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JR武蔵野線北朝霞駅下車徒歩約20分、黒目川(くろめがわ)にせり出す舌状台地を利用して築城された小規模の岡城(おかじょう、埼玉県朝霞市岡)があります。<br /><br />記録が乏しくいつ誰が築城したのか明確ではありませんが、推測としては平安時代末期から「広沢郷」と呼ばれていた経緯から木曽義仲の父親である源義賢(みなもと・よしかた、1126~1155)とその甥にあたる源義朝(みなもと・よしとも、1123~1160)の嫡男義平(よしひら、1141~1160)が武蔵国大蔵で戦った「大蔵合戦」で活躍した波多野実方(はたの・さねかた、生没不詳)が恩賞として広沢郷を与えられ、鎌倉時代には広沢氏としてこの地を支配していたようです。<br /><br />南北朝以降は広沢氏の勢力が衰え、当地域に進出してきた扇谷上杉氏の所領となります。その経緯としては鎌倉から古河に拠点を移しその名を古河公方と称する勢力と対立する立場から扇谷上杉氏は江戸・川越・岩槻に拠点作りを家宰の太田道真・道灌親子に命じます。<br /><br />江戸城築城に関わりその支配地域を広げる中、太田道灌と石神井城を中心とする豊島氏と水利権を巡っての争いとなり「江古田ケ原・沼袋の戦い」で道灌が勝利しその結果岡城が道灌の支配下に入ったと思われます。<br /><br />道灌の謀殺後は川越夜戦で山内・扇谷の両上杉氏は大敗を喫し小田原北条氏の支配下となり、当然ながら岡城についても「江戸衆」として小田原北条氏の組織に組み込まれます。<br /><br />小田原北条氏の支配下となった後の記録や形跡が見られずどのような役割を果たしたのかわかりませんが、豊臣秀吉による小田原合戦に関係して前田・上杉らの北国軍の攻撃対象でもなかったので、小田原攻め以前で事実上廃城となったのかとも思われます。<br /><br /><br />2023年10月1日追記<br /><br />現地に建立の説明板には下記のように記載されています。<br /><br />「 岡 の 城 山 由 来 記<br /><br />この城は今から約8千年~4千百年位前の縄文時代の遺跡跡であるとともに、中世の頃に築城された平山城跡と言われている。<br /><br />この当時の城主や築城者は今のところ不詳である。この城は南北朝期、室町期、戦国期と各時代にわたって多くの武将を育み、応永の乱(1399)や応仁の乱(1467~1477)等の大きな跡を物語っているといえよう。<br /><br />また、この城の特徴は自然の物理的要素を活用したもので、城の北側斜面は底地を流れる黒目川が取り巻くように走り、しかも舌状台地(台地の先端が舌のような形になっているところ)上にあって、まさに天然の要害を呈している。<br /><br />そして城内は「俺ひずみ」と呼ばれる空堀と土塁によって区分けした郭があり、「一ノ郭・ニノ郭・三ノ郭・四ノ・郭・その外西側の虎口、堀切、北側の搦手口、南側の腰部、櫓台、犬走り等によって構成されている。<br /><br />このような形の城のいくつかは「直線連郭式工法」と呼ばれている。<br /><br /><br />=朝霞市岡の城山総合調査委員会中間報告=より<br /><br />  昭和56年1月10日<br />                朝 霞 市 』 

武蔵朝霞 道灌ゆかりの地を訪ねる・戦国時代前期に武蔵国東部に勢力有する豊島氏を当地まで追討して勝利した太田道灌が支配した『岡城』訪問

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2012/10/14 - 2012/10/14

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滝山氏照

滝山氏照さん

JR武蔵野線北朝霞駅下車徒歩約20分、黒目川(くろめがわ)にせり出す舌状台地を利用して築城された小規模の岡城(おかじょう、埼玉県朝霞市岡)があります。

記録が乏しくいつ誰が築城したのか明確ではありませんが、推測としては平安時代末期から「広沢郷」と呼ばれていた経緯から木曽義仲の父親である源義賢(みなもと・よしかた、1126~1155)とその甥にあたる源義朝(みなもと・よしとも、1123~1160)の嫡男義平(よしひら、1141~1160)が武蔵国大蔵で戦った「大蔵合戦」で活躍した波多野実方(はたの・さねかた、生没不詳)が恩賞として広沢郷を与えられ、鎌倉時代には広沢氏としてこの地を支配していたようです。

南北朝以降は広沢氏の勢力が衰え、当地域に進出してきた扇谷上杉氏の所領となります。その経緯としては鎌倉から古河に拠点を移しその名を古河公方と称する勢力と対立する立場から扇谷上杉氏は江戸・川越・岩槻に拠点作りを家宰の太田道真・道灌親子に命じます。

江戸城築城に関わりその支配地域を広げる中、太田道灌と石神井城を中心とする豊島氏と水利権を巡っての争いとなり「江古田ケ原・沼袋の戦い」で道灌が勝利しその結果岡城が道灌の支配下に入ったと思われます。

道灌の謀殺後は川越夜戦で山内・扇谷の両上杉氏は大敗を喫し小田原北条氏の支配下となり、当然ながら岡城についても「江戸衆」として小田原北条氏の組織に組み込まれます。

小田原北条氏の支配下となった後の記録や形跡が見られずどのような役割を果たしたのかわかりませんが、豊臣秀吉による小田原合戦に関係して前田・上杉らの北国軍の攻撃対象でもなかったので、小田原攻め以前で事実上廃城となったのかとも思われます。


2023年10月1日追記

現地に建立の説明板には下記のように記載されています。

「 岡 の 城 山 由 来 記

この城は今から約8千年~4千百年位前の縄文時代の遺跡跡であるとともに、中世の頃に築城された平山城跡と言われている。

この当時の城主や築城者は今のところ不詳である。この城は南北朝期、室町期、戦国期と各時代にわたって多くの武将を育み、応永の乱(1399)や応仁の乱(1467~1477)等の大きな跡を物語っているといえよう。

また、この城の特徴は自然の物理的要素を活用したもので、城の北側斜面は底地を流れる黒目川が取り巻くように走り、しかも舌状台地(台地の先端が舌のような形になっているところ)上にあって、まさに天然の要害を呈している。

そして城内は「俺ひずみ」と呼ばれる空堀と土塁によって区分けした郭があり、「一ノ郭・ニノ郭・三ノ郭・四ノ・郭・その外西側の虎口、堀切、北側の搦手口、南側の腰部、櫓台、犬走り等によって構成されている。

このような形の城のいくつかは「直線連郭式工法」と呼ばれている。


=朝霞市岡の城山総合調査委員会中間報告=より

  昭和56年1月10日
                朝 霞 市 』 

交通手段
JRローカル 徒歩
  • 城山公園正面入口<br /><br />往時は東西に渡って築かれた連郭式城郭の北部を「城山通り」として道路が通ったため南北が分断されています。「城山通り」に臨む所が公園の正面入口として施されています。

    城山公園正面入口

    往時は東西に渡って築かれた連郭式城郭の北部を「城山通り」として道路が通ったため南北が分断されています。「城山通り」に臨む所が公園の正面入口として施されています。

  • 城山公園案内図<br /><br />岡城跡は整備されて「城山公園」として市民の憩いの場所となっています。<br />案内図に依りますと東西に渡る舌状高台を西から第三郭、第二郭そして黒目川に臨む最も東側に主郭があり、この3郭によって構成されています。

    城山公園案内図

    岡城跡は整備されて「城山公園」として市民の憩いの場所となっています。
    案内図に依りますと東西に渡る舌状高台を西から第三郭、第二郭そして黒目川に臨む最も東側に主郭があり、この3郭によって構成されています。

  • 時計塔広場<br /><br />左側と右側にそれぞれ小道が用意されています。左小道は第三の郭を経て第二の郭へと続きます。右小道は第二の郭及び主郭の外側を経て主郭に至ります。

    時計塔広場

    左側と右側にそれぞれ小道が用意されています。左小道は第三の郭を経て第二の郭へと続きます。右小道は第二の郭及び主郭の外側を経て主郭に至ります。

  • 時計塔広場<br /><br />公園案内図では表示されてませんが、この時計塔広場は見方によっては第四郭とも解釈されます。城郭全体の中央部が道路貫通しているので推測の域を出ませんが、城郭の一部を構成していることはまちがいないと思われます。

    時計塔広場

    公園案内図では表示されてませんが、この時計塔広場は見方によっては第四郭とも解釈されます。城郭全体の中央部が道路貫通しているので推測の域を出ませんが、城郭の一部を構成していることはまちがいないと思われます。

  • 第二の郭<br /><br />階段を上り第二の郭へ入ります。階段手前は左右に空堀となって自由に歩けます。

    第二の郭

    階段を上り第二の郭へ入ります。階段手前は左右に空堀となって自由に歩けます。

  • 堀底<br /><br />第二の郭と第三の郭を分ける堀底を歩きます。若者グル−プが何やら演劇の練習でもをしているような風景が見られます。

    堀底

    第二の郭と第三の郭を分ける堀底を歩きます。若者グル−プが何やら演劇の練習でもをしているような風景が見られます。

  • 堀底<br /><br />左右に土塁が迫っています。<br /><br />

    堀底

    左右に土塁が迫っています。

  • 堀底

    堀底

  • 二の郭<br /><br />手前の階段を上り切ると一番広い二の郭が眼前に広がります。

    二の郭

    手前の階段を上り切ると一番広い二の郭が眼前に広がります。

  • 第二の郭南側<br /><br />第二の郭外周に沿った所にはベンチが用意されています。

    第二の郭南側

    第二の郭外周に沿った所にはベンチが用意されています。

  • 第二の郭外周小道

    第二の郭外周小道

  • 外周小道展望<br /><br />

    外周小道展望

  • 外周小道風景

    外周小道風景

  • 主郭渡り階段<br /><br />

    主郭渡り階段

  • 堀底<br /><br />第二の郭から主郭へ渡る橋から堀底(右)を捉えます。

    堀底

    第二の郭から主郭へ渡る橋から堀底(右)を捉えます。

  • 堀底<br /><br />第二の郭から主郭へ渡る橋から堀底(左)を捉えます。

    堀底

    第二の郭から主郭へ渡る橋から堀底(左)を捉えます。

  • 主郭

    主郭

  • 主郭の土塁

    主郭の土塁

  • 物見櫓跡<br /><br />主郭の南側に突き出た部分が一段高くなっており、傍らの説明板では展望が効くということで物見櫓(ものみやぐら)があったと言われています。

    物見櫓跡

    主郭の南側に突き出た部分が一段高くなっており、傍らの説明板では展望が効くということで物見櫓(ものみやぐら)があったと言われています。

  • 物見櫓説明板

    物見櫓説明板

  • 主郭展望<br /><br />

    主郭展望

  • 主郭

    主郭

  • 主郭

    主郭

  • 主郭<br /><br />主郭の広場にも偽木ベンチが充分に配置されています。

    主郭

    主郭の広場にも偽木ベンチが充分に配置されています。

  • 主郭全景

    主郭全景

  • 主郭より展望<br /><br />急な断崖が迫っています。

    主郭より展望

    急な断崖が迫っています。

  • 堀底<br /><br />

    堀底

  • 土塁<br /><br />所々に土塁が確認されます。

    土塁

    所々に土塁が確認されます。

  • 城山通り<br /><br />岡城跡を南北に分断する「城山通り」を捉えます。この通りを右方向に走りますと黒目川を渡る橋に至ります。

    城山通り

    岡城跡を南北に分断する「城山通り」を捉えます。この通りを右方向に走りますと黒目川を渡る橋に至ります。

  • 偽木階段<br /><br />主郭から黒目川方向に急勾配の偽木階段を降りてゆきます。

    偽木階段

    主郭から黒目川方向に急勾配の偽木階段を降りてゆきます。

  • 主郭展望<br /><br />主郭東突端から外部を見渡します。<br /><br />

    主郭展望

    主郭東突端から外部を見渡します。

  • わんぱく広場<br /><br />舌下状高台が終わる東側の断崖下は小川を配した子ども達の遊び場が用意されています。

    わんぱく広場

    舌下状高台が終わる東側の断崖下は小川を配した子ども達の遊び場が用意されています。

  • 黒目川<br /><br />岡城跡の東側にはおよそ南北に流れる荒川水系の黒目川が天然の要害としてその役割を果たしていました。<br /><br />

    黒目川

    岡城跡の東側にはおよそ南北に流れる荒川水系の黒目川が天然の要害としてその役割を果たしていました。

  • 岡城跡<br /><br />黒目川側から駐車場を越えて岡城跡東突端部を展望します。

    岡城跡

    黒目川側から駐車場を越えて岡城跡東突端部を展望します。

  • 主郭外周小道<br /><br />黒目川側から城跡を見ますと、城郭の外周小道が見えます。

    主郭外周小道

    黒目川側から城跡を見ますと、城郭の外周小道が見えます。

  • 花と水の広場<br /><br />訪問時はあいにくプ−ルには水が入ってませんでした。

    花と水の広場

    訪問時はあいにくプ−ルには水が入ってませんでした。

  • 岡城跡<br /><br />「花と水の広場」から岡城跡を捉えます。

    岡城跡

    「花と水の広場」から岡城跡を捉えます。

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