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京王電鉄高幡不動駅下車徒歩3分、高幡不動尊金剛寺を訪問しました。<br /><br />真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺は古来関東三不動尊の一つに挙げられ高幡不動尊として親しまれています。その草創は古文書によれば、大宝年間(701)以前とも或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられますが、今を去る1110余年前、平安時代初期に慈恵大師円仁が、清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて山中に不動堂を建立し、不動明王を御安置したのに始まります。<br /><br />建武2年(1335)8月の大風によって山中の堂宇が倒壊したので、時の住僧が康永元年(1342)麓に移し建てたのが現在の不動堂で続いて建てられた仁王門ともども関東稀に見る古文化財であります。<br />足利時代は「汗かき不動」と呼ばれて鎌倉公方をはじめとする戦国武将の尊崇を集め、江戸時代には関東十一檀林・火防の不動尊として広く庶民の信仰を集めました。(パンフレット)<br /><br />多摩地区では交通の利便性もあってか初詣の名所として有名です。<br />本来の文化財である仁王門、大日堂、五重塔等の他に日野市・石田地区出身の新撰組副長の土方歳三(ひじかた・としぞう)の人気も手伝い境内の歳三像を含め散策には絶好の場所といえます。<br /><br />自分も幾度となく家族連れで足を運びましたが、いわゆる宗教臭さがなく誰でも気軽に歴史・文学探訪できる所だと思います。

武蔵日野 古来より関東三不動尊の一つとして著名で境内には立川原合戦の上杉憲顕、当地出身の新撰組近藤勇・土方歳三の『高幡不動尊金剛寺』散歩

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2012/02/04 - 2012/02/04

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滝山氏照

滝山氏照さん

京王電鉄高幡不動駅下車徒歩3分、高幡不動尊金剛寺を訪問しました。

真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺は古来関東三不動尊の一つに挙げられ高幡不動尊として親しまれています。その草創は古文書によれば、大宝年間(701)以前とも或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられますが、今を去る1110余年前、平安時代初期に慈恵大師円仁が、清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて山中に不動堂を建立し、不動明王を御安置したのに始まります。

建武2年(1335)8月の大風によって山中の堂宇が倒壊したので、時の住僧が康永元年(1342)麓に移し建てたのが現在の不動堂で続いて建てられた仁王門ともども関東稀に見る古文化財であります。
足利時代は「汗かき不動」と呼ばれて鎌倉公方をはじめとする戦国武将の尊崇を集め、江戸時代には関東十一檀林・火防の不動尊として広く庶民の信仰を集めました。(パンフレット)

多摩地区では交通の利便性もあってか初詣の名所として有名です。
本来の文化財である仁王門、大日堂、五重塔等の他に日野市・石田地区出身の新撰組副長の土方歳三(ひじかた・としぞう)の人気も手伝い境内の歳三像を含め散策には絶好の場所といえます。

自分も幾度となく家族連れで足を運びましたが、いわゆる宗教臭さがなく誰でも気軽に歴史・文学探訪できる所だと思います。

交通手段
私鉄 徒歩

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  • 京王電鉄高幡不動駅<br /><br />駅ビル新築されて特急停車駅にふさわしい規模になりました。併せて多摩都市モノレール接続駅として重要な位置を占めています。

    京王電鉄高幡不動駅

    駅ビル新築されて特急停車駅にふさわしい規模になりました。併せて多摩都市モノレール接続駅として重要な位置を占めています。

  • 商店街通り<br /><br />高幡不動尊に導く商店街を歩きます。

    商店街通り

    高幡不動尊に導く商店街を歩きます。

  • 高幡不動尊総門<br /><br />手前の川崎街道を渡ります。

    高幡不動尊総門

    手前の川崎街道を渡ります。

  • 高幡山境内図<br /><br />仁王門の他五重塔、土方歳三像、上杉憲顕墳等が見られます。

    高幡山境内図

    仁王門の他五重塔、土方歳三像、上杉憲顕墳等が見られます。

  • 金剛寺仁王門(重要文化財)<br /><br />当初桜門として建立されましたが途中で変更され、桜上の主要部を覆う様な形で切妻の屋根がかけられていました。昭和34年解体修理にあたり桜門に復元されました。(パンフレットより<br />

    イチオシ

    金剛寺仁王門(重要文化財)

    当初桜門として建立されましたが途中で変更され、桜上の主要部を覆う様な形で切妻の屋根がかけられていました。昭和34年解体修理にあたり桜門に復元されました。(パンフレットより

  • 金剛寺不動堂(重要文化財)<br /><br />当初山中に建立されましたが、建武2年(1335)8月4日夜の大風の為倒壊しましたので時の住僧が現在地に移建しました。(パンフレット)

    金剛寺不動堂(重要文化財)

    当初山中に建立されましたが、建武2年(1335)8月4日夜の大風の為倒壊しましたので時の住僧が現在地に移建しました。(パンフレット)

  • 金剛寺不動堂近景<br /><br />当日も大勢の参拝者が訪れていまして、周辺は線香の香りが漂っています。

    金剛寺不動堂近景

    当日も大勢の参拝者が訪れていまして、周辺は線香の香りが漂っています。

  • 上杉憲顕(うえすぎ・のりあき)公墳<br /><br />享徳4年(1455)、分倍河原の戦いで鎌倉公方足利成氏(あしかがしげうじ)に破れ、負傷を負って高幡寺に入り自刃した乱世の武雄のひとりです。<br /><br />

    上杉憲顕(うえすぎ・のりあき)公墳

    享徳4年(1455)、分倍河原の戦いで鎌倉公方足利成氏(あしかがしげうじ)に破れ、負傷を負って高幡寺に入り自刃した乱世の武雄のひとりです。

  • 上杉憲顕公墳内部

    上杉憲顕公墳内部

  • 上杉憲顕公説明板<br /><br />「 上杉堂(上杉憲顕の墓)<br />上杉憲顕は氏憲(禅秀)の子、享徳4年正月、(1455年)足利成氏の軍と立川原に合戦、深手を負い高幡寺に入り自刃した。自然石はその墓標で、俗同信仰に茶湯石(服石)と言い百か日 忌はらい供養の伝承がある (鎌倉第草紙)」

    上杉憲顕公説明板

    「 上杉堂(上杉憲顕の墓)
    上杉憲顕は氏憲(禅秀)の子、享徳4年正月、(1455年)足利成氏の軍と立川原に合戦、深手を負い高幡寺に入り自刃した。自然石はその墓標で、俗同信仰に茶湯石(服石)と言い百か日 忌はらい供養の伝承がある (鎌倉第草紙)」

  • 土方歳三像及び近藤勇・土方歳三顕彰碑<br /><br />歳三の生家は日野市石田地区草分けの旧家で、室町時代中期以前から高幡不動尊金剛寺の有力檀那衆でありました。

    土方歳三像及び近藤勇・土方歳三顕彰碑

    歳三の生家は日野市石田地区草分けの旧家で、室町時代中期以前から高幡不動尊金剛寺の有力檀那衆でありました。

  • 近藤勇・土方歳三顕彰碑説明板

    近藤勇・土方歳三顕彰碑説明板

  • 五部権現社<br /><br />江戸時代初期の宮作りとして貴重とする境内の鎮守だそうです。祭神は八幡、稲荷、丹生、高野そして青龍の五座となっています。(説明板)

    五部権現社

    江戸時代初期の宮作りとして貴重とする境内の鎮守だそうです。祭神は八幡、稲荷、丹生、高野そして青龍の五座となっています。(説明板)

  • 金剛寺五部権現社殿・石碑

    金剛寺五部権現社殿・石碑

  • 稲荷社

    稲荷社

  • 大日堂<br /><br />高幡山における鎌倉時代様式の総本堂で数多くの尊像が安置されています。鳴り龍天井や江戸時代の優れた彫刻群、新選組の近藤勇・土方歳三の位牌等が拝観できます。

    大日堂

    高幡山における鎌倉時代様式の総本堂で数多くの尊像が安置されています。鳴り龍天井や江戸時代の優れた彫刻群、新選組の近藤勇・土方歳三の位牌等が拝観できます。

  • 鐘楼堂<br /><br />ハイキングコース寄りの高台に鐘楼が配置されてますが、麓からは急階段になっていますので通常は使用禁止となっています。

    鐘楼堂

    ハイキングコース寄りの高台に鐘楼が配置されてますが、麓からは急階段になっていますので通常は使用禁止となっています。

  • 大観音像<br /><br />慈悲に充ちた像が佇んでいます。

    大観音像

    慈悲に充ちた像が佇んでいます。

  • 五重塔<br /><br />高幡不動のイメージを代表する五重塔です。平安時代初期の様式で建てられた優雅な塔でパンフレットの表紙にもなっています。

    五重塔

    高幡不動のイメージを代表する五重塔です。平安時代初期の様式で建てられた優雅な塔でパンフレットの表紙にもなっています。

  • 不動ヶ丘<br /><br />参道から高幡城跡のある不動ヶ丘を見上げます。

    不動ヶ丘

    参道から高幡城跡のある不動ヶ丘を見上げます。

  • 玉南電気鉄道記念碑<br /><br />大正2年笹塚~調布、同5年新宿~府中の開通を果たした京王電気軌道ですが、府中~八王子敷設の要望強く玉南電気鉄道発足により大正14年開通を果たしました。その後大正15年京王電気軌道と合併、軌道幅も統一され新宿~八王子の直通運転が可能となり現在に至っています。(説明板)

    玉南電気鉄道記念碑

    大正2年笹塚~調布、同5年新宿~府中の開通を果たした京王電気軌道ですが、府中~八王子敷設の要望強く玉南電気鉄道発足により大正14年開通を果たしました。その後大正15年京王電気軌道と合併、軌道幅も統一され新宿~八王子の直通運転が可能となり現在に至っています。(説明板)

  • 弁天池<br /><br />弁天堂に繋がる橋と弁天池が見事です。

    弁天池

    弁天堂に繋がる橋と弁天池が見事です。

  • 交通安全祈願殿<br /><br />交通安全祈願では高幡不動尊はひじょうに有名です。自分もここで交通安全のお札をいただきました。

    交通安全祈願殿

    交通安全祈願では高幡不動尊はひじょうに有名です。自分もここで交通安全のお札をいただきました。

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