2012/03/03 - 2012/03/12
1508位(同エリア1810件中)
ちゃおさん
さてこれからアユタヤ観光である。アユタヤには過去2回来ているから、今回で3度目の観光となる。バンコク近郊の観光ツアーでは、大体どこでもこの街は含まれている。17世紀の初め、徳川幕府が出来た頃、沼津出身の山田長政がこの国に移り住み、アユタヤ王朝の高官にまで上り詰めた話は有名だ。
彼が政争、騒乱に巻き込まれ、マレー半島に追いやられて以降、アユタヤ王朝の衰退が激しく、遂には隣国ビルマに攻め込まれ、この優美な街は廃墟と化してしまった。廃墟になった街がどうして優美だったかと言えるのは、この町のあちこちに優雅な仏塔が遺跡として残されているからである。
タクシー運転手が先ず最初に案内してくれたのは、この街へやってくる観光客、観光バスが絶対に見逃すことのないアユタヤを代表する寺院、「ワット・マハタート」(วัดมหาธาตุ)だ。ここは何が有名かと言うと、ビルマ軍により打ち壊された仏塔、仏像が廃墟のままの状態で残されていて、その入口付近には大理石で出来た仏像の頭部が長い年月の間に、巨大なグジュマルの蔓に巻き取られ、長い風雪の栄枯盛衰、命の無常さを感じさせるからである。
最初にこの仏頭を見たのは6年前。6年経っても変わらずそこにあり、6年の歳月を感じさせない。変わったのは見ている自分の歳が増えただけだ。去年の秋にはこの辺一帯が1mを越す洪水で、この仏頭を含め、遺跡のあらゆる場所が水面下に水没したであろうが、水が引けば又元の絡め取られた仏顔を晒している。無情のお顔立ち。
日本人は特にこの像に惹かれるのだろうか。仏頭の前を大きく柵で囲って、日本語で、「仏像の頭部に立たないようにお願いします」との注意書きがしてある。英語と日本語のみの表示である。日本人は中国人よりも韓国人よりも劣っているのだろうか・・。柵がしてあれば、表示がなくても中に入るような日本人はいないと思うが・・。仏の頭に乗る日本人など、誰もいないと思うのだが・・。無表情の仏像と、この日本語表示のアンマッチさに少なからず違和感を覚え、次の場所に向かった。
- 旅行の満足度
- 5.0
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これからアユタヤの遺跡巡りが始まる。
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ここはタイ観光旅行者の8割以上が訪れる場所。
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17世紀、この街はビルマ軍に破壊され、廃墟となった。
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アユタヤと言えばこの仏頭。アユタヤの代名詞になっている。
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しかし日本語と英語で、仏の頭に上ってはなりません、との注意書きがしてある。いやだなー・・。
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しかしそんな人間社会の喜怒哀楽、憎悪好感などお構いなしに、400年間、来る人を見続けている。
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去年の10月にはこの辺りも1m以上の洪水で水没したが、今はそんな痕跡はどこにも残っていない。
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滅びと再生。首都はアユタヤからバンコクに移り、国名もシャムからタイに変わった。今バンコクは東南アジアを代表する都市の一つになっている。
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洪水の結果、むしろ以前よりは綺麗になった感じの遺跡群。
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当時の壮麗な首都はこうした遺跡群より想像できた。
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