2006/11/18 - 2006/11/28
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cypresscanadaさん
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11月24日(金)
朝、プラク航空6便にてトリポリへ。到着後まずホテルにチェックイン、すぐに博物館に向かったものの、急遽閉館時間が早まったため見学できず旧市街散策。
金曜日はイスラム世界の日曜日にあたり、旧市街もスークもあまり活気がなかった。その起源は500年ほど前まで遡ることが出来、18世紀のカラマンリー朝時代に建てられたモスクや、ローマ時代の五賢帝の一人、紀元2世紀のマルクス・アウレリウス・アントニヌ帝の凱旋門が残っていました。
昼食後、内装が素晴らしいグルージーモスクを見学、再び博物館へ戻り先史時代の出土品から砂漠の民の文明跡、ギリシャ時代、レプテイス・マグナから発見されたローマ時代の出土品を見る。
革命時代カダフィ大佐が乗っていたワーゲンも展示されていた。博物館はかつての要塞”アル・サラーヤ・アル・ハムラー(赤壁城)”で1801年~4年のリビア・アメリカ戦争勝利時に捕捉したアメリカ軍艦フィラデルフィア号のマストが入り口に掲げられていた。
古代、リビアの概念は、ナイル川デルタの西側(現エジプト)からチュニジアに至る地中海沿岸部の総称だった。
紀元前10世紀から5世紀にかけて、地中海貿易の二大勢力、フェニキア人は現在のリビア西部に、ギリシャ人は東部に、それぞれ拠点を築いた。
トリポリタニア(現トリポリ周辺)はフェニキア人の、ベキレナイカ(現ベンガジ周辺)はギリシャの、それぞれ植民都市として成立した。
その後、カルタゴの支配下に置かれたリビアの植民都市は、紀元前150~100年頃、ローマ帝国の攻撃を受ける。
カルタゴ同様にリビア諸都市の抵抗も強く、制圧までには長い期間を要した。
抵抗の強さを示すモニュメントとして、トリポリにはローマ帝国の支配確立を祈念して建てられたアウレリウス帝の凱旋門が現存する。
ローマの支配下で、トリポリの東120kmにあるレプテイス・マグナが繁栄する。そしてやがてレプテイス・マグナは「小ローマ」と言われるほどの発展を遂げるのである。
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