2011/05/26 - 2011/05/26
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frau.himmelさん
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なんだかまとまりのない表題になってしまいました。
友人夫婦と久しぶりに会ったあとは、鹿児島にホテルを取って早い飛行機で東京に帰るつもりでした。
ところが、時間があるんならば面白いところに案内するよ、と友人。
時間は余るほどありますので、好意に甘えることにしました。
そして友人の車で鹿児島から小1時間ほど離れた日置市吹上町に連れて来られました。
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昨夜友人に連れられてきたときは暗くてよく見えなかったのですが、こんな可愛い香港レストランの看板がかかっています。
友人の知人が経営しているレストランとかで、私達はここの離れに泊めていただきました。 -
ここがお店の入口。
右奥に私達が宿泊した離れがちょっと見えます。
無責任な友人夫婦は
「明日は仕事があるから帰るね。後のことはここのオーナーご夫妻に任せてあるから…。」
と言って昨夜さっさと帰ってしまいました。 -
お店の入口も手造り感があふれてとっても雰囲気があります。
実はこのお店は、築80年の古民家を、オーナーが殆ど一人でリフォームして、レストランに再生したものなんですって。 -
建物だけでなく、敷地のいたるところに遊び心満載の手作り品がありました。
レストランの屋根の上にはヘリコプター、そして池の近くでは水車が廻っています。
左手の小屋のようなところはテラスです。
ここでお茶もできます。 -
こちら側はブランコがあり、丸太を通しただけのベンチがあり、荷車が無造作においてある…。
あそこにテラスに登る階段も見えます。 -
池にはあひるの置物を配置して…っと。
見ているだけで楽しくなります。 -
またここでは時折講師を招いて、ガーデニング教室も開催しているそうです。
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私達が泊まった離れからは、なんと手造りの汽車が見えます。
オーナーの弁では、九州新幹線開通を記念して作ったものだとか…。
枕木を渡した線路もちゃんとあります。 -
もっと驚いたのは窓から顔を出している人たち。
レストランに来たお客さんに、一人ひとり自分で似顔絵を描いていただいたのだそうです。 -
私達が泊まった離れに近所の奥様方が集まり始めました。
昔の田舎造りの客間を、三部屋くらいつなげた離れの大広間は近所の方たちに開放して、太極拳の教室や、二胡のコンサート、はたまた絵画の個展などを開いているそうです。
今日は、オーナー夫婦が発起人となって、近々皆さんと一緒に香港旅行をされるそうで、その打合せがあるんですって。
私達は写真手前の方の部屋(写っていません)に泊まらせていただきました。 -
さっきこの店内で朝ごはんをいただきました。
店内もこだわりの手造り内装でとてもステキでした。
お店の窓から外を見たところ。ダチョウが…。
ところで、こちらは民宿ではないそうです。
時々市から頼まれて、修学旅行(体験旅行?)の高校生の民泊を受け入れているのだそうです。
また今回の私達みたいに、親しい知り合いに頼まれたら宿泊を受けることもあるそうです。私達は運がよかったのですね。
オーナーご夫妻は、いろいろと地元と密接に溶け込んだ活動をなさっています。 -
奥様が皆さんと旅行の打合せをしている間、オーナーが近くを案内してくださるそうです。
この坂を降りていきます。
結構きつい勾配です。 -
下から振り返り坂を見上げたところ。
上り口にお店の案内がありますが、見落とす人もありそうです。
写真左手には小川が流れています。 -
おもちゃの飛行機に乗ったパイロット。
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こんな清流が流れています。
以前、ここにクレソンを植えたらいつの間にか流されてしまった…、と頭をかいていらっしゃいました。 -
突然、藪の中に入っていくオーナーの後姿。
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手には、この付近で採れる「コサン」という小さなタケノコが握られていました。
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シイタケの原木林があったり…。
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近くにはウドも自生しています。
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この付近で、こんな真っ赤な野いちごを見つけました。
今年はたくさん摘んでジャムにして、お店のデザートに出したりもしたんですって。
聞けば聞くほど羨ましいことばかりです。
田舎暮らしっていいですねー。 -
周囲は見渡す限り里山のなつかしい風景…。
山の中腹のオレンジとグリーンの屋根が、オーナー蔡さんのレストランです。
山の上にひときわ高い木が見えますね。
ここにいずれツリ−ハウスを造りたいのだとか…。
どこまでも夢が膨らんでいくオーナでした。 -
さて、アジサイが群生している道を通って…。
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「永吉島津氏のお仮屋跡」という歴史的な場所もあります。
詳しくは説明文を読んでくださいね。 -
無人野菜販売所。
蔡さんのレストランは、地元で採れた野菜を中心としたスローフードのお店です。
こういう場所でも新鮮な食材を調達するのですって。
まさに地産地消です。 -
ここにもあります。
新鮮な野菜が安く手に入ります。
近くだったらなー。 -
この畑では、一人暮らしのおばあさんが細々と野菜を作っているんですって。
蔡さんは、いつもこのおばあさんから野菜を買うようにしているそうです。
作って欲しい野菜の注文をすることもあるそうです。
その代わり、時々レストランのお料理なども持って行ってあげると、一人暮らしなのでとても喜ばれるそうです。
ここでも蔡さんの優しい人柄に触れたような気がしました。 -
あそこに見えるのは、山神(やまんかん)の郷公園、おもいで館。
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そば打ち体験や、パン作り、それに地元の特産品、物産品などが置いてあります。
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下を流れる永吉川の小川のせせらぎ…。
面白い形の石が川原にゴロゴロ、これが特徴だそうです。
里山っていいなー!
ちょっと散策しただけで、すっかり里山の魅力にとり付かれた私達でした。 -
蔡さんの話によると、近くにはこの温暖な気候とのどかな風景に惹かれて、定年退職後移住した人も大勢いるとか…。
ご希望でしたら、空き家を紹介しますよ、って言っていました。
さて戻りましょうか。
香港旅行の打ち合わせはもう済んだかな? -
今日はレストランは定休日。ご夫婦で一日私達に付き合って下さるそうです。
先ずはこの近くの焼き物の郷に行きましょうって。
日置市美山町。
ここには、「日置市指定文化財」の堂平窯跡という立て札が…。
薩摩焼は、豊臣秀吉が朝鮮出兵のさい、捕虜として連れて来た朝鮮の陶工達によって作り出されたものだそうです。
堂平窯は、1600年ごろの薩摩焼きの初期の窯なのだそうです。 -
ここに薩摩焼きのテーマ館みたいなところがあります。
-
美山陶遊館。
手作り陶芸教室もあるようです。 -
中に入ると、ずらーっと、美山在住の陶工さんたちの作品が一同に並んでいます。
薩摩焼きっていろんな種類があるんですね。 -
私が今まで思っていた薩摩焼きって、そうそうこんな感じ。
この中央の壷のように、クリーム色の地肌に細かいひび割れの地紋があり、美しい絵が描かれているものだと思っていました。 -
白い薩摩焼きや黒い薩摩焼きもあるのですね。
このコーナーには、有名な「沈壽官窯」の作品が展示してあります。
豊臣秀吉に連れてこられた陶工の一人で、十五代に渡り、現代まで窯の火を守り続けている薩摩焼の窯元です。
伝統的な白薩摩・黒薩摩を製作しています。 -
説明文には
「李朝陶芸の伝統を伝え、薩摩の歴史と共に歩んできた沈窯400年の歴史の中で…」 -
薩摩焼きの体験室に入ってみました。
中では外人の子供達が制作に没頭していました。 -
真剣な表情
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こちらは男の子たち。
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こちらは上級者クラス
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体験教室ではこんな可愛い作品が作れます。
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窯元で作られた薩摩焼きの展示販売もやっています。
結構お手頃価格で買えるようです。
オーナーのお店でも美山焼きの食器を揃えているとのこと。
道理で朝食のとき、シャレた食器が出てくると思いました。 -
外人の男の子たちが作品を選んでいます。
お国の両親のお土産にするのかな? -
美山陶遊館の近くには、さきほど見た「沈壽官窯」の立派な建物があります。
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建物の中をちょっと覗かせていただきま〜す。
入口には「大韓民国名誉総領事館」の看板。 -
この窯は見学もできます。
大型バスが駐車するスペースも設けてあります。 -
付近を散策していると、この町にいくつもある窯元さんの看板をあちこちで見かけます。
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車窓から 「元外相東郷茂徳記念館」という標識を見かけました。
太平洋戦争終戦時の外相だった人です。
彼も豊臣秀吉の朝鮮出兵で、捕虜として連れてこられた陶工の子孫だったのです。
戦争責任を問われ、A級戦犯として巣鴨拘置所に服役中、没したということです。
ドイツとも縁が深かった人で、私も関心を持っていた人物でした。 -
今日はあいにくの雨模様、風光明媚な吹上浜もどんよりとした感じです。
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次につれてこられたところは「江口蓬菜館」道の駅。
オーナーご夫婦は食材の仕入れ、私達は土産物の調達をします。 -
中はとても広い空間です。
海の幸、山の幸、特産品、地元の主婦手造りのお団子、お惣菜、何でも揃っていました。
欲しいものが多すぎて目移りしてしまいます。 -
今朝オーナーが藪の中に入って採ってきた小さなタケノコもあります。
これ美味しいのです。
アクがないので下茹では必要ありません。
そのまま皮を剥いて、笹がきにしてお味噌汁に入れたり煮物にしたりします。 -
それが何とこんなにたくさんでたったの200円。
荷物がかさばるのは覚悟の上で買って帰ることにします。
関東地方には出回りませんので…。 -
次につれてきていただいたところは、「小松帯刀の郷」。
そうです数年前、NHKの大河ドラマ「天璋院篤姫」で有名になりましたね。 -
こういう観光場所にはつきものの、こういうものもありました。
確か小松帯刀は篤姫の初恋のお相手(?)でしたね。 -
この地を領有していた小松家代々のお墓がここにあるそうです。
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ずいぶん古い他では見かけない形のお墓が並んでいます。
小松家のお墓はこの辺に固まってあるようです。 -
小松家墓所見取り図
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ここにありました。29代清廉(キヨカド)帯刀。
この立札はドラマ放映後作られたものと思われます。 -
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お隣が帯刀夫人、お近の墓所です。
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何故だかここに、「横綱陣幕」の墓地もありました。
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ここに参拝者記帳のノートがあります。
でも、ここは帯刀関係だけではないような…?
雑多なものが飾られています。
不思議に思ってみていると、ボランティアでお墓の説明をしてくださる方が見えて、「ご案内しましょうか?」と。 -
私達は今参拝してきたところだと言うと、この冊子をくださいました。
地元のボランティアの方は、本当に頑張っておられます。 -
この森ではゆっくり休憩できるベンチもありました。
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日置市吹上町永吉の香港ダイニング「聚福園」のオーナーご夫妻に鹿児島空港まで送っていただきました。
車はこの地方特産のお茶畑の中を走っています。
私達は、近くの空港バス乗り場まででいいって固辞したのですが、どうせ鹿児島市内に買い物があるからと…。
昔からの知り合いだったような気さくな、思いやりのあるご夫妻でした。
昨夜、友人夫婦がさっさと帰った理由がよくわかりました。
全幅の信頼をおいているのですね。
本当にお世話になりました。おかげで楽しい時間を過ごすことが出来ました。
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この旅行記へのコメント (4)
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- 横浜臨海公園さん 2012/01/28 16:53:34
- 美山苗代川
- frau,hinmmelさま、こんにちは。
薩摩焼の里、美山の旅行記を拝見させて頂きました。
小生も薩摩美山に1度訪れております。
実は、焼き物が目当てでは無く、旅行記の中に登場する、東郷茂徳元外務大臣の史跡を訪ねたものでしたが、記念館を訪問した際に、小生が1ヵ月半ぶりの来訪者たる事を知り唖然とさせられました。
知られている様に、東郷大臣は東條内閣で外務大臣だった為に素人は対英米戦賛成論者の如く解している者が少なくありませんが、少なくとも、ハルノート到着まで東郷大臣は開戦に関し、閣僚としては賀屋大蔵大臣と共に絶対反対だった少数人物で、昭和天皇が開戦反対たる事から拠りどころにしていた事は確実です。
鈴木貫太郎内閣で外務大臣に再任された際には、米内光政海軍大臣と共に終戦に向かい協力し、暗殺の可能性たる生命の危機すら乗り越え戦争を終えたのは我が国にとって重大な決断でした。
東郷氏は巣鴨収監中に手記を残しており、それは現在「時代の側面」という表題で公刊されております。
自己弁護が多かった戦犯者の自伝の中に於いて、内容は専門的且つ冷静に判断され、資料を参考にしなければ読み下すのは困難な内容ですが、資料としては1級クラスです。
横浜臨海公園
- frau.himmelさん からの返信 2012/01/29 10:30:39
- RE: 美山苗代川
- おはようございます、横浜臨海公園さま。
早速、薩摩焼の里 美山編を見ていただいてありがとうございます。
> 小生も薩摩美山に1度訪れております。
> 実は、焼き物が目当てでは無く、旅行記の中に登場する、東郷茂徳元外務大臣の史跡を訪ねたものでしたが、記念館を訪問した際に、小生が1ヵ月半ぶりの来訪者たる事を知り唖然とさせられました。
1ヵ月半ぶりのー!?
そんなにマイナーな記念館だったのですか?
私は、東郷重徳元外相が当地出身ということを知らなかったので、記念館の名前を見たときはビックリしました。
何分にも車窓からチラッと見ただけでしたので、写真にも撮れず…。
本来なら旅行記にも記載すべきでなかったのでしょうが、余りにも思いがけないお名前の登場にすっかり興奮してしまいました。
結果として、こうやって横浜臨海公園様のお目に留まって、嬉しい限りです。
実は、ずいぶん以前のNHK大河ドラマで彼が登場していたのを見ていたのです。
私が覚えていたのは、ドラマの中で、外相として戦争終結に奔走するけれどうまくいかず苦悩する姿と、東京裁判での彼の姿でした。
ドラマの中ではとても好意的に描かれていて、とても印象に残っていました。
かなり前のドラマですので、先ほどちょっと調べてみました。
山崎豊子さんの「二つの祖国」が原作で、1984年に放映された「山河燃ゆ」というドラマでした。鶴田浩二さんが東郷重徳外相の役をやっていました。
私には何故だか、他の有名な東郷さんや東条さんより東郷重徳外相が好きでしたね。何かでドイツに縁が深いと書いてあったのも影響しているのかもしれません。
> 知られている様に、東郷大臣は東條内閣で外務大臣だった為に素人は対英米戦賛成論者の如く解している者が少なくありませんが、少なくとも、ハルノート到着まで東郷大臣は開戦に関し、閣僚としては賀屋大蔵大臣と共に絶対反対だった少数人物で、昭和天皇が開戦反対たる事から拠りどころにしていた事は確実です。
>
> 鈴木貫太郎内閣で外務大臣に再任された際には、米内光政海軍大臣と共に終戦に向かい協力し、暗殺の可能性たる生命の危機すら乗り越え戦争を終えたのは我が国にとって重大な決断でした。
>
> 東郷氏は巣鴨収監中に手記を残しており、それは現在「時代の側面」という表題で公刊されております。
> 自己弁護が多かった戦犯者の自伝の中に於いて、内容は専門的且つ冷静に判断され、資料を参考にしなければ読み下すのは困難な内容ですが、資料としては1級クラスです。
上記の横浜臨海公園さまの説明でますます好ましい人物に思えます。
また美山町に行く機会があったら、東郷記念館を訪ねてみたいと思います。
ただ、交通の便が悪いのが困ったものです。
himmel
- 横浜臨海公園さん からの返信 2012/01/29 11:42:29
- 拝復
- frau,hinmmelさま、こんにちは。
東郷茂徳氏は本姓を「朴」と言い彼の父代まで朝鮮姓を名乗っていたのですが、東郷氏が県立中学校(現在の鹿児島県立鶴丸高校)に入学が決まり朴姓では都合が悪いと思われた為に、士族株を手にし苗字を東郷姓にしたものです。
また、東郷氏は東京帝國大学では法学部では無く文学部入学でドイツ文学を専攻していた経緯がございます。
更に、東郷氏の妻はエディータ(Edeieta)氏はドイツ人で、東郷氏がドイツ大使館3等書記官時代に知り合って結婚された方です。
然し、東郷氏はドイツ大使ににんめいされましたがナチスドイツを嫌悪し、ドイツ大使時代にはリッペンドリップをやり込め、結果的に陸軍武官の大島浩陸軍少将に大使を乗っ取られるカタチで放逐されました。
鶴田浩二の演技のドラマは小生も見ておりますが、実の東郷氏は、あんな惰弱な人物像では無い事は確かなようです。
横浜臨海公園
- frau.himmelさん からの返信 2012/01/29 14:06:40
- RE: 拝復
- 横浜臨海公園さま
たびたびのコメントありがとうございます。
先ほどの私のレス、東郷茂徳外相の名前がすべて「重徳」になっておりました。申し訳ありません。
さて、東郷茂徳氏の生い立ちといい、ドイツ時代のエピソードといい、
とても興味深い情報をありがとうございました。
東郷姓の方は、外務大臣にまで上り詰めた人物なのだから、しかるべき薩摩藩士の出ではないかと思っておりました。
豊臣秀吉時代に朝鮮から連れて来られた陶工の子孫だったのですね。
またドイツとはほんとに深い関係があった方なのですね。
奥様がドイツ人でしたか。
東郷氏がナチスドイツを嫌悪して、同盟を結びたくなかったという話は聞いたことがあります。
それでも時の外相だったというだけで、東京裁判ではA級戦犯になってしまうのですね。
今回鹿児島を旅して、本当に鹿児島って歴史の宝庫なのだと思いました。
機会があれば、ゆっくり歴史散策をしたいと思います。
himmel
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