2013/05/02 - 2013/05/03
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norisaさん
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春の好日に甲府盆地にドライブしました。
武田信玄が繁栄させた甲府は歴史とロマンに溢れた街でした。
歴史に「もしも」はつきものですが、もし武田信玄が上洛途上で発病、死去しなかったら日本の現在は全く変わっていたかもしれません。
日本を統一を急いでいた織田信長が最も恐れた武将、それが信玄です。
武田信玄は上杉謙信と川中島で死闘を繰り広げましたが、この両者が手を組んで上洛を目指せば信長と言えどもあるいは敗北していたかもしれません。
あるいは信玄単独でも歴史は変わっていたかもしれませんーーー。
歴史を変えたかもしれに戦国の英傑ナンバーワンだった信玄。
素晴らしいお天気に恵まれて、信玄の足跡を訪ねて甲州路を歩きました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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まずは甲斐善光寺に到着します。
立派な山門が立ちはだかります。
ライダーさん達も感心しています。 -
山門内には未完成の金剛力士像が睨みつけています。
素晴らしい迫力です! -
ちなみにこの二対の金剛力士像の撮影は技術が必要でした(笑)
というよりも囲いの柵の空隙が狭くてカメラのレンズがうまく入りません。
そこでコンパクトデジカメを滑り込ませて、片手で撮影。
モニターが見れないのでカンで撮影しましたーー。(撮影禁止とは書いていなかったのでバチがあたりませんようにーーー(汗)) -
甲斐善光寺は、川中島の戦いの際に信濃善光寺が焼失することを恐れ信濃善光寺の本尊などを移しておくために武田信玄が創建したといわれています。
本堂と山門は国の重要文化財に指定されています。 -
この甲斐善光寺は武田氏の滅亡以後も徳川家康らの手厚い保護を受けてきました。
本堂と山門は国の重要文化財になっています。
撞木(しゅもく)造りの本堂は、東西約38m、南北約23m、高さ約26mもある堂々としたもので、東日本最大級の木造建築物でしたが一度は火災で焼失したそうです。 -
そして再建された本堂は1796年に完成しましたーー。
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再建された本堂は最初の本堂よりも小さいそうですが、どうして立派で荘厳な建物です。
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本来は本堂内や宝物館を見学したいのですが、この後の目的地は多いためお参りのみで失礼させていただきます。
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次に向かったのは大泉寺です。
ここは信玄の父親である信虎が1521年に建てたお寺です。
信虎が長野で亡くなった時、このお寺に遺骸を葬ったそうです。 -
戦災で一部は燃えてしまいましたが武田三代の霊廟や宝蔵は戦火を免れて残っているそうですーーー。
周知のように信虎は信玄から追放されますが、彼自身は武田家の第18代当主として混乱の続く武田家内紛や甲斐を統一へと導きます。
それまでは諸侯が争っていたのを統一したわけですが、信玄(晴信)は彼を今川氏の支配する駿河へと追い出します。
その理由は諸説あるようですが最も確度の高い説は武田家臣との不仲説で、信玄はそのために担ぎ出されたようです。
従って信玄はその後に家臣団をまとめるのにかなり注力します。
彼が「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」と言って部下を大いに信用した、あるいはそのように見せかけたのもこうした複雑な背景があったようです。 -
しかし、山高ければ谷深しのように、彼の細心かつ心労の賜物である部下掌握術は苦労のかいあって実を結び、最強の武田軍団を生み出します。
関ヶ原だろうが戊辰戦争だろうが内戦というものは「裏切り」により勝敗の帰趨が決まることを思い出せば彼の戦略は最善のものでした。
信長はじめ他の有力諸侯は騎馬軍団だけでなくこの団結力をも恐れていたようです。
観光客は我々以外には一組しかいませんーー。 -
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次には円光院にと向かいました。
ここはつつじヶ崎の麓にありました。
(つつじヶ崎館は武田氏の中心的な中世の城ですが、館といっても14000坪の敷地に3重の堀があった本格的なお城です) -
つつじが崎のふもとにあり、信玄公の正室・三条夫人の菩提寺です。
説三和尚を住持として開山し、甲府五山の一つに加えて保護しました。
円光院の名は、夫人の没後、その法号をとって称されるようになったということです。
寺には信玄公の寄進状や遺宝が伝えられています。
この円光院には三条夫人の墓所と信玄の墓所とされる塚があります。
伝説では、信玄は病没後円光院で火葬されてから恵林寺に埋葬されたとされているので、円光院にあるのは「ここで火葬された」という塚なのです。(伝説というぐらいですから、信玄が実際どこに葬られたかは確定していないようです) -
三条夫人のお墓は坂の中腹にありました。
信玄とのコミュニケ―ションはどうだったのでしょうか?
戦国時代ですからラブラブ!?というわけには全くいかなかったのでしょうが、それでも同時代の武家の奥方としてお幸せだったことを祈るばかりですーーー。 -
藤がお寺を引き立たせています。
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円光院を出て信玄のお墓に向かいます。
途中のお宅の庭から素晴らしいモッコウバラ(木香薔薇)が! -
信玄公の墓は住宅地と空き地の中にありましたーーー。
想像以上に簡素、小規模です。 -
信玄公の遺体を火葬した場所だといわれ、火葬塚とも呼ばれています。(じゃあ円光院は?疑問が湧きますねーーー)
信玄公の墓はこのほか、山梨県内では大泉寺、恵林寺、長野県の諏訪湖、長岳寺と竜雲寺、和歌山県高野山、愛知県福田寺、京都の妙心寺など全国にあります。
これは信玄公が遺言によって、喪を3年間秘めていたことや万一の外敵を恐れて、埋葬地を秘密にしていた結果ともみられています。 -
戦いに明け暮れた信玄も、今はツツジや木々に囲まれて幸せそうです。
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そして、次には武田神社に向かいました。
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ここは先ほど書いたつつじヶ崎館をそのまま神社にしたものです。
もちろん、武田信玄公をまつった神社で、大正8年(1919)に創建されました。
ここは武田氏三代が63年に渡り国政を執ったつつじヶ崎の館跡で、国の史跡に指定されています。
つつじヶ崎の館は戦国大名の館としては全国最大規模を誇るものです。 -
ここは観光客が多数いました。
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やはり極少なお賽銭で目いっぱいの(笑)祈願をさせていただきましたーー。
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そして、夕方、ホテルにチェックインします。
甲府富士屋ホテルです。 -
ここは「和室・洋室共に眺めが素晴らしく、富士山や南アルプスの峰々を望む高層階の和・洋・中のレストランも夜景が美しく、名湯「湯村の湯」で心も身体もリフレッシュできるアーバンリゾートホテル」という触れ込みにつられて予約しました(笑)
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ツインは40平方メートルなのでまずまずの広さです。
ここまで案内してくれた女性係員もめちゃ感じの良い方でしたーーー。 -
眺望も良好です。
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午後6時半を過ぎレストランへと向かいます。
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今回は和会席にしました。
はじめに小鯛棒すしやアサリ、クラゲ、ユリ根など7種の先付け。 -
空がとても良い感じに暮れてきました。
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この瞬間の旅情のために旅をしているのかもわかりませんーーー。
稚内の夕暮れ、グアム・タモン湾の夕景、シスコの紅のヨットハーバー---。
いろいろなトゥワイライトシーンが夫婦の脳裏をよぎります。
長年連れ添い、共通の旅の思い出を共有している「同志」だからこそ感じる至福のひと時かもしれません----。 -
お椀は鯛ソーメンですが、ウドや木の芽などが入っています。
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お造りはイサキ、マグロ、イカ。
甲州でお刺身、これは武田信玄公も食べたことがなかったのでは(笑)
二人で信玄の華やかながら数奇な運命を語ります。
彼は猛将でありながら知将でもありました。
甲州の金に物を言わせて敵の勢力を裂き、また根回しによって戦わずして勝つこともありました。
その彼が5度も川中島で上杉謙信と死闘を繰り広げたわけですが、これは織田信長にとっては本当に幸いでした。
この両雄の消耗戦が尾張、美濃への進出を遅らせたともいえるからです。
というのが信長が鮮烈デビューした桶狭間の戦いが1560年ですが、川中島の戦いは丁度この年をはさんで5回も行われており、信玄、謙信とも信長攻略どころではなかったからです。 -
焼き物はスズキ、そして蛤です。
さて、川中島の戦いは合計5回も行われたとするのが通説ですが、この中の4回目がいわゆる川中島の戦いとして歴史ドラマや小説に取り上げられています。
この戦いで信玄は知将山本勘助を失います。
あてずっぽうのことをヤマカンと言いますが、どうやら知将の山本勘助が語源ではなく山師(鉱山採掘)の勘というのが語源というのが妥当だそうです。
この川中島の戦いの勝敗はつかなかったとうのが現在の通説です。
ただ、この地域の実効支配権(最近竹島や尖閣諸島でききますねーー)は武田氏にあったようです。
いずれにしろ信長が桶狭間で台頭する前から武田氏、上杉氏(長尾影虎)、今川氏、北條氏で関東ー中部の覇権をめぐって合従連衡や離反が頻繁におきていました。
最後の詰めの一手を家康が下す数十年前のことでしたーーー。 -
という歴史を話し合いながらもお料理は運ばれてきます。
この器のフタ、鳥獣戯画ですね。 -
煮物はカレイとカニを中心に。
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揚げ物は山菜の天ぷらですが食べてから撮影しました(汗)
ビール、日本酒、焼酎3種でだいぶ酔いました(笑) -
炊き込みご飯とお漬物。
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デザートはスイカとオレンジムースなどです。
デザートは別腹とはいえお腹いっぱいです。 -
大浴場の温泉につかり旅の疲れを癒します。
ここは湯村温泉と呼ばれる良質の温泉地帯でもあります。
信玄ゆかりの地を巡りながらの旅でした。
甲府市街はすっかり暮れています。
信玄の時代には考えられない平和と安定の中、街も眠りについていきますーーー。
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この旅行記へのコメント (10)
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- 前日光さん 2013/06/06 22:53:11
- 甲斐の国…
- norisaさま、こんばんは。
以前に投票だけして失礼しておりましたが、戦国武将に関する大作、読み応えがありました。
上杉・武田、「風林火山」と言えば、昔人間の私などは、石坂浩二扮する謙信、高橋幸治扮する信玄という「天と地と」が浮んで来ちゃいます(古!)
歴史に、「もし〜が、あの時〜だったら…」ということは、考えても仕方の無いことかも知れませんが、どうしてもそう思ってしまうことってありますよね。
天智天皇が、皇位をすんなりと弟の大海人皇子に譲っていたら、「壬申の乱」は起きなかったかもしれず、その後の数々のドラマチィックな展開もなかったかもしれない…などと考え始めると切りがありません。
戦国時代には、特に後でいろいろなことが考察されて、そんなところが歴女ブームの要因になっているのでしょうか。
武田神社だけは、出張の時にほんの数分訪れたことがあります。
山梨県って、なぜか縁がありません。
風景がすばらしくて、歴史上でもいろいろなことがあった所ですよね。
norisaさまの旅行記で、ずいぶんと勉強になりました。
ご夫婦で共有してきた美しい風景、何ものにも代えがたい宝ですよね。
久しぶりの一人旅で盛り上がっていた私ですが、ちょっと反省させられました。(でも、一人旅の自由さも捨てがたいです(^_-))
前日光
- norisaさん からの返信 2013/06/07 06:15:59
- RE: 甲斐の国…
- 前日光さん、
おはようございます。
おっしゃるとおり歴史にもし!はありませんね。
少なくとも我々の時空では。
しかし物理の理論の中に並行宇宙という概念があります。
これは無限と言っても良い類似した宇宙が併存して異なった進化、歴史を刻むというものです。
この理論は必ずしも空論とは考えられていないようです。
とすれば信玄ー謙信連合による信長ー秀吉勢力滅亡とか元寇での敗北、日本制服など「タラ、レバ」が無限にありえて想像するだけで一生終わりそうです(笑)
さて、一人旅の良さに浸っているご様子ですが、それはそれで思索の時間が多く、味わい深い旅ができますよね。
詩やエッセイが書けそうですし、スケッチや曲想を練るのにも良いかもーー。
そこまで踏み込まなくても、気ままに行先変更などの自由度も高いです。
一方多人数旅では自分と違う視点や複眼による新発見が得られるメリットがありますね。
さらに感想の交換による連帯感の再確認などの利点もありそうです。
結論はどちらも素晴らしい旅ができそうですーー。
ウチの場合は一人旅は僻まれるので不可能ですがーー(爆笑)
norisa
-
- はなかみno王子さん 2013/05/25 09:51:57
- ご夫婦で旅の思い出共有ーー
- norisaさま
素晴らしいコメントですね。
戦の史実の語りと対比してこのコメントに安らぎを感じました。
昇る朝日に今日一日の希望を託し、沈む夕日に一日の無事を感謝するーーー。
それを夫婦で共有する。大事なことですね。
おうじ
- norisaさん からの返信 2013/05/25 20:31:34
- RE: ご夫婦で旅の思い出共有ーー
- おうじ様、
お久しぶりです(でもないですか(笑))
コメントをご評価いただき恐縮至極です。
猿同様木に登りたくなります(笑)
実際とてもくつろげたGWでしたーー。
norisa
-
- 讃岐おばさんさん 2013/05/25 07:35:55
- おはようございます。
- いつもありがとうございます。
山梨県はまだ未踏の地です。
こうしてご案内いただけて、いつか行く時の予習ができました(笑)
歴史と地理、もう少し勉強しておけばと、あっ、英語も。
善光寺、こちらにもあったのですね。
信州の善光寺へは参りました。
いつかゆっくりと訪れたいです。
- norisaさん からの返信 2013/05/25 20:29:48
- RE: おはようございます。
- 讃岐おばさんさん、
こんばんわ。
ご丁寧にありがとうございます。
山梨、未踏の地でしたかーー!
良い所なので是非おいでください!(にわか山梨観光大使です(笑))
善光寺は長野のほうが大きいですが甲斐善光寺も味がありましたーーー。
norisa
-
- pedaruさん 2013/05/25 07:16:35
- 戦国物語
- norisaさん お早うございます。
普通のトラベラーなら、何を書いたら間がもてるのか?と悩むところの写真部分、norisa先生なら、弁舌爽やかに、歴史観、社会観なんでもござれで、読者を飽きさせないのです。
この掲示板の前のaoitomoさんのウイットに富んだコメントのようにはかけませんが、ご夫婦仲良く、会話が尽きないなんていいですね。
pedaru夫婦も以前は、よく話しました。夜中に息子が下には降りてきて「よく、何時間も話すことがあるね〜、この夜中に・・」と嬉し呆れ顔で言ったものです。
今では、孫の話題で盛り上がるくらいですよ。・・・・琵琶法師・・うまいこと言うなぁ・・・
pedaru
- norisaさん からの返信 2013/05/25 20:27:24
- RE: 戦国物語
- pedaruさん、
こんばんわ。
いつもありがとうございます!
何か空白があるとイヤなのでごたくを書かせて頂き恐縮です。
aoitomoさんのコメントで大分冷やかされ(笑)ましたが、それにもめげず夫婦の会話は続けていきたいものですーー。
話すことがなくなるくらいまでーー(爆)
norisa
-
- aoitomoさん 2013/05/24 22:57:50
- 至福の時
- norisaさん
お天気に恵まれてよかったですね〜
また、まだ暑くないですし。
でも、数々の寺や神社めぐり。
気合はいってますね〜
norisaさんのご祈願は想像つきますね〜(笑)
娘さんですね〜(笑)
サンセットにお2人で豪華なお食事。
『二人で信玄の華やかながら数奇な運命を語ります。』
って、norisaさんが琵琶法師のように語って、
奥様がそれを聞いている。
そのようにしかイメージできませんが・・・(笑)
いずれにしろ中の良い御二人です。
揚げ物あたりで、写真撮り忘れて、もうだいぶ酔いが回ってますね。(笑)
至福の時を過ごした証拠ですね。
至福の時が伝わってきました。
aoitomo
- norisaさん からの返信 2013/05/25 06:02:34
- RE: 至福の時
- aoitomoさん、
おはようございます!
いつも本当にありがとうございます。
山梨でも甲府は通り過ぎるだけだったので今回はじっくり回りました。
祈願はご想像の通り娘の件もありますが、それプラス我々夫婦の健康、さらにはもっとお金が増えないかなー、というのが多いです(爆)
そのわりにはお賽銭が少なく恥ずかしい限りですーー。
我々夫婦は食事中の会話は多いようですね。あれやこれやと。
酔っぱらってスミマセン!(笑)
norisa
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