1995/07/11 - 1995/08/07
706位(同エリア2224件中)
おぎゃんさん
★2013/1/16写真追加★
国鉄ストライキでなかなか列車のチケットは取れないし、両替したくても銀行はいつでもシエスタ状態で、スペイン的行動でややグロッキー気味。
40℃の気温についに体がやられて、復路の出発地点のロンドンへ少しずつ近寄るべくフランスへの夜行列車に乗る。
パリにも行ったことがないのに、まずはボルドーで乗り換えてカルカソンヌへ。
最初のフランスがいきなり田舎都市。
英語もなかなか通じにくいと聞いていたので、どうしたもんだか。
徐々に北上して爆弾事件が発生したばかりのパリ。
そしてドーバー経由でロンドン。
フィルムが切れたままニューヨークでしばらくステイ。
アメリカはそんなに興味はなかったが、ニューヨークはちょっと違う、そんな感想を持って帰国。
こんな旅行、もうしばらくすることもなくフィルムを買い足さなかったのが残念。
その代わりイギリス&ニューヨークの記憶だけは今でもすさまじく残っている。
【スケジュール】
7/11 関西<ユナイテッド航空>サンフランシスコ<ユナイテッド航空>ワシントンDC
7/12 ワシントンDC<ユナイテッド航空>[機内泊]
7/13 <ユナイテッド航空>マドリード=[車中泊]
7/14 =アルヘシラス〜タンジール=カサブランカ
7/15 カサブランカ=マラケシュ
7/16-19 マラケシュ[の友人宅泊]
7/20 マラケシュ=カサブランカ
7/21 カサブランカ=タンジール〜アルヘシラス=セビーリャ
7/22 セビーリャ=コルドバ
7/23 コルドバ
7/24 コルドバ=[車中泊]
7/25 =カルカッソンヌ ★ここ
7/26 カルカッソンヌ=ニーム=ポン・デュ・ガール ★ここ
7/27 ニーム=ポン・デュ・ガール=アヴィニョン=パリ ★ここ
7/28-29 パリ ★ここ
7/30 パリ=カレー〜ドーバー=ロンドン
7/31-8/1 ロンドン
8/2 ロンドン<ユナイテッド航空>ニューヨーク
8/3-5 ニューヨーク
8/6 ニューヨーク<ユナイテッド航空>サンフランシスコ<ユナイテッド航空>[機内泊]
8/7 <ユナイテッド航空>関西
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ユナイテッド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
コルドバ=バルセロナ★=ボルドー=トゥールーズ=カルカソンヌとえらく面倒なルートで移動してしまった。
カルカソンヌ着時にはへとへと。
★バルセロナなわけないですね。たぶんマドリードで乗り換え。あとでまじまじ地図を見て、何でこんな変なルート取ったんだろう…と思う。 -
カルカソンヌのシテ(ローマ時代の砦が原型)を見る。
要塞の形。
この中にある宿へ向かう途中。 -
同じ構図です。(撮影理由不明)
-
ナルボンヌ門(Porte Narbonne)とあるので、これはシテの中かな。
奥にあるユースに向かっている途中。外観は他のブログで紹介されている最近の写真とほとんど違いがない。ほぼ変化していないようだ…。
フランスのユースらしく、朝食はカフェオレボールでカフェオレいただく。
夏休みだったので、北欧系中心に大男、大女の方々に囲まれ、身の丈が低い日本人は萎縮(><)
東洋人率がとっても低い街だった。
ユースも東洋人は私ひとり。
ユースの兄ちゃんはじめ、地元のお店の人たちには「ベトナム?」と聞かれること多し。
あと「チーナ?」とか。
どこにでもいる華僑の中華料理やもなし。
日本人てこの街では珍しそうだ。
スペインではスペイン料理ながら米が食べれたけど、フランスに入ってからは炭水化物はパンに切り替わる。
中華やさんもなく、米にありつけないカルカソンヌ・シテの滞在。
バケットのサンドイッチとスープに食らいつく。 -
カルカソンヌからニームへ移動し、ローマ時代の遺跡を眺めながらバスでユゼス方面へ。
いよいよローマ水道橋のポン・デュ・ガールへ。
1日数本のバスの旅。 -
ポン・デュ・ガール。
今では世界遺産(※)ですね。
その大きさに圧倒。
そもそも何でここに来たのかというと、高校時代まで遡る。
ヨーロッパ映画ばかり見まくっていた当時、大阪のアリアンス・フランセーズで開催されていた未公開フィルムの上映会。
500円で映画を見ることが出来たので、高校生にはありがたい催し物だった。
但し興味深いトリュフォーやマルのヌーベルバーグのフィルムは、字幕がせいぜい英語だけという状態で、英語の字幕を追っているだけでせいいっぱい。フランス語が分かればなぁ…と一念発起して、アリアンスでの初級講座にバイトしながら通うことになった。
その講座で行われた中には、言葉の勉強だけでなくフランスの地方を紹介したプログラムもあり、私が受けた中にはプロバンス、ラングロック、カマルグの見どころと名産品、文化、歴史を教えてくれるものも。
その中でもっとも印象的だったのが、ドーデの小説、フラミンゴが群れる湿原、サント・マリ・ド・ラ・メールの巡礼者(?)、あとポン・デュ・ガールの水道橋。
このどこかには行ってみたいなぁと、社会人になってからも心の底にあったよう。
この旅はモロッコの友人宅だけ予定しておいて、あとは行き合ったりばったり。
うまく南フランスに立ち寄れたのは感謝!
※ずっとあとで知ったのだけど、この時すでに世界遺産。日本ではその存在すらも知られていなかった頃だ。 -
多くのバックパッカーもやってきて、釣りやガルドン川で泳いでいる子供もいた。
水道橋の一番上を歩いて下を覗き込む勇気者たちもいっぱい。
私も上ってみたものの、何せ高所恐怖症。
カメラを向ける勇気はなかった…。 -
ユゼスへのバスの途中にあるオーベルジュに泊まる。
つか、ここしか泊まれそうな場所がなかった(><)
昼夜はこのあたり唯一のレストラン。
私も夜、プロバンスの田舎料理のセットメニューいただく。
お部屋は田舎らしく窓から入り込む虫がいっぱい〜〜〜〜できつかった…。
こちらも東洋人度の極めて低い街だった。 -
1日数本のアビニョンへのバスに乗る。
アビニョンではちょうど演劇祭のため、ホテルはまるで取れず。
あきらめて夜行でパリへ向かうことに。
列車の出発まで演劇祭関連のワークショップやパフォーマンスが街角あちこちで行われていた。
駅前近くでは日本からオンシアター自由劇場のパフォーマンスが行われており、吉田日出子を見つけた。
面白そうな祭。
宿泊できればよかったなぁ。 -
パリ!
前日メトロの爆弾騒ぎで警備体制が厳しくなっていた。
ベルビルに出かけたおりは、パスポートチェックにまであう。
(ベルビル=移民が多い地区)
華僑、越僑が多いので米にようやくありついたのはありがたかった。
なんだかむちゃくちゃな状態だったので、ベルサイユに行くのをすっかり忘れてしまった。
が、ゴーモン映画館でマチュー・カソヴィッツのデビュー作「La Haine(憎しみ)」とカルチェラタンの単館で「Chungking Express(恋する惑星)」を観る。
世界中のいろいろな映画が集まる街だなぁとうらやましさもあり。
このあとカレー〜ドーバー〜ロンドン〜ニューヨークと移動は続いたが、ついにフィルムが切れて記録はここで終了です。
写真にエネルギー使わない時代でした。
もうこの景色は残っていないだろうから、もったいない話だ。
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