2011/10/19 - 2011/10/19
529位(同エリア700件中)
みみさん
少し色づき始めた景色を見に長野県駒ヶ根市にある光前寺と駒ヶ根高原へ行ってきました。
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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宝積山光前寺
仁王門 -
■御本尊 不動明王(秘仏)
■宗派 天台宗(比叡山延暦寺末)
■開基 本聖上人(ほんじょうしょうにん)
■開基年代 貞観二年(西暦860年)
■山号 宝積山(ほうしゃくざん)
■寺院名 光前寺(こうぜんじ)
?開祖本聖上人は、比叡山にて研学修行の後、太田切黒川の瀑の中より不動明王の尊像を授かり、この地に寺を開かれました。以来千百余年の長い歳月の間には幾多の火災等により古記録を焼失しました。古くは武田・羽柴家等の武将の保護を受け、特に徳川家からは地方寺院としては破格の六十石の寺領と十万石の大名格を与えられるなど、隆盛をきわめました。
明治以降は、多くの末寺等も廃寺となりましたが、今なお樹齢数百年の杉の巨木に囲まれた境内には、十余棟の堂塔を備え、長野県下屈指の大寺であり、南信州随一の祈願霊場として広い信仰をあつめています -
霊犬 早太郎伝説(れいけん はやたろうでんせつ)
今よりおよそ700年程も前、光前寺に早太郎というたいへん強い山犬が飼われていました。
その頃、遠州府中(静岡県磐田市)見付天神社では田畑が荒らされないようにと、毎年祭りの日に白羽の矢の立てられた家の娘を、生け贄として神様に捧げる人身御供という悲しい習わしがありました。
ある年、村を通りかかった旅の僧である一実坊弁存(いちじつぼうべんぞん)は、神様がそんな悪いことをするはずがないと、その正体をみとどけることにしました。祭りの夜にようすをうかがっていると、大きな怪物が現れ『今宵、この場に居るまいな。早太郎は居るまいな。信州信濃の早太郎。早太郎には知られるな』などと言いながら、娘をさらっていきました。
弁存はすぐさま信州へ向かい、ようやく光前寺の早太郎をさがし当てると、早太郎をかり受けると急ぎ見付村へと帰りました。
次の祭りの日には、早太郎が娘の代わりとなって怪物と戦い、それまで村人を苦しめていた怪物(老ヒヒ)を退治しました。
早太郎は化け物との戦いで傷を負いましたが、光前寺までなんとか帰り着くと、和尚さんに怪物退治を知らせるかのように一声高く吠えて息をひきとってしまいました。
現在、光前寺の本堂の横に、早太郎のお墓がまつられています。
また、早太郎をかり受けた弁存は、早太郎の供養にと《大般若経》を写経し光前寺へと奉納いたしました。この経本は現在でも、光前寺の宝として大切に残されています。 -
杉並木参道
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三門
涅槃に入る為の三解脱門の意。楼上には十六羅漢を安置。嘉永元年(1848年)再建 -
本堂
本尊 不動明王および八大童子をまつる祈願霊場。入母屋唐破風造りこけら葺きの建築様式。寛永四年(1851年)再建。 -
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三重塔
南信州唯一の三重塔で塔内に五智如来を安置。高さ五丈六尺四寸(約17?)。立川和四郎の手による美しい彫刻が施されている。文化五年(1808年)再建。 -
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鐘楼
大梵鐘は、重量三百六十貫(1340?)。昭和三十五年に当山開基?千百年記念に再建。 -
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次は駒ヶ根高原へ行きます
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駒が池
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こまくさ橋
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つり橋です
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橋の上からの景色
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