2012/09/01 - 2012/09/08
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ヌールッディーンさん
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姥神大神宮は創立年代不明ですが、社伝によれば、建保4年(1216年)、江差の海辺・津花町に創建されたと伝えられる北海道最古の神社です。
伝説によると、昔、折居(おりい)という姥がおり、天変地異を未然に知らせることから人々に崇められていました。ある夜、白髪の翁が折居の前に現われ、白い水が入った瓶子(壺の一種)を与え、「この中の水を海中に注げば、鰊が群来して、里人の生活を支えるであろう」と告げ、漁の方法を教えました。折居は教えに従って里人に網を作らせ、瓶子の水を海に注いだところ、海水が白濁して鰊が郡来し、里人を飢えと寒さから救ったという。しかし、欲に目がくらんだ人々が、姥の言いつけを忘れ、更に大きな網で漁をするようになったため鰊が獲れなくなったといいます。折居が海に水を注いだ瓶子は鴎島のそばに残る瓶子岩になったと言われています。
この神社は折居が自身の草庵で祀っていた天照大御神、住吉三柱大神、春日大社のご神体を「姥が祀っていた神=姥神」として祀るようになったものとされています。その後、漁業、農業、林業、交易の発展とともに江差に渡来する者が増加し、産業と生活の守護神として民衆の崇敬を集めるようになったとされています。
(ただ、松前藩主の崇敬も受けたとされており、単に民衆だけの信仰ではなく神社仏閣のほとんどに共通するような政治との結びつきもなかったわけではないようです。)
この神社は「いにしえ街道」に面して横山家住宅の斜め向かいに立地していますが、現在地に移転してきたのは1644年のことです。ちょうど江差の町が鰊漁で栄える前夜であること、ヒノキアスナロの伐採のため檜山番所が江差に移ってくるのが1678年であることや、明らかに江差の鰊漁の繁栄と関連がある「折居姥」の伝説が神社の起源をも語っていることを考えると、江差の繁栄とこの神社の密接なかかわりがが感じられます。
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鳥居を通ってすぐに神社の本殿があります。敷地は意外と小さいという印象でした。
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姥神大神宮渡御祭の時に使われる山車(やま)の模型が陳列されていました。
山車の神輿供奉の形態は京都・八坂神社の祇園祭から取り入れたもので、北前船交易を通して伝わった上方文化の影響だと言われています。
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建物には見事な装飾が施されていました。
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屋根の瓦は北前船で運ばれてきた石州瓦(島根県石見地方で産出される瓦)を使用していたようです。
クローバーを逆さにしたようなマークはこの神社の印でしょうか。
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建物の中にはいかにも神社らしく、鏡がご神体として祀られていました。その他に折居の伝説を示す一連の絵や北前船の絵など江差の発展とかかわりの深そうなものが随所に見られて興味深かったです。
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折居姥が瓶子の水を注いでいるところ。伝説の主要場面がこのように絵として飾られていました。
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明治12歳(12年?)に奉納されたらしい北前船の絵。
明治後半には急速に北前船の交易は衰えていくことになりますが、それ以前の最後の輝かしい時代を伝えてくれているように思います。
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折居社
江差に鰊漁の漁法を知らせ発展の基礎を築いた折居の霊を祭るところです。
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天満宮
菅原道真を祀っていました。交易も盛んになると簿記の技術なども必要になるため、識字や算術などの素養も必要になります。こうしたものが祀られていることは、江差でも古くからそうした技能が必要になっていたことを語っているように思います。
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