2011/11/18 - 2011/11/19
1532位(同エリア3136件中)
tajiさん
ドォウモからの続き
・ ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア
http://jp.itait.net/milano+index.id+4.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア
東京ディズニーランドはここのガッレリアをぱくった。妻がここで黄色の皮の手袋を購入。
・ スカラ座
http://ja.wikipedia.org/wiki/スカラ座
http://www.teatroallascala.org/en/index.html
ラッキーにも5ユーロで中を見学出来た。5時までだったが入ったのが4時45分頃。
義弟達はダフ屋からでもチケットを買って30ユーロなら見たいと言っていたが、価格は下がらず。
Mラインで18:30 サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会へ『最後の晩餐』見学。日本からチケットを予約。二人で16ユーロ。最寄り駅のカドルナ・トリエンナーレ駅から歩く。駅前でバイクに乗った女性に聞き、その後通行人の男性に聞いて辿り着く。徒歩で約10分。
http://www.amoitalia.com/milano/cenacolo.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会_(ミラノ)
夕食はドゥオモに戻り、アペリティーヴォに行こうと、先ほど手袋を買った店で日本人の店員に聞く。Peckがいいと勧められて行くが、ワインバーでアペリティーヴォという感じではなかったので近くで見つけた、『Cafe Spadari』へ。
カプレーゼ、ツナサラダ、ミラノ風リゾット、フィットチーネのボロネーゼ、キノコペンネを注文。もちろんワインも。
夕食後電車でホテルに戻る。
11月19日(土)
ホテルで朝食後 チェックアウト 10:00ホテル出発
ミラノ中央駅→ VENEZIA Santa Lucia(ベネチア サンタ・ルチア) EURO STAR
このイタリア鉄道のHPで予約
http://www.fsitaliane.it/homepage_en.html
残念ながらファーストクラスが往復とも取れず。
土日だからしょうがない、、。
Departure: Milano Centrale (Ore: 10.35); Arrival: Venezia S. Lucia (Ore: 13.10)
Carriage: 5; Place: 14, 16 (Mandatory reservation) ; Class: 2a
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア
イタリア王国の初代国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世にちなんで名づけられたこの場所は、最初に1861年にデザインされ、イタリアの建築家ジュゼッペ・メンゴーニによって1865年から1877年の間に建設された。 -
東京ディズニーランドのワールドバザールはこのガッレリアをモデルに作られている。
-
中央の部分はガラス製のドームで覆われている。
左の建物はPRADAの本店。
もちろん買っていないが、、、。 -
ヴィトンとプラダの向かいにあるマック。
入っていないがちょっと品がある -
十字路の交わる付近に青いタイルで囲まれた牡牛のモザイクがあり、その股間部分がやや窪んでいる。この窪みに踵を合わせてクルリと一回転(一度に三回転以上出来ると、との説もあり)すると幸せが訪れる、旅行者は再びミラノに戻れる等の言い伝えがある。
妻も義弟もやった。もちろん僕も。 -
トレビの泉等と異なり一人ずつしかできないので観光シーズンには行列ができる事も珍しくない。一日に数千回も踵で踏みつけられるため損傷も激しく頻繁に修復もなされているが、修復直後の新品でも股間にはあらかじめうっすらと窪みが付けられている。
「牡牛の青盾」は西隣のピエモンテ州の州都トリノの紋章である。 -
ガッレリアを抜けるとスカラ座が見えてくる
-
この広場にはレオナルド・ダ・ヴィンチの碑がある。
フィレンツェ生まれのダ・ヴィンチだが有名な『最後の晩餐』などミラノでも
活動した。 -
5ユーロでスカラ座の中に入れたので喜んで入る。
初代の宮廷劇場以来の伝統を誇るイタリアオペラ界の最高峰。
新宿のスカラ座には何度も行ったが格が違う、、。当たり前か。 -
現在の建物は2代目のもので、初代の歴史的建築物のテアトロ・ドゥカーレ(Teatro Ducale)は1776年2月25日、謝肉祭のガラ・コンサート後に焼失した。劇場のバルコニー席(palchi)を持つ裕福な90人のミラノ市民がオーストリア大公フェルディナントに新しい劇場の建設と、新劇場完成までの仮劇場の提供を依頼した(当時ミラノを含む北イタリアはオーストリアの領地であった)。
-
建設費はバルコニー席の売上げで賄われ、各ボックスの持ち主は自席を豪華に飾り立て、スタンダールら観客に強い印象を与えた。劇場はほどなく「スカラ座」の名で知られるようになり、高貴で裕福なミラノ市民の絶好の社交場となった。当時の慣習では、平土間席(プラテア)には座席が無く、観客は出し物を立ったまま鑑賞した。オーケストラ・ピットの構造はまだ導入されておらず、オーケストラは客席から丸見えだった。
スカラ座は一貫して、バルコニー席の階上に余り裕福でない人でも観劇できるようなガレリア席を設けている。これはロッジョーネ(天井桟敷)と呼ばれる。ロッジョーネへの入口は、通常の正面入口とは別に建物横に造られている。 -
観客席の横には博物館があり見学出来る
-
外に出ると夕暮れに。
スカラ座広場でレオナルド・ダ・ヴィンチ像の後ろからスカラ座を写す。 -
オペラ座博物館のチケット。
5ユーロで観客席も博物館も見れたので良かった。
次回は時間があれば是非ここでオペラを見たい。 -
ガッレリアに明かりが灯りさっきと雰囲気が違う
-
ガッレリアからスカラ座が見える
-
いい感じ
-
パイプ専門店
-
妻が黄色の革手袋を買う。
-
ドォウモに戻ると幻想的な雰囲気だった。
-
ガッレリアとドォウモ
-
広場で妻を写す
-
Mラインに乗ってドォウモ駅からカドルナ・トリエンナーレ駅へ向かう
-
ホームはラッシュ時間で混雑していた
-
カドルナ・トリエンナーレ駅前
-
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会へ向かうが
どこの道を言っていいか分からずこの辺りで通行人に道を聞く。
英語がわかる人がいたが観光客で彼も分からず。少し迷いそうになる。 -
この看板を発見し矢印の方角へ向かう
-
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会が見えてきた
-
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会正面
-
教会横にある建物。
ここにあの世界的に有名な『最後の晩餐』が描かれている。
元食堂。 -
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会内
-
懺悔する人。
週に一度懺悔すればどんな罪も許される、というこのシステムにはあまり共感出来ないが、、。 -
最後の晩餐見学チケット
チケットの裏は絵がプリントされている。
僕らのチケットはラッキーで全体が見えるチケットだった。 -
見学時間を待つ人々。
見学は完全予約制で当日券は売らないので必ず予約しないと見る事が出来ない。一人8ユーロ -
日本語のツアーガイドイヤフォンを借りる。
-
待合室にあった最後の晩餐の写真。絵はミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画として描かれたもので、420 x 910 cm の巨大なものである。レオナルドは1495年から制作に取りかかり、1498年に完成している。ほとんどの作品が未完とも言われるレオナルドの絵画の中で、数少ない完成した作品の一つであるが、最も損傷が激しい絵画としても知られている。
-
1943年8月、ファシスト政権ムッソリーニに対抗したアメリカ軍がミラノを空爆し、スカラ座を含むミラノ全体の約43%の建造物が全壊する。その際にこの食堂も向かって右側の屋根が半壊するなど破壊されたが、壁画のある壁は爆撃を案じた修道士たちの要請で土嚢と組まれた足場で保護されていたこともあって奇跡的に残った。その後3年間屋根の無い状態であり、風雨にさらされないよう、また、壁だけで倒れないようそのまま土嚢を積まれてはいたが、この期間にも激しく損傷を受けている。建物は設計図が残っていたため、そのまま復元された。
制作当時に奇跡の絵画と呼ばれたが、以上のような経緯から、現在では存在自体が奇跡だと言われている。
戦争って嫌だね。歴史の無いアメリカがこういう歴史的遺産を破壊するのは胸が痛むが戦争が起こるとこういうことになる。 -
後二つ扉をくぐると食堂跡にある最後の晩餐を見る事が出来る。
写真撮影はここまで。
見学時間も限られていてイヤフォンの案内を全部聞く事が出来なかった。 -
絵画は当時食堂だった部屋の壁面に描かれており、床から2m程の高さから上に描かれている。一点透視図法を用いて部屋の様子が立体的に描かれており、ある位置から見ると、絵画の天井の線と実際の壁と天井との境目がつながり、部屋が壁の奥方向へと広がって見えるよう描かれている。絵の下端に床の縁のようなものが描かれており、絵の部屋の形状が異様な形をしていることから、最後の晩餐の様子を演じた舞台の様子として描いているとも言われる。500年以上もの期間、この損傷を受けやすい絵画は失われずに残っている。しかし決して保存のための注意が払われてきたわけではない。描かれた当時からこの部屋は食堂として使用されており、食べ物の湿気、湯気などが始めにこの絵を浸食する原因となった。また、17世紀には絵の下部中央部分に食堂と台所の間を出入りするための扉がもうけられ、その部分は完全に失われてしまった。17世紀末、ナポレオンの時代には食堂ではなく馬小屋として使用されており、動物の呼気、排泄物によるガスなどで浸食がさらに進んだ。この間、ミラノは2度大洪水に見舞われており、壁画全体が水浸しとなった。
-
伝統的に赤い服に青いマントとされていたキリストは、伝統に倣った容姿で中央に三角の構図で描かれ、3人一組となった弟子はそれぞれ台形の構図でキリストを囲むように描かれている。遠近法、背景、弟子の表情、手の動き、目線、配色、構図など、あらゆる点で中央のキリストに注目が集まるよう工夫がされている。
テーブルの上には、折り目のついたテーブルクロスが広げられ、大皿が3つ、それに取り分け用の小皿と、手洗い用の水を入れた皿(フィンガーボウル)、塩壺と思われる小型の容器、ナイフ(フォークはない)、ワインを入れた小さなグラスなどが置かれている。剥落のため、細部ははっきりしない部分もあるが、ワイングラスは(ユダの分も含め)13個置かれていることがわかる。20世紀末に行われた修復の結果、皿の上にあるのは魚料理であることが判明した。他に、丸型のパンと、レモンまたはオレンジと思われる果物(魚の風味をよくするためのものと思われる)が見られる。 -
左から
バルトロマイ
テーブルの左端、つまりイエスからもっとも離れた位置におり、イエスの言葉を聞き取ろうと立ち上がった様子に描かれている。
小ヤコブ
イエスと容貌が似ていたとされる使徒。左手をペトロの方へ伸ばしている。
アンデレ
両手を胸のあたりに上げ、驚きのポーズを示す。
イスカリオテのユダ
イエスを裏切った代償としての銀貨30枚が入った金入れの袋を握るとされる。ただし、マタイによる福音書では、イエスを引き渡した後で銀貨を受け取ることになっていたが、ダヴィンチは、聖書にある「手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る」の表現が難しかったためではないかと言われている。
ペトロ
身を乗り出し、イエスの隣に座るヨハネに何か耳打ちしている。
ヨハネ
十二使徒のうちもっとも年少で、聖書では「イエスの愛しておられた者がみ胸近く席についていた」と記されている。中性的顔立ちと『ダ・ヴィンチ・コード』の影響からか女性と思われがちだが、それはこの作品を問わずレオナルドに良く見られる画風である。(ヨハネによる福音書13章23節) -
左から
トマス
大ヤコブの背後から顔を出しており、体部は画面ではほとんど見えない。右手の指を1本突き立てているのは「裏切り者は1人だけですか」とイエスに問い掛けている姿と解釈されている。左手はよく見るとテーブルの上に置かれている。
大ヤコブ
両手を広げ大袈裟な身振りをしている。
フィリポ
両手を胸にあて、イエスに訴えかけるような動作をしている。
マタイ
テーブル右端のマタイ、タダイ、シモンの3名は互いに顔を見合わせ、「今、主は何とおっしゃったのか」と問い掛けている風情である。イエスから離れた位置に座る彼らにはイエスの言葉がはっきりと聞こえなかったのかもしれない。
タダイ
シモン -
保存上の悪条件に加え、過去の修復が逆に剥離を進ませてしまったり、元々無かったものが書き足されるなどしたため、レオナルド自身が描いた絵がどの程度残っているのか20世紀後半まで不明であった。
1977年から1999年5月28日にかけて大規模な修復作業が行われた。これはミラノ芸術財、歴史財保存監督局によるもので、修復作業は修復家のピニン・ブランビッラ (Pinin Brambilla Barcilon、女性) が一人で20年以上の歳月をかけて行なった。この修復は洗浄作業のみで、表面に付着した汚れなどの除去と、レオナルドの時代以降に行なわれた修復による顔料の除去が行なわれた。その結果、後世の修復家の加筆は取り除かれ、レオナルドのオリジナルの線と色彩がよみがえったが、オリジナルが全く残っていない箇所もかなりある。たとえば、イエスの向かって右に位置する大ヤコブの体部などは、オリジナルの絵具がほとんど失われ、壁の下地が露出している。なお、この修復で新たに分かったことが何点かある。
・一点透視図法の消失点の釘跡
・テーブルには魚料理が並んでいた。
・キリストの口が開いていた。
・背景の左右の壁にある黒い部分には花模様のタペストリがかけられていた。 -
カドルナ・トリエンナーレ駅へ向かう
-
花屋のツリー
-
ドォウモ駅を降りると霧が立ち籠めていた。
-
義弟達と合流してショッピング街の方へ夕飯を食べに行く
-
妻が手袋を買った店に日本人の店員がいてその方に、『この辺りでアペリティーヴォ(飲み代だけで前菜食べ放題の店)はありますか』と聞くとこの店を紹介されたがどう見てもアペリティーヴォの感じがしない。
単なるワインバーという感じだったので違う店を探す事に。 -
ミラノって感じの街並
-
この店にした。『Cafe Spadari』
-
店内の様子
-
店内
-
リパブリカ駅にある証明写真機。日本と変わらない。
-
コンビニが無いので自販機で水を購入。
-
妻はカフェラテを自販機で購入する。義弟が買った時おつりが自販機の下に
入ってしまった。 -
駅の通路にあった『プリシラ』ミュージカルポスター。
この映画大好きでDVDも持っている。15年振りに思い出した。
http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD1873/story.html -
リパブリカの駅は11時前だというのに人がいない。
-
駅前もほとんど人通りが無い。
繁華街以外はイタリアって夜に人をあまり見ない。 -
ホテルに戻る
-
朝、目が覚めると街はまだ霧の中だった。
-
朝刊が配られるが読めず
-
ロビーを通って朝食を食べるレストランへ
-
ここで朝食をとる。
-
生ハムやサーモンも充実。さすがウェスティン。
-
パンも充実。さすがウェスティン。
-
ホットミールも充実。さすがウェスティン。
-
ヨーグルトやシリアルも充実。瓶のヨーグルトが超おいしかった。
さすがウェスティン。 -
フルーツや野菜も充実。さすがウェスティン。
-
テーブル上のジャムや蜂蜜も充実。さすがウェスティン。
っていうか、一人38ユーロ(4000円以上!)なんだから当たり前だ。
1泊50ユーロのミールクーポン付きの宿泊だったから二人で26ユーロだったが、、。
それでも一人1500円の朝食だもんな。でも妻は数年分の生ハムをたらふく食べて元を取っていた。 -
朝食を取って部屋に戻ると霧は無くなり晴れていた。
-
一度チェックアウトして(明後日戻るため荷物はフロントに預けた)
ミラノ中央駅に向かう。気持ちいいので駅まで歩いた。 -
駅で犬を散歩させていたおネーサン
-
中央駅ホーム
-
10:35発のヴェネチア行きのユーロスターシティに乗る
-
車両。2等車だが良かった。
-
定刻にミラノ中央駅を出発
-
車掌さんがチケットを拝見しにくる。
席は満席だった。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
tajiさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
77