2007/05/06 - 2007/05/06
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hizuk927さん
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富山県内の海岸線は緩やかで半島や岬といった地形は殆どありませんが、唯一岬らしい岬といったら生地鼻だと感じます。生地鼻には幕末、加賀藩の海の防衛拠点として生地台場が置かれました。
この当時は欧米などの異国船が頻繁に日本の海岸に現れ、様々な事件が起こっていました。そのため、幕府による『外国船打払令』が出された時期とも重なります。日本各地で海岸を防備するために砲台を設置する台場が設けられ、生地にも加賀藩によって外国からの海上防衛のため生地台場が設置されました。
日本で最も有名な台場は東京のお台場ですが、こちらは富山のお台場と言ったところでしょうか。笑
生地鼻は富山湾に最も突き出た地形になっているので、富山湾が一望でき、晴れていると対岸の能登半島も綺麗に見えます。また、海岸線が西に向いているので富山湾に沈む夕日も綺麗に見えるスポットです。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
生地鼻から見た富山湾(能登半島方面)
残念ながら雨でしたが、晴れていると対岸の能登半島が綺麗に見えます。 -
『富山湾が一番綺麗に見える街生地』
地元のライオンズクラブによる石碑が設置されていました。生地は富山湾に突き出た地形になっているので、対岸の能登半島や富山湾に沈む夕日が綺麗に見えます。
個人的には高岡の雨晴海岸から見た富山湾越しの立山連峰の景色は富山湾沿岸では最も絶景ではないかと思います。 -
近くには生地灯台があります。
この近くには高い建物がありませんので、遠くからでも目立ちます。 -
生地の海岸を歩いていると、小高い丘が見えました。
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近づくと、何と砲台が設置されていました。もちろんレプリカですが。笑
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小高い丘に近づく手前には昔っぽい門がありました。
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近くの案内板によると、加賀藩が外国船の渡来に向けて海防のために設置された砲台跡とのことです。1851年の建設で、長さ63m、幅8mの弓形で、砲台が5門設置されていたそうです。
現在の台場は当時の設計図を元に復元されたもので、砂の下には台場の原型が埋まっているそうです。 -
大筒の説明文
設置された大砲の説明文もありました。これによると、近距離攻撃に用いられたということですが、当時の薩英戦争などから考えると、もし外国船が大砲で攻めてきたら機能しなかったのではないかと思われます。 -
大筒と砲弾の模型
思ったよりも砲筒が短い大砲です。 -
海岸を見るとこんな感じです。
手前にはコンクリート製の防波堤が作られているので海は醜いですが、当時は目の前に富山湾が広がっていて、外国船が現れることを監視していたのだと思います。 -
前から見た大筒と台場
この台場が砲弾の到達距離が日本のものより遥かに優れた外国船に対して機能したかどうかは別にして、この当時は外国からの脅威に対する国防の意識が非常に高かったのだと思います。
現在の日本は最新鋭の戦闘機やイージス艦を保有しながらも、国防意識が低いことから国土の一部をロシアや韓国、中国に占領されたり、狙われているにも関わらず何の対策も打てないでいます。
武器は劣っていても、国を守ろうとする意識を当時の人々から学ぶ必要があるのではと感じました。
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