2013/01/19 - 2013/01/19
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mas98765さん
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3日目の記録です。W社の日帰りツアーに参加してアユタヤに向かいます。まずはバーンパイン離宮に行って、その後日本人町跡を車窓見学します。
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- 個別手配
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2013年1月19日(土)
今日はW社の日帰りツアーに参加してアユタヤに行きます。アユタヤには鉄道駅がありますし直行バスもあるので個人でも行けますが、効率的に回るためツアー参加を決めて、一昨日W社を尋ねて予約しました。他社のツアーとも比較しましたが、W社の往復バスのツアーが1350バーツと比較的安く、ガイドブックにあげらている見どころを一通り回ってくれるのでこれにしました。ホテルからのピックアップサービスがあって、泊まっていたホテルの隣のウェスティンのロビーに6時20分集合と指定され、ホテルの朝食を食べられずスナック菓子で済ませました。スタッフの方や他の方々は定刻に来ましたが車が来るまで待ちました。車に乗り込んで6時32分発車。朝早い時間帯なので車はスムーズに走りましたが、最終集合場所のホテル前玄関で、ガイドさんが迎えにくるまで、かなり待ちました。W社のガイドさんを見つけて話しかけても、違うツアーなので待ってくださいということでした。結局7時を大きく回っていて、これならホテルの朝食を普通に食べてBTSで来ればよかったなと思いました。やがてガイドさんが現れました。人数によって乗り物の種類が変わるようですが、1月半ばの旅行客が少ない時期で参加者は10人ほどでしたので、マイクロバスでした。7時14分に乗り込んで他の人たちを待ち、7時20分発車。 -
7時26分に料金所を通過、Google Mapで「Bang Pain Pak Kret Expy」と表示されている高速道路を北上します。この少し前にガイドさんから挨拶があって、説明が始まりました。アユタヤまで76kmくらいの距離があって、混んでいなければ1時間弱だそうです。今日は土曜日で、バンコクの人たちは土日の朝は寝坊なので大丈夫でしょうということでした。この後は、タイの王朝についての解説。現在の王朝はチャクリー王朝といって1782年から始まったそうです。今の王様は9代目で、うさぎ年生まれで、18歳で即位して現在85歳ということで、在位期間が世界一なのだそうです。チャクリー王朝の前にはトンブリー王朝(1767−1782)という短い王朝があって、その前がアユタヤ王朝(1351−1767)で、タイの歴史で一番長い王朝なのだそうです。この後は今日の日程の説明。
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8時15分、バーンパイン離宮に到着して下車。
※周辺の地図
http://maps.google.co.jp/?ll=14.255233,100.595798&spn=0.078862,0.107632&t=m&z=13&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
パンフレットをもらいます。
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王宮なので、服装の規則があります。バンコクほど厳しくなく、半ズボンくらいなら許してもらえるそうです。
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入場します。
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8時19分、入場しました。
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入ったところの道をまっすぐ歩いていきます。
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傍らに案内図があって、ここで説明がありました。
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右手の1番の入口からまっすぐ道を歩いて左上の13番まで行き、
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ここから更に左上の24番の建物まで行くそうです。
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道を歩きます。バーンパインはアユタヤ県バーンパイン市ということで、市の名前なのだそうです。川沿いで昔はボートでしか来れなかったそうです。主にラーマ5世(チュラーロンコーン王)がプロジェクトとしてここに一連の建物を建てたそうです。バーンが場所、パが会うという意味で、王妃様(といったかな?)に会う場所という意味なのだそうです。
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このような花が咲いています。小鳥の声もたくさん聞こえましたが、写真を撮れませんでした。
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やがて前方に13番の建物が見えてきました。地図には「KRAJOME TRAE」と書かれています。
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ここに橋がかかっています。
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13番の建物は池を見渡せるようになっていて
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パンのようなものを売っています。
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オオトカゲが泳いでいます。パンはこのトカゲのエサだというようなことを言っていたように思います。
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先ほどの地図の14番の建物が向こう側に見渡せます。地図では「AISAWAN-DHIPAYA-ASANA PAVILION(パンフレットではThe Divine Seat of Personal Freedomとも)」と書かれています。ガイドブックではプラ・ティナン・アイサワン・ティッパアートという名前になっているようです。ここでガイドさんが順番に記念写真をとってくださいました。
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14番の建物の中央にはラーマ4世の像があります。
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ここで、バーンパイン離宮の一連の建物を建てたラーマ5世について解説。ラーマ5世はタイで最も人気のある王様です。東南アジアの国々がイギリス・フランス・オランダなどの国々によって植民地化された時代、強くて賢い王様ラーマ5世の統治したタイだけがそれを免れたそうです。当時タイはシャム国と呼ばれていて、これはシャム猫やシャモの名前の由来であると同時に、今のバンコクのサイアムという地名の由来でもあるそうです。ラーマ5世の時代の一度だけロシアの皇太子がここを訪れたそうです。正面右の白い建物は地図の15番で「DEVARAJ-KUNLAI GATE」と書かれていました。
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橋はこんな感じです。
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先に進みます。
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先ほど正面に見た15番の建物を左手に見て通り過ぎます。
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こんな感じの特徴的な葉っぱや
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こんな花があります。英語でブルメリアといいます。タイ語ではリラワリというそうですがラントムという昔の名前もあって、これがラトム(苦しい)という発音に通じることから、綺麗な花なのに個人の庭に植えることはなくて、学校や寺、公園などの公共の場所に植えるのだそうです。
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先に進みます。
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左手のこの建物は18番の「BUBPA PRAPAS PAVILION」でしょうか(違うかもしれません)。
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右手にはこのような立派な建物があって
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通り過ぎて振り返るとこんな感じです。これは地図の19番の建物で「PHRA THINANG UTHAYAN PHUMISATHIAN RESIDENTIAL HALL(Garden of the Secured Land)」というようです。ここがラーマ5世がロシアの皇太子と会った場所だと聞いたように思います。
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先に進みます。
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左手には芝生の広場が広がっていて
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木が動物の形に剪定されています。
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正面に見えてきたのが23番の「HO WITHUN THASANA(The Sages Lookout)」です。ガイドブックにもホー・ウィトゥン・タサナーと書いてあります。ここでもガイドさんが順番に記念撮影してくださいました。
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先に進んで24番の建物にやってきました。「PHRA THINANG WEHART CHAMTUN(Royal Residence of Heavenly Light)」です。ガイドブックでもプラ・ティナン・ウェーハート・チャムルーンと書かれています。中国風の建物です。
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靴を脱いで中に上がります。
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入口の両側に魚の形をしたものがあります。狛犬のかわりでしょうか。
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中の正面はこんな感じです。
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奥の右手に「明天殿」という中国名が書かれています。
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天井にも名前が並んでいて
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手前は完全にタイ語表記ですが、
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奥側は中国語の字体を真似たタイ語で書かれているそうです。ここでもガイドさんが順番に記念撮影してくださいました。この後、横の廊下を通って奥の部屋を見ました。奥の方は撮影禁止です。階段の手すりなどに描かれた龍は5本指で、ロイヤルドラゴンの象徴なのだそうです。
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8時56分、ここで自由時間となり、9時20分に出口を出たところに集合とのことでした(出口の場所は入口の横の建物を入ったところで、最初に説明がありました)。
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一番上の階は王様だけが入ることができて、普段は閉まっています。もともとは、周囲の象を眺めるために建てられたそうです。今は象はいなくて田んぼばかりだそうです。
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中の階段を上るには、まず靴を脱ぎます。
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このような階段を上っていくと
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まず第一展望台(というのでしょうか)に出ます。
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こんな感じの風景が眺められます。
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これが今さっき訪れた明天殿の建物です。
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更に階段を上ると
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第二展望台です。
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カメラを前につき出すと怖いです。
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これは先ほどの19番の建物でしょうか。
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他の方向も眺めて、下に下ります。
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時間の許す範囲で、他の部分も早足で眺めて回ります。これは11番の「PHRA THINANG VAROBHAS BIMARN RESIDENTIAL HALL」と16番の「SAOWAOS BRIDGE」です。
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これはおそらく最初の方で見た15番の建物を別の角度から見たものです。
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13番のところまで戻ってきました。
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12番の橋のところから、右手に11番の建物を見渡します。
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逆に左手を見ると、7番の「SABAKARN RAJAPRAYOON RESIDENTIAL HALL(Assembly Hall for Royal Relatives)」があります。
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12番の橋を渡ります。「DOLL BRIDGE」という名前です。
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噴水が上がっています。
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橋を渡った側から14の建物を眺めます。
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ラーマ4世はこちらを向いています。
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向こう側にもいくつか建物が並んでいます。5番の辺りだと思います。
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これは2番の「HO HAEM MONTIEN DEVARAJ(Golden Palace of the God King)」です。
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違う角度から14番と15番の建物を眺めておきます。
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両側の像を眺めながら橋を渡って戻ります。
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これは7番の建物です。
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反対側の芝生。入口の建物に入って出口を外に出ます。するとガイドさんや、同じツアーの他の方々がいらっしゃいました。わたしは一昨日にW社を訪れて予約したときに料金を払いましたが、インターネットなどで事前予約した人についてはここで集金のようです。みなさん集まって出発。
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駐車場には車が縦にとめてあって、一番奥だったのでしばらく待ちました。ここの一角の壁にこのような表示がありました。一昨年の大洪水のときの水位を示しているそうです。一部が記号のようになっていて分かりづらいのですが「13.10.2554」と書かれているようで、2554はタイの仏暦で一昨年のことらしいです(今年は2556年です)。この辺りの水位はたいしたことはなかったようですが、アユタヤ中心部では人の背丈よりずっと高い位置まで水が来たそうです。9時31分発車。
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しばらく走って9時45分、日本人町跡に到着。アユタヤ王朝のもと、傭兵や貿易商などとして暮らしていた日本人が暮らしていた町で、14世紀中ごろから18世紀中ごろまでここに存在していたようです。傭兵隊長だった山田長政は特に有名です(ちなみにわたしは静岡市在住で、長政はここの出身だったと言われています)。
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車窓観光なので門の外から覗くだけですが、
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「アユチヤ日本人町の跡」という石碑があります。
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入場する場合は50バーツです。
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タイと日本の国旗が並んでたなびいています。
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9時49分出発。日本人町跡はちなみにこの辺りです。走りながら、ナンバープレートについてのお話をうかがいました。タイも日本と同様、ナンバープレートの番号を買うことができるそうですが、タイのラッキーナンバーは9ということで「9999」なら間違いなくお金持ちだそうです。次にラッキーなのは中国系の8で、世界的なラッキーナンバー7も最近では人気だそうです。
※周辺の地図
http://maps.google.co.jp/?ll=14.337366,100.581851&spn=0.020457,0.039911&t=m&z=15&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
線路を越えて、アユタヤに向かいます。次の旅行記に続きます。
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