2012/02/08 - 2012/02/08
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mas98765さん
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ヴァチカンのサンピエトロ大聖堂に行きます。
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- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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前の旅行記から続きます。
バスを降りて歩きます。
※周辺の地図はこちら
http://maps.google.co.jp/?ll=41.902261,12.455664&spn=0.004528,0.010568&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
サンピエトロ大聖堂が正面に見えてきました。まっすぐ歩いて
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サンピエトロ広場にたどり着きました。ここはローマの中にありながら、ヴァチカンという1つの独立国です。世界で最も小さな国なのですが、カトリックという信者10億人以上の世界最大の宗教団体の総本山で、ある意味では世界で最も影響力のある国です。しかも、あのファシズムを進めたムッソリーニとの間で結ばれたラテラノ条約によってイタリアから領土を譲られ、1929に誕生した新しい国なのです。ここのメインはやはりサンピエトロ大聖堂です。この大聖堂は、聖ペテロに捧げられたものです。聖ペテロはイエスに従った使途のリーダーで、ローマ皇帝ネロの迫害を受けて紀元64年に逆さ十字にかけられて殉教し、この場所に葬られました。後にキリスト教を公認したコンスタンティヌス1世が326年にここに教会堂を建てましたが、古くなったためルネサンスの時代に今の姿に全面的に改築されました。ヴァチカン全体がユネスコの世界遺産に登録されています。
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写真では全体像が表現できないのですが、この広場はこのような柱廊にぐるりと取り囲まれていて、柱廊の上には聖人の像が並んでいます。
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右手にこのような噴水があります。マデルノ(Carlo Maderno)によって1613年につくられました。
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右手の部分から並んで中に入ります。この時、空港と同じような荷物検査があります。手前のプラカードのような部分には
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このような絵がかかれていて、カサやペットボトルはOKですがナイフはもちろんNOです。
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検査の後は左手に進みます。このとき、右手に観光用ではない入口があって、
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衛兵さんが立っています。ヴァチカンの衛兵さんは伝統的に全てスイス人です。スイス国籍を持つカトリック信者で、道徳的にも欠陥がなく、19歳から30歳までの未婚者で、身長174cm以上で高校を卒業しているか専門職免許がある人で、スイスで既に軍事訓練を受けていることが条件だそうです。1506年、フランスと神聖ローマ帝国がイタリアの支配権をめぐって争っていた頃にユリウス2世という教皇がスイスから兵士を受け入れたのが始まりだそうです。カラフルな衣装はミケランジェロがデザインしたとも言われています。
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ここで右折して中央の大聖堂の方に進みます。
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手前に見えているのは聖パウロの像です。実は反対側の対称的な位置に肝心の聖ペテロの像があったのですが、何と見逃してしまいました。
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中央のところには「PAULUS V BURGHESIUS ROMANUS」と書かれています(Vに見えるのはUなんですね)。ボルゲーゼ家のパウルス5世という意味です。この人が1612年にファサードを造って大聖堂を完成させたので、それをアピールしているわけです。
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ここで左折して正面入口に向かいます。
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後ろを振り返ると、こんな感じです。
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正面まで来ました。中に入ります。ガイドさんは中で案内してはいけないきまりになっているので、各自自由に見学します。
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サンピエトロ大聖堂のファサードには5つの扉があります。これは中央の扉で、フィラレーテの扉(The Filarete Door)といって、フィラレーテという15世紀の彫刻家の作品です。サンピエトロ大聖堂はルネサンス期に建てかえられていますが、この扉だけはその前のオリジナルの大聖堂にもともとあったものです。
なお、サンピエトロ大聖堂の案内図は次のサイトが一番分かりやすくてかつ詳しいと思いますので、これに準拠して番号を書いていきます。この扉は6番の位置にあります。
http://www.saintpetersbasilica.org/floorplan.htm -
扉の絵の部分は6つの枠分かれていて、これはそのうちの上の4つの部分です。左上がキリスト、右上が聖母マリア、左下が聖パウロ、右下は聖ペテロがエウゲニウス4世に鍵を渡す場面です。これより下の2つは人が集まっていた上、そのつもりで撮影しなかったので拡大できないのですが、左下は聖パウロが首をはねられる場面で、実は右下が一番重要な聖ペテロが逆さ十字にかけられて殉教する場面なのです。
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その右隣の扉(つまり右から2番目、案内図の7番)Door of the Sacramentsは観光客用の入口になっています。ここを入るわけです。
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でも、その前に右の扉(案内図の8番)も写真に撮っておきます。すると、すぐ脇にいた添乗員さんが「これが例の扉ですね」と言われました。わたしは細かく写真を撮っていますが、その時点ではほとんど知識がないのです。後で調べると、これは聖なる扉といって、25年に1度しか開かないそうです。1300年にボニファティウス8世が始めました。2000年がその年だったそうです。さすが添乗員さん、色々ご存知ですね。
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中に入ります。聖なる扉を振り返ると、このようにセメントのようなもので固められて壁のようになってしまっています。聖なる年には教皇自らが金槌で壁を壊したり、逆に壁を塗り固めたりするようです。
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正面を見るとこんな感じです。ここで右手を向くと
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向こうの方に人が集まっています。行ってみると
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このような場所(案内図の80番)があって、遠くのガラス越しに
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このような像があります。これはピエタという名前で、ミケランジェロの代表的な作品です。息子イエスの遺体を抱く聖母マリアの姿です。これはローマ大使だったフランス人の枢機卿 ジャン・ド・ヴェリエ・ド・ラ・グロレスの依頼で1499年に作成したもので、これによってミケランジェロは名声を得ました。
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そのつもりで写真を撮っていないので不鮮明なのですが、聖母の胸元の帯に、何やら文字が書いてあります。これは「Angelus Bonarotus Florentinus faciebat」と(ラテン語?で)書かれていて、これは「フィレンツェ人ミケランジェロ・ブオナローティ作」という意味です。これはミケランジェロが署名した唯一の作品です。
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ピエタの左側はこんな感じになっていて、
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上から見下ろしている感じのこの人(案内図79番)はレオ12世です。
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その左側(76番)は聖セバスティアヌスの礼拝堂(Chapel of St. Sebastian)で、
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その左側(74番)はイノセント12世の像です。
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ここで前方を見るとこんな感じで、
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上を見るとこんな感じです。左の方に進んで、
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中央に出るとこんな感じです。
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少し進んでまた右に曲がり、正面にGregorian Chapel(67番)を見ます。
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右手のGregory XIIIの像(71番)を見ます。見るものが多すぎて迷走しています。
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先ほど正面に見えていたAltar of St. Jerome(66番)です。
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ここでまた中央部に戻ります。かなり中心に近くなってきました。ところがここで予期せぬことが起こりました。何と、前に柵のようなものが出来始めて、前に進めなくなってしまったのです。でも、わたしの前に偶然いた女性が係の人に何やら文句を言うと一瞬柵が開いて、わたしも続けて中に入れました。
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前方を見ると、こんな感じです。中央(36番の位置)に、黒い枠のようなものが立っています。これはバルダッキーノ(Baldacchino)というものです。日本語ではブロンズの天蓋といって、教皇の祭壇とその下の辺りのペテロの墓を覆っています。ウルバヌス8世の依頼でベルニーニが作りました。
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その手前の37番の位置にはコンフェッシオーネ(The Confessio、日本語では主祭壇)というこのような丸い出っ張りがあります。マデルノという人がつくりました。
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バルダッキーノの向こうの両側に支柱が見えています。支柱の上側の祭壇には聖遺物がおさめられていて、その下には関連する人物の巨大な像があります。左側では聖女ベロニカが布を持っています。ゴルゴダの丘に向かうキリストの額の汗を彼女がふいたら、キリストの顔の形が残ったと言われていて、その布がここにおさめられています。一方、右側では聖女ヘレナが十字架を持っています。ここには、ヘレナがエルサレムで掘り出し持ち帰ったとされる、キリストがかけられた十字架の断片がおさめられています。これらの支柱もベルニーニが担当しました。
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バルダッキーノの上の部分はこんな感じで、
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柱はこのようにねじれています。これは、以前の大聖堂の祭壇のあたりに、エルサレムの神殿から運ばれたねじれた柱が立っていたのを考慮したようです。そのもともとのねじれた柱は、2つ前の写真で支柱の上にある祭壇の部分に使われています。写真には見えていませんが、台座にミツバチの絵が入った紋章があるのも注目点で、これはバルダッキーノを依頼したウルバヌス8世の実家のバルベリーニ家の紋章なのだそうです。
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見上げるとこんな感じで、
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後ろから見るとこんな感じです。ここでも向こうの両側に支柱の一部が見えます。左側には聖ロンギヌスが槍を持っています。彼は槍でキリストを突いて、息絶えたことを確かめました。その槍の穂とされるものがここにおさめられています。右手は使途の一人聖アンデレの像で、その頭部が以前納められていましたが、この人が亡くなったパトラスのギリシャ正教会に返還されているそうです。
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バルダッキーノより奥の後陣の部分はこんな感じで、
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正面(50番の位置)にこのような光り輝くものがあります。ペテロの司教座(つまりペテロの椅子)と呼ばれるもので、全体が椅子のような形をしたデザインですが、
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よく見ると、4人の教会博士(東方教会と西方教会2人ずつだそうです)が椅子を支えていて、この椅子は聖ペテロが使っていたとベルニーニの頃から信じられていたようですが、実際は9世紀につくられたものです。これもベルニーニの作品です。
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奥の上の方はこのようになっています。
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上を見上げると
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ミケランジェロが設計したクーポラがあります。
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ここには「あなたはペテロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。そして、あなたに天国の鍵を授ける」という聖書の言葉が記されています。
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クーポラの中心部はこんな感じです。
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コンフェッシオーネ越しに翼廊(十字の腕の部分)方向を眺めます。コンフェッシオーネは内部の方に聖ペテロの墓があるわけで、是非覗いておくべきだったのですが、何故か忘れてしまいました。
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反対側の翼廊部分です。さて、時間がきたようで、ここでいよいよこの空間から追い出されてしまいました。
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正面に向かって右の方からクローズになっていったので、左側を少しだけ見ます。どれもたまたま写真に撮っただけのものですが、これは43番のアレクサンダー7世のモニュメントです。
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これは左奥(47番)のSt. Leo the Greatの祭壇方面です。
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これは29番のピウス8世のモニュメントです。
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これはその向かい側(30番)のAltar of the Lieです。
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これは27番のAltar of St. Gregory the Greatです。
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ここで、そういえばペテロ像をまだ見ていないことに気づき、32番のペテルを眺めます。もう既に手前に柵があって、近づくことができません。
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バルダッキーノ周辺の空間には、もう誰の姿もありません。
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先ほどより遠い位置ですが、正面に近い角度からもう一度ペテロ像を見ておきます。
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集合時間も近づいてきたので、出口方向に向かいます。
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途中の右手(21番)に檻で囲まれたような空間がありました。Altar of Immaculate Conception(無原罪の宿りの祭壇)というところで、このような絵がありました。
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修復中の場所もあって、
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12番のBaptistery Chapelの部分を眺めて、
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出口の扉から外に出ます。
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出口の扉(5番)を振り返ります。これはDoor of Good and Evilという名前です。
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その左手(4番)はDoor of Deathという怖い名前です。
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広場の方を向きます。
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右手のこちらの噴水が集合場所です。こちらの噴水は、先ほど右手にあったマデルノの噴水と対称的にするために1675年にベルニーニがつくったものです。
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噴水の辺りに戻って正面を眺めます。ミケランジェロ設計のクーポラが正面に見えます。
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せっかくなので、案内図で利用したサイトのファサードのページを参考に、ファサードの聖人像を少し細かく見てみます(そのまま英語名を転記してしまいます)。まず一番左側ですが、時計の左側にSt.Thaddeus、右側にSt.Matthewの像があります。
(参考)ファサードの説明のページ
http://www.saintpetersbasilica.org/Exterior/Facade/Facade.htm -
続いてSt.Philipで、少し間隔をあけてSt.Thomas、St.James the Elderと続きます。
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そしてここに、St.John the Baptist、Christ the Redeemer、St.Andrewの像があります。キリストがちょうどファサードの中心です。
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少し離れて、St.Johon the Evangelist、St.James the Youngerが並んでいます。
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ちょうどここで全員が集まりガイドさんが説明を始めてしまって、一番右側を写真に撮っていなかったので、先ほど大聖堂に入る直前に撮った右側の部分を使いますが、まずSt.Bartholomewの像があって、一番右の時計をはさんで左手がSt.Simonで、右手がSt.Matthiasとなっています。
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広場には「CENTRO DEL COLONNATO(柱廊の中心)」と書かれた円が描かれている場所があります。ここに立つと、広場を囲む4列ある柱廊が全て重なって見えるという仕掛けになっています。
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少し下がって右手に目をやると
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このような三角屋根の建物があります。これは有名なシスティナ礼拝堂です。
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その後ろに目をやると、
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このような建物がありますが、これは教皇の宮殿で、
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右から2つ目の
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この部屋に教皇が住んでいらっしゃるそうです。
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オベリスクのてっぺんには十字架があります。今回何故か全体像を近くで写真に撮っていないのですが、サンピエトロ広場のオベリスクは本物で、エジプトから運ばれてきたものです。でも、面白いことに普通あるはずのヒエログリフが刻まれていないのっぺらぼうなのです。ファラオが途中で亡くなってしまったためとも言われています。
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パスポートチェックも何もない、すぐそこの国境を越えて戻ります。次はホテルに向かい、その後個人的に地下鉄に乗ってローマの夜景を見て回ります。次の旅行記に続きます。なお、旅行記の索引はこちら。
http://mas98765.yokinihakarae.com/index.html
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