2012/04/28 - 2012/04/30
4222位(同エリア10207件中)
未明花さん
(【3】より続く)
旅行の最終日は、石巻市街→女川町→女川原子力発電所(PRセンター)→雄勝町→大川小学校と、壊滅的ともいえる津波被害を受けた地域を訪れた。東日本大震災から1年あまり。伝聞や画像などで知るのとはまた違う、実際に足を運んでみて初めて感じられる・考えられることがあるのではないか。
公共交通のみではアクセスが難しいなか、今回は便乗して車でまわる機会に恵まれた(感謝)。
※写真・記載内容はすべて2012年4月時点のものです。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス レンタカー 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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川の中瀬にある石ノ森萬画館(2012年4月:休館中)。石巻の市街地はひっそりとしていて、訪れた時は人の住んでいる活気があまり感じられなかった。
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がれきが撤去され空き地になっているところと、1階部分が破壊されたままの家が残っているところがある。
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石巻市立湊小学校の建物。1階の窓の部分がベニヤ板で覆われている。
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震災当日のまま?止まったままの時計。
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石巻港のほうへと向かう。
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水揚げ量・水揚げ高ともに日本有数の大漁港であった石巻。一部は再開しているが、現在も多くの建物が破壊されたままだ。
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食品加工の工場群も壊滅状態となり、魚の鮮度保持に不可欠な冷蔵庫、冷凍庫、製氷施設など多くが使えなくなったとのこと。
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かつての道路?と、かさ上げして造った仮設の道路が並走している。
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震災による地盤沈下は1m前後にもなり、冠水したまま海とつながってしまいそうな箇所も。建物や道路を完全に再建するためには土地のかさ上げが必須となっている。
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水没する(旧)道路とガードレール、海との境目が曖昧な感覚。
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イチオシ
道路の中央分離帯に、流れ着いたのは巨大な…缶詰!?
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その正体は、食品加工過程で出る魚油の貯蔵用タンク。「鯨大和煮(赤肉味付)」の缶詰型。
http://kinoya.co.jp/eccube/user_data/sekaiiti_kandume.php -
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津波の直撃を受けた石巻市立病院。患者や職員は救出されるまでの間、自家発電も情報機器も利用不能のまま孤島化した。
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石巻市立門脇小学校の建物。この地域は津波の後に火災が起こったため、津波被害に加えて建物は黒く焼けこげている。
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校門は失われてしまった。
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被災の様子を見学している人がちらほらいた。
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向こうに見えるは再開している日本製紙の工場。
http://ishinomaki-photo.blogspot.jp/2012/05/blog-post_07.html -
石巻市立病院。建物の上層階は一見問題なさそうにも見えるが、周辺は浸水、水没しているところもある。
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診療施設として利用不能。今後、JR石巻駅前の駐車場に再建する方針とのこと。
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女川町に入り、港方面へ向かう。
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横に倒れたままの建物(あえて残してあるのか、観光協会のイラストマップにも示されている)。
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海抜16メートルの高台にある町立病院でさえも、1階部分は津波が到達し水没したという。
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広がる平地には建物もなにもない状態。
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海から離れた高台には民家がいくつかあるのが見える。
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女川港。沿岸部は石巻同様、地盤沈下が起きているようだ。
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地盤沈下の影響? 盛土(砂)によってかさ上げされている。
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病院のある高台から海を見下ろす。
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イチオシ
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仮設の商店街(コンテナ村)。
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JR石巻線も大きな被害を受け、現在も渡波駅〜女川駅間は復旧の目処がたたない。女川駅は駅舎が消失。
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昨年より移転オープンしているマリンパル女川おさかな市場。焼き牡蠣!
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焼イカ!
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イチオシ
新鮮なウニ! 意外なほどあっさりとしている。
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「蒲鉾本舗 高政」工場内がガラス張りになっていて覗き見ることができる。
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整列して進む蒲鉾たち!
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再び港のほうへ。
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お寿司を狙っていたのだけど、残念ながら品切れで終了。。カニもおいしそう。
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港から女川原子力発電所を望む高台に建つPRセンターへ。休館中だと思っていたら、4月より再開していた。
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なかなか立派な施設。原発を一望できそうな立地なのに実際は木々がじゃまになってよく見えない。
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結局、坂を降りて手前の岸辺から見た女川原子力発電所。既存の堤防を(震災後に)かさ上げしているようだ。
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石巻市雄勝町。
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石巻市立雄勝小学校の建物。手前ががれき置き場となっている。
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右に見えるは雄勝硯伝統産業会館。
雄勝硯伝統産業会館 美術館・博物館
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石巻市図書館雄勝分館。3月頃までは屋上にバスが上がったままだったらしい。
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イチオシ
津波で全校児童の7割が犠牲になった大川小学校。
http://www.e-riss.co.jp/oic/_src/sc525/91E590EC8FAC8Aw8DZ8E968CCC8C9F8FD895F18D908F91.pdf -
小学校の入口に慰霊碑があり、震災前の写真が飾られていた。
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写真では溢れていた緑や並んでいた家々は跡形もない状態。小学校以外の建物が見当たらない。
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コンクリートの建物がねじれ…
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まるでやわらかい素材かのように破壊されている。凄まじい津波の威力。
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こうして見ると、なかなか斬新な建物。子どもたちの自慢の校舎だったのではないだろうか。
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裏山にはじめから逃げていれば助かったのではないか、ともいわれているが…かなり急な斜面にも見えるし、わからない。
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日がだいぶ落ちてきた。
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慰霊碑横の灯りの電源としてソーラーパネルが並べられていた。
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津波が川をのぼってきて、ここまでの被害をもたらすとは、誰が想像できただろう。
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ぐにゃぐにゃのままのガードレール。
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仙台のマンション。震災による壁のひび?を修繕中。
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沿岸部ではないので津波の被害はないが、地震被害はそこかしこにある。優先度の高いものから修復していくらしく、月日が過ぎていてもそのままの状態のところも。
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最後に、仙台といったら牛タン。駅構内のレストランで。
終電に近い新幹線で東京へと戻りました。 -
お土産は「かもめの玉子」。大船渡を代表する銘菓。これはミニサイズ。
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女川の「さんまかりんとう」。このほか、家用にさんまの昆布巻など。。
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女川の原子力PRセンターで入館時にもらった粗品。
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ゆるキャラのロゴ入りボールペン。
(旅行記おわり)
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