2012/02/18 - 2012/02/18
950位(同エリア1568件中)
BO/Mさん
オーストラリアには、多くの華人が居る。 華人(かじん)とは、中国に人種的なオリジンを持つ中華系の人々の総称として受け止めてもらいたい。
彼らは、ゴールド・ラッシュ時代や、いく度か有った中国での出国タイミングに大陸中国を出て、海へ向かった。
明確にオーストラリアを目指した人々は、1853年頃からのゴールドラッシュ期から、華人木製家具製造業の終焉を迎えた1950年代迄、その後は白豪主義政策により、西洋人(欧州人)以外基本的には受け入れない政策が1970年代中盤迄続き、結果、香港返還前の緊張で流出した香港系広東人を中心とする移入を待つ迄、中国系移入は基本的に無かった。
後は一旦大陸中国から極貧に耐えかねて出たが、流浪の末、行き着いた先がオーストラリア、と言うケースも有った。 ベトナム、香港、台湾、フィリピン、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピ等、歴史の変遷の中で、その時々に良かれと思われる土地、地区に先に行った同郷の誰かを頼って行ったり、未開の地に踏み込んで行ったり、様々な試行錯誤と仲間意識の中で互いに寄り添いながら、励まし合いながら過ごしてゆき、更なる地を求めて行き着いたのが、偶偶オーストラリアだった、と言う流れも有った。
メルボルンの唐人街は、古くから在るが、今は半ば廃れた空気が漂う一本道である。 開いている商店もあまり活気が見られず、むしろ衰退途上にある様に感じてしまった。
初めてのオーストラリア、初めてのメルボルン、2012年2月18日(土)約半日、せいぜい数時間だけの滞在ではあったが、その唐人街探索、ご参照下さい。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- カンタス航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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この画像自体は、どちらかと言うと「ベトナム料理・フォー」についての店の口上書きであるが、(看板であるが)こうした漢字記載・表記は街に結構見られる。
そして、街を歩く人々は「北京語」で会話している事が多かった。
上海、香港、広東、様々な場所から(他の場所、また、一旦他国を経由しての華僑も多い)オーストラリアに入った人が多いのだが、最近の共通言語は、矢張り北京語となるのだろう、と実感。 -
さて、メルボルン唐人街。 オーストラリア人口は、2010年6月末統計(ABS 3101.0 June Q.2010) によると、22,342,400 (二千二百三十四万)人、増加傾向に有る。 総数で結構少いじゃん、と言う印象を日本の人口に比べても持つが、広大な土地(日本の約20倍の土地面積!、ロシア、カナダ、米国、中国、ブラジルに次ぐ)は世界第6位、人口の70%は海岸沿いの都市に済、6割弱が東海岸に居住する。 中華系の統計によると、中国系(エスニック・チャイナ)人口は70万人、全人口の3.3%で最も全人口比の高い非英語言語族となる。(オーストラリア政府統計では、465,200名で、エスニック構成比15%を占め、全人口構成比で2.3%となる。)
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冒頭書いた通り、印象としてはメルボルン唐人街はこんにち、既にその役割をある程度果たし終え、更なる土着化、と言うか混生の為に、むしろ華人二世、三世達はここを離れ、市内各所に浸透しつつあるのではないか、と言う事。
「最近来た」人々は、寄り添い、助け合いながら暮らす必要性も有るが、ある程度の月日が経ち、二世、三世となってくると、オーストラリアンである意識、アイデンティティの方が中華系エスニックである、と言う「ルーツ」よりも大きく考え方の中に根付いてくるし、ある意味、「中華・中国・チャイニーズ」的な拠(よりどころ)を求めるよりも、多様な文化を許容してくれるオーストラリアに向かって、自分の嗜好や実力試しを挑戦して行く傾向に有るのではないか、と漠然と感じた。 -
中国、台湾、香港、シンガポール、マレーシア、タイ、多くの中国及び中華系の人々が居る場所に1980年代中盤から行き続け、考え、興味関心を持ってきた。 色々な本も読んだし、実際に彼らと言葉を交わし、どんなルーツが有るのか、等も聞いたりもした。
出張の関係先にも、中国から来て働いている方が複数居た。 上海から来ていると言う。
大陸中国で仕事をするよりも、むしろこちらでずっと暮らし、働き、最終的にはこちらの国民になりたい、と言う。 語学留学から始めて、就職し、居続ける為に頑張って働いている。 ちなみに、オーストラリア国民となっている人で、他国で生を受けた者、つまりは生まれが海外である者の比率は26.5%(2009年6月政府統計)。 -
土曜日の午後なのに、あまりパっとしないメルボルン唐人街を散策しながら(と言っても一本道)、フトそんな事を思った。(勿論、統計等は戻ってからチェックしたのだが)
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路面に直接面した店は、お土産屋、中華料理店が中心。 だが、「フカのヒレ」等、あまりこの国で歓迎されないものも多い中華料理、さらにそれがウリの店も有り、まあ、そのへんも有ってかな、と勝手に推測。 牛肉の塊は凄い量ほうばるくせに、他国の食の嗜好は合致しないと徹底的に叩く、と言うのは全体意思なのか、それとも特異な一部分の仕業か? フカヒレの店は、閑散としていた。(ま、14時過ぎだし?)
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道をゆくと、こんな中華門が見えてきた。 そこはちょっとした広場になっており、これを目印の奥へ脇道をゆくと、そこにはオーストラリア華人博物館、と言う建物が。 当然華人及び中華系マニアなワタシは7.5豪ドルの入場料を支払い、見学。(それは別項にて)
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唐人街、の門よりも立派な佇まいである。
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広場には、孫文先生銅像が鎮座していた。 2009年に幕開けしたとある。 中華民国を作った中心人物となる孫文先生は、近代中国史では、大陸中国、その他(台湾を含む)から共に支持される偉大な国父である。 英国をはじめとするヤクの売人が、香港ルートで大量に阿片を大陸中国に売り、結果脱骨された中国人を「列強」で叩いた悪しき歴史は、もうひとつの植民地、インドを使っての「三国間貿易」で、銀・茶・阿片、のトライアングルにより英国は富を増した。 ま、英国だけじゃないけど。 今の世にあてはめたら、かなりヤバイシャブ漬けにされて癈人化して、シマを奪った、と言う見取り図。
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唐人街は続く。 ショッピングアーケード的な建物も在り、実際中に足を踏み入れたが、閑散としている。 珈琲のプロ、バリスタ養成講座教室が小さく開催されていたり、理髪店だったり、マッサージ店も有ったり、だが、何しろコンセプトが定まらないし、客足も無かった。 それは、二世代目、三世代目の華人系オーストラリアンが、「ここ」を拠(よりどころ)としていない、またむしろ忌避している様なニュアンスがあるのではないか、と勝手ながら想像した。 新しい入植者(今やそうは呼ばないだろうが)や、英語が全くダメな者が「寄り合う」ネガティヴな場所的イメージが、在るのかも知れない。 中国、華人、チャイニーズ、と言うフィルターからの透明性をむしろ求め、個人の能力で生き残りを図る新たなオーストラリアン華人像が、その先に在るのだろうか。
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オーストラリアでは、リクルートの際に、合法的な居住権を有しているか、以外は、人種、性別、等のフィルター(差別)で雇用拒否や選別は出来ない事になっている、らしい。
因って、新しい土地、能力主義で自分の可能性を無限に追える、と言う点が、ムラ社会で血縁や氏族の繋がり、関係(グワンシー)で行われる中国系文化(時として互助の精神に守られるにせよ)で優位に立てなかった人々が、公平に戦える場を得た、として頑張れ得る環境が、ここには在るのだろう。 -
ここから徒歩圏内に、ショッピングアーケードとして若者を中心に賑わっている場所があったし、ちょっと通りを過ぎて行けばまた、賑わっている事に比べて、唐人街の閑散とした状態は、印象に残った。
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メルボルンには、200を超える華人系コミュニティ、組織、団体等が存在すると言う。 その中でも古いものは、ここに依拠しているし、組織本部があったりするのだろうが、新しいものは、むしろ市内各所に分散され、あまりエスニック感を押し出さぬ様、行われているのかも知れない。
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渋い脇道を通りながら、そんな事を思って歩いた。
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在オーストラリア華人歴史博物館、と言うのが有り、入った。
別項でご紹介としたい。
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