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三星堆博物館は、1997年10月、三星堆遺跡地区の東北角に開館しました。徳陽市広漢市西郊外約7kmの南興鎮の鴨子河南岸に位置し、成都市から東北38kmにあります。現在、敷地面積約35hで、4200?の第一展示館(総合館)と7000?の第二展示館(青銅館)があります。開館時間は8時半〜18時半で、入館は17時までです。入場料は82元(絵葉書郵便代を含む)で、60歳以上42元(要旅券)、75歳以上無料です。成都市からの公共交通はバスで、成都旅游集散客運中心(新南門)から、8時30分発の直通(広漢三星行14元)がありますが、帰路の便はありません。もう一つは、広漢市乗り継ぎで、昭覚寺汽車站からの高速経由の広漢行(8時40分〜18時40分 20分毎 往路15元・帰路13.5元 所要時間約40分)で終点下車、站の外に出た所の道路が三星堆博物館行の6路の黄色小型バス(但し停留所の表示なし。2元 所要時間約20分弱)で、終点下車です。また、6路の博物館前も停留所表示がないので、入・出口前で待つことになります。昭覚寺へは1・32・49・53・63・64・69・70・71・83路などの市内バスがあります。<br /><br />三星堆遺跡は、1929年春、当地の農民が溝を掘っていた際に玉器を見つけたことで、発見されました。しかし、長く本格的な発掘はなされず、1980〜1年に、初めて四川省文物委員会等により本格的な発掘調査が行われて、大規模の住居跡が発見されました。以後、発掘が継続して行われ、1985年10月までに、東・西城壁跡が発見されて、本遺跡が古蜀王国の都城跡と見られるようになりました。さらに、1986年には本遺跡の上限が約5000年前と見られるようになりました。また、各種の貴重な玉器・金器・青銅器等が出土し、以上の成果により、1988年1月、国務院は本遺跡を全国重点文物保護単位に指定しました。発掘調査はさらに継続され、1996年秋には日中合同の磁気探査などの科学的調査が行われました。2005年に基本的な発掘調査を終え、現在整理研究中です。以上の発掘調査で、本遺跡は東城壁跡約1100m(ほぼこの延長線上に第二展示館があります)・南城壁跡約180m・西城壁跡約600mが確認され、北を鴨子河とする城壁都市であることが分かりました。<br /><br />三星堆遺跡(三星堆文化)は新石器時代晩期文化に属し、上限を新石器時代晩期(紀元前2800年)とし、下限を殷末周初期(紀元前800年)と、延2000年近く続きました。4期に分かれ、第1期は4800〜4000年前で、龍山文化時代(五帝時代)に相当し、石器・陶器のみです。第2・3期は4000〜3200年前で、夏・殷時代に相当し、青銅器・玉器が出現し、宗教活動が盛んとなり、都市が建設されます。第4期は3200〜2800年前で、殷末・周初期に相当し、精美な玉・青銅器が製作され、大型祭壇・建築が築かれます。遺跡地区は鴨子河南岸に沿って東西5〜6000m・南に2〜3000mに広がり、総面積約12平方キロで、全体が保護区となり、城壁跡内を含む重要保護区の面積は6平方キロです。<br /><br />本遺跡を継承したと考えられる、成都市内の金沙遺址博物館(http://4travel.jp/traveler/km45/album/10236643/)と合わせ見ると、古蜀文明が理解できます。<br /><br />なお、フォアルバム「四川・三星堆博物館」は<br />https://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpkUalgDRZvD2wR2aw<br />です。

三星堆博物館

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2009/12/29 - 2009/12/29

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旅行記グループ 成都の博物館

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km45

km45さん

三星堆博物館は、1997年10月、三星堆遺跡地区の東北角に開館しました。徳陽市広漢市西郊外約7kmの南興鎮の鴨子河南岸に位置し、成都市から東北38kmにあります。現在、敷地面積約35hで、4200?の第一展示館(総合館)と7000?の第二展示館(青銅館)があります。開館時間は8時半〜18時半で、入館は17時までです。入場料は82元(絵葉書郵便代を含む)で、60歳以上42元(要旅券)、75歳以上無料です。成都市からの公共交通はバスで、成都旅游集散客運中心(新南門)から、8時30分発の直通(広漢三星行14元)がありますが、帰路の便はありません。もう一つは、広漢市乗り継ぎで、昭覚寺汽車站からの高速経由の広漢行(8時40分〜18時40分 20分毎 往路15元・帰路13.5元 所要時間約40分)で終点下車、站の外に出た所の道路が三星堆博物館行の6路の黄色小型バス(但し停留所の表示なし。2元 所要時間約20分弱)で、終点下車です。また、6路の博物館前も停留所表示がないので、入・出口前で待つことになります。昭覚寺へは1・32・49・53・63・64・69・70・71・83路などの市内バスがあります。

三星堆遺跡は、1929年春、当地の農民が溝を掘っていた際に玉器を見つけたことで、発見されました。しかし、長く本格的な発掘はなされず、1980〜1年に、初めて四川省文物委員会等により本格的な発掘調査が行われて、大規模の住居跡が発見されました。以後、発掘が継続して行われ、1985年10月までに、東・西城壁跡が発見されて、本遺跡が古蜀王国の都城跡と見られるようになりました。さらに、1986年には本遺跡の上限が約5000年前と見られるようになりました。また、各種の貴重な玉器・金器・青銅器等が出土し、以上の成果により、1988年1月、国務院は本遺跡を全国重点文物保護単位に指定しました。発掘調査はさらに継続され、1996年秋には日中合同の磁気探査などの科学的調査が行われました。2005年に基本的な発掘調査を終え、現在整理研究中です。以上の発掘調査で、本遺跡は東城壁跡約1100m(ほぼこの延長線上に第二展示館があります)・南城壁跡約180m・西城壁跡約600mが確認され、北を鴨子河とする城壁都市であることが分かりました。

三星堆遺跡(三星堆文化)は新石器時代晩期文化に属し、上限を新石器時代晩期(紀元前2800年)とし、下限を殷末周初期(紀元前800年)と、延2000年近く続きました。4期に分かれ、第1期は4800〜4000年前で、龍山文化時代(五帝時代)に相当し、石器・陶器のみです。第2・3期は4000〜3200年前で、夏・殷時代に相当し、青銅器・玉器が出現し、宗教活動が盛んとなり、都市が建設されます。第4期は3200〜2800年前で、殷末・周初期に相当し、精美な玉・青銅器が製作され、大型祭壇・建築が築かれます。遺跡地区は鴨子河南岸に沿って東西5〜6000m・南に2〜3000mに広がり、総面積約12平方キロで、全体が保護区となり、城壁跡内を含む重要保護区の面積は6平方キロです。

本遺跡を継承したと考えられる、成都市内の金沙遺址博物館(http://4travel.jp/traveler/km45/album/10236643/)と合わせ見ると、古蜀文明が理解できます。

なお、フォアルバム「四川・三星堆博物館」は
https://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpkUalgDRZvD2wR2aw
です。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス
旅行の手配内容
その他
  • 入口より入り、まっすぐ少し歩くと、右手に小丘が見えます。これが総合館(第一展示館 平屋)です。2004年5月にオープンしました(在来の展示館は青銅館―第二展示館となりました)。建物全体を土と草木で覆うことで、風景にとけ込ませようとしています。展示は、「序展」を含め、七つに分かれます。第一単元「雄踞西有 古蜀2000年的滄桑史」、第二単元「物華天府 三星堆的農業与商貿」、第三単元「化土成器 三星堆陶器」、第四単元「以玉通神 三星堆玉石器」、第五単元「烈火熔金 三星堆冶煉」、第六単元「通天神樹 古蜀人智慧与精神的象征」です。

    入口より入り、まっすぐ少し歩くと、右手に小丘が見えます。これが総合館(第一展示館 平屋)です。2004年5月にオープンしました(在来の展示館は青銅館―第二展示館となりました)。建物全体を土と草木で覆うことで、風景にとけ込ませようとしています。展示は、「序展」を含め、七つに分かれます。第一単元「雄踞西有 古蜀2000年的滄桑史」、第二単元「物華天府 三星堆的農業与商貿」、第三単元「化土成器 三星堆陶器」、第四単元「以玉通神 三星堆玉石器」、第五単元「烈火熔金 三星堆冶煉」、第六単元「通天神樹 古蜀人智慧与精神的象征」です。

  • 第一単元で、遺跡の概観を展示・説明しています。これは第1期文化典型陶器などの展示ブースです。

    第一単元で、遺跡の概観を展示・説明しています。これは第1期文化典型陶器などの展示ブースです。

  • 第二単元で、各種の酒器土器・家畜造形物、そして海貝・漆器・玉石飾等が展示され、往時の農業・商貿易の様を見せています。これは商貿易関係玉などの展示ブースです。

    第二単元で、各種の酒器土器・家畜造形物、そして海貝・漆器・玉石飾等が展示され、往時の農業・商貿易の様を見せています。これは商貿易関係玉などの展示ブースです。

  • 青銅貝串飾です。殷代晩期のもので、長6.28cm、2号祭祀杭から1986年に出土しました。

    青銅貝串飾です。殷代晩期のもので、長6.28cm、2号祭祀杭から1986年に出土しました。

  • 第三単元で、ここから個別の遺物展示となり、陶瓷・陶箕等の各種の陶器を展示し、生活実態をうかがわせます。これは生活用品・陶器の展示ブースです。

    第三単元で、ここから個別の遺物展示となり、陶瓷・陶箕等の各種の陶器を展示し、生活実態をうかがわせます。これは生活用品・陶器の展示ブースです。

  • 陶豆把です。

    陶豆把です。

  • 第四単元で、玉琮・玉戈・玉璦・玉璧等の各種の玉器や石器を展示し、宗教儀礼を示してくれます。これは玉・石器加工展示ブースです。

    第四単元で、玉琮・玉戈・玉璦・玉璧等の各種の玉器や石器を展示し、宗教儀礼を示してくれます。これは玉・石器加工展示ブースです。

  • 玉戈です。殷代晩期のもので、2号祭祀坑より1986年に出土しました。長26.7cm、幅7cmです。

    玉戈です。殷代晩期のもので、2号祭祀坑より1986年に出土しました。長26.7cm、幅7cmです。

  • 玉瑗です。殷代晩期のもので、2号祭祀坑から1986年に出土しました。直径11.7cm、厚1.2cmです。

    玉瑗です。殷代晩期のもので、2号祭祀坑から1986年に出土しました。直径11.7cm、厚1.2cmです。

  • 玉璋です。殷代晩期のもので、2号祭祀杭から1986年に出土しました。長68.8cm、幅7.5cmです。

    玉璋です。殷代晩期のもので、2号祭祀杭から1986年に出土しました。長68.8cm、幅7.5cmです。

  • ここから第五単元です。青銅礼器と金器を展示して、往時の冶金工芸技術を示しています。これは金器展示ブースです。

    ここから第五単元です。青銅礼器と金器を展示して、往時の冶金工芸技術を示しています。これは金器展示ブースです。

  • 青銅鷹形銅鈴です。殷代晩期のもので、2号祭祀杭から1986年に出土しました。高14.24cm、幅6.5cm、厚3.55cmです。

    青銅鷹形銅鈴です。殷代晩期のもので、2号祭祀杭から1986年に出土しました。高14.24cm、幅6.5cm、厚3.55cmです。

  • 金箔虎形飾です。殷代中期のもので、1号祭祠杭から1986年に出土しました。

    金箔虎形飾です。殷代中期のもので、1号祭祠杭から1986年に出土しました。

  • 金杖です。全長143cm、直径2.3cm、重量463gで、殷代中期のもので、1号祭祀杭から1986年に出土しました。世界で最も早いものです。写真ではお分かりになれませんが、上端(左)に平雕紋飾図案(魚・鳥・人)があります。これは古蜀王国の伝説の王「魚鳧」を象徴している考えられています。

    金杖です。全長143cm、直径2.3cm、重量463gで、殷代中期のもので、1号祭祀杭から1986年に出土しました。世界で最も早いものです。写真ではお分かりになれませんが、上端(左)に平雕紋飾図案(魚・鳥・人)があります。これは古蜀王国の伝説の王「魚鳧」を象徴している考えられています。

  • ここから第六単元です。神樹を展示し、古蜀王国の原始宗教を示しています。これにより古代人の宗教観念が理解できます。青銅揺錢樹です。

    ここから第六単元です。神樹を展示し、古蜀王国の原始宗教を示しています。これにより古代人の宗教観念が理解できます。青銅揺錢樹です。

  • 本展示館を代表する青銅神樹です。世界最古の神樹です。殷代晩期のもので、全高396cm(樹高384cm)で、2号祭祀杭から1986年に出土しました。3段に枝が出ており、各段3枝ずつ張っています。各枝には鳥が飾られて、全9鳥が見えます。枝の先端には果実があります。また、樹の下部には1旒の龍が下向きに匍っています。これは神木である扶桑の木を表しています。

    本展示館を代表する青銅神樹です。世界最古の神樹です。殷代晩期のもので、全高396cm(樹高384cm)で、2号祭祀杭から1986年に出土しました。3段に枝が出ており、各段3枝ずつ張っています。各枝には鳥が飾られて、全9鳥が見えます。枝の先端には果実があります。また、樹の下部には1旒の龍が下向きに匍っています。これは神木である扶桑の木を表しています。

  • 総合館を出、道を進み右に曲がり少し進んで左折すると、拡張以前の門が見え、その奥に青銅館が見えます。総合館から青銅館まではかなりの距離があり、有料の電動カートも走っています。<br /><br />青銅館はその名の通り青銅器に特化し、「序庁」を含め、六つの展示室からなっています。一展庁は「奇秘面具」、二展庁は「神坐群像」、三展庁は「王者之尊」、四展庁は「千載蜀魂」、五展庁は「必路歴程」です。<br />

    総合館を出、道を進み右に曲がり少し進んで左折すると、拡張以前の門が見え、その奥に青銅館が見えます。総合館から青銅館まではかなりの距離があり、有料の電動カートも走っています。

    青銅館はその名の通り青銅器に特化し、「序庁」を含め、六つの展示室からなっています。一展庁は「奇秘面具」、二展庁は「神坐群像」、三展庁は「王者之尊」、四展庁は「千載蜀魂」、五展庁は「必路歴程」です。

  • 青銅館展示室への入口に陳座する、青銅人面具です。

    青銅館展示室への入口に陳座する、青銅人面具です。

  • 一展庁の青銅獣面です。高20.5cm、幅26.6cm、殷代晩期のもので、2号祭祀杭から1986年に出土しました。

    一展庁の青銅獣面です。高20.5cm、幅26.6cm、殷代晩期のもので、2号祭祀杭から1986年に出土しました。

  • 青銅人面具です。殷代晩期のもので、高25.5cm、幅42.5cmで、2号祭祀杭から1986年に出土しました。

    青銅人面具です。殷代晩期のもので、高25.5cm、幅42.5cmで、2号祭祀杭から1986年に出土しました。

  • 青銅戴冠縦目面具です。殷代晩期のもので、高82.5cm・幅78cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。三星堆遺跡独特のもので、目が飛び出たほかに見られない意匠で、人々を驚かした、縦目デザインの一つです。

    青銅戴冠縦目面具です。殷代晩期のもので、高82.5cm・幅78cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。三星堆遺跡独特のもので、目が飛び出たほかに見られない意匠で、人々を驚かした、縦目デザインの一つです。

  • 三星堆遺跡といえば、これといわれる、一目見ると忘れられない意匠の、青銅縦目面具です。殷代晩期のもので、高65cm・幅139cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。突出した瞳孔長16.5cm・径9cmです。頭頂中央の穴には額飾がありそれが失われたと考えられています。世界最大の青銅面具です。目が飛び出ていることは、古代人が目に生命が宿ると思考した象徴と考えられています。

    三星堆遺跡といえば、これといわれる、一目見ると忘れられない意匠の、青銅縦目面具です。殷代晩期のもので、高65cm・幅139cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。突出した瞳孔長16.5cm・径9cmです。頭頂中央の穴には額飾がありそれが失われたと考えられています。世界最大の青銅面具です。目が飛び出ていることは、古代人が目に生命が宿ると思考した象徴と考えられています。

  • 二展庁の青銅回紋冠人頭像です。殷代晩期のもので、高34.9cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

    二展庁の青銅回紋冠人頭像です。殷代晩期のもので、高34.9cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

  • 青銅辮索冠人頭像です。殷代晩期のもので、高13.7cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

    青銅辮索冠人頭像です。殷代晩期のもので、高13.7cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

  • 戴金面罩銅人頭象です。これは平頂人頭像に金箔の金面を被せたものです。殷代晩期のもので、高42.5cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

    戴金面罩銅人頭象です。これは平頂人頭像に金箔の金面を被せたものです。殷代晩期のもので、高42.5cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

  • 三展庁の青銅立人像です。青銅神樹・青銅縦目面具とならび、本館を代表する青銅器です。殷代晩期のもので、高261cm(人像高172cm)、重量180kg、2号祭祠杭から1986年に出土しました。世界最大の青銅立人像です。

    三展庁の青銅立人像です。青銅神樹・青銅縦目面具とならび、本館を代表する青銅器です。殷代晩期のもので、高261cm(人像高172cm)、重量180kg、2号祭祠杭から1986年に出土しました。世界最大の青銅立人像です。

  • 青銅獣首冠人像です。殷代晩期のもので、残高42.6cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

    青銅獣首冠人像です。殷代晩期のもので、残高42.6cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

  • 青銅頂尊跪坐人像です。殷代晩期のもので、高15.6cm、直径9.8cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

    青銅頂尊跪坐人像です。殷代晩期のもので、高15.6cm、直径9.8cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。

  • 建物中央にしつらえられた青銅神樹の巨大レプリカの回りをスロープに沿って2階に上ると、四展庁です。青銅龍虎尊・青銅太陽形器・青銅鳥等の各種の青銅器が展示されています。<br /><br />青銅四羊四鳥罍です。殷代晩期のもので、高54cm・口径26.5cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。外面に4匹の羊と4羽の鳥が飾られています。

    建物中央にしつらえられた青銅神樹の巨大レプリカの回りをスロープに沿って2階に上ると、四展庁です。青銅龍虎尊・青銅太陽形器・青銅鳥等の各種の青銅器が展示されています。

    青銅四羊四鳥罍です。殷代晩期のもので、高54cm・口径26.5cm、2号祭祠杭から1986年に出土しました。外面に4匹の羊と4羽の鳥が飾られています。

  • 青銅鳥脚人像です。

    青銅鳥脚人像です。

  • 青銅太陽形器です。殷代晩期のもので、直径84.5cm、2号祭祀坑で1986年に出土しました。太陽崇拝の象徴と考えられています。

    青銅太陽形器です。殷代晩期のもので、直径84.5cm、2号祭祀坑で1986年に出土しました。太陽崇拝の象徴と考えられています。

  • 青銅公鶏です。殷代晩期のもので、高14.2cm、方座片長2.5cm、銅鶏長11.7cm、2号祭祀坑で1986年に出土しました。

    青銅公鶏です。殷代晩期のもので、高14.2cm、方座片長2.5cm、銅鶏長11.7cm、2号祭祀坑で1986年に出土しました。

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