。気のせいかな?
冷たい飲み物はビールかジュース、のみだそう。あまり飲んでいる人は見かけず、ほとんどの人がteaを飲んでました。
teaの習慣がこのUzには根付いてるんですね。 -
バラハウズ・モスクが見えます。
バラハウズ(Bolo Hauz)の前にあるから。そのまんま。 -
途中から相席の、ご夫婦。
Uzの方々。英語での会話ができず、ジェスチャーで会話(笑) -
多くの人が頼んでましたが、目の前で見るとやはり大きさに圧倒されます〜
どう見てもお皿より大きいナン
おじさん、なんとチャイで手を洗っていたのでウェットティッシュを差し上げました(笑) -
お肉とナンをどうぞ、と。
食事を注文しようと思ったものの一皿食べきる自信が無かったので、注文を躊躇していたところでした。
有難く美味しくいただきました♪ -
エプロンしてるから多分お店の方かな・左の女性、と近くを行ったり来たりしていた人懐こい少年。
-
多分、お客の一人。
-
相席のご夫婦も含め、みんなでなんとなく会話。
最後に少年とツーショット(笑)
このチャイハナに2時間近く長居しちゃいましたw -
ふとバラハウズ・モスクのほうに目を向けると。
皆そろってお祈りしてました。 -
お祈りの言葉でしょうか?先程からずっと、聞こえています。
それもスピーカーでw -
私がチャイハナに入ったころに集まり始めた信者?たちは、すでにモスクいっぱいに。
バラハウズ・モスクは、現在は、ブハラで一番有名な金曜のお祈りをする為のモスクで、礼拝時には大勢の信者が祈りに集まるのだそう。
かつては毎週金曜日、バラハウズ・モスクとアルク城の間に絨毯が敷かれ、礼拝へ向かっていたようです。
そして。今日は金曜日! -
-
未だ聞こえてくるお祈りの言葉?を背に、アルク城へ向かいます〜
-
空の背景がとても似合います
という清々しいコメントとは裏腹に。
最新の調査では紀元前4〜5世紀ごろから存在していたとか?
その頃奴隷によって丘が作られ、その人口の丘の上に建てられたようです。
ロシア革命のときに8割ほどが破壊され、現存するのは10%程度だとか。現在発掘中・修復中だそう。 -
入ってみることにしました[9100Cym]
サングラスをかけた強面の?お兄さんがちょうど近くにいて、なぜかいろいろ面倒を見てくれました。というか、ガイドらしきことをしてくれました。
後で聞いたら、ガイドになりたいのだそう。現・ジュエリーデザイナー(自称・笑)。 -
坂を上り門に入ると少しの間、暗い道が続きます。
ちょっと奇妙な雰囲気〜お土産として売られている物も不気味な感じ。
(のため脇見せず、写真撮らず)
帰国後に調べて分かったのですが、この両側には監獄が置かれていたようですw -
門を出て上りきると。
-
道なりに進むと、ジャミーモスクがありました。
当時、往来は3000人だとか?!(誇張が入っている気がしますがw)
もちろん全ての人を収容できる訳は無く、入れない人は外にあるミフラブ(メッカの方向を指す)に対してお祈りをしたのだそう。 -
普通に街中を歩いている錯覚に陥ります。
城の中にいるということを忘れてしまいそう。。 -
ココにもスザニが。
置いてある?売り物?誰もいませんがw -
お部屋が。
塀で内部を隠されているような。。
謁見中に他の人に見られないようにするためだとか。 -
という訳で、ココは謁見の間
謁見後はお辞儀をしたまま塀(上の写真)の位置まで下がるのだそう。
途中で顔を上げてしまうと首を切られたとか? -
きっと。ここにハンが座ったのかな?
-
よく見ると、壁は白く塗られているように思えます。
その通り、白い塗料を塗られてしまった結果だそう。
現在修復中…と言いたいところですが、現在の技術では困難だとか。
悲しいですね。
技術の向上を待つと共に、現状の維持だけでも続けてほしいですね。 -
-
階段は結構急です。
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扉がいろいろありました。
いくつかは、城内の小さな博物館に続いているようです。 -
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博物館
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ハンが着た衣服に、ハンが座った椅子、でしょうか。
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破壊時の状況がしっかりと残っています。
あの、カラーン・ミナレットも壊れた?
「いやいや、壊れかけたけど、倒れてはいないよ!」
とお兄さん。 -
このあたりは、イスラム文化の影響ですかね。
-
「アルク城からブハラの街並みが見える」
と聞いていましたが、そんな場所はどこにも見当たらず。
と思ったところ、「城壁から見えるんだよ!」
とのこと。
もちろん追加料金有でwww[10000Cym]
警備員のような恰好をしたお兄さんがさらに登場。
入口のカギを開けて中に入れてくれました。
(うーん、今となっては、ボッタクられた気がしないでもないけど。。。) -
修復前、ということかしら???
辺り一面、瓦礫だらけ! -
少しアップして。
カラーン・ミナレットを挟んでカラーン・モスク(右)とミル・アラブ・メドレセ(左) -
「3つのモスク跡があるんだよ」と。
ほぼ残っているのと、半壊と、全壊と。
これは・・・全壊? -
半壊?
-
これが、ほぼ残っているというモスクかな?
モスクには男用、女用とあったようです。
イスラム教ですからね、祈るモスクは別々。
ではもう一つは誰用??? -
端のほうまで歩いて、街並みが見えてきました。
柵も何もなく、実は少し危険かも・・・
今日は穏やかな天候ですが、昨日は風が強くて大変だったのです。
〜砂埃にまみれながら散策しました(笑) -
ブハラの街並み
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この方が、ガイドになりたいという親切なお兄さん。
自称・ジュエリーデザイナー(笑) -
ブハラの街並み
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-
レンガの壁
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に対して、木製の壁。
地震対策で、このような積まれ方なのだそう。
流れで日本の地震の話になりました。
Uzでも日本の震災が話題になっているようです。
アルク城近くで出会ったオランダ人グループからも、放射能のことを聞かれました。心配してくれていました。
さて、アルク城を出ます。
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