2013/03/14 - 2013/03/14
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norisaさん
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横浜は開港から154年を迎えています。
そもそも人口100人足らずの寒村が、何ゆえに外国との窓口に選ばれ、そして現在は350万人以上の国際都市に変貌したのでしょうかーー。
概略のストーリーは知っているものの、当時の日本の国内事情、幕府の考え方、国際情勢などを含めて、本当に理解しているのかと言うと、怪しいものがあります。
横浜に出向いた折に、歴史ある建物を訪ねて開港当時の横浜の歴史に思いをはせましたーーー。
そして、250年という長い間の鎖国から国際社会の荒海に投げ出された日本人や政府の狼狽、機転、英断、あるいは感情をあれこれ想像し、現在の閉塞感に満ちた日本との比較を楽しみました−−−−−。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
横浜駅からみなとみらい線に乗りました。
降りたのは馬車道です。
カラフルなバスの後ろに姿を見せたのはーーー。 -
バンカート(元第一銀行横浜支店)です。
BANK・ARTという造語ですが、非常に意欲的な建物です。
これは、第一銀行の横浜支店として建てられた古典主義様式の銀行建築でこの銀行の建築課長も務めたことが西村さんという方の設計です。
現在は先端バルコニー部分のみ移築、保存され、歴史的建造物を活用した文化芸術の実験プロジェクトの場として利用されているということで、これはもちろん横浜市認定歴史的建造物でもあります。
(しかし、銀行自身が建築課というものを抱えていたということ自身、如何に明治の産業、金融業が隆盛期であったかがわかりますね!) -
あいにくの曇り空ですが、ランドマークタワーはこちらを睥睨しています(汗)
今やみなとみらい地区はもちろん横浜、桜木町、関内その他至る所活気に満ちた横浜ですが、ここが僅か160年前は人口100人だったとは信じられません。
日米修好通商条約を締結した際は隣の神奈川を港としたいというのがアメリカ側の意向だったようですが幕府は外国人と多くの住民が直接、交流するのを防ぐ狙いから、人口の少ない寒村である横浜村に白羽の矢を立てたそうです。
また横浜は水深も深く、大型船の接岸にも有利だったようです。
いずれにしろ、運命のいたずらがこの横浜エリアを変貌させますーーー。 -
横浜第二合同庁舎です。
赤レンガが曇天にも映えますーー。
この建物如何にも古そうです。
それもそのはず、もとは横浜生糸検査所として使われていたものだそうです。(ただし、耐震性の観点から平成2年に大規模な工事が行われました)
明治時代は生糸の輸出が超重要産業だったわけで、海外に輸出する生糸はここで厳しい検査を経たそうです。
日本の生糸が海外で高い評価を得たのもこうした品質検査体制にもあったのですね!
そしてーー!? -
そして、この奇妙なフィギュアは!??
なんとお蚕さんから孵化した蛾のレリーフだそうですーーー。
気持ち悪いけど、当時としては非常に貴重な外貨を得る重要産業ですから失礼にあたります(笑) -
-
海岸通りを歩くと早咲きの桜があります。
河津桜の系統でしょうか!? -
古めかしい建物がありました。
日本郵船の歴史博物館です。
今日はスル―しますーーー。 -
なんとも異国風なエントランスです。
-
風が出てきました。
ふと見上げると、紅の花が!?
無学にして名前がわかりません。 -
さらに視線を移すと!
そう、良くテレビでみる神奈川県警本部ですね!
写真を撮っていると警備の警官に睨まれました?!
こらー、あなたの給料のん百万分の1はわてが払ってますぞ!!??(笑) -
そして、海岸通りから赤レンガ倉庫への道を歩くと、目的地のひとつを通り越してしまいました。
-
それは、横浜税関の資料展示室です。
入場無料です。 -
中はそれほど広くありませんが、輸出入の際のあらゆる犯罪を未然に防ぐしくみや実績が展示されています。
-
ここにあるブランド品は全て偽物だそうです。
もともと素人ですから、近づいてみても全くわかりません。
中国のシンセンにあった偽物だけのデパートもこんな感じでした。 -
もと税関の長官がお召しになった大礼服だそうです。
-
資料室を出て赤レンガ倉庫方面に歩くと、この建物のシンボルがそびえています。
そうですーー。 -
通称「クイーン」と呼ばれる塔です。
この塔、関東大震災で税関の建物が倒壊し、その後業務はバラック建で行われていましたが、失業者救済のための土木事業として建設されたものだそうです!
昭和9年に竣工したということですから、80歳前後でしょうかーー。
塔は、当初47メートルの計画であったが、日本の表玄関たる国際港横浜の税関の庁舎なら県庁より高くすべきとの意見で51メートルに変更されたそうです。
(世の中、一応言ってみるものですね(笑))
しかし、その甲斐あって、開けた港からはさぞや目立った存在だったでしょうね。
特に良からぬことをたくらむ密輸業者からは恐れられたに違いありません!? -
そこから県庁へと歩く道すがらオシャレなお店発見!
-
なんともヨコハマらしいお店です。
探索直前にお昼を頂いていなかったら、ここでランチとビールでも賞味したいのですがーーー。 -
海側を見れば通称「象の鼻」の手前には船が揺れていますーー。
-
ここまで離れると「クイーン」のスレンダーな、品の良いシンプルなデザインが際立ちます。
もしかしたら、横浜の3塔の中で、一番好きかも? -
と言っているうちに神奈川県庁に着きました。
今の独白を聞いていたのかどうか分かりませんがーーー!?? -
通称「キング」の塔から睨まれました(笑)
やはり関東だ震災で倒壊した庁舎再建時に設計を一般公募して建設されたそうです。
この塔の特徴は洋風建築ながら和風の屋根を備えていることですーー。
(一般公募というのは選考過程がガラス張りならばとても民主的ですし、民間活力向上と言う意味でも良いですね!) -
そして−−−、
その壁のレンガには歴史を速記したような枯れた筆跡が残されています−−−。 -
通りを渡って横浜開港資料館に行き着きます。
この建物は元はイギリス領事館でした。
このイギリス領事館は昭和6年イギリス工務省の設計により建てられたそうですから、生粋の?イギリス様式です。
その後、このイギリス領事館は昭和54年に横浜市が買い取り、別棟が建設されて横浜開港資料館となっています。(有料です) -
歴史を刻む銅版?です。
-
内部は完全な洋風です。
全体的に白を基調とした配色が古さを感じさせません。 -
レースのカーテンから差し込む光も心持ち洋風?(笑)
-
これが本来の正面でしょうか?
歴史ある太い柱が印象的です。 -
資料館内部は撮影禁止です。
(イメージ確保のため入口のみ撮影ですーーー)
しかし、確かに興味深い資料が多いのですが、撮影禁止にするような物品はありません。
くどいようですがルーブルや大英博物館やベルサイユを見習いましょうぞ!!!
それはさておき、内部の資料は大変興味深いものです。
この横浜には開港以後多国籍の人々が押し寄せます。
もちろん初期には政治、軍事的な人種がひしめき合いますが、すぐにビジネスマンが溢れだします。
イギリス人も多くの人々がここに居を構え、多くのサークルが作られたそうです。
イギリス人のことですからクリケットクラブやテニスクラブがあったのはうなずけますが、ライフルクラブなどはどこで練習したのでしょうか?
まさか海に向けて銃をぶっぱなしたとも思えませんので、谷あいに射撃場でも作ったのでしょうか?
いずれにしろ国際色豊かな、そして欲望と思惑うずまくギラギラした活気に満ちた港湾都市へと変貌しつつあったようです。 -
ここを出ると正面にまたまたオシャレなお店があります。
少々一休みーー。 -
「クイーン」はどこまでも追いかけてきますーー。
-
やがて、遅ればせながらお姿を見せたのはーー。
-
そう、もちろん「ジャック」の塔です。
横浜開港50周年(明治42年)を記念して会堂建設が計画され、やはり設計の一般公募が行われたそうです。
福田さんという方の原案を基に詳細な設計が行われ、大正6年に竣工したそうですが、びっくりすることに資金は全額市民の寄付金で足りたそうです。
さすがヨコハマっ子、豪気で粋ですねー!!
残念ながら関東大震災で屋根やドームが被害を受けたそうですが、決して取り壊されることはなく、幾多の補修工事を経て、現在は建築当時と余り変わらない容姿を誇るそうです。 -
そして、塔自身はもちろん建物全体がクラシックな上品さを保っています。
交差点にあるため非常に存在感があります。 -
ステンドグラスの半円形の窓が印象的です。
-
中にお邪魔します。(無料ですが、集会所として使用する時は施設利用料がかかります)
そして、この日も幾つもの会議室が実際に使用されていました。
こんな歴史ある建物で会議したら良いアイディアが浮かぶのか、それとも旧弊な議論に終始するのかーー(笑) -
内部は想像どおりクラシカルモダン。
創建当時の方々の誇らしげな笑顔が想像できます。
横浜市民の寄付ですからーーー。 -
-
とても古めの階段を伝って二階にあがります。
-
そこには、さらに広々した明るい空間が広がります。
-
ステンドグラスが内部を隠しながらも採光の役目をきっちりしています。
-
そして応接室か会議室は半円形の部屋と窓に囲まれて、贅沢な光の空間を形造っていましたーーー。
-
昔の港の様子活写した油絵です。
それとも、午後の曳航ーー?! -
この歴史ある建物にある大理石の文様をじっと見つめると100年、150年の歴史の重みが実感されます。
部分的に汚れたり欠けたりしています。
当時の職人が切り出し、磨いた石片。
もちろん当時の人々の暮らしは今よりも質素だったのでしょうが、今よりも進歩・向上という目標に対する高揚感はずっと強かったのではないでしょうかーーーー。
そもそもこの横浜の地が開港の土地として選ばれたのは様々な理由があります。
幕府は当初は全ての開港は長崎の出島で行いたかったのですが、アメリカの圧力は強烈でした。
仕方なく下田や函館を拠点として認めますが、もちろん不満です。
しかし、幕府がどうしても近づけたくなかった場所、それは江戸湾でした。
アメリカの軍船の火力を知りつくしていた幕府は、江戸湾深く侵入した黒船が直接江戸城を砲撃する悪夢におびえていましたが、それは直接的ダメージ以上に幕府衰退を国内外に知らしめることを恐れたようです。
そこで急きょ江戸湾の要所にお台場を造らせましたし、港を湾内に造ることも拒否しました。
その代替地が当時寒村の横浜村だったわけです。
そうした運命に翻弄された横浜。かつては治外法権や不平等条約に悩まされた日本の象徴的な街でした。
また失われた20年不況でもインパクトを大きく受けた都市でもありました。
しかし、今日本再生の先陣を切る都市を目指そうとしていますーーー。 -
そして、横浜駅に戻り、みなとみらい地区に足を運びます。
目指すのは日産グローバル本社です。
そこではSuper GTの展示がされています−−−。 -
Super GTは市販車を改造したレースで、2005年から国際シリーズ戦となっている日本では最も観客動員数の多いレースです。
日産は二連覇し、今年前人未到の三連覇がかかっているようですーー。 -
上の写真とこれはMOTUL AUTECH GT−Rです。
Super GT GT500クラスで二連覇しました。
重量1100kg、3400ccで530馬力以上です。
車重1トンで530馬力、アクセルを踏み込むと首が折れそうです(笑) -
これはR390、GT1です。
ル・マンで総合3位に輝きました。
3.5Lで650馬力以上ーーー! -
-
このバックシャンはトミカスカイラインです。
2080CCですが570馬力をたたき出します。
車重はほぼ1トンです。 -
これも一度は乗ってみたいのですが、即逮捕されそうです(笑)
-
これはリーフベースのマシンです。
EVの売れ行きはいまひとつですが、それは航続距離、充電の所要時間、充電施設の未整備、そして冷暖房性能などを加味すると当然の帰結です。
しかし、いずれは超効率の二次電池が開発され、基本的にEVは主流となるでしょう。
それ以前は日本、トヨタやホンダがリードするハイブリッドシステムが世界をリードするでしょう。
合わせて衝突防止システムや各種エレクトロニクスでも日本は世界をリードしていくでしょう。
現在Googleが無人運転車の開発に力を入れていますが、日本の場合は法整備さえ終わればかなり近い将来に実用化するでしょう。
自動車産業は非常にすそ野の広い分野ですから、この産業分野でのリーディングは多くの技術力、競争力を刺激します。
そして、現在では欧米に牛耳られている航空産業や人工衛星ビジネスなどでも日本にチャンスがあります。
アベノミクスも良いのですが、繁栄を裏付けるのは技術力であり、マンパワーのポテンシャルです。
「世界でいちばんでなくちゃあいけないのですか!」と叫んだ女史がいましたが、確かに政府の金をあてにした古い企業は退場しなくてはならないのでしょうが、資源に乏しい日本は「Japan Product as NO1」という世界的評価が必須です。
それなしでは資源小国、老齢化大国の日本は衰退の一途をたどるでしょうからーーー。 -
150年以上の発展の歴史を誇る横浜。
神奈川県民、あるいは横浜市民として生まれ育ってきたわけではありませんでした。
ですから、神奈川県警本部もキングもクイーンも殆ど初めて見たようなものです。
勤務の関係で神奈川県民となりましたが、ゆっくりと歴史をかみしめながら歩いたのは初めてです。
今や多くの有力企業が最先端の技術をひっさげて世界を相手に戦う地となったヨコハマーーー、それは開港当時に多くの外人たちが描いた古き良きヨコハマからは想像もできません。
日本は常に海外からの多くの摂動、決定的な影響を受けて成長してきた歴史を持ちます。
その矢面に立ちつつ、地震や戦災や不況に耐え、そして常に蘇ってきたヨコハマ!
今や、日本の表玄関、顔でもあります。
そう考えると、このヨコハマはむしろ自然な、そして鮮やかなプロムナードを闊歩する貴婦人、フェアレディの姿そのものかもしれないと納得した次第です−−−。
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この旅行記へのコメント (18)
-
- 多良さん 2013/03/26 15:18:12
- 再生
- 山下公園が、関東大震災の復興事業として、瓦礫などを使って海を埋め立て造成したと知ったのは最近でした(^_^;)
東日本震災の復興もなにかグッドアイデアがないかなぁ〜って思いますね^^。
横浜の夜景、最高です!
多良
- norisaさん からの返信 2013/03/26 17:39:56
- RE: 再生
- 多良さん、
ご訪問ありがとうございました。
まさしく山下公園は復興の拠点でもありました。
人口100人の寒村が日本貿易の一大拠点になり、関東大震災で壊滅し、高度成長時代をけん引し、日本の不況を正面からかぶり、そして今再生の先頭にいるーーー。
そのバイタリティが多くの由緒ある建物や、モダンな夜景に凝縮されているようですね。
norisa
-
- わんぱく大将さん 2013/03/25 03:21:39
- まさか?!
- norisaさん
水の流れ(海も含め)というか、河口と言うのも大事ですよね。あの4代文明も水に繋がり、港も勿論海があり、でもただあると言うばかりではなく、いろいろな条件が重なったように思います。 勿論、おっしゃる通り、幕府は、江戸から遠い所と言うのが必須だったでしょう。そのおかげで、水路が盛んになり、そこに町が起こり。横浜自身だけのものではなかったはず。
そのための恩恵を預かった所はいくらでもあったように。政治的にはどうかと思いますが、経済的には、よかったのかもしれませんね。(そのあとの鉄道だって、横浜間だったでしょ?)といいながら、ほんまのところは、わかりませんが。
日本史専攻でしたが、わたしゃ、自由民権が専門でして。(まあ、これもあんまり知らん、ええ加減)
大将
- norisaさん からの返信 2013/03/25 06:31:06
- RE: まさか?!
- 大将閣下、
こんばんわ!
日本史専攻でしたか!?
今はそれが役立たないスペインにいらっしゃるのも人生の皮肉ーー。
まー、ぜい肉よりいいか(笑)
さて、京都、大阪、東京、名古屋などの大都市と違い、日本で3番目の大都市横浜の皮肉に満ち満ちた成り立ちと繁栄、退潮と再繁栄。
知れば知るほど興味がわきますね。
理科系のはしくれでもーーー。
norisa
- わんぱく大将さん からの返信 2013/03/26 08:44:05
- RE: RE: まさか?!
- > 大将閣下、
>
> こんばんわ!
> 日本史専攻でしたか!?
> 今はそれが役立たないスペインにいらっしゃるのも人生の皮肉ーー。
> まー、ぜい肉よりいいか(笑)
>
> さて、京都、大阪、東京、名古屋などの大都市と違い、日本で3番目の大都市横浜の皮肉に満ち満ちた成り立ちと繁栄、退潮と再繁栄。
> 知れば知るほど興味がわきますね。
> 理科系のはしくれでもーーー。
>
> norisa
norisaさん
人間も町と同じようなものです。 繁栄、衰退。
日本史が海外で役に立たないはずがない。 海外に行かれてたはずのnorisa殿、読みがあまい! 大将
- norisaさん からの返信 2013/03/26 17:10:18
- RE: RE: RE: まさか?!
- 大将閣下、
そうでした!
久々に閣下のカツ!で目が覚めました(笑)
アメリカやイギリスに出張してビジネスディナーをする時の重要知識はは自国の歴史、あるいは自国の文化。
これがあいまいな輩はガイジンから軽蔑されますね。
如何に仕事以外のインテリジェンスを保有し、発揮できるかがビジネス成功の鍵でもありましたーー。
ということで次回は閣下の歴史ウンチクを欧州の風景と共にお願いいたしますです(笑)
norisa
-
- hot chocolateさん 2013/03/17 08:52:43
- 横浜歴史散歩♪
- norisaさま、おはようございます。
エキゾチックでお洒落な大都会・横浜も、もとを正せば人口100人足らずの寒村とは!
そんな田舎の住民の狼狽はもちろんのこと、当時の政府のアメリカに対する対応の必死さが目に浮かびます。
横浜には何回も行っていますが、買い物やらグルメやらで、あまり歴史散歩をしたことがありませんでした。
お台場や下田、江川太郎左衛門の韮山反射炉など、幕末の歴史散歩も興味深かったですから、
今度は別の視点で横浜を歩いてみたいと思います♪
きっと楽しい発見があるかもしれませんね。
いつもながらnorisaさまのうんちく旅行記はためになります。
hot choco
- norisaさん からの返信 2013/03/17 10:01:20
- RE: 横浜歴史散歩♪
- hot chocolateさん、
備瀬のフクギ並木には比べるべくもありませんが(笑)、yokohamaもなかなかいけてますよーー。
寒いのが難点でしたが(笑)
本当にここが人工100人!と思うとハマッコとかカッコつけてるおにーさんも形無しです!?
しかし、いよいよ魅力の増す都市でもありますーー。
次回は買い物のついでに歴史散歩もオススメです!
norisa
-
- bingoさん 2013/03/17 00:35:35
- こんばんは。
- norisaさん
御無沙汰してます。
過去に、みなとみらいのインターコンチネンタルで一泊して、
その辺りを観光したことはあるんですが、
赤レンガ倉庫に始まり、殆ど定番スポットしか観てません。
また、訪れることがあれば、J・Q・Kは外しませんよ。 笑
bingoは、旧い日産車に25年余り乗ってますが、
不思議な事に、殆ど壊れません!ナカナカのモンです。
でも、足車はホンダですが。。。苦笑
レーシングカーは、華があってガテン系の佇まいがいいですね〜
サーキットで、エネルギーの塊みたいな感じを観てみたいです。
bingo
- norisaさん からの返信 2013/03/17 07:22:09
- RE: こんばんは。
- bingoさん、
ご無沙汰しています。
書き込みや投票ありがとうございます。
日本の車、なかなか壊れませんね。
これで儲かるのかなーー(笑)
日産のSuper GT 迫力ありましたよ。
一見価値ありでした。
norisa
-
- みっちゃんさん 2013/03/16 21:47:48
- 勉強になりました・・。!
- こんばんは!norisaさん(^^)
以前の銀行には建築課長さんもおられたのには、びっくり!
『ぼろは着てても心は錦』歌にも有りましたが、かつての
日本は生き生きとしてたんでしょうね〜〜・・。
わずか100名が巨大都市になった経緯を初めて知り、
勉強になりました・・。(^^)
自分も横浜に行ってみたくなりましたよ〜・。(笑)
≪資源に乏しい日本は「Japan Product as NO1」という
世界的評価が必須です。≫
そうありたいものです・・。
日産本社のスーパーGT、特に自分達世代には憧れですね・。
1度で良いから操ってみたい・・。(笑)
大理石模様が、女性に見えるんですけど・・。(^^;
教材となる旅行記でした・・。ありがとうございました・・。
みっちゃんm^^m
- norisaさん からの返信 2013/03/16 22:06:52
- RE: 勉強になりました・・。!
- みっちゃんさん、
早速のご訪問ありがとうございます!
横浜!そうなんです、田舎です(笑)
さて、日産のSuper GT凄いですよ!
若くてキレイな女性がいろいろ説明してくれましたーー。
説明はいいから、私とこれに乗って夜の新東名でもぶっとばしましょう!とは言いませんでしたが、素晴らしく魅力的です!
(女性ではなくSuper GT carです!!)
燃費も環境も考えない車!それもいいかも??
norisa
-
- aoitomoさん 2013/03/16 21:02:00
- Japan Product as NO1
- norisaさん
脳味噌の軽い私は横浜の歴史はちんぷんかんぷんですが、
norisaさんの旅行記で脳味噌が4580?増えた気がします。
4580=ヨコハマ 失礼しました。
海外に行くと、大概「Japan Product as NO1」ですよ!
ドバイのデサートサファリも日本製のクルマが一番丈夫だと。
カンボジアなど東南アジアでも日本のクルマが指示を得ているし!
南国リゾートに行けば、日本性の時計を欲しがる人が多い。
自分のロレックスの時計を私のセイコーのダイバーウォッチをと交換してくれって言ってきた人もいたし。
そういう意味では旅行記の後ろに日産グローバル本社のレースカーを持ってきて、『Japan Product as NO1』を訴えるこの旅行記は説得力ありますねー。座布団1枚!
aoitomo
- norisaさん からの返信 2013/03/16 22:01:38
- RE: Japan Product as NO1
- aoitomoさん、
こんばんわ!
いつもありがとうございます。
座布団を頂いたので抹茶でもお出ししなくては(笑)
確かにJapan Productの評価は高いようですが、それに甘えては将来がなさそうです。
というのも昔の日本は時計はスイス、エアコンはGE、車は---などと舶来品一辺倒でしたからね。
時勢の移ろいは激しく、根本的かつ革新的な技術のみが生き残れるような気がします。
その意味では日本はまだまだとも思えますーー。
その意味でまだまだ頑張りたいものですーーー。
norisa
-
- pedaruさん 2013/03/16 19:53:47
- yokohama
- norisaさん こんばんは
pedaruも昨年横浜を訪れましたが、旅行記作成途中で頓挫しています。というのは、コメントに窮してのためです。
多彩なnorisaさんのコメントを目にして、益々旅行記完成が遅れそうです。これがまさに、気後れと言うのでしょうね。
ヨーロッパの香りがするnorisaさんの旅行記にしばし浸ったひと時でした。
pedaru
- norisaさん からの返信 2013/03/16 20:29:54
- RE: yokohama
- pedaruさん、
本当にいつもいつもありがとうございます。
過分なお言葉に晩酌の酒が過度に回りそうです(笑)
しかし、コメントの達人はまさにpedaruさんですよね!
というのも、あの厳しい??大将閣下が激賞したのは疑いもなくpedaruさんの心からの名コメントですからねーー。
あの方口は悪いけど頭と心はただ者ではありませんから、完璧に的を得たご評価だと思います(笑)
norisa
- pedaruさん からの返信 2013/03/17 05:51:45
- RE: RE: yokohama
norisaさん
豚もおだてりゃ木に登る という諺が古来(昭和40年代)よりありますが、
pedaruは木に登って落ちるのがオチです。
コメントを褒められたからには、口先だけでなく心もこめんと・・・
お後がよろしいようで pedaru
- norisaさん からの返信 2013/03/17 07:19:38
- RE: RE: RE: yokohama
- pedaruさん、
座布団一枚さしあげます(笑)
norisa
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