2012/12/23 - 2012/12/23
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belleduneさん
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建築家・藤森照信氏が解説している「五重塔入門」を読んで、これは実際に間近かに見てみたいと思い、出掛けました。今まで、法隆寺や室生寺、興福寺、東寺などの五重塔を見て来ましたが、この本を読むと更に興味が増してきたのです。
時間があれば、海住山寺へ足を延ばしてみたかったのですが、冬は日暮れが早いので、春に行ってみたいと思っています。山形県の羽黒山、広島県の明王院、山口県の瑠璃光寺などは機会があれば、是非見てみたい五重塔です。
今回は、まず近鉄奈良駅前からバスで10分ほどのところにある海龍王寺から始まり、元興寺、興福寺と周りました。その後、久し振りに東大寺の南門から大仏殿へ向いました。クリスマス・イブの日曜にでしたが、結構な人出で、ツアーではない外国人が目立ちました。
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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海龍王寺
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奈良時代(8世紀半ば)に建立し、総高401cm、塔身高285,4cm、初重柱間77,2cm、五重柱間34,5cm。初重に比べて、五重がとても小さく、柱間寸法の逓減率は0,447と現存する五重塔のなかでは最大率となっています。
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屋根は、本瓦形の板葺き。軒は「地円飛角」の二軒で天平の形式。
三手先組物は、薬師寺東塔の様式に近い。相輪は、明治維新以前に失われ、明治39年〜40年の修理時に東塔の相輪、当麻寺西塔の水煙にならって新造されました。相輪長は115,6cm。
内部は省略された箱造りで、塔内に仏舎利もしくは経巻(法舎利)を納めた可能性が考えられます。初層は床と天井を張っています。 -
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元興寺本堂
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この向かいの宝物殿に極楽坊五重小塔があるのですが、ここは撮影禁止のため、写真がありません。
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白珠は 人に知らえず 知らずともよし
知らずとも 吾れし知られば 知らずともよし 万葉集巻六 一〇一八 -
法相宗大本山興福寺
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応永33年(1426)に建立。総高50,81m、塔身高35,66m、初重柱間8,85m、五重柱間6,11m、逓減率は0,69です。
屋根は本瓦葺き。尾垂木や垂木の勾配が強いため、軒屋根の勾配も強く、特に五重の屋根の傾斜はきつくなっています。地垂木は角材の角を丸め、天平期の「地円飛角」の二軒に似せています。 -
初重内部は、四天柱の内側に素木造りの須弥壇を設け、顕教の四方四仏を三尊式で安置しています。南都寺院の流儀ですが、北方物を弥勒菩薩ではなく、宝生菩薩としているのは、密教の影響だと思われています。
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相輪長は、15,15mで、総高の30%弱となっています。
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天平創建当時の初代塔は、高さ15丈1尺で、現存塔はこれより1割ほど高く、細身になっていますが、随所に天平時代の五重塔の面影を伝えています。
再建を重ねながら、その度に古代を復元できたのは、直ぐ近くに天平創建の元興寺五重塔があり、これを模すことが出来たためだということです。しかし、元興寺五重塔も江戸時代末に焼失してしまいました。 -
初代塔には、各重に仏舎利一粒を納めた水晶の小塔が安置されていました。また初重内部には、四方仏の浄土変が造り込まれて、そのうち東方薬師浄土変は可成り凝った設えだったそうです。
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各重とも中央間の軒下に雷除けの板額を掲げています。「金光明最勝王経」に基ずくもので、其々「四方光明雷王」の梵字を刻んでいます。
明治38年7月に塔の頂部に落雷し、相輪の宝珠の笠をはじめ数カ所に溶けた跡があり、塔内では各重の東北の隅に木材の破裂跡が数カ所見つかりました。 -
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奈良国立博物館を通り過ぎて
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東大寺南門
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