2012/09/17 - 2012/09/17
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ハンクさん
サンクトペテルブルク滞在中に京都旅行の投稿をするのも不思議な気がするが、時間が取れる時に忘れないよう書き留めておこうと思う。
やっと暑さも峠を越えた、彼岸も間近の9月17日の敬老の日、久々の日本での休日に、家族そろって京都に出かけた。まずはあらかじめ予約しておいた室町和久傳で昼食をとった。個室料金が必要となるが、京らしい雰囲気の小部屋での懐石料理を時間をかけてゆっくり楽しむ。京らしい薄味の一品一品は味わいがあり、お勧めの店といえる
昼食後には広隆寺に出かけることにした。広隆寺といえば国宝第1号の弥勒菩薩半跏思惟像が名高い。中学校の美術の時間に先生が語ってくれた話が忘れられない。1960年に20歳の学生が、「弥勒菩薩像が余りに美しかったので、接吻しようとしてつい触ってしまった」結果、像の右手薬指が折れるという事件が発生した。
その実はそれほどの美談ではないことがわかったが、小生はすぐに広隆寺に出かけ、弥勒菩薩像を拝みに出かけたものだ。像は手の届かない所に鎮座しており、指が折れた形跡は完全に補修されていた。そもそも半跏思惟像とは「一切衆生をいかにして救おうか」というお姿を現している。確かに、仏像に接吻しようなどとありえない行動を美談にしてしまうほど、慈悲に満ちた神秘的な微笑を浮かべた仏像である。
広隆寺は推古天皇11年(603年)に建立された京都最古の寺、聖徳太子建立の日本七大寺の1つである。「日本書紀」によれば、秦から渡来した帰化人である「秦河勝」が聖徳太子から弥勒菩薩像を譲り受け、寺を建てたという。その後何度か火災で焼失するが、その度に復興し、桂宮院本堂(国宝)、講堂(重要文化財)などが現存する。
さて、ドイツの哲学者カール・ヤスパースが「人間実存の最高の姿」と激賞したという国宝第1号、弥勒菩薩半跏思惟像に数10年振りに再会した。像高は123cm、7世紀の作とされ、元来は金箔でおおわれていたそうで、製作地は日本であるか朝鮮半島であるか諸説がある。奈良の中宮寺にも類似の像があり、またソウルを訪れた時に、韓国国立中央博物館の金銅弥勒菩薩半跏像と酷似していることに驚かされた。
しかし弥勒菩薩像は新霊宝殿の中央に安置されており、昔の記憶とかなり違う。係員に聞くと、30年ほど前に旧霊宝殿から現在の新霊宝殿に移されたと言う。残念ながら新霊宝殿は余りに博物館的であり、内部は暗過ぎて弥勒菩薩のお姿がよく見えない。これは本来の信仰の姿ではないような気がした。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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イチオシ
太秦広隆寺の石碑と南大門
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南大門、できる事なら電柱と電線をなくして欲しいものだ
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南大門を内側から眺める
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重要文化財の講堂(赤堂)の外観
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重要文化財の講堂(赤堂)の参道
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本堂の上宮王院太子殿
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本堂の上宮王院太子殿から庭園を眺める
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緑豊かな広隆寺の境内
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イチオシ
境内に咲く桔梗の花
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弥勒菩薩像が安置されている新霊宝殿、博物館的で内部は暗過ぎて本来の姿とは言えない
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弥勒菩薩像はもちろん撮影できない、パンフレットの写真を撮影
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新霊宝殿から庭園を眺める
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弥勒菩薩像が安置されている新霊宝殿
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弥勒菩薩像が安置されている新霊宝殿の側面
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旧霊宝殿、弥勒菩薩像はかつてはこちらに鎮座していた
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薬師堂の外観
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地蔵堂の外観
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南大門の仁王像
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室町和久傳の外観
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室町和久傳の内部
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室町和久傳の個室
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室町和久傳の中庭
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