2007/01/22 - 2007/01/28
116位(同エリア251件中)
さんしぇさん
冬厳しいパリでの2週間のアパルトマン生活を畳み、いよいよ
陽光求め南仏へ。
1月22日(月)アルル泊
パリ北駅⇒TGVでアヴィニョン駅⇒バスでアルル駅⇒ホテル
・アルルの城壁を辿って
・アルル駅周辺
1月23日(火)アルル
・アルル・パスポート購入
・アルラタン美術館
・円形闘技場
・公衆浴場遺構
・サントロフィーム回廊
・古代劇場
1月24日(水)アルル
・レンタカー借り出し
・ポン・デュ・ガール
・あわや!
・アルル古代美術館
・ゴッホ2つの点景
1月25日(木)エクス・アン・プロヴァンス
・まずはマルセイユ
・ノートルダム・ド・ラ・ギャルド・バジリカ大聖堂
・エクス・アン・プロヴァンスへ
・シャトーホテル
1月26日(金)ニース
エクス・アン・プロヴァンス駅⇒TGVでニース駅へ
1月27日(土)ニース
・エズへ
・ニース旧市街
・ニースの高台から
1月28日(日)帰国
ニース⇒飛行機でパリシャルルドゴール⇒名古屋セントレア
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
アパルトマンを片付け、ばたばたと駅に向かいます。
タクシーかと言うとさに在らず、結構バスの便が良く、
我々最後の最後までバスを使い倒します。
大通りまでスーツケースを曳いて数10m、やって
来た91番で、まっすぐパリリヨン駅へ10数分。
駅前通りでバスを降りるものの、ロータリーを
横切り、目的のTGV乗り場へは、ひとしきりです。
海外に出ると御大(夫)、俄然男気(?)発揮、2人
分のスーツケースを引き受けて、黙々と曳いてくれて
すごくありがたいのです。
思えばリヨン駅は2年前初めて使い、当時Eチケットを
刻印するしない、というところから手探りで、そうこう
しつつも、パリから地方へ足を踏み出す記念すべき
第1歩になったんでした。
さて、車中でお昼に差し掛かるので、何かお昼ごはんを
仕入れて行こうよ、と御大。
電車で駅弁(?)て、なんだか嬉しい。
同じフロアに売店、見ると結構品揃えしていて、バゲット
のサンドイッチも何種類かあるのは勿論、パニーニの
ようなイタリア産のパンも人気。
見ていると、パニーニは暖めるかどうか希望を聞いたり。
我々は大好きなバゲットサンドです。
可愛いマドモアゼルがにっこりと、小さなロール型の
フランスパンをサービスに寄越してくれました。
思わぬ親切が殊更嬉しいです。 -
嬉し楽しお昼の時間。
斜め前方に座っていた年配のお二人、ご夫婦にしては
お互いが一向に言葉を交わす場面が無くて、やっぱり
ご夫婦じゃないのかとちょっとだけ詮索。
その男性が荷台からいそいそ包みを取り出すと、それが
サンドイッチ。
どうやらマダムお手製の様。
やはりご夫婦なんでしょう、ご主人がナイフを取り
出すや嬉しそうに、奥さんと自分2つに切り分けて、
さっそく口に運んでいます。
おしゃべりなのが仏人だと思い込んでいたけれど、
こんな寡黙なご夫婦もあり。
でも、食べ物を間に和気藹々と馴染んだ風情が
いい感じでした。
下車駅も間近、御大が先んじて荷物置き場から
2つの大荷物をよいしょよいしょ、下階へ運んで
戸口付近ではやばや待機してくれる。
私は残りのボストンバッグを引っ張り出して、と
思ったら、ベビーカーその他大荷物を運び出そうと
していた若いパパが、手を伸ばして私の分まで棚
から降ろし、素敵な笑顔と共に渡してくれました。
自分の事で大変でしょうに、よく目配りできるなあと、
感嘆。
そして、通路を行くと、別のムッシュが
「マダム、持ちましょう。」と声を掛けてくれる。
ありがたくご親切に甘えました。
こちらの男性は老いも若きも、ほんとうに優しい。
女性が目の前で大荷物を持っているのを見過ごしに
できないのかどうか。
必ずといっていいほど、救いの手が伸びてきます。
子供の頃からの躾のたまものだと言う話も聞きますが。
このあたりの事は、御大にも折に触れ言っていたのが
効を奏したのかどうか、旅行中終始気を遣ってくれた
御大でした。 -
アヴィニョンTGV駅に着きました。
いにしえの法王庁や、「アヴィニョンの橋の上で」、
の童謡でも知られていて、見所に事欠かない
アヴィニョンですが、今回は素通り。
我々、これからアルルまでバス移動です。
在来線鉄道のルートもありますが、あいにくここ
TGV駅には乗り入れをしていません。
バスルートを選んだのは、アルルでの最終降車停が
滞在ホテルの目と鼻の先という至便さを買いまして。
さて、アルル行きのバス停を捜します。
ありました、長距離バス風なのが発着してるエリアが。
こちらの停留所は、肩透かしをらうくらいあっけない
造りが多いのだけれど、ここは最たるもので。
と言うか、ただの吹きっ晒しです。
日本みたいにぐるりに屋根が付いて、ベンチが据わっ
てて、もちろん時刻表に、時計に・・・、なんてモン
は皆無。
しょうがないので、今しがた入って来たバスの運転手
のお兄さんに、アルル乗り場はどこですか?と聞いて
ようやく。
指し示してくれても、マーク一つなく、試しにスーツ
ケースずるずるして少し移動。
お兄さん、「もう少しそっち。」みたいに手まね。
御大、トイレに行って来ると言ってからようやく戻って
来たと思ったら、「駅なのに0,50ユーロ(約¥80)
取るかあ?」と憤慨している。
まだわかっちょらんねキミぃ、駅だから取るのよ〜。
だあから、車内で済ませるといいって言ったのに。
そして、待望のアルル行きが滑り込んで来ました。
窓にArlesの文字、一応運転手に確認もして、大物荷物は
バスの横っ腹に収め、無事乗り込めました。
やがて小1時間、お約束のArles駅に着きました。
我々はこの先の centre(市中心、市街)まで乗れば、
後は降りてすぐにホテルがあるはず。
ところが。
運転手、「C’est fini. ここが終点。」
え、そんなはずは・・、「市街に行きませんか?」
「Fini !!」とすげない。
このおっさん、ぜ〜ったいさぼった。
事前情報では駅の後、centreが終点の筈なのに・・。
しかし言葉の貧しさ、忸怩たる気持ちのまましぶしぶ
降りる。
見回すも乗り場はあれどタクシーなぞはいない。
こちらは事前情報通りで全く嬉しくない。
待っても来ないって言う話も聞いている。
確か直線で2kmは無かった筈、無闇に待つのも性に
合わず、ずるずる歩き始める。
と、そこへ滑り込んで来た車、屋根に乗っている筈の
例のタクシーのランプを、どう言う訳か運転手自身が
手に持ってる・・?
不可解ながら背に腹は替えられぬ。
「乗れますか?」
タクシーランプをひょいと助手席に放りながら、
oui〜、どぞどぞ〜な、愛想の良い感じ。
ああよかった〜。
ホテルまでを頭の中の地図を追いながら、間違いなく
7,8分で着きました。
荷物2つ分加えて9ユーロくらいでしたか。 -
ツーリストオフィスすぐのオテル・アトリウム、
ここが向こう3日間の我々の根城。
ちなみにアトリウムは“古代ローマの中庭”の意味だ
そうです。
なるほど館内、ローマ時代の戦士像などお構い無しに
置かれ、ベタに古代ローマやってます。
アルルは紀元前から中世まで、当時“ガリア(フランス)
の小ローマ”と言われ南仏全域で1,2を誇る、大変に
栄えた街。
今も、時代ごとの遺跡や遺構、建築様式がそのままに
残っていて、建築関係・美術関係に知識のある人には
生きた化石と言わしめる街だそうです。 -
日の落ちるまで2時間ほど、旧市街に向けぶら
ぶら。
道中高みから見下ろす、南仏っ!な街並み。
このレンガの色がいい味です。 -
この一望に俯瞰できるテラスには、こんなマップが
据えてあります。
ここまで南に来ると、連なる山並みを眺めるのも
一興、土地勘乏しい我々でも楽しめました。 -
後で知るところでは、この城壁あたりも実は
世界遺産の内!
古色がなんとも趣ありまして。
旧市街をぐるり囲む城壁の址。遺跡扱いをして
後生大事に囲うでもなく、街の風景に馴染んで
しまっている。
地震がないからか、崩落の為の繕いも無ければ彼我を
隔てる柵なども無くて、無防備と言うか無造作と言う
か、パリのリュテスアレーヌ(アリーナ)あたりと
そっくりです。 -
壁をよじ登ってご満悦です。
-
先ほど降り立ったArles鉄道駅あたりまで、やって
来ました。
重い荷物なくば、ホテルまで充分徒歩圏ですね。
駅前広場の向こう、河が拡がっています。
ローヌ川、岸辺はここ数百年変わりないかの様な
佇まい。
さすがに重たい冬の空、これも味わいの内です。 -
アルルの駅近く、右奥に鉄道の高架が覗いてます。
この一見何の変哲もない建物。
この時点でゴッホ!と思い至ったあなたは、ゴッホ通。
その昔“黄色い家”のタイトルで描いたのが・・。 -
こちら。
右奥の鉄道アーチだけは今もそのまま。
通称黄色い家、ゴッホがゴーギャンと共に絵画の
ための共同生活の拠点としました。
この時期の傑作が同じく黄色に輝くかの向日葵。
この家の2階、彼の部屋に飾る為に描かれたとか。
ここに腰を据えた15ヶ月で実に200点が完成を
見た、充実の時だったのですね。
通りの向こうに、モノプリ見っけ。こんな小さな街に、
不相応な大きな規模。
3日間の飲料水を1,5L×3本、驚愕の0,19
ユーロ(¥30!)/1本、安〜い。
4合ほど残っているお米も食べきるつもりで、お惣菜を
レトルトなども含め見繕う。
アルルはソーセージが名物の一つらしい。
豚を使った加工品の内、御大垂涎のサラミのおいしそう
なのや、胡桃を一掴み。
どちらも道中、良いおつまみになりました。 -
明けて2日目です。
朝食ブッフェ(バイキング)、コンチネンタルだと、
パンにお茶だけで寂しいですが、ここはアメリカン
スタイルです。 -
初めて見たのが、卵茹で器。
専用のお皿も用意、何気に力入ってます。
他に保温されたスクランブルエッグ、ハムや
ウインナなど、オーソドックスな品揃えです。 -
サラダなど野菜と名の付くものは一切ありません。
何でも、“冷たい”野菜は朝から食べるものでは
ないそうです。
替わる物として、果物、ドライフルーツ、更にコン
フィチュ−ルと呼ばれるジャム類はふんだんです。 -
昨日と打って変わった、きらっきらなおてんと様。
鮮やかな青。
夏のような明度にびっ〜くり。
ゴッホが日本に憧れ、ここアルルを日本のような
色彩の街と思い定めて、パリから移って来たのが
冬だったと聞くけれど、日本に似てるかはともかく
我々も同じく灰色のパリからやって来て、感激
ひとしおです。
ちょっとだけ、ゴッホの感動が判った気分。^^ -
インフォメーションで、Arles passportなるものを購入、
@13,5ユーロ、有効3ヶ月。
アルルの有名処の9施設の入場がフリーになります。
アリスカン
円形闘技場
地下柱廊
回廊(サン・トロフィーム)
古代劇場
共同浴場
アルル古代美術、博物館
アルラタン美術館
レアチュ美術館
今日と明日、フルに生かしましょう。 -
さっそく地下回廊へ向かうも、冬季メンテナンス中。
ここ、昨日めぼしを付けた中でも、行きたい所の
上位に挙がったのに・・。
全リスト中、ここだけが閉館でした。
気を取り直してすぐ向いの、アルラタン博物館Musée
Arlaten/ Museon Arlaten(プロヴァンス語)へ。
ノーベル文学賞詩人の、アルル出身、ミストラルが
賞金をつぎ込んで収集した、土地の文物を収蔵した
博物館。
この建物は、元々は16世紀に建てられた私邸だった
もの。
ミストラルの手で3年間を費やして、博物館としての
改装を行なわれました。
窓枠など、丁寧な造りで美しい。
ここは、一民族語であるプロヴァンス語を幹に据え、
全館くまなくアルルと言う民族の誇りを謳いあげた
場です。
この地方の風習、生活一般に渡る物品が珍しい。
案内のマダム達は麗しい民族衣装でお仕事、カメラを
向けると撮影は断られてしまい残念でした。 -
実は、世界遺産、第1接近。
アルルの広域にわたっている世界遺産の内、
“小集会場”と言われる遺構がこの中庭にあり2世紀の
石畳と腰掛が現存していると知ったのは後日なので、
この時点ではそのつもりでは見学していません。
この床部分が件の石畳かどうか、確認できてません。 -
世界遺産第2弾は、Les Arenes円形闘技場 1世紀末。
3層構造の内の最上層は喪失、当時2万人収容。 -
実は今でも現役。
遺構として仕舞い込まずに、今や闘牛やコンサートなど
イベント会場として使ってしまうのがフランスです。 -
現在の最上層部分がここです。
-
座席はそのまんま、お尻が痛そ。
-
お尻つながり。
向こうにお尻を向けます。
トルコ式とか言うそうです。 -
ちなみに、こんな天蓋装備の模型を見ました。
手動で覆いをするようになってたんですかね。
いわゆる全天候型ドームのはしりでしょうか。
(この後訪れた、古代アルル美術館 蔵) -
いつしか本来の用途を外れ、内側に集落(!)が
出来あがってしまった時代もあったようです。
(こちらも古代アルル美) -
どっぷり世界遺産、しばしのブレークです。
アレーナを真西に5,6分、フォーラム広場に近い、
名物のアルルソーセージの店。
地元民も通う、Bouchone Lyonais(リヨンのコルク
栓の意)なお“ブション”とは、かの地リヨンでは
ビストロを指すのだそうです。
とすると、オーナーはリヨンのご出身でしょうか。
また、不味いワインの事を“ブショネ”と呼ぶのは、
ワインの世界での常識らしいですね。
和やか〜な地元の人々の場によそ者が闖入、申し訳
なし。
隣のマダム、席に座らせていた犬(!)を指差して、
「降ろしましょうか?」わざわざ訊いてくれます。
「ああ、そのままでいいですよ。」と、はっきり
言えてる訳ではないけれど、意味は不思議と通じてる。
やって来たのは所狭しと盛り付けられた大皿。
のたくるような極太ウインナ−に「お〜!」と、
のけぞり加減の我々にお隣のマダム、
「いいでしょう?おいしいわよ。」にこにこして
言葉を寄越してくれます。
これぞ本命アルル・ソーセージ、付け合せにおじゃがの
グラタン。 -
白いリヨンソーセージ、つけ合わせがおじゃがの
茹でたの、白ワイン。 -
おいしく終えて、更に西へ。
僅か歩いてフォーラム広場辺りは、冬の事とてガランと
物寂しい。
この本日休業のカフェが実は。 -
ゴッホ「真夜中のカフェ」のモデルとなったカフェ。
-
-
フォーラム広場から北へ足を向けて数分でローヌ河川、
その近くに位置するのが、本日の世界遺産第3弾。
Thermes de Constantin コンスタンティヌスの公衆浴場。
現存する遺構はカルダリウム(湯の部屋)、テピダリウム
(ぬるま湯の部屋)、フリジダリウム(サウナ室の)3室のみ。 -
下層部分を温風が渡って行き全域を暖める様、工夫が凝ら
されています。
(パンフレットの図解から。)
-
人と比較するとこんなです。
-
ここにだけ装飾めいたしつらえが残っていて、かつて
“社交の場”だったと言ういにしえの華やかさを、僅か
覗う事ができます。
同じ頃に造られたパリの浴場遺構との類似点なども
見られ面白かったです。 -
まだまだ行けます、第4弾。
Le Cloitre Saint Trophime サン・トロフィーム回廊
12世紀ロマネスクと14世紀ゴシックの異なった時が
一堂に会した融合建築。
モン・サン・ミッシェルの回廊の佇まいを彷彿とします。
こういった施設というのは、いわゆるバックヤードと
言うか、修道僧の居住区と考えたらいいんでしょうか。 -
保護の為か、クリーニングか、先端を和紙のような紙で
覆ってしまっています。
この列柱が中庭をぐるり廻っていてとても美しい。
ちなみに、北と東部分が12世紀、残る南と西部分が
14世紀に建立、200年も隔て成就させると言う
絶えざる、諦める事を知らぬ長い時が教会建築の上
には刻まれています。 -
こちら、表にまわってサン・トロフィーム寺院。
かの麗しのポルタイユ(ファサード 建物の顔、
正面)です。 -
この上の彫刻群も緻密で美しい。
当たり前のようですけど、人の手でこつこつ彫り込まれた
と思うだに、その一念に感動します。 -
更に東、レアチュ美術館へ。
郷土の画家レアチュ、ピカソのデッサンがあると言う。
ところが、どうした事かはわからねど扉がびくとも
動かない。
しばらくすると、通りすがりに「今日はお休みですよ。」
と声を掛けてくれる、地元のムッシュ。
明日は通常通りとのこと。
なぜかを尋ねるも返って来た答えを聞き取る適わず。
明日は、遠出予定、徒歩で廻れる有名どころは今日中に
訪れたかったのですけど。
で、本日第5弾へ。
Théâtre Antique 古代劇場
紀元前1世紀の劇場跡。
中世に石材として多くを持ち去られてしまうと言う
憂き目に遭いながらも、後に要塞に転用、19世紀に
なって復元され、闘技場と同様、催しに活躍しています。 -
古代アルル美より。
〇印の2本だけ現場に屹立しています。
よくよく見ると、ブルーに赤、2色の石材で彩られて、
往時はさぞや壮麗で祝祭の雰囲気を醸していたので
しょう。 -
本日最後は、再びゴッホ。
耳を自ら切り取ってしまうと言う、有名なエピソードの
際に、ゴッホの療養していた精神病院がここ。
絵画にあわせて復元されてしまっていて、その点はつや
消し、でも花の季節には目を楽しませてくれることで
しょう。
世界遺産巡り、アリスカンを残して本日はこれにて終了。 -
アルルも3日目。
今日から2日間レンタカーを借り出します。
まず、レセプションのお姉さんに、ホテルにパーキング
があるかどうか訊く。
幸い、地下に10ユーロ/1日であるそうで、入り口の
ボタンを押して、みたいに利用法を教えてくれます。
今日から明日に掛け1日借りる様お願いします。
レンタカー事務所に10h〜の約束、住所頼りに通り
を行きます。
5分ほどで黄色いHertz アルツ(ハーツ)見っけ。
ネット予約の時点では御大共々私も運転するつもりで、
私の名前で予約をしたのだけれど、御大、
「危なかしくて、任せられぬ。」と。
結局、運転はこちらのムッシュだけです、と変更に
応じて貰います。
現地での新規予約扱いになるので、日本でのオン
ライン予約よりも幾分高くなるのは承知の上。
追加で車両と対人の保険も入って、150ユーロ
/3日ほど。
小回りの効く小型プジョーを予約した筈が、なぜか
フォードが。
仏でアメ車って?しかも小さいのって言ったのに。
マニュアル運転20年振り、緊張ないまぜの御大が
いよいよ発進です。 -
日本とは何が違うって、信号ストップが無い事。
(市街にはあります。)
ロン・ポワン(円形交差点)と言われる交差点、
左回りを守りさえすれば、たとえ道一つ出そびれても
一回りで元通り。
日本ように通り過ぎて信号待ちして、叉戻って、など
不要です。
しかも、減速せずば直進できないので、無用な衝突を
避けられますし、仏の合理性は優れものです。
日本の道路事情では、高速道でもなくば、1時間に
30〜40kmがせいぜいなので、事前サーチで、
ルートマップの全行程38kmの所要時間40分、
てのは何かの間違いだと思っていました。
が、これが走れてしまう。
何しろ、道に対する車の量が少ない、なので空いて
いるので、飛ばせる。
70kmとか時には110kmなんて法定速度の標識が
立ってて、思わず一般道であることを確かめたくらい。
マニュアル車じゃなきゃ運転したかった私です。
さて、一路、我々の今旅行ビッグイヴェント、Pont
du Gareガール橋へ向け40kmを行きます。 -
この水道橋、水源のあるウゼスの村から50km南方の
二―ムの街まで水を運ぶ水路であったそうです。
ウゼスの村と二―ムを隔てて流れるガルドン川を超えて
水を流すために、3段アーチで48メートルの高さを必要
としました。
50kmを滞る事無く水を流すため付けられた僅かな傾斜、
それに沿った緻密な建築に感嘆します。 -
冬の最中のせいか、橋の上には人っ子一人いない・・!
何故に?
単に寒いだけ?
写真に収まってしまうと、何て事ないのが惜しいくらい、
壮大な建築物です。
高さ48mの半ばから見上げる橋の重量感もさる事なが
ら、今まで見て来た、パリのリュテスやアルルのあち
こちの遺構など、ほぼ同時期の紀元の1〜2世紀にフラ
ンス各地にローマ人がもたらしたものがいかに大きかった
かを思った事でした。 -
こちら下流側はキャンプサイト、夏場はこの水辺が
良い遊び場になるんだそうです。
夏季に来られるならば水着持参で。
この橋だけがクローズアップされがちですが、この
辺りのフィールド全体が貴重な屋外活動の場なのだ
そうです。
なので、年間通して訪れやすい様、駐車場の年間パス
など優遇措置が図られていました。 -
ちなみに、橋そのもののの立ち入りは今回は
無料でした。夏季は如何でしょうか。
世界に冠たるみんなの遺産、存分に2人占め
させていただきました。 -
オリーブでしょうか。
根元に由来の碑が。 -
「私は、908年に生まれました。」と。
とすると、来年で丁度1100歳です!
1985年まで乾燥と寒さ著しいスペインの谷間に
在ったその後、ほどなくここへ2本が移殖された
ようです。 -
同時に移植されたもう1本。
1100年を脈々と生きる堂々たる佇まい、
ガール橋の主の風格です。 -
駐車料金はこちら。5ユーロ/1日
このマシン、生きてるのか?と心配げな御大。
その気持、よくわかります。何だか古〜い感じ。
ま、お金入れて言うこと聞かなきゃ、係員呼べば
いいし。
心配するのは御大、実行は私。
実に良く出来たペアですこと、と自画自賛。
それなりに情報入手は余念無くしてるつもり
ですけどね。 -
ポン・デュ・ガールからの帰り道は、行きと景色が
違うなと気付いた時にはしっかり迷ってまして。
でも、アルル目指して帰ればいいんです。
Arlesの道標のある方へ車を進めて30分。
見たような風景が目に入って、無事にアルル市街へ
戻って来ました。
と、そこで、
「危ない!!右に寄り過ぎ。」
と言うも遅し、何と路肩に停めていた車のフェンダー
ミラーに接触してしまった、我らが車・・!
通り過ぎて急いで停車、後ろを伺うと、女性が2人
乗ってます。
「様子見て来るね!」
とにかく謝らなきゃ。
何ていう?エクス・キュゼ・モアじゃあ軽すぎる?
デゾレだよね。これしか知らないし。
彼らの車に辿り着くまでの短い時間に、ひりひりと
自問自答。
あとは足らなきゃ身振りに手振りだ。
「Je suis desolee.」頭も下げつつ心から言う。
すると、ミラーをいじっていた若いマダム、
「いいのいいの、気にしなくていいのよ。」
と、2人してにっこり返してくれるではありませんか。
わからなそうな東洋人相手に文句言っても仕方ないと
思われたか、言うに足りぬ被害であったかどうか、
寛大なお2人に救われた我々、後にも先にも唯一の
トラブルでした。 -
アルルをうろうろできるのもあと半日。
パスポートも残す所、あと2ヶ所。
車のある内に、訪れにくいところへ向かいます。
郊外にあるアルル古代美術、博物館へ。
Cirque シルクと言うと、サーカスのことなのですが、
この美術館がそのシルクの跡地だと、説明されても
今一つピンと来ません。
何しろ、掲示されている再現画像はどうみても、
だだっぴろいスタジアムみたいな施設です。
辞書を引いてようやく、シルクのもう一つにローマの
古代闘技場という訳がみつかりました。
あの往年の映画のベンハー(って、おわかりなのは
50代以上?)での有名な戦車競技の場面、ああいった
広大なスタジアムがこの地にあったそうなのです。
市民の憩いであり、提供する側からすると武芸鍛錬の
場であり一挙両得の施設って訳ですしょうか。 -
展示品はアルルの古くからの遺跡の類いや古代からの
成り立ちを図示したり、模型を置いたりで言葉が判ら
なくとも、ヴィジュアル的に充分楽しめる空間でした。
ちなみにアリスカンの石棺なども幾つか移され保存
されています。
画像は、昨日の劇場跡フィギュア。 -
地図で見当付けて市街から南東へ
3kmの吊り橋、ラングロワ橋へ。
ぽつねんと、ただ、橋。
ただし、ここも復元です。 -
と、そこへ観光バスが来た、と思ったら、日本語
飛び交う一団。
わらわら〜っと降りて、撮って、 去って行った。
あまりの手際に、しばし呆然。
我に返った私、
「今のバス追っかけない?きっとアリスカンあたりの
名所に行くから。」
と、何の確証も無しに御大を急かす。 -
そして・・、辿り着いたは、まさにアリスカン。
我々のゴッホツアー(?)最後の地、であり世界遺産でも
ある Alyscamp 墓所。
プロヴァンス人にとって、サンティアゴ・デ・コンポス
テラ 巡礼の起点。(仏内に4ルートある巡礼路のうちの
一つ。)
道の両側にお棺。
かつて、石材として盗まれた時期があったって、
どうやって牽いて行ったのやら?
さっきの古代美術館に保管されていた綺麗な棺は、盗品
なのかあるいは美術的なものだけを移したのかは定かで
なく。 -
この地で描かれた名作の数々、実はアルルの街には
唯の1点も残っていないのだそうです。
ゴッホの名を当地に留めたいという気持が、復元と
言う形に現れているのかもしれません。
これを持ちまして、3日に渉ったアルル巡り、2件
ほど心残しはあれど、無事幕引きを致しました。
明日は、マルセイユそして、エクスへ移動します。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
58