2008/07/27 - 2008/07/30
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sansakoさん
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東地中海クルーズを終えてロ-マからフィレンツェへ移動した。
このクルーズの前後には、ローマとフィレンツェに3泊ずつしてサンドウィッチすると言う、欲張り旅行を決行したので、日本を経由して家を出てから戻る迄3週間の旅行となった。
ここに綴るのは、この3週間の旅の最終篇だ。
7月7日 クルーズ空き状況調べ
7月9日 クルーズ費用振込
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7月13日 シドニー出発
7月14日 クルーズ代理店にて最終書類受け取り
7月16日 実家
7月17日 成田出発~ローマ着
7月18日 ローマ
7月19日 ローマ
7月20日 チヴィタヴェキア(ローマ)より乗船
7月21日 シシリー島 メッシーナ
7月22日 終日クルーズ
7月23日 ピレウス アテネ
7月24日 クサダシ トルコ
7月25日 イラクリオン クレタ島
7月26日 終日クルーズ
7月27日 チヴィタヴェキア(ローマ)にて下船~フィレンツエ
7月28日 フィレンツェ
7月29日 ピサ、フィレンツェ
7月30日 ミラノ出発
7月31日 成田着
8月2日 実家
8月3日 成田出発
8月4日 やれやれ家に到着
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 観光バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
-
7月27日(フィレンツェ 1日目)
この日の朝、チヴィタヴェキア港で下船し、船内で予約しておいたオスティエンセ駅(Ostiense)行きのバスに乗った。そこからは地上鉄道でテルミニ駅まで移動。
テルミに駅からフィレンツェまでは、19年前にも乗ったのと同じベニスまで行く列車だが、さすがに列車もモダンになっていて、1等でも昔のようなコンパートメントではなくなっていた。スナックも配膳されないようなので、夫がキヨスクで簡単な駅弁ならぬ、パンとソフトドリンクを買って来た。
バカンスシーズンのピークを迎えているので、車内は満席で騒がしい。
さあ出発進行〜。 -
はいはい、フィレンツェ到着です。所要時間は何れくらいだったかな。2時間くらいだったかしら。
荷物を持って下車した猫夫のくたびれた立ち姿。ぼーっとしてます。
3日後のミラノ行きのプラットホームも一応チェックしておかないと、当日おたおたしちゃうからね。 -
ホテルは成田を出発する前日にオンラインで予約した、Hotel Tornabpuni Beacciに3泊。
駅から歩けばおそらく10分ちょいではないか?バックパッカーの身なら当然歩いてゆくが、中年から壮年へ移行している身としては、ホテルまでは駅からタクシーを使った。
ホテルはVia dè Tornabuoni(トルナブオーリ通り)に面している建物で、ホテルの玄関は建物の3階あたりにある。
予約表を見せてチェックイン! と思ったら、なんだか雲行きがおかしい。ぬわあんと、ここでも予約した部屋が空いていない模様。ローマに続きフィレンツェでも崩れ落ちる可哀想な私たち。
結局途中で部屋を移動することになった。 -
通されたのは窓も小さな小部屋。予約したのはこのタイプでは無かったと思うのだが。。。
思わず2年前のロンドンを思い出した。 -
部屋からの眺め。
この晩だけはこの部屋に泊まる事になり、 -
イチオシ
2日目にはこちらの部屋に荷物が運ばれていた。
広々として居心地の良い部屋だった。
窓を開ければ赤いテラコッタの瓦の屋根、屋根、屋根。大聖堂のクーポラを望む部屋もあるらしいが、しかし、これはこれで良いのだ。実話かどうか知らないが、若かりしチェーザレ・ボルジアは部屋をこんな屋根伝いに抜け出して、市民の生活を垣間みたんだな、なんて思いをよせることもできるではないか。 -
自然光たっぷりの明るいバスルーム。
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まあ、お部屋の途中移動はあったけれど、スタッフもとても感じが良く、このホテルはとってもチャーミング!
こちらはバーから出れるテラス。
ここでは朝食もとれる。 -
ホテルのあるVia dè Tornabuoni(トルナブオーリ通り)はブランド通りらしく、名だたるブティックの店舗が続く。
-
さっそくトルナブオーリ通りをサンタ・トリニタ橋方面へ出て、アルノ川をウフィーツィ美術館目指して歩く。
(ムービーから切り取った写真) -
ウフィーツィ美術館に来てみれば、どっひゃあ〜。
覚悟はしていたがここまで並ぶとは!
やはりクルーズ前のローマから入場券を予約しておけば良かったと後悔。実はオンラインでの予約が面倒くさそうで、予約センターに電話する方が簡単そうに見えたので、ローマに着いたらと思っていたのだが、すっかり忘れちゃった。
しかしながら、この美術館は外せない見所だった。スーパーのレジで並ぶのが大嫌いな夫も、ここでの1時間半を良く耐えてくれた。 -
ジョット、ボッティチェッリ、ティッツアーノ、カラバッジョ。。。
ウフィーツィ美術館からヴェッキオ橋を眺める。
美術館の建物からアルノ川を挟んだ向こう岸にあるピッティ宮まで、この橋の上に「ヴァザーリの回廊」があることは有名。
このL字型に飛び出た渡り廊下がそれだ。 -
ウフィーツィ美術館を出ると、シニョリーア広場がある。
ルネッサンス彫刻に飾られた広場は屋外彫刻ギャラリーのよう。
かつてのフィレンツェ共和国の政庁舎、ヴェッキオ宮などが建つこの広場は、政治の中心地で、スキャンダルの裁きもお仕置きもこの広場だった。 -
シニョリーア広場のカフェの一つで腹ごしらえ。
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雀がおねだりにやって来た。
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街歩きをしてホテルに戻る途中、ヴェッキオ橋に向って歩いていると、とある小さな脇路の突き当たりに、小さな教会のファザードが見えた。小さな広場もあって魅かれて入って行くと、教会の入り口は開いており音楽が聞こえチラシを配っていた。
(写真はツーリズムのサイトより) -
中をのぞいてみると、ポルトガルのユース・オーケストラのリハーサル中。
もらって来たチラシを見ると、10周年を迎える国際ユースオーケストラのフェスティバルがトスカーナ地方で2ヶ月に渡り、あちこちの会場で行われていた。
滞在中にこちらの小さな教会St Stafano al Ponte Vecchioで、無料コンサートが行われると知って、計画に入れることにした。
滞在中、他にも建物の中庭で演奏会を催しているのを見かけた。 -
さて一度ホテルに戻り、着替えて食事に出かける前に
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ホテルのバーで一杯。
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こちらはラウンジ。
あまりにも可愛い造りに猫夫を座らせて記念撮影。
このホテルは豪華ではないけれど、暖かみのある家具に囲まれた居心地の良さがある。 -
テラス
-
さて、下に降りて夕食に出ますわよ。
-
取りあえず、観光ハイライトの大聖堂(Duomo)へ足を運びながら、ぶらぶらと適当なレストランを探す。
このサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は、パッツィ家の陰謀の暗殺現場でもある。
大聖堂のクーポラ工事はブルネスキの総監督による事も有名だ。
色大理石の美しい事。 -
ぐるぐる歩いて、メリーゴーランドのあるレプッブリカ広場に出た。広場に面したカフェ・コンチェルト・パスコフスキー(Caffe Concerto Paszkowski )で、アンティパスト1皿、プリモピアット2皿、シャンパン1本の晩食を取った。途中で男女カップルのミュージシャンが歌い出した。
隣に子供を二人連れた素敵な母親がいて、この母子のやりとりを見ているのが楽しかった。
歌を聴いているうち睡魔が襲って来た。二人で手を繋いでふらりふらりと宿に戻って、バタンキュー。 -
7月28日(フィレンツェ 2日目)
さて本日のプランは、昨日のウッフィツィ美術館に懲りたので、「並んで入館するのはもうやめましょう」「心の赴くままに行きましょう」と言う緩い作戦だ。
そうは言っても方角くらいは決めないと。それでは河向こうと、サンタクローチェ方面にでも出かけましょう、てな事でスタート。
この日も暑い日だった。
先ずはヴェッキオ橋を向こう岸へ渡るべく、河沿いを歩く猫男のミスター・ブラック。
ほう、今日のスカーフは赤ですか。お洒落したつもりですね。
(2010年、4トラベルを知る迄、ブログを書くことは思ってもみないことだったから、公開できる写真不足のため、パリの旅行記あたりから度々猫夫が登場していマス。) -
ヴェッキオ橋の上は両側にぎっしり宝飾店が軒を連ねている。この上に例のメディチ家の人々が歩いた空「ヴァザーリの回廊」があるんだな。
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開店の準備中ですね。
(荒い画像はムービーからの写真) -
キラキラが一杯だ。
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河向こうの手袋屋さん。
イタリアは革の染色が上手。 -
甘いものが並んでる。ダメダメ。
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ほうおお。
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ピッティ宮殿前。
ウフィーツィ美術館からヴァザーリの回廊がここまでつながっている。
この宮殿の中は美術館が数館入っていて、広大なボーボリ公園も隣接している。
これを観るとなると相当な時間がかかるので、観るべきか観ざるベきかなんて話しながら向ったけど、行ってみたら幸か不幸か休館日だった。 -
写真はピッティ宮殿隣接のボーボリ庭園の一部で、奥に見えるのはグロッタ(洞窟)。
こちらも閉まっていたのでゲート越しにパチり。
ううっ、ここは見たかった。 -
ではここまで来た記念に、宮殿建物に装飾されているライオンと記念撮影。
ライオンの百面相に合わせて、ミスター猫も百面相。
そっくりに表情を作っているけれど、お見せできないのが残念。
次は、ピッティ宮のすぐ向いにあるサン・フェリーチェ教会に吸い込まれたように足を踏み入れた後、サント・ピスト広場へ出る。 -
サン・フェリーチェ教会。
(相変わらずの写真不足により、Googleより)
権力と富が結集された、立派な建築と芸術のキラ星の大聖堂を今日見ることができるのは素晴らしいけれど、こんな小さな教会にこそ当時の人々の日常が感じられる。ここには有名な又は由来のある絵がいくつかあるらしく、熱心に鑑賞している欧米人がいた。絵画の他に彩色された聖像が置かれていて、子供の頃行った教会を思い出す。
調べてみると、ここに多数の美術作品が遺っているのは、メディチ家がピッティ宮に居を構えていたとき、宮廷教会として機能していたからでは、と言うもの。 -
続いて通りかかったサント・ピスト広場は緑があるせいかしら、賑やかだけどこじんまりといい感じ。
(写真は夏でも賑やかでもないGoogleより)
広場に面したカフェの店先に、イタリア版のかき氷、グラニータがグルグル廻っている。柑橘系のサッパリしたのを買い求めて、街歩きを続けた。 -
歩いていて見かけた、巨大ホッチキスに思わず目が止まり写真を撮った。
建物の壁に沿って作られているベンチのようだ。
(こういう写真は撮るくせに!)
なぜ撮ったかと言うと、こちらの青磁茶碗を、突如時空間をびよ〜んと室町時代まで飛んで思い出してしまったから。これは上野の国立博物館所蔵の国宝で、将軍足利義政が使っていたものですぞ!
将軍のたいそうお気に入りのお茶碗で、割れたのと同じものを中国にお願いしたら、「同じ物の在庫はありません」とこのように修理されて戻って来た。修復の考え方が似ていると思うのは私だけだろうか。(はい、きっとそうですよ!)
う〜ん、情緒が違うか。(違う、違う!)
そういえば中国映画「初恋のきた道」でも、村を廻って歩くお茶碗の修理屋さんがこうして修理していたっけ。竿竹屋か昔のお豆腐屋さんのような感じで。
気に入っているものや大切にしているものが壊れたら、繕って修理していつまでも大事に使うと言うのは素敵な事だ。だから気に入ったものは、見栄えは今一だとしても、出来る限りきれいに修理したり、繕うようになった。
ところでこのホッチキスの継ぎ方、ご飯はいいけど汁物はどーなる!?
漆でもしみ込ませているんだろうか。 -
話しがそれたので時空間を再び、びよよ〜んと戻して、引き続きグラニータを食べながら歩いて、歩いて。。。
-
チェントロ地区まで来た。大聖堂に並ぶ人々の列の長さにめげて、そのまま通りすぎてサンタ・クローチェ広場へ向った。
写真左奥の色大理石の建物はサンタ・クローチェ教会。 -
教会の内部はとても大きく明るい空間。
建築様式やフレスコ画の見所の他に、フィレンツェゆかりの多くの文化人が埋葬されている霊廟だ。ミケランジェロ、マキャヴェリ、ロッシーニ、ガリレオ・ガリレイ、その他たくさんのお墓が収められている。ミケランジェロの墓碑はひと際目立っていた。
教会の回廊へと出る。 -
最後にパッツィ家礼拝堂と回廊を背景にパチリ。
ここでは拝観料がかかるが見所が多い。ゆっくり観て涼しい回廊に腰掛け次の作戦を練っていると、あっという間に時間が過ぎる。
お土産屋を物色しながら早めにホテルへ戻ることにした。 -
ホテルに戻りテラスでビールとシャンパンで夜までゆっくりと過ごす。
-
家を出発して15日目の晩だ。体力のある若きバックパッカーとは違い、さすがに旅の疲労が溜まって来た。
-
さて、この晩は昨日偶然見つけた、小さな教会のユース・オーケストラを聴きに行く。
St Stafano al Ponte Vecchio
こちらの教会は、1100年頃のロマネスクの教会だけれど、コンサートの他にもお芝居、展示会、レセプション等のイベント等にも貸しているようだ。 -
入場した時はほぼ8割がた座席が埋まっていた。
お隣には丁度日本の青年が隣り合わせた。するともう一人日本の青年が合流して隣に座る。彼等の一人は料理人、もう一人はレストラン勤めをしていたそうだ。フィレンツェに来て1ヶ月経つと言っていた。
遊学だろうと留学だろうと、若いっていいなあ。
そんな世間話をしているうちに会場は満席。昨日のリハーサルはポルトガルのユース・オケだったけど、今夜はイギリスからやって来たユースの演奏が始まった。最初は若きコンダクター登場。そのあと楽団の監督らしきコンダクターが引き継いだ。ブラームスのアカデミック・フェスティバル・オーバーチュア、エルガーのチェロ協奏曲、チャイコフスキー交響曲5番。
聴きやすい曲で良かった。難解な曲だったら即、居眠りして舟こぎ状態だったかもしれない。
こうして私たちの旅は終盤を迎えて行く。
(写真は同教会のWEBより拝借) -
7月29日(フィレンツェ 3日目)
午前中はお土産のお買い物タイム。午後からは日本語ツアーでピサの斜塔迄バスで行く。
フィレンツェの駅の脇で集合だ。
ピサまでバスで1時間程。猫夫のトイレ対策で駅前のカフェで軽食を。
楽しみにしていた日本語で聴く観光案内。日本語って素晴らしい!楽チン!
ピサ斜塔等のある広場は塀で囲まれており、その出入り口にはマーケットのようにお土産屋さんが連なっていて面白そうだ。
広場や斜塔前では、斜塔を撮る人のほとんどが、あっちでもこっちでも傾く建物を手で支えているポーズを取っているのが可笑しい。
それにしてもまばゆいばかりの白亜。
開放感ある広場の芝生の緑に映えて美しい。 -
こちらの大聖堂は、イタリアにあるロマネスク様式の代表的建築物なんだそうだ。
ひっそりとある田舎のロマネスクとは違うが、富と権力の結集、一国を代表する大聖堂だものね。 -
大聖堂内部。
建設にはパレルモ等の古代ローマの遺跡から建材を運んで来たそうで、円柱の高さが揃っておらず底上げしている箇所もある。 -
それにしても一歩足を踏み入れると、天井の高さと壮麗さに、
-
口をぽかんと開けながら見上げて、ただ前進する。
説教台の存在感、アーチの連なり、天井に輝くメディチの紋章。。。
ガリレオのランプと呼ばれるシャンデリア。
神聖ローマ皇帝ハインリヒ7世のお墓もある。皇帝選出諸侯の傀儡にならず人望のある人だったらしい。志半ばでイタリア遠征中に没し、ここに眠っている。
この辺の話しになると、とってもややこしい。 -
こちらの方々はどなたでしょ。
なにか、横目で見られていマス。 -
こちらは洗礼堂内部。
何やら発声して音響テスト中。
この後、敷地内でのちょっとした自由時間があったものの、塀の外の露店通りには立ち寄れず、スタスタ通り過ぎてバスの駐車場へ戻って、ピサ斜塔観光はさっぱりと終了。 -
さて、バスはフィレンツェに戻りツアーは乗車した駅前で終了。
我々は駅をサン・ロレンツォ広場に向う。
途中、Ariento通りにはたくさんの露店が出ていて、フィレンツェの工芸品、革製品、バッグや小物等が売られており、お土産の物色にもってこいのマーケットだ。
可愛いバッグを6個くらい買って交渉している強者の日本女性がいて、妙技に舌を巻いた。私はここで姪のお土産にストールをひとつ買った。
最後の晩も夕食前のホテルのテラスでビールタイム。
良く見回したら、屋根の上にこんな彫刻が。 -
食後の散歩中にちょっとした落書をいくつか見つけ撮っていたら、
-
昨日バッグを買ったお店の方とバッタリ再会。
ホテルに近いお店だった事もあって何度か立ち寄って、ベージュにするべきか、冒険して真っ赤にするべきかうだうだと決めあぐねていた所、彼女の「冬のダークなコートに映えますよ」の一言で赤に決めたのだ。優柔不断ぶりで覚えていてくれたのかもしれない。
この赤いバッグ、仕事用には派手すぎるかなと思っていたけど、なんの、なんの。
革は日焼けせず、今でも気に入って大切に使っている。 -
7月30日(フィレンツェ 4日目)
帰国の日だ。
フィレンツの駅(サンタ・マリア・ノヴェッラ駅)からミラノへ移動だ。駅のビュッフェでランチを取って出発。 -
ミラノへ向う車窓。
ぶどう畑とトウモロコシ畑が続く。
通路を隔てて座る、イタリア人ビジネスマンの携帯電話の会話がやかましい。バリトン級の声量で、自分の家にいるかのように、1時間近く話していたのではないか? マナーの悪さに呆れる程で閉口した。 -
ミラノ駅からは空港迄バス移動だ。
ミラノの空港では、日本の実家で食べようとプロシュート(生ハム)を買った。
同じ帰国便とお見受けする日本人観光客が、日本には持ち込めないらしい話しをしているのを聴いたのにもかかわらず、買った。
昔、ハワイで買ったパパイヤ1ケースだって、検疫通してOKだったので、真空パックだもん、検疫に見せれば大丈夫とタカをくくったのだ。
成田で検疫に見せたら、果たして持ち出せないと言われた。ここで食べるか捨ててくれと。。。
夫は荷物のターンテーブルにいるので、悔しいから真空パックを開けてベンチで食べようかと検疫カウンターを離れたら、
ぬわんと、「私の前で食べてください」と言われちゃいましたぞ〜〜〜。
もうよか、よか、と言う事で泣く泣くゴミ箱へポイ。
後に友人達いわく、荷物に入れてそのまま持って出ちゃえばいいんだよ。だって!
不良中年達め。 -
追記:今回の旅の自分へのお土産はコレ。
アルノ河沿いのDUCCIと言うギャラリーで求めた、アラバスター(雪花石膏)製の葡萄と大理石のフルーツ。たっぷりと飾りたかったが運ぶには少々重さがあるので、まあこんなところで。磨きの足りない銀プレートは祖父の家から受け継いだ、ティーセットのお盆。
このギャラリーでは、オレゴンから来たと言う若いカップルが日本語で話しかけて来た。旅先で少しの会話でも、同じ物を観て交流があるのは嬉しい。
ちなみにお店番の方はニュージーランド人だった。
こうして2008年の旅は、興奮と疲労の尾を引いて終わったのだった。
あ〜、長かった。
最後迄ご覧頂きまして、有り難うございます。
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