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龍徳山・雲光院(うんこういん、東京都江東区三好)は徳川家康の側室の阿茶局(あちゃのつぼね・1555~1637)の菩提寺です。<br /><br />父は武田信玄の臣、飯田久右衛門で甲府で生まれ、神尾孫兵衛に嫁ぎますが1年後に死別、その後徳川家康の側室となります。<br /><br />家康との間には子どもはありませんでしたが武家の娘だっただけに武術や馬術に優れ、加えて持前の美貌と才知に長け家康が最も信頼を寄せていた女性と思われます。<br /><br />家康が征夷大将軍を秀忠に譲り駿府にて隠居する際、側室の中で阿茶の局を連れて行きますが家康の最も良き理解者であったからでしょう。<br /><br />慶長19年(1614)大坂冬の陣で家康の使命を受けて豊臣方との和議交渉にあたり見事にその大役を果たしますが、阿茶局は単なる側室ではない事が立証されます。<br /><br />家康没後は他の側室と異なりただ一人落飾する事が許されず、秀忠から絶大なる信頼を受け、秀忠娘和子の後水尾(ごみずのお)天皇の中宮として入内においては母親代わりの立場で入洛します。<br /><br />秀忠没後は仏門に入り、雲光院と号して寛永14年(1637)83歳で死去、幕府より拝領の地に寺を造り、菩提寺の雲光院に埋葬されました。<br /><br />現代に置き換えるとスーパーウーマンと言った所でしょうか。非の打ち所なく家康や秀忠から信頼を受け、何事にも期待に応えるその力量は真に見上げたものです。男として生まれていたならば・・・・等と<br />勝手に考えてしまいますが女であったからこそ秀忠娘和子に心から母親代わりとして支える事ができたのかも知れません。<br /><br /><br /><br />2023年11月16日追記<br /><br />当該寺院に関してホームページに由来・沿革が詳細に渡り紹介されています。<br /><br />「 雲 光 院  由来・沿革<br /><br />徳川家康公の側室阿茶局の菩提寺として、慶長16年(1611年)阿茶局自らの発願により、増上寺の構想であった潮呑上人を開山上人(初代住職)として仰ぎ開創されました。阿茶局の法号「雲光院」がそのまま寺の名称になりました。<br /><br />開創地は中央区馬喰町付近でありましたが、明暦3年(1657年)の大火に被災し、神田岩井町に替地となり、天和2年(1682年)現在の深川の地に再び替地となりました。<br /><br />阿茶局の徳川家、江戸幕府への比類のない功績のため、家康公はじめ三代の将軍より、手厚い擁護を受け、朱印社領(しゅいんしゃりょう)も賜り、一時は寺領内に塔頭寺院(たっちゅうじいん)末寺を19ケ寺(後に合併して10ケ寺)、埼玉にも末寺を2ケ寺擁した本坊寺院でありました。堂内には、神君家康公肖像、阿茶局肖像など多くの宝物、什物が安置されていました。<br /><br />その後、江戸時代には幾度かの火災に遭い、本堂等の焼失もありましたが、その度に復興、明治政権下では、幕府の擁護もなくなり、厳しい時代に入りました。塔頭寺院もそれぞれ分離独立し、雲光院も塔頭寺院数ケ寺を吸収合併し、容を新たに生まれ変わりました。<br /><br />明治後期、大正期では、徐々に隆盛を取り戻してきましたが、大正12年の関東大震災により本堂倒壊、住職死亡などの悲劇に遭い、昭和20年の太平洋戦争・東京大空襲により再び全堂宇が焼失しました。震災・戦災の2度の被災により御本尊のみならず過去帳、宝物なども全て焼失してしまいました。<br /><br />戦後、昭和22年に本堂の再建を果たしました。以後復興期、高度成長期を経て、平成の世となり、本堂、客殿等の老朽化に伴い、平成6年5月21日に本格的な新本堂、新客殿建立が完遂いたしました。<br /><br />平成の大事業は、雲光院開創400年の記念事業の一環として行われ、法然上人、阿茶局はじめご先祖への報恩謝徳と未来への基盤づくりが達成されました。』<br /><br /><br />

武蔵三好 旧武田信玄家臣娘ながら美貌と才知に長け家康の絶大なる信頼を得た側室阿茶局自ら創建の菩提寺『雲光院』散歩

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2012/03/02 - 2012/03/02

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滝山氏照

滝山氏照さん

龍徳山・雲光院(うんこういん、東京都江東区三好)は徳川家康の側室の阿茶局(あちゃのつぼね・1555~1637)の菩提寺です。

父は武田信玄の臣、飯田久右衛門で甲府で生まれ、神尾孫兵衛に嫁ぎますが1年後に死別、その後徳川家康の側室となります。

家康との間には子どもはありませんでしたが武家の娘だっただけに武術や馬術に優れ、加えて持前の美貌と才知に長け家康が最も信頼を寄せていた女性と思われます。

家康が征夷大将軍を秀忠に譲り駿府にて隠居する際、側室の中で阿茶の局を連れて行きますが家康の最も良き理解者であったからでしょう。

慶長19年(1614)大坂冬の陣で家康の使命を受けて豊臣方との和議交渉にあたり見事にその大役を果たしますが、阿茶局は単なる側室ではない事が立証されます。

家康没後は他の側室と異なりただ一人落飾する事が許されず、秀忠から絶大なる信頼を受け、秀忠娘和子の後水尾(ごみずのお)天皇の中宮として入内においては母親代わりの立場で入洛します。

秀忠没後は仏門に入り、雲光院と号して寛永14年(1637)83歳で死去、幕府より拝領の地に寺を造り、菩提寺の雲光院に埋葬されました。

現代に置き換えるとスーパーウーマンと言った所でしょうか。非の打ち所なく家康や秀忠から信頼を受け、何事にも期待に応えるその力量は真に見上げたものです。男として生まれていたならば・・・・等と
勝手に考えてしまいますが女であったからこそ秀忠娘和子に心から母親代わりとして支える事ができたのかも知れません。



2023年11月16日追記

当該寺院に関してホームページに由来・沿革が詳細に渡り紹介されています。

「 雲 光 院  由来・沿革

徳川家康公の側室阿茶局の菩提寺として、慶長16年(1611年)阿茶局自らの発願により、増上寺の構想であった潮呑上人を開山上人(初代住職)として仰ぎ開創されました。阿茶局の法号「雲光院」がそのまま寺の名称になりました。

開創地は中央区馬喰町付近でありましたが、明暦3年(1657年)の大火に被災し、神田岩井町に替地となり、天和2年(1682年)現在の深川の地に再び替地となりました。

阿茶局の徳川家、江戸幕府への比類のない功績のため、家康公はじめ三代の将軍より、手厚い擁護を受け、朱印社領(しゅいんしゃりょう)も賜り、一時は寺領内に塔頭寺院(たっちゅうじいん)末寺を19ケ寺(後に合併して10ケ寺)、埼玉にも末寺を2ケ寺擁した本坊寺院でありました。堂内には、神君家康公肖像、阿茶局肖像など多くの宝物、什物が安置されていました。

その後、江戸時代には幾度かの火災に遭い、本堂等の焼失もありましたが、その度に復興、明治政権下では、幕府の擁護もなくなり、厳しい時代に入りました。塔頭寺院もそれぞれ分離独立し、雲光院も塔頭寺院数ケ寺を吸収合併し、容を新たに生まれ変わりました。

明治後期、大正期では、徐々に隆盛を取り戻してきましたが、大正12年の関東大震災により本堂倒壊、住職死亡などの悲劇に遭い、昭和20年の太平洋戦争・東京大空襲により再び全堂宇が焼失しました。震災・戦災の2度の被災により御本尊のみならず過去帳、宝物なども全て焼失してしまいました。

戦後、昭和22年に本堂の再建を果たしました。以後復興期、高度成長期を経て、平成の世となり、本堂、客殿等の老朽化に伴い、平成6年5月21日に本格的な新本堂、新客殿建立が完遂いたしました。

平成の大事業は、雲光院開創400年の記念事業の一環として行われ、法然上人、阿茶局はじめご先祖への報恩謝徳と未来への基盤づくりが達成されました。』


交通手段
私鉄 徒歩
  • 雲光院(うんこういん)外観<br /><br /><br /><br />

    雲光院(うんこういん)外観



  • 阿茶局石標(正面)<br /><br />

    阿茶局石標(正面)

  • 阿茶局石標(右側面)

    阿茶局石標(右側面)

  • 阿茶局石標(左側面)

    阿茶局石標(左側面)

  • 境内

    境内

  • イチオシ

  • 光雲院・本堂正面

    光雲院・本堂正面

  • 光雲院本堂・扁額<br /><br />山号は「龍徳山」が揮毫されています。

    光雲院本堂・扁額

    山号は「龍徳山」が揮毫されています。

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この旅行記へのコメント (1)

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  • kioさん 2012/06/25 22:27:09
    こんばんわ7
    雲光院に足を運ばれましたか〜

    雲光院のある三好町、平野町あたりは寺町で数十のお寺が
    あります。 ここらあたりは私の地元です。
    正月は7福神巡りで数多くの善男善女がこのあたりを
    徘徊してますよ。

    雲光院から徒歩5〜6分の深川江戸資料館にも立ち寄りましたか?
    江戸後期の下町の家並みがリアルサイズで連なっています。

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