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2025年11月、ヨルダンへ行ってきました。今回もワールド航空サービスのツアー。全3回の3回目は、ペトラ遺跡、ジェラシュ遺跡、サルト、ヨルダン博物館。<br />ヨルダンにて51か国目。イスラムの国はエジプトに次いで2国目。中東の国を観光するのは初めて。

2025 ヨルダン(3/3) ペトラ遺跡 ジェラシュ遺跡 サルト

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2025/11/16 - 2025/11/24

116位(同エリア605件中)

旅行記グループ 2025 ヨルダン

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takabee

takabeeさん

この旅行記スケジュールを元に

2025年11月、ヨルダンへ行ってきました。今回もワールド航空サービスのツアー。全3回の3回目は、ペトラ遺跡、ジェラシュ遺跡、サルト、ヨルダン博物館。
ヨルダンにて51か国目。イスラムの国はエジプトに次いで2国目。中東の国を観光するのは初めて。

旅行の満足度
3.0
観光
4.0
ホテル
4.0
グルメ
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
100万円以上
交通手段
観光バス
航空会社
カタール航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • エル・ハズネで終わりかと思ったら、まだ入り口。ここからが大変だった。エル・ハズネから10分ほど歩くとお土産屋や簡単なカフェがある。

    エル・ハズネで終わりかと思ったら、まだ入り口。ここからが大変だった。エル・ハズネから10分ほど歩くとお土産屋や簡単なカフェがある。

  • この辺はまだ日陰がある。

    この辺はまだ日陰がある。

  • 劇場跡。トルコのエフェソスにも同じようなものがあった。

    劇場跡。トルコのエフェソスにも同じようなものがあった。

    ローマ円形劇場 史跡・遺跡

  • 墓跡。向こうに登るコースもあった。

    墓跡。向こうに登るコースもあった。

    王家の墓 史跡・遺跡

  • 延々続く道。一番奥にも遺跡がある。

    延々続く道。一番奥にも遺跡がある。

  • 振り返るとこんな感じ。エル・ハズネからは3㎞弱ある。

    振り返るとこんな感じ。エル・ハズネからは3㎞弱ある。

  • ここがいちおうのゴール。右奥には冷房完備の近代的なレストランがある。<br /> 昼食後、ここからさらにエド・ディル(修道院跡)まで1時間弱登るつもりだったが、暑さのせいで体力の限界。ここで無念の撤退となった。ここから電動カート($15)で引き返す。途中では神殿跡もよく見えた。<br /> エド・ディルまで1時間ほどの登りは覚悟していたのだが、「エル・ハズネから」1時間だと思っていた。エル・ハズネからさらに1時間歩いた上での1時間登山だったのだ・・・

    ここがいちおうのゴール。右奥には冷房完備の近代的なレストランがある。
     昼食後、ここからさらにエド・ディル(修道院跡)まで1時間弱登るつもりだったが、暑さのせいで体力の限界。ここで無念の撤退となった。ここから電動カート($15)で引き返す。途中では神殿跡もよく見えた。
     エド・ディルまで1時間ほどの登りは覚悟していたのだが、「エル・ハズネから」1時間だと思っていた。エル・ハズネからさらに1時間歩いた上での1時間登山だったのだ・・・

  • ペトラの定番お土産はボトルの砂絵。砂はすべてオリジナルでさまざまな色がある。一見すると信じられないくらいに美しい色もあるが、こういった地層から採取しているとのこと。

    ペトラの定番お土産はボトルの砂絵。砂はすべてオリジナルでさまざまな色がある。一見すると信じられないくらいに美しい色もあるが、こういった地層から採取しているとのこと。

  • 砂絵とはこういうやつ。店で、砂絵の作り方の実演を見ることができた。本当に手作業で作っている。字やラクダの絵も、ボトルの上から砂を入れることで作っているのだ。

    砂絵とはこういうやつ。店で、砂絵の作り方の実演を見ることができた。本当に手作業で作っている。字やラクダの絵も、ボトルの上から砂を入れることで作っているのだ。

  • ペトラの博物館は無料。日本のODA援助で建設された立派なものだった。正確にはJICAで、ヨルダンでは日本(Japan)よりJICAのほうが有名とのこと。入り口にはJICAのプレートが掲げられていた。

    イチオシ

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    ペトラの博物館は無料。日本のODA援助で建設された立派なものだった。正確にはJICAで、ヨルダンでは日本(Japan)よりJICAのほうが有名とのこと。入り口にはJICAのプレートが掲げられていた。

    ペトラ博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • ワディ・ムーサの街の夜景。ペトラの入り口として、完全な観光都市。

    ワディ・ムーサの街の夜景。ペトラの入り口として、完全な観光都市。

    Petra Guest House Hotel ホテル

  • ヨルダン7日目。今日はアンマンの方向へ戻りつつ、ジェラシュ遺跡へ。<br />久しぶりにビュッフェ以外の食事。ラム肉のピラフ的な地元食。ヨルダンは地方ではレストランが限られており、ほぼ毎食ビュッフェだった。ビュッフェの内容もどの店もほぼ同じ。前菜のような野菜とデザートは豊富なんだが。。。

    ヨルダン7日目。今日はアンマンの方向へ戻りつつ、ジェラシュ遺跡へ。
    久しぶりにビュッフェ以外の食事。ラム肉のピラフ的な地元食。ヨルダンは地方ではレストランが限られており、ほぼ毎食ビュッフェだった。ビュッフェの内容もどの店もほぼ同じ。前菜のような野菜とデザートは豊富なんだが。。。

    ジェラシュ遺跡 史跡・遺跡

  • ジェラシュ遺跡のハドリアヌス門。すなわちローマ時代の遺跡。ハドリアヌス〇〇は、ヨーロッパのあちこちにある。

    ジェラシュ遺跡のハドリアヌス門。すなわちローマ時代の遺跡。ハドリアヌス〇〇は、ヨーロッパのあちこちにある。

    南門 建造物

  • 広場。

    広場。

  • メインストリート。東西4kmにもわたる大きな遺跡。そのうち半分が修復され保存されている。残りの半分はすでに市街地となっている。よく見ると、歩道と車道にきちんと分かれている。車道には、馬車の轍もある。

    メインストリート。東西4kmにもわたる大きな遺跡。そのうち半分が修復され保存されている。残りの半分はすでに市街地となっている。よく見ると、歩道と車道にきちんと分かれている。車道には、馬車の轍もある。

    列柱通り 史跡・遺跡

  • これは何だったかな。

    これは何だったかな。

  • これは北側の劇場跡。札幌ドーム並みの傾斜の急な客席。角には貴賓席も設けられている。今でもコンサートなどに使われている。エフェソス遺跡と同じだ。

    これは北側の劇場跡。札幌ドーム並みの傾斜の急な客席。角には貴賓席も設けられている。今でもコンサートなどに使われている。エフェソス遺跡と同じだ。

    ノースシアター 史跡・遺跡

  • アルテミス神殿。ジェラシュ遺跡はこれほど立派な都市遺跡なんだが、なんと世界遺産から外されてしまっている。修復をする際に、できるだけ当時と同じ材料や方法を用いるという世界遺産のルールを破ってしまったので除外されてしまったとのこと。

    アルテミス神殿。ジェラシュ遺跡はこれほど立派な都市遺跡なんだが、なんと世界遺産から外されてしまっている。修復をする際に、できるだけ当時と同じ材料や方法を用いるという世界遺産のルールを破ってしまったので除外されてしまったとのこと。

    アルテミウス神殿 史跡・遺跡

  • こちらは南側の劇場跡。

    こちらは南側の劇場跡。

    サウスシアター 史跡・遺跡

  • ジェラシュ遺跡から首都アンマンまでは1時間ほど。アンマンのホテルではようやくまともな(?)食事ができた(笑)。<br />ビールが写っているが、ヨルダンはイスラムの国なので、ヨルダン人は飲酒しないが、外国人向けにビールを作っているし、ワイン等も(たぶん)輸入している。居酒屋のような店はないが、大きなホテルにはレストランやバーがあり、そこで飲酒できる。他のイスラムの国では、酒の持ち込み自体が違法の国もあるようで、イスラムの国も様々だ。<br />

    ジェラシュ遺跡から首都アンマンまでは1時間ほど。アンマンのホテルではようやくまともな(?)食事ができた(笑)。
    ビールが写っているが、ヨルダンはイスラムの国なので、ヨルダン人は飲酒しないが、外国人向けにビールを作っているし、ワイン等も(たぶん)輸入している。居酒屋のような店はないが、大きなホテルにはレストランやバーがあり、そこで飲酒できる。他のイスラムの国では、酒の持ち込み自体が違法の国もあるようで、イスラムの国も様々だ。

  • ヨルダン8日目(最終日)。この日は帰国便の出発まで、アンマン近郊のサルトの街(世界遺産)とヨルダン博物館。<br />サルト(salt)は世界遺産。といっても何があるわけでもなく、旧市街のありようが見どころ。ちょっとこの日の写真はどこかボケている。設定が拙かったのか。

    ヨルダン8日目(最終日)。この日は帰国便の出発まで、アンマン近郊のサルトの街(世界遺産)とヨルダン博物館。
    サルト(salt)は世界遺産。といっても何があるわけでもなく、旧市街のありようが見どころ。ちょっとこの日の写真はどこかボケている。設定が拙かったのか。

  • 町の市場的な場所。野菜や果物は豊富だが、輸入も結構あるそうだ。

    町の市場的な場所。野菜や果物は豊富だが、輸入も結構あるそうだ。

  • ヨルダン風のパンを焼いているところ。油を使わないのでナンに近い。

    ヨルダン風のパンを焼いているところ。油を使わないのでナンに近い。

  • 野菜も豊富。

    野菜も豊富。

  • 雑貨屋。日本人観光客も結構来ていた。

    雑貨屋。日本人観光客も結構来ていた。

  • ヨルダンのゲーム。名前は忘れた。

    ヨルダンのゲーム。名前は忘れた。

    アブジャベル博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • サルトはアンマン近郊ながらいかにも「地元」という感じの古い街。アンマンは都会だから、この街がヨルダンの普段の光景なのだろう。

    サルトはアンマン近郊ながらいかにも「地元」という感じの古い街。アンマンは都会だから、この街がヨルダンの普段の光景なのだろう。

  • アンマン市内のヨルダン博物館。

    アンマン市内のヨルダン博物館。

    ヨルダン考古学博物館 博物館・美術館・ギャラリー

  • ここも日本(JICA)の援助で整備された。

    ここも日本(JICA)の援助で整備された。

  • ここの見ものは死海文書(オリジナル)の展示。ここだけは撮影禁止。使徒が出てきそうである。

    ここの見ものは死海文書(オリジナル)の展示。ここだけは撮影禁止。使徒が出てきそうである。

  • 約1週間のヨルダン旅行も終了。帰路はカタール航空のQSuiteにて。初めて後ろ向きのシートに座った。<br /><br />イスラムの国はエジプトに次いで2回目だったが、エジプトでは半分以上はナイル川クルーズだったので、イスラムの国をバスで回ったのは初めて。地図で見ると決して小さい国ではないが、ほとんどが人が住まない砂漠で、多くの街はヨルダン川の東側に沿って南北に並んでいるので、1週間の滞在で(アカバを除く)ヨルダンの主要部分はすべて周れてしまった。もっとも、首都アンマンは高層ビルもいくつか建っており、マクドナルド等もあって都会的な雰囲気がある。<br />印象に残ったのは、やはり砂漠の荒涼とした国だということ。大きな木は、家の周囲に植樹したものだけで、あとは灌木のような背の低い木しかない。ヨルダンは砂漠の国といったイメージはあまりなかったけど、いわゆる砂漠地帯じゃなくても緑はほとんどないのだなあ(エジプトはナイル沿いは結構緑がある)。<br />観光には非常に力を入れていて、観光地にはどこも立派なビジターセンターが建っており、ガイド、マップ、お土産、カフェ、トイレ等も完備されていた。これは意外だったが、ヨルダンは石油は採れないし、ガスは採れるがちょっとだけ。産業に乏しい分、観光収入は大事らしい。<br />あとは、やはり食事が、というか食材が乏しい。豚が食べられない上にヨルダンだと海産物がほぼ無い。ただ、果物は豊富で、甘すぎず美味しかった。主食は、コメとヨルダン風のパン。コメは日本のように炊いて別に食べるのではなく、ピラフや炊き込みご飯のようにしたものが多かった。ヨルダン風のパンは油を使わないので、ナンに近いもの。欧米風のパンもあった。<br />気候は、乾燥しているのは当然として、寒暖の差が激しい。気温自体はそこまでじゃなくても、日差しが強いので日光が直射すると気温以上に暑く感じる。<br />イスラエルとの関係。ヨルダンはエジプトに次いで2番目にイスラエルと正式な国交を結んだアラブの国。ヨルダン川を挟んで向かい合っているが、資源の乏しいヨルダンは、イスラエルからガスを大量に輸入しているとのこと。決してイスラエルを好きなわけではないが、付き合っていくしかない、という態度らしい。現実的な政策で、中東で長く平和を維持している数少ない国の生き方だ。<br />ヨルダンは王制で、実は日本の皇室とは長く良い関係を維持していて、日本もJICAを通じて援助をしており、親日国である。王家は、自分の資産で(政府の健康保険制度とは別に)重病患者に援助をする制度を持っている。ほとんどの財産を連合国に取り上げられた日本の皇室ではできないことだ。歴代の王様の写真はそこかしこにあり、政治的な権限はないものの、王様のリーダーシップはいまだに健在なのだそうだ。<br />それと、ヨルダンは2026年のサッカーW杯に初出場を決めたばかり。「本大会で日本と対戦したい」とガイドさんは言っていた。同じアジア地区なので決勝トーナメントまで行かないと対戦できないが、楽しみにしよう。<br />ペトラでエド・ディルに行けなかったのは残念だったが、死海、ペトラ、ワディ・ラムと期待していた場所は期待通りだったので、まずまずの旅行でした。<br />ワールド航空サービスさん、お世話になりました&ありがとうございました。<br />

    約1週間のヨルダン旅行も終了。帰路はカタール航空のQSuiteにて。初めて後ろ向きのシートに座った。

    イスラムの国はエジプトに次いで2回目だったが、エジプトでは半分以上はナイル川クルーズだったので、イスラムの国をバスで回ったのは初めて。地図で見ると決して小さい国ではないが、ほとんどが人が住まない砂漠で、多くの街はヨルダン川の東側に沿って南北に並んでいるので、1週間の滞在で(アカバを除く)ヨルダンの主要部分はすべて周れてしまった。もっとも、首都アンマンは高層ビルもいくつか建っており、マクドナルド等もあって都会的な雰囲気がある。
    印象に残ったのは、やはり砂漠の荒涼とした国だということ。大きな木は、家の周囲に植樹したものだけで、あとは灌木のような背の低い木しかない。ヨルダンは砂漠の国といったイメージはあまりなかったけど、いわゆる砂漠地帯じゃなくても緑はほとんどないのだなあ(エジプトはナイル沿いは結構緑がある)。
    観光には非常に力を入れていて、観光地にはどこも立派なビジターセンターが建っており、ガイド、マップ、お土産、カフェ、トイレ等も完備されていた。これは意外だったが、ヨルダンは石油は採れないし、ガスは採れるがちょっとだけ。産業に乏しい分、観光収入は大事らしい。
    あとは、やはり食事が、というか食材が乏しい。豚が食べられない上にヨルダンだと海産物がほぼ無い。ただ、果物は豊富で、甘すぎず美味しかった。主食は、コメとヨルダン風のパン。コメは日本のように炊いて別に食べるのではなく、ピラフや炊き込みご飯のようにしたものが多かった。ヨルダン風のパンは油を使わないので、ナンに近いもの。欧米風のパンもあった。
    気候は、乾燥しているのは当然として、寒暖の差が激しい。気温自体はそこまでじゃなくても、日差しが強いので日光が直射すると気温以上に暑く感じる。
    イスラエルとの関係。ヨルダンはエジプトに次いで2番目にイスラエルと正式な国交を結んだアラブの国。ヨルダン川を挟んで向かい合っているが、資源の乏しいヨルダンは、イスラエルからガスを大量に輸入しているとのこと。決してイスラエルを好きなわけではないが、付き合っていくしかない、という態度らしい。現実的な政策で、中東で長く平和を維持している数少ない国の生き方だ。
    ヨルダンは王制で、実は日本の皇室とは長く良い関係を維持していて、日本もJICAを通じて援助をしており、親日国である。王家は、自分の資産で(政府の健康保険制度とは別に)重病患者に援助をする制度を持っている。ほとんどの財産を連合国に取り上げられた日本の皇室ではできないことだ。歴代の王様の写真はそこかしこにあり、政治的な権限はないものの、王様のリーダーシップはいまだに健在なのだそうだ。
    それと、ヨルダンは2026年のサッカーW杯に初出場を決めたばかり。「本大会で日本と対戦したい」とガイドさんは言っていた。同じアジア地区なので決勝トーナメントまで行かないと対戦できないが、楽しみにしよう。
    ペトラでエド・ディルに行けなかったのは残念だったが、死海、ペトラ、ワディ・ラムと期待していた場所は期待通りだったので、まずまずの旅行でした。
    ワールド航空サービスさん、お世話になりました&ありがとうございました。

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