2012/12/26 - 2012/12/26
62位(同エリア141件中)
とっしぃさん
フランス東部の街、ナンシー。ここは19世紀後半、特に1890-1900の10年間に最盛期を迎えた装飾工芸の拠点でした。いわゆる「ナンシー派」と称される創作家たちが活躍した街です。世界に名だたるガラス工芸家のエミール・ガレ(1846-1904)、ガレよりは穏やかで柔和な作風のドウム兄弟、工芸家具を中心にこれぞアール・ヌーボーという仕事をしたウジェーヌ・ヴァラン(1856-1922)やカミーユ・ガウティエ(1870-1963)、そしてナンシー派を代表するひとりルイ・マジョレル(1859-1926)。本の装丁などで素晴らしい作品を残したカミーユ・マルタン(1861-1898)やヴィクトル・プルーヴェ(1858-1943)、家具の他ステンドグラスで美しい作品を製作したジャック・グリュベール(1870-1936)、建築の分野でもエミール・アンドレ(1871-1933)、アンリ・グトン(1851-1933)、ポール・シャルボニエール(1868-1955)、ルシアン・ウェイセンブルジェ(1860-1929)…等々、枚挙にいとまがありません。
世界的に著名な画家、たとえば近代の印象派などと違って日本ではなかなかスポットの当たることがない分野ですが、ヨーロッパの美術工芸に興味ある方なら是非とも注目して欲しいところです。例外はエミール・ガレとドウムだけでしょうか。
ナンシー派の活動は、その後のアール・ヌーボーという一大ムーヴメントの礎になりました。
そもそもアールヌーボー自体、ひと言で言えば近代に於けるルネッサンスそのもの。
18世紀から19世紀(1760年代から1830年代にかけてイギリスで起こった「最初の」産業革命)、それに続く機械工業化と大量生産で失われた手作業による美とロマンティシズムへの回帰を目指したものです。その発端となったのが、皮肉にも産業革命の発信源となった同じ英国でした。アーツ・アンド・クラフツ運動、そしてラファエル前派。
いつの時代でも、便利になること、楽すること、人と同じもの、使い捨て…そうしたものやことに違和感を覚え、相応の対価を支払ってでも個性を表現し、高い質を求める人たちが存在します。
普通、それはブルジョワ=上流階級に属する人たちの特権でした。それを一般市民レベルにまで拡大したのが、アールヌーボーに続くアールデコだったのです。ヌーボーが打ち立てた作家の大胆なイメージを具現化する繊細さ、手間暇掛けた複雑な過程を経てようやく完成された作品は、限られた発注者たちを大いに満足させました。けれど、一品製作では作家の経済状況は向上しません。それを潤すために鋳型や版を使ってオリジナルを忠実にコピーすること。それこそがアール・デコ最大の功績でした。たとえばルネ・ラリックは「香水瓶」の世界で初めての量産を成し遂げ、実業家として大きな成功を手にしました。厳密には量産された製品は、オリジナルよりは若干質が低下します。けれど、1mも離れれば本物のダイヤかスワロか見分けられないのと同じ事。
ナンシー派の優れた創作活動は、そうした今に続く遺産の源となったのでした。
そのナンシーには、まずは訪れるべきふたつの美術館があります。
ひとつは美しいスタニスラス広場に面した「ナンシー美術館」。もうひとつが駅を隔て、市心の西側に位置する「ナンシー派美術館」。一文字違いの紛らわしい名前ですが、それは日本語でのこと。今回の日記でご紹介するのは、アールヌーボーの館と言って良い後者の美術館です。
ここの特徴は、ナンシー派を代表するアーティストたちそれぞれの「代表作」が一堂に集められていること。マジョレルやヴァランの装飾工芸家具、ガレやドウムのガラス工芸、プルーヴェやマルタンの書籍装丁、グリュベールのステンドグラス。それらが単品展示ではなく、ひとつの部屋として、あるいは複数の作家たちの作品を集めたひとつの空間展示をされているのがすごいところです。
ガレが家具も製作していたなんて、日本にいてはなかなか気付かないはず。
ナンシー派美術館は建物自体、エミール・ガレのパトロンであったウジェーヌ・コルバンの私邸を改装したもので1964年に開館しています。庭もきれいに手入れされ、花咲く時期なら一層美しく美術館を彩ることでしょう。パリからTGVに乗れば、たった1時間半です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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ナンシーの駅から西側の住宅地に「ナンシー派美術館」はあります。
クルマなら、駅から10分ほど。
ここから少し北に行くと、「マジョレルの館」があります。 -
ウジェーヌ・コルバンは、エミール・ガレ最大のスポンサーでした。
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誰が見てもすぐ分かる、エミールさま。
彼の作品は、今や全世界に散らばっています。
この日本も、ランプや花瓶などのガラス工芸品に限れば世界に誇れるコレクションがあります。 -
イチオシ
これはガレにしては珍しい作品です。
美術館の一番奥の小部屋に、ひっそりと隠れていました。 -
ガレやヴァラン、夢の競演。
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アールヌーボーの館ならではの、統合的空間。
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孤独。でも、その目は輝いていそうなガラス工芸師。
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無垢の木材からここまでに仕上げてしまうイマジネーションと技量に、出るは溜息ばかり。
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ボッティチェリの「春」を横に飾ったら似合いそうなほど、優しく甘い香りが漂ってきそうです。ジャック・グリュベールのステンドグラス。
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日本では滅多にお目にかかれない、ガレの木工作品。
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アールヌーボー期の木工で、もっとも惹かれるのが木材表面の仕上げの美しさ。
オークであれチークであれ、あるいはウォールナットであれ、素材の吟味から彫刻加工、最終段階の研磨とつや出しすべての過程で一切の妥協なく、熟練の手腕を存分に発揮して完成されます。 -
ルイ・マジョレルの、典型的造形。
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100年とちょっと前の、フランスの文化です。香しき優美!
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階段踊り場も、ヌーボーでまとめるとこんな風に。
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こうしてアールヌーボーならではの統一された空間に身を置くことができるのが、ここの最大の特徴。
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ピアノとしての価値よりも、工芸装飾の素材・・と言った感じ。
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木とガラスの見事なハーモニー。
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マジョレルやヴァランだけでなく、ガレが装飾美術としての家具を製作していたのは余り知られていません。
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日本でたとえるなら、寄せ木細工ではなく、象嵌や蒔絵と言った印象の仕事。
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エコール・ド・ナンシーと呼ばれる「ナンシー派美術館」。
その名の通り、ナンシー派発祥の地ならではの圧倒的コレクションを誇ります。
主役はE.ガレ、ドウム兄弟、L.マジョレル、E.ヴァラン、そしてJ.グリュベール。
この建物は、エミール・ガレのパトロンであったウジェーヌ・コルバンの私邸を改装した美術館で1964年に開館。庭もよく手入れされ、花咲く時期には美術館もさぞかし華やぐことでしょう。
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この旅行記へのコメント (2)
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- rinnmamaさん 2013/02/13 21:13:36
- 溜息がでます。素敵ですね。
- とっしぃ様
昨夜はコメント有難うございました。
この美術館は写真はOKなんですね。
やはり写真を撮りたいなーと思いますもの。
このバランスとガラスの色の、上品さが素敵です。
名古屋の美術館にも、ガレの家具があります。
テーブルの脚がトンボなんです。天版の模様もうっとりでした。
他にも家具がありますし、部屋も移築?してあります。折りたたんで
フランスから持ってきたそうです。
私はとっしぃさんのように、詳しくないのです。ただ、良いなーと思い
眺めるだけですので、専門的なことは判りません。
絵画も心持ち良いなーと眺めてきます。
知識も必要なんですが、今更、無理そうですので何回も見る事にして
います。これから、とっしぃさんのブログで学びたいです。
今後のブログを楽しみにお待ちします。 rinnmama
- とっしぃさん からの返信 2013/02/14 00:00:57
- RE: 溜息がでます。素敵ですね。
- rinnmamaさま
ルーブルはじめ、ヨーロッパの美術館はフラッシュさえ使わなければ撮影O.K.のところが多いです。日本は神経質すぎるように感じますが、それは国家レベルでの美術に対する意識の違いでしょう。
日本は伝統文化などには保護育成の目を向けますが、西洋美術や現代芸術の分野への対応はハッキリ言って先進国として恥ずかしいレベルです。
つい先日も島根県の公園に設置されたダビデ像が物議を醸し、パンツをはかせろ!とクレーム付ける市民団体がいるとか。なんとお粗末な。
フィレンツェのシニョーリア広場に建つミケランジェロの代表作(あれも、実はレプリカですが…実物はアカデミア美術館)を見て、同じ事を言うイタリア人は皆無でしょう。
> 名古屋の美術館にも、ガレの家具があります。
> テーブルの脚がトンボなんです。天版の模様もうっとりでした。
> 他にも家具がありますし、部屋も移築?してあります。
それは知りませんでした。何という美術館ですか?
名古屋なら、今年中に行くかも。
ガレの作品は日本国内にかなりの数がありますからね。
でも、木工作品は貴重です。
> 私はとっしぃさんのように、詳しくないのです。ただ、良いなーと思い
> 眺めるだけですので、専門的なことは判りません。
> 絵画も心持ち良いなーと眺めてきます。
それが一番大事なことです。
学芸員ではないんだし、評論家気取りの人はSNSにも沢山います。
善し悪しではなく、好きか嫌いかで良いと思います。
今夜BSで放映していたモロー(Gustave Moreau)は、個人的には嫌いな画家です。
> 知識も必要なんですが、今更、無理そうですので何回も見る事にして
> います。
知識なんて、あとからいくらでも補えるもの。
でも、多少の知識があれば見方が変わったり、より理解度が高まるのも事実です。17世紀までのヨーロッパの絵画は、ひと言で言ってしまえば「宗教画」です。キリスト教の知識が皆無だと、たぶん、皆同じに見えてしまうか、表情や仕草、構図や人物像、小物や描かれた花や装飾品の意味を知らずに終わってしまうことが多いと思います。たとえばパンはイエスの肉体であり、ワインは彼の血なのです。ラリックが執拗に百合の花を教会装飾に取り入れたのは、それが聖母マリアの純真と清廉を象徴するものだから。
一般には「平和の象徴」として捉えられるハトですが、それは聖書(福音書)の中に何度も記述されています。ハトとオリーブ、ノア。
近いうちに旅行記にしますが、「サン・ニケーズ教会」ではラリック作のガラスのハトが礼拝堂に浮かんでいました。
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