2011/10/09 - 2011/10/09
802位(同エリア1886件中)
ヴェラnonnaさん
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モン・サン・ミッシェル西のテラスから 修道院聖堂へ 入ります。
最上階の3階には 修道院聖堂の隣に 「回廊」と「食堂」、中層階には「騎士の部屋」と身分の高い 巡礼者用の「貴賓室」、そして1階に貯蔵室、貧しい巡礼者への 救貧所(施物分配室) などがあります。
身分ごとに上から下に分かれた中世の身分社会の縮図が、「ラ・メルヴェイユ」の建物のつくりにも あらわれています。
チケット売り場の隣で イヤフォンガイドを借りて 順を追って見学します。
旅の行程
10/5 フランクフルトからストラスブール移動
10/6 コルマールから 半日ツァー参加 リクヴィル、カイゼスバーグetc 観光
10/7 ストライキの為 ナンシー往復できず ストラスブール観光に変更。
10/8 午前中ストライキの合間を縫ってナンシー往復。TGVでパリへ。パリ泊。
10/9 朝 モン・サン・ミッシェルへ 泊。
10/10 パリへ戻り 泊。
10/11 パリ 泊
10/12 パリ 泊
10/13 パリ 21時out 帰国。
10/14 関空 着。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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西のテラスから 修道院聖堂へ 入ります。
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11世紀に建てられた 聖堂内陣は それ以前からあった ノートルダム・ス・テール教会を延長、補強して その基盤の上に 建てられましたが 設計に無理があったためか 1421年に 崩壊。
1446年に再建が始まり 半世紀の中断を経て 1521年には 完成。 -
殆どが暗い 修道院の中で ここ 聖堂内陣部が 一番 光が注ぎこむ 明るい空間でした。
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北翼廊。
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南翼廊
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幼子を抱く聖母(13世紀初め)
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大天使ミカエル(15世紀)
人の魂を計る 天秤を持っています。
天秤って ギルドハウスや裁判所などに置かれた女神像が 必ず手にする 道具です。 公正で有る事を象徴しているんですね。 -
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回廊へと移動します。
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美しい 中庭つき回廊です。
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イチオシ
回廊 西側の 開口部。 参事室につながる予定でしたが 建設されず。
今は アクリル板が 張ってありますが かつては 落下防止の備えは あったのかなぁ・・・
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回廊に 造られた ステンドグラス。
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三層構造の一番上に 造られた この回廊の真下には 騎士の間、その下には 貯蔵室と救貧所。
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回廊は 下の階への 重量の負担を減らすために 半円筒に造られた回廊の天井は 板をはめ込み それを支える円柱も細く 庭側には 互い違いに二列、壁側には一列、よく計算された構造と 美的にも優れた 造りとなっています。
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回廊の 円柱、細いです。 繊細な美しさが現れています。
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回廊の 壁面で・・・楽しそう。
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最上階の回廊の隣にある 修道士たちが食事をした食堂。 両脇にある59の小窓から光が差し込んでいて 厳かな 雰囲気が 漂っているはず・・・ですが・・・。
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この日は 部屋いっぱいに 置かれた 絵画、スケッチなどの 作品展示場になっていました。
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最上部になる 食堂の天井部も 重量軽減の回廊シーリングと同じ 木の造りです。
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食堂の奥では 課外授業が 行われています。
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イチオシ
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床モザイク。
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屋根木組の ミニチュア。
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そして下の階へ・・・
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大天使ミカエルの お告げを 三度目に やっと信じた 司教オベールの逸話を 現した レリーフ。 三度目に オベールの頭に 穴をあけた とか あざを付けた とかいう あれです。
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貴賓室へと 下りてきました。
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身分の高い巡礼者や 尊い客人などをもてなした部屋。奥に見える 大きな暖炉で 食事が整えられ、すぐ近くにトイレもありました。
この部屋もゴシック様式アーチ型の天井と葉型模様の装飾が優美ですが、かつての色鮮やかな装飾は 見る影もありません。
床に敷かれていた 鮮やかなタイルの断片が 修復の時に出てきたそうです。 -
大きな暖炉です。 大勢の人たちの 食事が用意されたんでしょうね。
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往時のざわめきが 聞こえてくるような・・・・
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貴賓室のステンドグラス窓から 覗きます。
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トンブレーヌ が見えます。
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貴賓室 隣にある 聖マドレーヌ礼拝堂。
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貴賓の為の聖マドレーヌ礼拝堂。
貴賓室には 外部から入る為に 2か所入り口が設けられています。
この聖マドレーヌ礼拝堂には 外から直接入る事ができます。
メルヴェイユ内で 修行する修道士たちの邪魔をしないように 出入りできるよう考慮されていたと 考えられています。 -
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礼拝堂を出ると 小さな庭にでます。
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大基柱のクリプト。 上階の聖堂内陣を 支える為に 建てられました。
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柱に 張り付く 友。 心は 女学生・・・・????
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クリプト・サンマルタン(11世紀)
1030年から1040年頃に 建てられて以降 一度も改築されず そのままの美しさを 今に伝えています。 -
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1820年頃、修道院が監獄となっていた時に 囚人たちの食べ物を 下から運び込むために 使われた大車輪。 中に 4人くらいの 囚人が 入って この車輪を動かしていたそうです。
実際に 中世の頃、工事現場で使われていた器具を 再現しています。 -
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大きな 車輪です。
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サンテティエンヌ礼拝堂。
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聖ステファノ礼拝堂。 臨終の修道士に 祈りがささげられた 死者の為の礼拝室
悲しみの聖母(15世紀の物) -
聖ステファノ礼拝堂を出ると 右、左、と ロープで立ち入り禁止の 階段が 見えます。
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行ける方向へ 進みます。
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牢屋みたいです。 隙間から 入って中を撮ろうと思いましたが 体が通りませんでした。
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ここでも 彫刻の課外授業。 子どもたちのお母さんが見守っています。
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promenoir des moines 修道士の散歩道。 実際には 何に利用されたかは 定かでないそうです。
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騎士の間。
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アーチ型の天井や柱頭の装飾にゴシック様式の特徴のあるこの部屋は、
修道士たちが写本や細密画などをする仕事場でした。
1469年に「聖ミカエル騎士団」が結成された後、「騎士の間」と呼ばれるようになったそうです。
大きな暖炉があったので、「暖取り所」とも呼ばれていました。 -
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窓から トンブレーヌが見えます。 ちょうど貴賓室の 下に 騎士の間は位置しているようです。
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騎士の間 から螺旋階段を下ります。
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下の 売店&チケット売り場です。
かつての 救貧所(13世紀)です。
巡礼者を迎える為に 実用的な工夫がされています。
南西の壁の中に 取り付けられた リフト。 これで 食事は上の台所から下ろされ 巡礼者に分けられていたそうです。
下にゴミを捨てる ダストも二か所に作られていたそうです。 -
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ここで イヤフォンガイドを返却します。
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当時の 巡礼者用の パンや、ジャムや、干した海藻、ハーブティ。
見学が終わり 前を通る子どもたちに スタッフが ジャムを塗ってパンをあげています。
私たちも・・・・・でも振舞われませんでした。。。 -
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大天使ミカエルの石膏レプリカ。
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外に出ます。 16時35分、
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修道院に入場してから 2時間。 ゆっくり見学出来ました。
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出口です。
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修道院の入場時間は18時まで。
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素直に もと来た道を帰ろうと思いましたが 歴史博物館の方へ・・・
違う道を 歩きます。 -
歴史博物館の前を通り過ぎ 路地を歩きます。
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なかなか 良い雰囲気です。
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住居がひしめく 僅かな空間に お墓が。
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路地を下ります。
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イチオシ
狭い路地を 振りかえり見上げると 大天使ミカエルが・・・・
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切妻屋根の向こうに サンマロ湾の干潟が見えます。
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Les Terrasses Poulard ホテルです。
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岩山の上に 軒を寄せ合いながらも この住居には ちゃんと中庭が確保されています。
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ここもホテルです。
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行きがけに、此処からも 修道院に行けそうだな、と思った石段の路地を 降りてきたようです。
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グランリュに出ました。 正面の王の門、左手の 階段を のぼってみます。
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城壁面の聖母子像。
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王の門の上からの 眺めです。
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ラ・メール・プラールで 名物のオムレツ食べようと 思っていましたが 中途半端な時間です。 今は クローズ、 18時半からでないと入れません。
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喉は渇き お腹も空きました。
別の レストランを 探します。
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