2012/03/24 - 2012/03/25
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korotamaさん
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松代は1622年に上田から加増移封された真田氏が明治維新までの約250年の間治めた地。
松代城址には以前一度訪れたことがありますが、その後復元整備されたことを知り、再訪しました。
がー。
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- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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登城する前に城下町を散策。
と、その前に腹ごしらえです。
ちょっといい雰囲気のお店を見つけたので入ってみました。
「お休み処 日暮し庵」
長野市松代町殿町190-2日暮し庵 グルメ・レストラン
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松代特産の長芋の麦とろ飯、かけ蕎麦、長芋の醤油豆のせセットと
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こちらはなんでしたっけ?
醤油味の熱いお汁に冷たいざる蕎麦をつけていただきました。 -
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お腹も満たされて、城下町歩きスタートです。
松代の町、至る所に枡形が残っています。 -
江戸時代の様子を今に伝える建造物もたくさん残っている松代。
旧白井家表門(長屋門)
1846年に建てられた、中級武士屋敷の長屋門で、現在の場所に移築保存されています。 -
上級武士であった旧樋口家住宅。
庭には「泉水路」と呼ばれる池がありました。 -
母屋には、飛騨高山の郷土人形「さるぼぼ」が飾られていました。
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真田勘解由邸の門
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馬場家長屋門
江戸時代後期に建てられた、藩重役の表門。 -
象山神社前を通り象山地下壕へと向かう道は時代を遡っているかのようです。
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道には「カワ」と呼ばれる用水路が引かれています。
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目的地の一つ、象山地下壕。
ここは前回訪れたとき、営業時間を過ぎていて入れなかったところです。
第二次世界大戦末期、軍部が本土決戦最後の拠点として極秘裏に大本営、政府各省等を松代に移す計画のもとに構築された地下壕です。
地下壕は、舞鶴山、皆神山、象山の3カ所に碁盤の目のように掘り抜かれ、延長は10kmほどあるとのこと。
昭和19年から敗戦の日までの約9ヵ月間、およそ述べ300万人の住民と朝鮮人が労働者として強制労働させられたそうです。 -
強制連行され犠牲となった朝鮮人の追悼平和祈念碑が壕への入口脇にありました。
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これが壕への入口。
延長約500mが見学できます。 -
入口付近の天井高は低かったけれど、中に入ってしまえばかなりゆとりのある高さ、広さの道が続きます。
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脇道へは立ち入り禁止ですが、数カ所、このようにライトが当てられ、様子が見られるようになっています。
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掘り出した石などを運び出すためにトロッコが引かれていましたが、その枕木の跡が残っていました。
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象山裾の「思索の小道」
風情がありました。 -
「思索の小道」から山寺常山邸を覗き見ます。
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これは歴史的建造物
ではなくて、
公衆トイレです。
このように景観に溶け込む公衆トイレが随所にあります。
トイレには困らない松代です(^_^;) -
象山神社前に、
江戸時代後期の松代藩士で兵学者・思想家である
佐久間象山騎馬像。 -
その佐久間象山を祀る 象山神社。
境内には佐久間象山宅跡、象山生誕の地があるようです。 -
続いて訪れたのは「文武学校」。
幕末の1855年に開校した藩校です。 -
8歳から14歳くらいまでは文芸の勉強、15歳から35歳くらいまでは武芸を習ったとか。
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文学所の半分は役所になっていたそうで、藩主の部屋もありました。
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そして城下町最後は、真田邸。
以前訪れたときは復元工事中でした。
幕末の1864年、9代藩主幸教が義母・貞松院のために建てた「新御殿」。 -
簡素ながらも、主屋には35もの主要な部屋があり、「表」と「奥」に分かれています。
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城下町のほんの一部しか歩いていないけれど、疲れました。
ここで小休止。 -
おやきです(*^。^*)
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〆は本日のメイン、松代城。
松代城跡 名所・史跡
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松代城は、武田と上杉の川中島合戦の際に武田の前進基地として1560年に築城された「海津城」がその始まり。
関ヶ原の戦いの後に整備が進み、真田氏が移封されてのちは明治の廃城までの約250年間、真田十万石の居城でした。
北西を流れる千曲川が天然の堀となり、三方が山に囲まれた平地に築かれた輪郭式平城。
テレビドラマの影響か、「海津城」のほうが耳にしっくりくるkorotamaです。
それにしてもこのお堀、とてもユニークだと思います。 -
お城は営業時間ないみたいよ〜、ということで一番最後にしたのですが、本丸への入城は午後5時まで!
門前に立ったのが5時8分です! 今日の一番の見所だったのにぃ。。。。
仕方がないので、本丸の外回りをぐるり歩きました(/_;)
松代城
以前は本丸跡地に簡素な物見台があったっきりでした。
が、2004年、太鼓門、堀、石垣、土塁などが復元されました。
写真は、復元された太鼓門。 -
日本のお城では珍しいものではないかいな?
二の丸北西の土塁に開けられた埋門 -
北不明門二ノ門の高麗門と北不明門一ノ門の櫓門。
夕陽を気持ちよく受けています。 -
北側の新堀。
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スックと立つ、カルガモ? 2羽。
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二の丸辺りに工事中の雰囲気が漂っていた松代城。
次はもっともっと昔の様子を感じさせてくれるに違いない!
そのときを楽しみにするぞ、っと、気合を入れるのでした。 -
再訪を誓い、松代城に別れを告げます。
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