2012/06/17 - 2012/06/23
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しんちゃんさん
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朝鮮王朝時代の伝統文化と自然がのこされている村(マウル)。韓国最大規模の両班(ヤンパン)村「良洞民俗村(マウル)(村)」見学パート2。説明書のコピーです。【文化財 良洞ムラは儒家の道理やソンビ(官職につかなく学問を修める人)の気風を500年継承しながら多くの文化財を保存した珍しいヤンバン(両班)のムラで、伝統文化や韓国的な趣きがもっとも完璧に残されているところである。このムラの文化財の数は国宝1、宝物4、重要民俗資料12、有形文化財2、記念物1、民俗資料1、文化財資料1、郷土文化財2点で、ぜんぶ合わせて24点に至り、また、ムラ全体が文化財として指定されている。】地球の歩き方では【両班(ヤンパン)とは李氏朝鮮時代の支配階級のこと。知識人として幼い頃から儒教の教養を身につけた彼らは、科挙によって官僚になる道を独占し、政治権力を掌握してきた。…以下略】
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 航空会社
- デルタ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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景山(キョンサン)書堂にて東側へ下りてゆきます。良洞民俗村(マウル)説明書の続きです。【また、名門大家の形跡と先祖たちの生の営みを垣間見ることのできる200年以上経っている古家屋54戸が保存されている。この家の下には召使いたちが住んでいたガリップジプとよばれる藁屋が3〜5軒つながっており、住居空間にも身分階層の秩序があったことがわかる。いまは大部分のガリップジプの藁屋は喪失されており、現在藁屋に住んでいる人たちはこのような歴史とは無縁である。サランチエ(主人の居間があるところ)は独立して主に亭(東屋)形態であり、位牌と肖像を祭っている祠堂というものがある宗家と月城(本員)孫家が5軒、影堂1棟がある。 以上のように、良洞ムラは朝鮮王朝中期以後の多様な特色のある韓国の伝統家屋の構造を一望できる古建築の展示場といっても過言ではない。】
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書百堂(ソォペェクダン)「学問と人物」という説明書からです。【良洞ムラの伝統文化のなかで一番注目すべきなのは、学問と教育の伝統を残し、今日まで数多くの優れた人物を輩出したという点である。朝鮮王朝中期から社会と中央政界を支配した士林たちのなかで、早くから世祖5年(1459)に良洞ムラの孫昭が文科の科挙に及第して、中央政界に進出し、李施愛の乱を鎮圧して功臣となり、さらにかれの二男の孫仲敦*が成宗20年(1489)に文科の科挙に及第して史曹判書、右參賀など40年間も要職に就いた。また、大儒学者であり経世家の李彦迪は李滉に先立って性理学の理気哲学をはじめて理論体系化し、朝鮮王朝の性理学の基礎を固めた。人々から海東夫子(徳行の高い人の敬称)と呼ばれ、東方5賢の一人として仰がれ、宗廟配享と文廟に従祀され、歴代の王および孔子と一緒に位牌が祭られる栄光を得て、全国の郷校と20ケ所の書院に配享(祭られている)されている。】
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書百堂(ソォペェクダン)解説スピーカ
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書百堂(ソォペェクダン)続きです。【ということで、良洞ムラでは李氏と孫氏が有名である。孫氏と李氏の両家を合わせて、科挙の文科及第26名、武村及第14名、生進士科に合格したものがフ6名で、人材の輩出がもっとも多い地域として名高いヤンバン(両班)ムラである。 先祖たちの学問に対しての伝統が続いて、植民地時代には日本とソウルに留学した学生が20名にも越え、最近までも長官2名、大学教授60名、判事・検事が30名に達するほど、子孫たちの繁栄は続いている。】
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表札
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母屋
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説明版からコピーです。【「良洞のいぶき」慶尚北道 記念物第8号 所在地:慶尚北道 慶州市 江東面 良洞里223 この木は樹齢約600年で、高さ9m、人の胸あたりの幹周り2.92mで、枝の長さは四方6m程である。この木は他のいぶきのようにそびえずに、まるで盆栽のように、主幹と枝がくねって絡み合って西の方に広がり樹勢が旺盛である。主幹は地面から90cmのところで、東・南・北へ枝を出し、さらにくねって上の方に伸びて二つの枝を出している。この木は孫昭(1433〜1484)が朝鮮時代の世祖2年(1456)に家を新しく建て、それを記念して植えたものだという。】
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説明書では樹齢500年。100年の誤差がありました。どっちでも生まれは、江戸時代より以前の室町時代でした。
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庭のユリ
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東側の書百堂家の専用神社?
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説明書からです。【書百堂(ソォベェクダン)重要民俗資料第23号 書百堂は内谷に位置し、規模も大きく格式を重ずる大家屋である。入郷祖といわれる孫昭が成宗15年(1454)に建立した月城孫氏の宗家だ。書百堂あるいは松簷と呼ばれるが、書百堂とは1日に忍の宇を100回書くという意味を持っている。また、書百堂と呼ばれたのは最近のことだ。陰陽道によれば、雪蒼山の血脈が凝集したこの家には三人の偉い人物が生まれると予言されたが、実際に孫昭の二男として名臣の孫仲*とかれの姪にあたる李彦迪が生まれた。李彦迪は母の実家であるここで生まれたのだ。いまも村の人は第3番目の人物が生まれる
のを待っているとのことである。30年前まではお客の足が絶えることなく多くの人が訪れていた。だれでもこの家に入ると平穏や幸福の揺藍のように感じられるであろう。】*日に敦 -
少し北側の「楽善堂(ナクソンダン)」上記の孫仲*(*は日に敦)の弟の「孫淑*」(*は日に敦)の家。1540年ごろ建築。
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子孫の方がおり、挨拶したら頭を下げられた。
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コの字の家屋でとても広かった。
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オンドルが付いていた。
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家を過ぎると先ほどの家と同じ様式の神社があった。
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神社の本殿。一軒に一個の神社。
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内谷の奥
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「賞春軒」「謹庵古宅」案内版
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「賞春軒」門の針葉樹は枯れていた。
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「賞春軒」
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「賞春軒」
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「謹庵古宅」
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「謹庵古宅」
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「謹庵古宅」ブドウの木
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西側の安康平野と駐車場、バス停留所方向。説明書からです。【「経済力」 安楽川に沿ってムラの西側に広々とした広闊な安康平野がムラを支えてきた経済力の源であった。また陰陽道によれば「勿」宇の地形には富をもたらしてくるという話があって、1930年代までは良洞には大地主の屋敷が5軒もあったという。広闊な農地を耕作して経済力を維持する労働力には次の三つの種類がある。まず一つ目は、安康の野原に特別に形成された「ドルマウル(野原の村)」に住んでいた小作農である。しかし、1991年のクレディス台風のため浸水し、住民たちが隣の村に移住してしまって、いま「ドルマウル(野原の村)」はその痕跡だけ残っている。】
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修理中の家
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村を流れる川、
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「旌忠碑閣」【旌忠碑閣(????)は慶尚北道文化財資料第261号に指定されている。孫宗老は1673年に清が進入したときの丙子胡乱で殉死し、その忠節を讃えるために、1783年に正祖大王(??、イサン)の王命により建てられた碑閣である。】百聞は一見にしかずブログからです。「http://blog.k-plaza.com/blog/personal_blog_main.asp?mbr_id=iwakaz&art_no=340715」???はハングル語のため表示できませんでした。
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「旌忠碑閣」案内版
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「旌忠碑閣」
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どうもこの形を見ると、「笠石神社」を思い出す。前々回にも載せたが永住した場所(芦野町唐木田村)に行きたくなった。「http://4travel.jp/traveler/hatago/album/10642802/」
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飲食店のような家もありました。でも誰もいませんでした。
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飲食店?
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最後に帰ろうとしてバス停留所に行きました。大学生の女性もバスに乗って慶州へ帰るところでした。女性は観光案内所に行きこの案内書を貰ってきてくれました。優しい方々ばっかりです。10時にこの案内所がオープンしました。私が訪問した時間には閉まっていました。
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良洞民俗村(ヤンドンミンソンマウル)来たときにこの案内書を貰えば見学方法は換わっていただろう。地球の歩き方の「村案内図」だけ見て、自己流で回ったので今回はこの紹介の写真の見学方法でした。暑くて困った、1ヶ月前なら涼しくて一日ゆっくり回れただろうか。
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帰りの慶州行き一般のバスの中。一番後ろに大学生の女性としんちゃんがすわり、“ぺちゃくちゃ”お話中。
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ソウルから来た大学生の女性はお寺・神社を回りスタンプを収集していた。今朝海の方から来て(30Km東側と言っていた)これからソウル近くの友人宅へ向かうそうである。回った神社等に印が付けてあった。慶州市内を回ったようだ。
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集めたスタンプを見せてくれた。色白でぽっちゃり系、写真を撮れば良かったが、話に夢中で余裕が無かった。慶州のバスターミナルに着いてもレンタル自転車の心配をしてくれて「私が交渉すればボラレル事はなく、安心よ」なんて言ってくれたが、宿泊しているサ・ラン・チェの近くで借りたほうが返す場合楽なので説明をしたら納得してくれた。名前を聞いたら「YUJIN HWANG」と書いてくれた。残念ながらデートはこれで終わり、ソウル行き市外バスターミナルで別れた。午後の部、慶州市内見学のため歩いてサ・ラン・チェへ向かいました。
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この旅行記へのコメント (1)
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- dmtoさん 2025/04/13 03:37:58
- 先人に感謝
- 写真検索で辿り着きました。この民族村のことは知らなかったので感謝です。ちなみに家門の栄光という古いドラマの画像検索で出てきました。4travel は古い情報がずっと残っているので情報の宝庫です。
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