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熊本旅行の4日目、この日は旅行の最終日です。<br />熊本城の観光は今回の旅行の第一目的だったので、2日目に行ったのですが、まだ見ていない場所が多く残っているのに気づき、再訪しました。<br /><br />

【熊本観光】 清正が築いた難攻不落の名城 「熊本城」 2回目

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2012/04/09 - 2012/04/09

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みにくま

みにくまさん

熊本旅行の4日目、この日は旅行の最終日です。
熊本城の観光は今回の旅行の第一目的だったので、2日目に行ったのですが、まだ見ていない場所が多く残っているのに気づき、再訪しました。

  • 熊本城<br /><br />◎ 関連の旅行記<br /><br />2012/04/07 【熊本観光】 ~ 桜咲き誇る熊本城へ① ~<br />http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10661597/<br /><br />2012/04/07 【熊本観光】 ~ 桜咲き誇る熊本城へ② ~<br />http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10662479/<br /><br />2012/04/07 【熊本観光】 豪華な昭君之間は必見 「熊本城・本丸御殿」<br />http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10662764/

    熊本城

    ◎ 関連の旅行記

    2012/04/07 【熊本観光】 ~ 桜咲き誇る熊本城へ① ~
    http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10661597/

    2012/04/07 【熊本観光】 ~ 桜咲き誇る熊本城へ② ~
    http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10662479/

    2012/04/07 【熊本観光】 豪華な昭君之間は必見 「熊本城・本丸御殿」
    http://4travel.jp/traveler/minikuma/album/10662764/

  • 熊本城<br /><br />この日は4月9日ということで、まだまだ桜が咲き誇っています。<br />

    熊本城

    この日は4月9日ということで、まだまだ桜が咲き誇っています。

  • 熊本城<br /><br />◎ 行幸坂<br /><br />ここは桜のトンネルのようになっていて、熊本城内外で最も綺麗な桜スポットです。<br /><br />今回はこの坂を登ったところにある頬当御門から大天守へ向かいます。<br />

    熊本城

    ◎ 行幸坂

    ここは桜のトンネルのようになっていて、熊本城内外で最も綺麗な桜スポットです。

    今回はこの坂を登ったところにある頬当御門から大天守へ向かいます。

  • 熊本城<br /><br />◎ 大天守・小天守<br /><br />他の道から行くのに比べると、驚くほどの速さで大天守に到着。<br />

    熊本城

    ◎ 大天守・小天守

    他の道から行くのに比べると、驚くほどの速さで大天守に到着。

  • 熊本城<br /><br />◎ 大天守・小天守<br /><br />平日の昼前だったので、人は少ないです。<br />これだけの撮影スポットなのに、ちょっと頑張れば他に誰もいない写真を撮れそうですよ。<br />

    熊本城

    ◎ 大天守・小天守

    平日の昼前だったので、人は少ないです。
    これだけの撮影スポットなのに、ちょっと頑張れば他に誰もいない写真を撮れそうですよ。

  • 熊本城<br /><br />◎ 五郎の首掛石<br /><br />勇将木下弾正の遺子と伝えられる横手五郎は、今の熊本市横手町に育ったので、その名がついたと言われる。<br />父弾正は、天正17年(1589)の天草一揆のとき、志岐麟仙に味方して仏木坂で加藤清正に一騎打ちを挑み、武運つたなく戦死した。<br />そこで五郎は成人ののち清正を仇と狙い、築城人夫に身をやつして、いつかは父の恨みを晴らそうと考えていた。<br />ところがその間に彼の素性は見破られ、井戸掘りをしているとき生き埋めにされたという。<br /><br />この石の重さは1800キログラムであるが、築城当時に五郎が首にかけて運んだものと言い伝えられている。<br />

    熊本城

    ◎ 五郎の首掛石

    勇将木下弾正の遺子と伝えられる横手五郎は、今の熊本市横手町に育ったので、その名がついたと言われる。
    父弾正は、天正17年(1589)の天草一揆のとき、志岐麟仙に味方して仏木坂で加藤清正に一騎打ちを挑み、武運つたなく戦死した。
    そこで五郎は成人ののち清正を仇と狙い、築城人夫に身をやつして、いつかは父の恨みを晴らそうと考えていた。
    ところがその間に彼の素性は見破られ、井戸掘りをしているとき生き埋めにされたという。

    この石の重さは1800キログラムであるが、築城当時に五郎が首にかけて運んだものと言い伝えられている。

  • 熊本城<br /><br />◎ 大天守・小天守<br /><br />西方向から撮影。<br />

    熊本城

    ◎ 大天守・小天守

    西方向から撮影。

  • 熊本城<br /><br />◎ 大天守<br />

    熊本城

    ◎ 大天守

  • 熊本城<br /><br />◎ 小天守<br /><br />小天守の中も大天守と同様、自由に拝観できるのかと思っていましたが、どうやら何か特別な手続きが必要かもしれません。<br />

    熊本城

    ◎ 小天守

    小天守の中も大天守と同様、自由に拝観できるのかと思っていましたが、どうやら何か特別な手続きが必要かもしれません。

  • 熊本城<br /><br />◎ 武者返し<br />

    熊本城

    ◎ 武者返し

  • 熊本城<br /><br />◎ 大天守・小天守<br />

    熊本城

    ◎ 大天守・小天守

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓<br /><br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />五階櫓の中でも「三の天守」とも呼ばれる宇土櫓(うとやぐら)は、3重5階地下1階で、熊本城では大小天守を除いて最大の櫓である。<br />高さ約19メートルあり、近世以前に建造された天守や櫓との比較では姫路城、松本城、松江城に次いで4番目の高さである。

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    五階櫓の中でも「三の天守」とも呼ばれる宇土櫓(うとやぐら)は、3重5階地下1階で、熊本城では大小天守を除いて最大の櫓である。
    高さ約19メートルあり、近世以前に建造された天守や櫓との比較では姫路城、松本城、松江城に次いで4番目の高さである。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />破風はむくりを持ち、諸櫓と同じ仕様で造られているが、最上階に外廻縁を持つ。清正の創建した初代天守ではないかという見方もある。<br /><br />宇土城の天守を移築したものと伝えられ、明和9年(1772年)に森本一端が記した『肥後国誌』(下巻)によって通説化したが、昭和2年(1927年)の解体修理の際には移築の痕跡が見られず、城戸久などがこの説を否定した。<br /><br />平成元年(1989年)の修理の際、2重目と3重目で建築方法の違いと3階部分の増設が判明している。<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    破風はむくりを持ち、諸櫓と同じ仕様で造られているが、最上階に外廻縁を持つ。清正の創建した初代天守ではないかという見方もある。

    宇土城の天守を移築したものと伝えられ、明和9年(1772年)に森本一端が記した『肥後国誌』(下巻)によって通説化したが、昭和2年(1927年)の解体修理の際には移築の痕跡が見られず、城戸久などがこの説を否定した。

    平成元年(1989年)の修理の際、2重目と3重目で建築方法の違いと3階部分の増設が判明している。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />屋根瓦は全部で46000枚にも達し、その中には400年の歳月に耐えた加藤家の桔梗紋をもつものも残っている。<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    屋根瓦は全部で46000枚にも達し、その中には400年の歳月に耐えた加藤家の桔梗紋をもつものも残っている。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />宇土櫓の内部は自由に拝観できるようになっていました。<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    宇土櫓の内部は自由に拝観できるようになっていました。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />石落とし<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    石落とし

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />天井の構造。<br />梁などがむき出しになっています。<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    天井の構造。
    梁などがむき出しになっています。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />上層への階段。<br />この櫓は重要文化財なのに、上層へあがり見学することができます。<br />これは極めて珍しいことだと思います。<br /><br /><br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    上層への階段。
    この櫓は重要文化財なのに、上層へあがり見学することができます。
    これは極めて珍しいことだと思います。


  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />二の丸方向<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    二の丸方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />ちびくまJrの記念撮影。<br />

    イチオシ

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    ちびくまJrの記念撮影。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />床はピカピカのツルツルに磨かれています。<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    床はピカピカのツルツルに磨かれています。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 北方向<br /><br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 北方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 西方向<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 西方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 南方向<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 南方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 南方向<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 南方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 南方向<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 南方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 南方向<br /><br />かなり遠くに見えたこちらの櫓は、未申櫓と言います。<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 南方向

    かなり遠くに見えたこちらの櫓は、未申櫓と言います。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 東方向<br /><br />こちらの方向には大天守と小天守を正面に見られます。<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 東方向

    こちらの方向には大天守と小天守を正面に見られます。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 東方向<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 東方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 東方向<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 東方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 東方向<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 東方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓からの眺め 東方向<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓からの眺め 東方向

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />〜武者走り〜<br /><br />戦闘時には、押し寄せる敵に対して素早く対応するために、原則として櫓の城外側には必ず廊下が設けられます。<br />このような廊下のことを武者走りと言います。<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    〜武者走り〜

    戦闘時には、押し寄せる敵に対して素早く対応するために、原則として櫓の城外側には必ず廊下が設けられます。
    このような廊下のことを武者走りと言います。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />〜武者走り〜<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    〜武者走り〜

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓 重要文化財<br /><br />宇土櫓構造模型<br />

    熊本城

    ◎ 宇土櫓 重要文化財

    宇土櫓構造模型

  • 熊本城<br /><br />◎ 大天守<br /><br />

    熊本城

    ◎ 大天守

  • 熊本城<br /><br />◎ 地図石<br /><br />この箱型の石組は、古くから地図石と呼ばれてきた。<br />ここの石組は城の他の部分とは全く異なり、切り石の組み合わせで美しく構成されている。<br />そのため、その謎を解こうとして先人たちが色々と苦心し、日本地図・熊本城下町図・熊本城平面図を表現したものなど諸説を出したが、旧藩時代の絵図には「御待合口」との付箋が付いたものがあり、今日では数寄屋丸二階御広間への参入口の装飾であったと考えられている。<br />

    熊本城

    ◎ 地図石

    この箱型の石組は、古くから地図石と呼ばれてきた。
    ここの石組は城の他の部分とは全く異なり、切り石の組み合わせで美しく構成されている。
    そのため、その謎を解こうとして先人たちが色々と苦心し、日本地図・熊本城下町図・熊本城平面図を表現したものなど諸説を出したが、旧藩時代の絵図には「御待合口」との付箋が付いたものがあり、今日では数寄屋丸二階御広間への参入口の装飾であったと考えられている。

  • 熊本城<br /><br />◎ 地図石<br /><br />これで、首掛石・宇土櫓に続き、3ヶ所目の観光スポットを攻略しました。<br /><br />

    熊本城

    ◎ 地図石

    これで、首掛石・宇土櫓に続き、3ヶ所目の観光スポットを攻略しました。

  • 熊本城<br /><br />◎ 地図石

    熊本城

    ◎ 地図石

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />数寄屋丸二階御広間は、西に五階櫓、東に地蔵門櫓を配し、梁間七間(約13m)、桁行十八間(約33m)の建物で、南面の壁には銃眼や石落としもついているが、内部一階は土間、二階には書院造の座敷があり、全国の城郭建築の中でも非常に珍しいものである。<br /><br />数寄屋丸とは、秀吉築城大阪城の「山里丸」の流れをひくもので、熊本城における文化的遊興の空間であったと思われる。<br />茶会・能・連歌の会などが催され、二階御広間もそのような用途に使われていたと考えられている。<br /><br />二間半四方で十二畳半の部屋が主室となっており、床の間は二間半の押板だけというシンプルな構造で、復元に際しては書院造の建物・城内の櫓・絵図等の資料も参考にした。<br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

    数寄屋丸二階御広間は、西に五階櫓、東に地蔵門櫓を配し、梁間七間(約13m)、桁行十八間(約33m)の建物で、南面の壁には銃眼や石落としもついているが、内部一階は土間、二階には書院造の座敷があり、全国の城郭建築の中でも非常に珍しいものである。

    数寄屋丸とは、秀吉築城大阪城の「山里丸」の流れをひくもので、熊本城における文化的遊興の空間であったと思われる。
    茶会・能・連歌の会などが催され、二階御広間もそのような用途に使われていたと考えられている。

    二間半四方で十二畳半の部屋が主室となっており、床の間は二間半の押板だけというシンプルな構造で、復元に際しては書院造の建物・城内の櫓・絵図等の資料も参考にした。

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />〜加藤清正公甲冑写〜<br /><br />この甲冑は山口県の「長谷川博政」さんの作品で、加藤清正をイメージして作られています。<br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

    〜加藤清正公甲冑写〜

    この甲冑は山口県の「長谷川博政」さんの作品で、加藤清正をイメージして作られています。

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />〜加藤清正公甲冑写〜<br /><br />甲冑は紙で作られており、ボール紙を切り重ね、小さなパーツを一枚ずつ切り出して裏に皮を張り、重量感を出すために何枚も重ねられています。<br /><br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

    〜加藤清正公甲冑写〜

    甲冑は紙で作られており、ボール紙を切り重ね、小さなパーツを一枚ずつ切り出して裏に皮を張り、重量感を出すために何枚も重ねられています。

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />〜加藤清正公甲冑写〜<br /><br />ひもでパーツをつなげるための穴は実物大の鎧で一つ作るのに数千個、ひもは納得のいく色になるよう自分で染められ、表面には京都で買い求めた和紙や西陣織の生地を張って仕上げられています。<br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

    〜加藤清正公甲冑写〜

    ひもでパーツをつなげるための穴は実物大の鎧で一つ作るのに数千個、ひもは納得のいく色になるよう自分で染められ、表面には京都で買い求めた和紙や西陣織の生地を張って仕上げられています。

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />〜加藤清正公甲冑写〜<br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

    〜加藤清正公甲冑写〜

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />西櫓門跡付近<br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

    西櫓門跡付近

  • 熊本城<br /><br />◎ 数寄屋丸二階御広間<br /><br />出口側<br /><br />

    熊本城

    ◎ 数寄屋丸二階御広間

    出口側

  • 熊本城<br /><br />秘密の抜け道かと思ったのですが、横の看板に○○御門と書かれていました。<br /><br />

    熊本城

    秘密の抜け道かと思ったのですが、横の看板に○○御門と書かれていました。

  • 熊本城<br /><br />◎ 大天守・小天守<br /><br />”桜と天守”というテーマが頭にあったために、この特別立派な木に目が行っていませんでした。<br /><br />木の大きさと大天守・小天守の対比が面白い一枚。<br />

    イチオシ

    熊本城

    ◎ 大天守・小天守

    ”桜と天守”というテーマが頭にあったために、この特別立派な木に目が行っていませんでした。

    木の大きさと大天守・小天守の対比が面白い一枚。

  • 熊本城<br /><br />

    熊本城

  • 熊本城<br /><br />

    熊本城

  • 熊本城<br /><br />◎ 南坂<br /><br />この坂は江戸時代は南坂と呼ばれ、飯田丸下の備前堀中ほどから南大手門へ向かう比較的急な坂で、山崎や高田原等の城下町に住む藩士の登城路であった。<br /><br />この石垣の上の曲輪は、細川氏入国後、奉行所が置かれたことから奉行丸と呼ばれている。<br />奉行所は御奉行所・御勘定方・小物成・御郡代の4部門からなり、多くの藩士が公務を行っていた。<br />

    熊本城

    ◎ 南坂

    この坂は江戸時代は南坂と呼ばれ、飯田丸下の備前堀中ほどから南大手門へ向かう比較的急な坂で、山崎や高田原等の城下町に住む藩士の登城路であった。

    この石垣の上の曲輪は、細川氏入国後、奉行所が置かれたことから奉行丸と呼ばれている。
    奉行所は御奉行所・御勘定方・小物成・御郡代の4部門からなり、多くの藩士が公務を行っていた。

  • 熊本城<br /><br />◎ 桜の馬場 城彩苑<br /><br />

    熊本城

    ◎ 桜の馬場 城彩苑

  • 熊本城<br /><br />◎ 飯田丸五階櫓<br />

    熊本城

    ◎ 飯田丸五階櫓

  • 熊本城<br /><br />二の丸へ向かう途中。<br /><br />遠くに見えるのが戌亥櫓です。<br />

    熊本城

    二の丸へ向かう途中。

    遠くに見えるのが戌亥櫓です。

  • 熊本城<br /><br />◎ 宇土櫓・小天守・大天守<br /><br />★ トップ写真 ★<br /><br />ここから見る天守と櫓の姿は、とびっきり美しいです。<br />

    イチオシ

    熊本城

    ◎ 宇土櫓・小天守・大天守

    ★ トップ写真 ★

    ここから見る天守と櫓の姿は、とびっきり美しいです。

  • 熊本城<br /><br />◎ 二の丸広場<br /><br />ちびくまJrがジャンプしています。<br />

    熊本城

    ◎ 二の丸広場

    ちびくまJrがジャンプしています。

  • 熊本城<br /><br />

    熊本城

  • 熊本城<br /><br />

    熊本城

  • 熊本城<br /><br />桜と天守<br />

    熊本城

    桜と天守

  • 熊本城<br /><br />◎ 小天守・宇土櫓・大天守<br /><br />先ほどよりも少し北側から撮影したので、建物の位置が変わっています。<br />やや斜めから見た天守群も、重厚感があっていいと思いました。<br /><br />

    熊本城

    ◎ 小天守・宇土櫓・大天守

    先ほどよりも少し北側から撮影したので、建物の位置が変わっています。
    やや斜めから見た天守群も、重厚感があっていいと思いました。

  • 熊本城<br /><br />のらねこ<br /><br />あまり警戒心の強くないのらねこ君。<br />

    熊本城

    のらねこ

    あまり警戒心の強くないのらねこ君。

  • 熊本城<br /><br />◎ 三の丸<br /><br />ここから先、右手に行くと旧細川刑部邸があります。<br />

    熊本城

    ◎ 三の丸

    ここから先、右手に行くと旧細川刑部邸があります。

  • 熊本城<br /><br />◎ 熊本県護国神社<br />

    熊本城

    ◎ 熊本県護国神社

  • 熊本城<br /><br /><br /><br /><br />◎ おしまい<br />

    熊本城




    ◎ おしまい

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