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大分石仏巡りの旅、2日目は宇佐神宮から六郷満山を巡ります。<br /><br />この日のルートは、<br />鳥居橋(石橋の貴婦人)→宇佐神宮→天念寺→岩戸寺→文殊仙寺→杵築市内です。<br />文殊仙寺では、幸運にも12年に1度の「本尊御開帳」に当たり、また、奇跡的な出来事もありました。これは、文殊さま、石仏さまのお導きだったのでしょうか。<br /><br />国東半島一帯の寺院群の総称である六郷満山、奈良時代から平安時代にかけて神仏習合の仏教文化が形成され、険しい山道を歩く「峰入り」と呼ばれる難行が行われるようになりました。<br />その後、六郷28ヶ寺の僧侶を集めて「鬼会式六巻」を授けて創始し、僧侶と村人たちが一体となり、夜を徹して無病息災、五穀豊穣を祈る伝統の行事の修正鬼会(しゅじょうおにえ)がはじめられました。<br /><br />長い旅行記となりましたが、宜しければお付き合いください。<br /><br /><br />

大分石仏巡りの旅(その2)宇佐神宮・六郷満山・杵築

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2011/10/06 - 2011/10/08

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morino296

morino296さん

大分石仏巡りの旅、2日目は宇佐神宮から六郷満山を巡ります。

この日のルートは、
鳥居橋(石橋の貴婦人)→宇佐神宮→天念寺→岩戸寺→文殊仙寺→杵築市内です。
文殊仙寺では、幸運にも12年に1度の「本尊御開帳」に当たり、また、奇跡的な出来事もありました。これは、文殊さま、石仏さまのお導きだったのでしょうか。

国東半島一帯の寺院群の総称である六郷満山、奈良時代から平安時代にかけて神仏習合の仏教文化が形成され、険しい山道を歩く「峰入り」と呼ばれる難行が行われるようになりました。
その後、六郷28ヶ寺の僧侶を集めて「鬼会式六巻」を授けて創始し、僧侶と村人たちが一体となり、夜を徹して無病息災、五穀豊穣を祈る伝統の行事の修正鬼会(しゅじょうおにえ)がはじめられました。

長い旅行記となりましたが、宜しければお付き合いください。


同行者
友人
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
レンタカー ANAグループ
旅行の手配内容
個別手配
  • 鳥居橋 8:30頃<br /><br />大分駅前のホテルを7:30頃出発、宇佐神宮へ向かう前にちょっと寄り道。<br />宇佐別府道路の院内ICを出てすぐ右折(表示がなく通過しやすいので注意)すると駅館川(やっかんがわ)に架かる石橋があります。

    鳥居橋 8:30頃

    大分駅前のホテルを7:30頃出発、宇佐神宮へ向かう前にちょっと寄り道。
    宇佐別府道路の院内ICを出てすぐ右折(表示がなく通過しやすいので注意)すると駅館川(やっかんがわ)に架かる石橋があります。

  • 鳥居橋 <br /><br />すらりと伸びた橋脚の優雅な美しさから「石橋の貴婦人」とも呼ばれる5連のアーチ橋です。<br />大正5年(1916)完成、橋長:55.15m、橋幅4.35m、橋高:14.05m<br /><br />駅館川水系には眼鏡橋が多く、支流には滝も多くあるようです。<br />駅館川という難読地名の由来について、司馬遼太郎は、古代、駅路に置かれた駅家(えきか、えっか)が転じて「やっかん」となり、駅館という字が当てられたという説を唱えているそうです。(Wikipediaより)<br /><br />

    鳥居橋 

    すらりと伸びた橋脚の優雅な美しさから「石橋の貴婦人」とも呼ばれる5連のアーチ橋です。
    大正5年(1916)完成、橋長:55.15m、橋幅4.35m、橋高:14.05m

    駅館川水系には眼鏡橋が多く、支流には滝も多くあるようです。
    駅館川という難読地名の由来について、司馬遼太郎は、古代、駅路に置かれた駅家(えきか、えっか)が転じて「やっかん」となり、駅館という字が当てられたという説を唱えているそうです。(Wikipediaより)

  • 鳥居橋の袂に咲いていたコスモス<br /><br />大分県は熊本県とともに、全国1、2位を争う数の石造アーチ橋があります。<br />17世紀に長崎でつくられ始めた石造アーチ橋は、熊本藩内に広がり、参勤交代の経路に位置していたこともあり大分県内でも、19世紀頃からつくられるようになったそうです。

    鳥居橋の袂に咲いていたコスモス

    大分県は熊本県とともに、全国1、2位を争う数の石造アーチ橋があります。
    17世紀に長崎でつくられ始めた石造アーチ橋は、熊本藩内に広がり、参勤交代の経路に位置していたこともあり大分県内でも、19世紀頃からつくられるようになったそうです。

  • 鳥居橋の近くのコスモス畑<br /><br />朝露が綺麗でした。<br />貴婦人とコスモスの撮影を30分ほど楽しみ、2日目も快調な出足です。

    鳥居橋の近くのコスモス畑

    朝露が綺麗でした。
    貴婦人とコスモスの撮影を30分ほど楽しみ、2日目も快調な出足です。

  • 宇佐神宮 9:15頃到着(鳥居橋からは約20分)<br /><br />朝早いせいか、広い参道に人影は見えません。<br /><br />

    宇佐神宮 9:15頃到着(鳥居橋からは約20分)

    朝早いせいか、広い参道に人影は見えません。

  • 宇佐神宮 宇佐鳥居と西大門<br /><br />宇佐鳥居は古来の形式をもち額束(がくづか)はなく、台輪を柱上に置く規格となっているそうです。<br />西大門は文禄年間(1592〜)に改築されたものだそうです。

    宇佐神宮 宇佐鳥居と西大門

    宇佐鳥居は古来の形式をもち額束(がくづか)はなく、台輪を柱上に置く規格となっているそうです。
    西大門は文禄年間(1592〜)に改築されたものだそうです。

  • 宇佐神宮 上宮の南中楼門(勅使門ともいわれます)<br /><br />宇佐神宮は全国に4万社あまりある八幡様の総本宮。<br />この奥に本殿(国宝)があり、一之御殿:八幡大神(応神天皇)、二之御殿:比賣大神、三之御殿:神宮皇后が祀られています。<br />参拝は、左の一之御殿から順にお参りし、二礼・四拍手・一礼。<br />四拍手の拝礼は珍しいですが、縁起は不明だそうです。

    宇佐神宮 上宮の南中楼門(勅使門ともいわれます)

    宇佐神宮は全国に4万社あまりある八幡様の総本宮。
    この奥に本殿(国宝)があり、一之御殿:八幡大神(応神天皇)、二之御殿:比賣大神、三之御殿:神宮皇后が祀られています。
    参拝は、左の一之御殿から順にお参りし、二礼・四拍手・一礼。
    四拍手の拝礼は珍しいですが、縁起は不明だそうです。

  • 宇佐神宮 奥宮 大元神社遥拝所<br /><br />ここから左手奥に見える山が、宇佐嶋とも呼ばれる御許山(馬城峰、647m)。<br />宇佐神宮の発祥の聖地として摂社大元神社が鎮座するそうです。<br /><br />植物の万年青(おもと)は、大元神社に多く自生していたとして「おもと」の語源になったそうです。(観光ガイドブックより)<br /><br />

    宇佐神宮 奥宮 大元神社遥拝所

    ここから左手奥に見える山が、宇佐嶋とも呼ばれる御許山(馬城峰、647m)。
    宇佐神宮の発祥の聖地として摂社大元神社が鎮座するそうです。

    植物の万年青(おもと)は、大元神社に多く自生していたとして「おもと」の語源になったそうです。(観光ガイドブックより)

  • 宇佐神宮 若宮神社<br /><br />応神天皇の若宮である仁徳天皇と皇子を祀ります。

    宇佐神宮 若宮神社

    応神天皇の若宮である仁徳天皇と皇子を祀ります。

  • 宇佐神社 下宮<br /><br />嵯峨天皇の弘仁年間(810〜824)に上宮の分神を祀ったもの。<br />農業・漁業をはじめ一般産業の発展充実を守る神様だそうです。<br /><br />片参りとならないように、上宮と下宮をお参り下さいとのこと。

    宇佐神社 下宮

    嵯峨天皇の弘仁年間(810〜824)に上宮の分神を祀ったもの。
    農業・漁業をはじめ一般産業の発展充実を守る神様だそうです。

    片参りとならないように、上宮と下宮をお参り下さいとのこと。

  • 宇佐神宮 下宮の門<br /><br />宇佐神宮は、神輿発祥の地とされています。<br />養老年間に隼人の乱の鎮圧のために宇佐八幡神輿にのり大隅に行ったことが伝えられているそうです。<br /><br />奈良時代には各地の神社に神宮寺が建てられるようになり、神は仏教を守護すべきだとされ、特に宇佐の宮寺では神仏習合祭祀である放生会が始められたそうです。<br />国東半島には六郷満山として栄えた仏教文化が色濃く残るのは、このためだそうです。(観光ガイドブックより)

    宇佐神宮 下宮の門

    宇佐神宮は、神輿発祥の地とされています。
    養老年間に隼人の乱の鎮圧のために宇佐八幡神輿にのり大隅に行ったことが伝えられているそうです。

    奈良時代には各地の神社に神宮寺が建てられるようになり、神は仏教を守護すべきだとされ、特に宇佐の宮寺では神仏習合祭祀である放生会が始められたそうです。
    国東半島には六郷満山として栄えた仏教文化が色濃く残るのは、このためだそうです。(観光ガイドブックより)

  • 宇佐神宮 呉橋<br /><br />西参道入口、寄藻川に架かる檜皮葺屋根の神橋。<br />奈良時代初期に呉の人が架けたともいわれるそうです。<br />10年に1度の勅使祭の時にだけ扉が開きます。次回は2016年。<br /><br />広い境内でゆっくり1時間ほど過ごしました。<br />10:30頃出発、天念寺へ向かいます。

    宇佐神宮 呉橋

    西参道入口、寄藻川に架かる檜皮葺屋根の神橋。
    奈良時代初期に呉の人が架けたともいわれるそうです。
    10年に1度の勅使祭の時にだけ扉が開きます。次回は2016年。

    広い境内でゆっくり1時間ほど過ごしました。
    10:30頃出発、天念寺へ向かいます。

  • 天念寺の解説 11:00過ぎ(宇佐神宮から約30分)<br />

    天念寺の解説 11:00過ぎ(宇佐神宮から約30分)

  • 天念寺(天台宗) 本堂<br /><br />六郷満山の峰入り修行の寺院であった天念寺は、養老2年(718)に仁聞(にんもん)菩薩が開基したと伝えられる古刹で、かつては十二院坊のあったそうです。

    天念寺(天台宗) 本堂

    六郷満山の峰入り修行の寺院であった天念寺は、養老2年(718)に仁聞(にんもん)菩薩が開基したと伝えられる古刹で、かつては十二院坊のあったそうです。

  • 天念寺 本堂(参拝自由)<br /><br />県指定の木彫仏5体が安置されています。<br />元は、阿弥陀如来立像を含め6体があり、国指定重要文化財とされていましたが、昭和16年の大洪水で流された本堂などを再建するために、当時国宝(旧国宝)であったこの仏像は昭和36年に埼玉県入間郡の鳥居観音に売却されてしまいました。

    天念寺 本堂(参拝自由)

    県指定の木彫仏5体が安置されています。
    元は、阿弥陀如来立像を含め6体があり、国指定重要文化財とされていましたが、昭和16年の大洪水で流された本堂などを再建するために、当時国宝(旧国宝)であったこの仏像は昭和36年に埼玉県入間郡の鳥居観音に売却されてしまいました。

  • 天念寺 国宝堂跡<br /><br />明治39年に旧国宝に指定された6体の仏像が安置されていた国宝堂と呼ばれる建物がここにあったそうです。

    天念寺 国宝堂跡

    明治39年に旧国宝に指定された6体の仏像が安置されていた国宝堂と呼ばれる建物がここにあったそうです。

  • 天念寺 身濯神社<br /><br />明治の神仏分離以前は六所権現と呼ばれ、八幡神とかかわりの深い神々が祀られ長岩屋の鎮守社として信仰されていたそうです。<br /><br />鈴鬼の面が飾られています。

    天念寺 身濯神社

    明治の神仏分離以前は六所権現と呼ばれ、八幡神とかかわりの深い神々が祀られ長岩屋の鎮守社として信仰されていたそうです。

    鈴鬼の面が飾られています。

  • 天念寺 川中不動尊<br /><br />長岩屋川の大岩に高さ3.23mの不動明王と制多迦(せいたか)童子、矜羯羅(こんがら)童子が彫られています。<br />安土桃山時代に水害防除の願いをこめて造られたと言われ、かつては、護摩堂があったそうです。

    天念寺 川中不動尊

    長岩屋川の大岩に高さ3.23mの不動明王と制多迦(せいたか)童子、矜羯羅(こんがら)童子が彫られています。
    安土桃山時代に水害防除の願いをこめて造られたと言われ、かつては、護摩堂があったそうです。

  • 天念寺 講堂(左側)と身濯(みそそぎ)神社<br /><br />修正鬼会は、この長岩屋川で身を清めてから講堂で行われます。<br />

    天念寺 講堂(左側)と身濯(みそそぎ)神社

    修正鬼会は、この長岩屋川で身を清めてから講堂で行われます。

  • 天念寺 修正鬼会の行われる講堂<br /><br />修正鬼会は、国東半島六郷満山に千年以上前から伝わる大宗教典儀で、毎年旧正月7日に国家安泰・無病息災・五穀豊穣などを祈念して行われます。<br />各地にある修正会とは趣が異なり、国東半島では、修正会と鬼の火祭りが一つの法会として行われるのが特徴で、鈴鬼や荒鬼(黒鬼)、災払鬼(赤鬼)など仏の化身が登場し、勤行と立役とが組み合わされています。昭和52年国指定重要無形文化財に指定されています。<br /><br />六郷満山寺院から集まった役僧たちの読経に始まり、長さ4mあまりの大松明に点火され勇壮な鬼の法舞が行われます。<br />堂内は松明の火の粉が飛び散り、煙が立ち込める中、見物客がすすんで鬼の前に行き、背中やお尻を松明で叩いてもらい、無病息災を祈願します。<br />修正鬼会の詳細はこちらのサイトでご覧いただけます。<br />http://www.yado.co.jp/kankou/ooita/kunisaki/kawanaka/kawanaka2.htm

    天念寺 修正鬼会の行われる講堂

    修正鬼会は、国東半島六郷満山に千年以上前から伝わる大宗教典儀で、毎年旧正月7日に国家安泰・無病息災・五穀豊穣などを祈念して行われます。
    各地にある修正会とは趣が異なり、国東半島では、修正会と鬼の火祭りが一つの法会として行われるのが特徴で、鈴鬼や荒鬼(黒鬼)、災払鬼(赤鬼)など仏の化身が登場し、勤行と立役とが組み合わされています。昭和52年国指定重要無形文化財に指定されています。

    六郷満山寺院から集まった役僧たちの読経に始まり、長さ4mあまりの大松明に点火され勇壮な鬼の法舞が行われます。
    堂内は松明の火の粉が飛び散り、煙が立ち込める中、見物客がすすんで鬼の前に行き、背中やお尻を松明で叩いてもらい、無病息災を祈願します。
    修正鬼会の詳細はこちらのサイトでご覧いただけます。
    http://www.yado.co.jp/kankou/ooita/kunisaki/kawanaka/kawanaka2.htm

  • 天念寺 講堂に置かれている大松明<br /><br />この大松明に火をつけて、講堂前でゆすったり、地面にぶつけたりして火の粉をまき散らし、その後大松明を左右からぶつけ、大きく燃え上がるそうです。<br /><br />来年24年の修正鬼会は1月29日に行われます。<br />寒いことでしょうが一度見てみたいものです。

    天念寺 講堂に置かれている大松明

    この大松明に火をつけて、講堂前でゆすったり、地面にぶつけたりして火の粉をまき散らし、その後大松明を左右からぶつけ、大きく燃え上がるそうです。

    来年24年の修正鬼会は1月29日に行われます。
    寒いことでしょうが一度見てみたいものです。

  • 天念寺 磨崖役行者像<br /><br />講堂の左側の岩に刻まれており、戦国時代末期の作だそうです。<br /><br />

    天念寺 磨崖役行者像

    講堂の左側の岩に刻まれており、戦国時代末期の作だそうです。

  • 天念寺の隣にある伝統文化伝習施設「鬼会の里」<br /><br />鬼会の紹介ビデオや天念寺の阿弥陀如来立像が安置されています。

    天念寺の隣にある伝統文化伝習施設「鬼会の里」

    鬼会の紹介ビデオや天念寺の阿弥陀如来立像が安置されています。

  • 伝統文化伝習施設「鬼会の里」のパンフレット<br /><br />売却されていた阿弥陀如来立像は、地元住民の悲願から、平成9年に市が県の補助を受け9000万円で買戻し、平成15年にこの施設に設置され、42年ぶり(天念寺を離れてからは84年ぶり)に里帰りをしました。<br />平安後期(12世紀)の作で、榧(かや)材一木造、高さ198cm、都の仏師ではなく地元の仏師の作であろうと考えられているそうです。<br /><br />右側は修正鬼会の様子です。<br />荒鬼(あらおに:黒鬼、不動明王の化身といわれます)と災払鬼(さいばらおに:赤鬼、愛染明王の化身といわれます)の炎の舞。<br />鬼は仏の化身といわれ、鬼の面には角がありません。

    伝統文化伝習施設「鬼会の里」のパンフレット

    売却されていた阿弥陀如来立像は、地元住民の悲願から、平成9年に市が県の補助を受け9000万円で買戻し、平成15年にこの施設に設置され、42年ぶり(天念寺を離れてからは84年ぶり)に里帰りをしました。
    平安後期(12世紀)の作で、榧(かや)材一木造、高さ198cm、都の仏師ではなく地元の仏師の作であろうと考えられているそうです。

    右側は修正鬼会の様子です。
    荒鬼(あらおに:黒鬼、不動明王の化身といわれます)と災払鬼(さいばらおに:赤鬼、愛染明王の化身といわれます)の炎の舞。
    鬼は仏の化身といわれ、鬼の面には角がありません。

  • 鬼会の里<br /><br />豊後高田産 手打ちそば認定店になっています。<br />ざるそば(きざみ海苔なし)700円、おばちゃんたちの笑顔も加わり、美味しいお蕎麦でした。

    鬼会の里

    豊後高田産 手打ちそば認定店になっています。
    ざるそば(きざみ海苔なし)700円、おばちゃんたちの笑顔も加わり、美味しいお蕎麦でした。

  • 鬼会の里の裏山<br /><br />この周辺は奇岩や秀峰がそびえる景勝地で天念寺耶馬といわれます。<br />山の頂上付近には、灯籠と石橋「天念寺無明橋」があります。<br />頂上付近は鎖を伝って登る難所があり、石橋も手すりは無く両脇絶壁に架かっているので、相当なスリルだそうです。<br />勇気ある方は、一度お試しください。<br /><br />12:00頃、次の岩戸寺へ向け出発です。

    鬼会の里の裏山

    この周辺は奇岩や秀峰がそびえる景勝地で天念寺耶馬といわれます。
    山の頂上付近には、灯籠と石橋「天念寺無明橋」があります。
    頂上付近は鎖を伝って登る難所があり、石橋も手すりは無く両脇絶壁に架かっているので、相当なスリルだそうです。
    勇気ある方は、一度お試しください。

    12:00頃、次の岩戸寺へ向け出発です。

  • 岩戸寺 12:25頃到着<br /><br />養老2年(718)に仁聞菩薩の開創と伝えられる六郷満山末山本寺。<br />寺の入口には一対の仁王像が立っています。<br />この仁王像のうち、右側の阿形像には文明10年(1478)の銘があり、在銘の丸彫り仁王像としては日本最古のものだそうです。<br />像高は、阿形140cm、吽形135cmと少し小振りです。

    岩戸寺 12:25頃到着

    養老2年(718)に仁聞菩薩の開創と伝えられる六郷満山末山本寺。
    寺の入口には一対の仁王像が立っています。
    この仁王像のうち、右側の阿形像には文明10年(1478)の銘があり、在銘の丸彫り仁王像としては日本最古のものだそうです。
    像高は、阿形140cm、吽形135cmと少し小振りです。

  • 岩戸寺 国東塔(国宝)<br /><br />寺の石段の途中には、弘安6年(1283)の銘のある国東塔(高さ3.4m)があります。<br />この塔は、国東半島に約150基ほどある中で最古・最優といわれます。

    岩戸寺 国東塔(国宝)

    寺の石段の途中には、弘安6年(1283)の銘のある国東塔(高さ3.4m)があります。
    この塔は、国東半島に約150基ほどある中で最古・最優といわれます。

  • 岩戸寺 講堂<br /><br />木造四ツ屋根造りで草葺平屋建て、総高6.54m、5間四方の正方形で四方の板縁の中に一段高く12本の柱に囲まれた内陣を持つ特殊な建物。<br />布教道場として建てられたお堂ですが、今では修正鬼会の夜の勤行が執り行われます。<br />修正鬼会は、六郷満山天台宗寺院最大の法会で、江戸時代には各寺で執り行われていましたが、現在は、岩戸寺、成仏寺、天念寺の3ケ寺のみで行われています。<br />(岩戸寺と成仏寺は1年交代で行われるそうです。)<br />伝説によれば、養老年間に仁聞菩薩が国家安穏・五穀豊穣・万民快楽・息災延命の諸願成就のために六郷28寺の僧侶を集めて「鬼会式六巻」を授けて創始したといわれます。<br />これらの鬼は祖霊神の訪問と考えられ、日本古来の伝統的宗教観を彷彿とさせる珍しい行事です。(解説より)

    岩戸寺 講堂

    木造四ツ屋根造りで草葺平屋建て、総高6.54m、5間四方の正方形で四方の板縁の中に一段高く12本の柱に囲まれた内陣を持つ特殊な建物。
    布教道場として建てられたお堂ですが、今では修正鬼会の夜の勤行が執り行われます。
    修正鬼会は、六郷満山天台宗寺院最大の法会で、江戸時代には各寺で執り行われていましたが、現在は、岩戸寺、成仏寺、天念寺の3ケ寺のみで行われています。
    (岩戸寺と成仏寺は1年交代で行われるそうです。)
    伝説によれば、養老年間に仁聞菩薩が国家安穏・五穀豊穣・万民快楽・息災延命の諸願成就のために六郷28寺の僧侶を集めて「鬼会式六巻」を授けて創始したといわれます。
    これらの鬼は祖霊神の訪問と考えられ、日本古来の伝統的宗教観を彷彿とさせる珍しい行事です。(解説より)

  • 岩戸寺 講堂の内陣<br /><br />ただ今、お薬師さまは、大分県立博物館へ出陳中です。

    岩戸寺 講堂の内陣

    ただ今、お薬師さまは、大分県立博物館へ出陳中です。

  • 岩戸寺 子安観音

    岩戸寺 子安観音

  • 岩戸寺 薬師堂に安置されている薬師如来坐像<br /><br />開基仁聞の作と伝えられる榧の一木造。<br />像高95.5cm。<br />脇立は、日光・月光菩薩。

    岩戸寺 薬師堂に安置されている薬師如来坐像

    開基仁聞の作と伝えられる榧の一木造。
    像高95.5cm。
    脇立は、日光・月光菩薩。

  • 岩戸寺 六所権現への石段

    岩戸寺 六所権現への石段

  • 岩戸寺 六所権現

    岩戸寺 六所権現

  • 岩戸寺 本堂<br /><br />かつては12坊を有する大寺院だったそうです。<br /><br />六郷満山について少し調べてみました。<br />仁聞(にんもん)菩薩が、養老2年(718)頃に、国東半島の各地に28の寺院を開創し、6万9千体の仏像を造ったといわれる。<br />国東半島には、中央にそびえる両子山(ふたごさん)から放射状に伸びる谷筋に沿って、武蔵、来縄(くなわ)、国東、田染(たしぶ)、安岐(あき)、伊美(いみ)の6つの郷が開け、六郷と呼ばれていた。<br />寺院群は、学問をするため本山(もとやま)、修行をするための中山(なかやま)、布教をするための末山(すえやま)の3群に分けられ、これらは合わせて満山と呼ばれていた。このことから、国東半島の寺院を総称して六郷満山と呼ぶようになった。<br />古来から国東半島にあった山岳信仰の場が、奈良時代末期から平安時代にかけて天台宗の寺院の形態を取るようになり、近隣の宇佐神宮を中心とする八幡信仰と融合した結果、神仏習合の独特な山岳仏教文化が形成されたと言われる。<br />今日でも、33の寺院と番外に宇佐神宮を加えた「国東六郷満山霊場」(国東半島三十三箇所)が構成されている。(Wikipediaより)<br />

    岩戸寺 本堂

    かつては12坊を有する大寺院だったそうです。

    六郷満山について少し調べてみました。
    仁聞(にんもん)菩薩が、養老2年(718)頃に、国東半島の各地に28の寺院を開創し、6万9千体の仏像を造ったといわれる。
    国東半島には、中央にそびえる両子山(ふたごさん)から放射状に伸びる谷筋に沿って、武蔵、来縄(くなわ)、国東、田染(たしぶ)、安岐(あき)、伊美(いみ)の6つの郷が開け、六郷と呼ばれていた。
    寺院群は、学問をするため本山(もとやま)、修行をするための中山(なかやま)、布教をするための末山(すえやま)の3群に分けられ、これらは合わせて満山と呼ばれていた。このことから、国東半島の寺院を総称して六郷満山と呼ぶようになった。
    古来から国東半島にあった山岳信仰の場が、奈良時代末期から平安時代にかけて天台宗の寺院の形態を取るようになり、近隣の宇佐神宮を中心とする八幡信仰と融合した結果、神仏習合の独特な山岳仏教文化が形成されたと言われる。
    今日でも、33の寺院と番外に宇佐神宮を加えた「国東六郷満山霊場」(国東半島三十三箇所)が構成されている。(Wikipediaより)

  • 岩戸寺 境内に咲いていた花<br /><br />名前が分かりませんが、よく見ると珍しい花の形をしています。<br /><br />次は、文殊仙寺へ向かいます。12:53頃出発。

    岩戸寺 境内に咲いていた花

    名前が分かりませんが、よく見ると珍しい花の形をしています。

    次は、文殊仙寺へ向かいます。12:53頃出発。

  • 文殊仙寺に到着 13:05頃<br /><br />国東半島のほぼ中央の文殊山(617m)の山腹にある文殊仙寺。この寺は国東六郷満山霊場第25番札所で仁聞菩薩が創建した六郷山末山本寺の1つであったといわれています。<br />日本三大文殊の一つで「3人寄れば文殊の知恵」の諺の発祥の地としても知られる由緒あるお寺。<br />地元では小学校入学までには必ず知恵をもらいに文殊仙寺を訪れ、文殊の知恵を授かり無病息災を祈願するのが風習だそうです。<br /><br />日本三大文殊も諸説あるようですが、<br />安倍文殊(奈良県桜井市)、切戸文殊(京都府宮津市)、亀岡文殊(山形県高畠町)、中山文殊(京都市左京区)などがあげられます。

    文殊仙寺に到着 13:05頃

    国東半島のほぼ中央の文殊山(617m)の山腹にある文殊仙寺。この寺は国東六郷満山霊場第25番札所で仁聞菩薩が創建した六郷山末山本寺の1つであったといわれています。
    日本三大文殊の一つで「3人寄れば文殊の知恵」の諺の発祥の地としても知られる由緒あるお寺。
    地元では小学校入学までには必ず知恵をもらいに文殊仙寺を訪れ、文殊の知恵を授かり無病息災を祈願するのが風習だそうです。

    日本三大文殊も諸説あるようですが、
    安倍文殊(奈良県桜井市)、切戸文殊(京都府宮津市)、亀岡文殊(山形県高畠町)、中山文殊(京都市左京区)などがあげられます。

  • 文殊仙寺 参道の300段の石段と仁王像<br /><br />石造仁王像は永和年間のもので、阿形・吽形とも総高1.8m。<br /><br />☆ここで奇跡的な出来事が起きたのです。☆<br />写真を撮るために石段を降りてくる人が下りきるまで待っていたのですが、<br />下りてきた人と「こんにちは」と挨拶を交わしてビックり仰天!<br /><br />な、な、なんと、その人は知っているトラベラーさんではないですか。<br />「今中さん!」、「どうして、ここに・・・」<br />なんと、近江路コミュのお仲間、トラベラー今中さんだったのです。<br /><br />記念撮影をして少しお話をして別れたのですが、こんな山の中で、1分ずれていたら会うこともなかったのです。<br />文殊さまのお導きか、石仏のお導きか・・・。<br />摩訶不思議な出会いでした。<br /><br /><br />

    文殊仙寺 参道の300段の石段と仁王像

    石造仁王像は永和年間のもので、阿形・吽形とも総高1.8m。

    ☆ここで奇跡的な出来事が起きたのです。☆
    写真を撮るために石段を降りてくる人が下りきるまで待っていたのですが、
    下りてきた人と「こんにちは」と挨拶を交わしてビックり仰天!

    な、な、なんと、その人は知っているトラベラーさんではないですか。
    「今中さん!」、「どうして、ここに・・・」
    なんと、近江路コミュのお仲間、トラベラー今中さんだったのです。

    記念撮影をして少しお話をして別れたのですが、こんな山の中で、1分ずれていたら会うこともなかったのです。
    文殊さまのお導きか、石仏のお導きか・・・。
    摩訶不思議な出会いでした。


  • 文殊仙寺 石段<br /><br />興奮冷めやらぬ状態で石段を登ります。<br />300段の石段は結構きついです。

    文殊仙寺 石段

    興奮冷めやらぬ状態で石段を登ります。
    300段の石段は結構きついです。

  • 文殊仙寺 山門<br /><br />山門を潜ると本尊の文殊菩薩とのご縁を結ぶ紐が手すりに付けてありました。

    文殊仙寺 山門

    山門を潜ると本尊の文殊菩薩とのご縁を結ぶ紐が手すりに付けてありました。

  • 文殊仙寺 本殿(奥之院)<br /><br />648年に役行者により開山され中国五台山より文殊菩薩を招き、本殿奥之院文殊堂に安置したのが始まりです。<br />古くは六郷満山の末山本寺として12の末寺を有していました。<br />奥之院文殊堂から湧き出る清水は開山以来絶えることなく「知恵の水」として崇められています。<br />幸運にも、この日は12年に1度の「本尊御開帳」に当たり、文殊菩薩像を拝観することができました。<br />本尊は高さ約30cmの金銅仏で秘仏とされ、戦前は33年に一度、戦後は文殊菩薩が卯年生まれの守護仏とされることから、12年ごとの卯年に御開帳されるようになったそうです。

    文殊仙寺 本殿(奥之院)

    648年に役行者により開山され中国五台山より文殊菩薩を招き、本殿奥之院文殊堂に安置したのが始まりです。
    古くは六郷満山の末山本寺として12の末寺を有していました。
    奥之院文殊堂から湧き出る清水は開山以来絶えることなく「知恵の水」として崇められています。
    幸運にも、この日は12年に1度の「本尊御開帳」に当たり、文殊菩薩像を拝観することができました。
    本尊は高さ約30cmの金銅仏で秘仏とされ、戦前は33年に一度、戦後は文殊菩薩が卯年生まれの守護仏とされることから、12年ごとの卯年に御開帳されるようになったそうです。

  • 文殊仙寺 役行者

    文殊仙寺 役行者

  • 文殊仙寺 十六羅漢

    文殊仙寺 十六羅漢

  • 文殊仙寺からの眺め<br /><br />境内と付近の奇岩の風景は耶馬渓になぞらえて文殊耶馬と呼ばれ、春は桜、秋は紅葉の名所にもなっています。<br /><br />

    文殊仙寺からの眺め

    境内と付近の奇岩の風景は耶馬渓になぞらえて文殊耶馬と呼ばれ、春は桜、秋は紅葉の名所にもなっています。

  • 文殊仙寺 鐘楼門

    文殊仙寺 鐘楼門

  • 文殊仙寺 梵鐘<br /><br />ここには2つの鐘が並びます。<br />応永4年(1397)鋳造。

    文殊仙寺 梵鐘

    ここには2つの鐘が並びます。
    応永4年(1397)鋳造。

  • 文殊仙寺 千年大欅<br /><br />樹齢約1100年といわれる大欅、大きな岩を抱く形で立っています。

    文殊仙寺 千年大欅

    樹齢約1100年といわれる大欅、大きな岩を抱く形で立っています。

  • 文殊仙寺 宝篋印塔<br /><br />日本一大きいとされる宝篋印塔で高さは8mあります。<br />ここからは、周防灘から山口県、伊予灘から愛媛県まで見えるそうですが、この日は残念ながら見えませんでした。<br /><br />14:10頃、文殊仙寺を後に、両子寺(ふたごじ)を目指したのですが、<br />両子寺のすぐ近くの道で崩落があり通行止め。<br />カーナビで迂回路を探して行くと、今度は道路工事で通行止め。<br />仕方なく諦めて、杵築市へ向かうことに変更しました。

    文殊仙寺 宝篋印塔

    日本一大きいとされる宝篋印塔で高さは8mあります。
    ここからは、周防灘から山口県、伊予灘から愛媛県まで見えるそうですが、この日は残念ながら見えませんでした。

    14:10頃、文殊仙寺を後に、両子寺(ふたごじ)を目指したのですが、
    両子寺のすぐ近くの道で崩落があり通行止め。
    カーナビで迂回路を探して行くと、今度は道路工事で通行止め。
    仕方なく諦めて、杵築市へ向かうことに変更しました。

  • 下成仏バス停前の仁王像<br /><br />杵築市へ向かう途中で見つけました。<br />この後、国東半島の東側海岸道路を走り、大分空港前を通り、杵築市内に入りました。

    下成仏バス停前の仁王像

    杵築市へ向かう途中で見つけました。
    この後、国東半島の東側海岸道路を走り、大分空港前を通り、杵築市内に入りました。

  • 杵築城 15:50頃到着<br /><br />城下の駐車場から石段を上り到着です。<br />この日は、石段を随分上ることになりました。

    杵築城 15:50頃到着

    城下の駐車場から石段を上り到着です。
    この日は、石段を随分上ることになりました。

  • 杵築城 石造物公園<br /><br />市内に散在していた国東塔などの石造物を集めたものだそうです。

    杵築城 石造物公園

    市内に散在していた国東塔などの石造物を集めたものだそうです。

  • 杵築城 <br /><br />木付頼直が応永元年(1394)に木付城として築城。<br />そして、松平氏入城後に「杵築城」となりました。<br />松平3万2000石の城下町で、街の東端の高台に3層の天守閣があります。<br />現在の城は昭和45年に建築された日本で一番小さい城だそうです。

    杵築城 

    木付頼直が応永元年(1394)に木付城として築城。
    そして、松平氏入城後に「杵築城」となりました。
    松平3万2000石の城下町で、街の東端の高台に3層の天守閣があります。
    現在の城は昭和45年に建築された日本で一番小さい城だそうです。

  • 杵築城からの眺め<br /><br />天守閣の前にある見晴らし台から。

    杵築城からの眺め

    天守閣の前にある見晴らし台から。

  • 杵築の街 民家の妻壁描かれた鏝絵(こてえ)<br /><br />左官職人が鏝を使って描くレリーフ。<br />江戸末期から明治時代にかけて盛んに作られたそうです。<br />その意匠には、家族の健康や幸福・子宝・夫婦円満などの祈りや火伏せ、魔除けなどの願いが込められています。

    杵築の街 民家の妻壁描かれた鏝絵(こてえ)

    左官職人が鏝を使って描くレリーフ。
    江戸末期から明治時代にかけて盛んに作られたそうです。
    その意匠には、家族の健康や幸福・子宝・夫婦円満などの祈りや火伏せ、魔除けなどの願いが込められています。

  • 杵築 勘定場の坂<br /><br />緩やかな斜面と広い階段は、馬や籠かきの歩幅に合うように配慮されたものだそうです。<br />富士山や扇の形をした石を楽しめます。<br /><br />ここを上ると北台武家屋敷通りになります。

    杵築 勘定場の坂

    緩やかな斜面と広い階段は、馬や籠かきの歩幅に合うように配慮されたものだそうです。
    富士山や扇の形をした石を楽しめます。

    ここを上ると北台武家屋敷通りになります。

  • 北台武家屋敷通り 藩校の門<br /><br />杵築小学校の門に使われています。<br />天明8年(1788)に七代藩主親賢が設立した学習館の藩主御成門です。<br />

    北台武家屋敷通り 藩校の門

    杵築小学校の門に使われています。
    天明8年(1788)に七代藩主親賢が設立した学習館の藩主御成門です。

  • 北台武家屋敷通り 能見邸<br /><br />杵築藩主松平家の出身地である三河国能見を姓とする能見家の屋敷。<br />無料開放されていて、中には休憩が出来る甘味茶屋「台の茶屋」があります。<br /><br />

    北台武家屋敷通り 能見邸

    杵築藩主松平家の出身地である三河国能見を姓とする能見家の屋敷。
    無料開放されていて、中には休憩が出来る甘味茶屋「台の茶屋」があります。

  • 北台武家屋敷通り 能見邸<br /><br />10月8日、9日に行われる観月祭。<br />台の茶屋でお月見弁当が食べられるようです。<br />残念ながら、1日ずれていました。

    北台武家屋敷通り 能見邸

    10月8日、9日に行われる観月祭。
    台の茶屋でお月見弁当が食べられるようです。
    残念ながら、1日ずれていました。

  • 北台武家屋敷通り 能見邸の庭

    北台武家屋敷通り 能見邸の庭

  • 北台武家屋敷通り 能見邸内<br /><br />庭を眺めながらお茶を頂くことにしました。

    北台武家屋敷通り 能見邸内

    庭を眺めながらお茶を頂くことにしました。

  • 能見邸 台の茶屋<br /><br />ケーキセット500円、安いです!<br />程よい甘さのチョコレートケーキとコーヒーを頂き、一息つきました。<br />お店のお姉さんのお手製のケーキだそうですが、とても美味しかったです。<br /><br />17時閉店、ぎりぎりまでお邪魔させていただきました。

    能見邸 台の茶屋

    ケーキセット500円、安いです!
    程よい甘さのチョコレートケーキとコーヒーを頂き、一息つきました。
    お店のお姉さんのお手製のケーキだそうですが、とても美味しかったです。

    17時閉店、ぎりぎりまでお邪魔させていただきました。

  • 杵築の街並み案内<br /><br />九州豊後路の小京都といわれ、江戸時代の風情が残ります。<br />杵築城を中心に、南北の高台に武家屋敷群があり、その谷間に商人の町が挟まれています。<br />このような凸凹のあるサンドイッチ型の城下町は杵築だけといわれます。

    杵築の街並み案内

    九州豊後路の小京都といわれ、江戸時代の風情が残ります。
    杵築城を中心に、南北の高台に武家屋敷群があり、その谷間に商人の町が挟まれています。
    このような凸凹のあるサンドイッチ型の城下町は杵築だけといわれます。

  • 酢屋の坂 北台武家屋敷通り側から<br /><br />17:00前ですがまだ明るいです。<br />九州は日没が遅いので、まだまだ大丈夫です。

    酢屋の坂 北台武家屋敷通り側から

    17:00前ですがまだ明るいです。
    九州は日没が遅いので、まだまだ大丈夫です。

  • 杵築市の観月祭のポスター

    杵築市の観月祭のポスター

  • 杵築の街を挙げての観月祭に向けて準備が進んでいました。<br /><br />酢屋の坂 休憩所では光のオブジェ「華の精」を作成中でした。<br />竹筒の中には水を入れ、そこに蝋燭を入れるそうです。<br />幻想的な感じが楽しめるのでしょうね。<br />こちらの作者は18年間連続でやっているそうで、もう今回で止めると仰っていましたが、どうされるでしょうか。

    杵築の街を挙げての観月祭に向けて準備が進んでいました。

    酢屋の坂 休憩所では光のオブジェ「華の精」を作成中でした。
    竹筒の中には水を入れ、そこに蝋燭を入れるそうです。
    幻想的な感じが楽しめるのでしょうね。
    こちらの作者は18年間連続でやっているそうで、もう今回で止めると仰っていましたが、どうされるでしょうか。

  • 商人の町 綾部みそ<br /><br />酢屋の坂を下りたところにある手作り味噌やさん。

    商人の町 綾部みそ

    酢屋の坂を下りたところにある手作り味噌やさん。

  • 商人の町 こちらでも観月祭の準備が進んでいました。<br /><br />写真を撮ってもよいかと尋ねたところ、いろいろ説明をしていただきました。<br />皆さん楽しそうでした。<br />

    商人の町 こちらでも観月祭の準備が進んでいました。

    写真を撮ってもよいかと尋ねたところ、いろいろ説明をしていただきました。
    皆さん楽しそうでした。

  • 酢屋の坂 南台武家屋敷側からの眺め

    酢屋の坂 南台武家屋敷側からの眺め

  • 酢屋の坂 南台武家屋敷側からの眺め 17:15頃

    酢屋の坂 南台武家屋敷側からの眺め 17:15頃

  • 杵築市のマンホール<br /><br />カブトガニを大事に包み込む手です。<br />杵築城の下を流れる八坂川にカブトガニが生息しているそうです。

    杵築市のマンホール

    カブトガニを大事に包み込む手です。
    杵築城の下を流れる八坂川にカブトガニが生息しているそうです。

  • 商人の町 萬力屋さん 17:35頃<br /><br />創業明治10年、元は下駄屋さんだったそうです。<br />83歳と仰る先代のおかみさんが、親しく話掛けてくださり、<br />ご自分が商家でご苦労されてことをお話しされていました。<br />ご挨拶をして失礼しましたが、いつまでも手を振っていただきました。<br />「おかあさん、お元気で!」<br />商人の町を歩き杵築城の下の駐車場へ向かいます。

    商人の町 萬力屋さん 17:35頃

    創業明治10年、元は下駄屋さんだったそうです。
    83歳と仰る先代のおかみさんが、親しく話掛けてくださり、
    ご自分が商家でご苦労されてことをお話しされていました。
    ご挨拶をして失礼しましたが、いつまでも手を振っていただきました。
    「おかあさん、お元気で!」
    商人の町を歩き杵築城の下の駐車場へ向かいます。

  • 杵築の街を後に、夕焼けの中を大分のホテルへ向かいます。 18:00頃<br /><br />大分駅前までは約36Km、1時間10分ほどでした。<br /><br />Oさん運転お疲れ様でした。<br />2日目、奇跡的な出来事もあり楽しい旅となりました。

    杵築の街を後に、夕焼けの中を大分のホテルへ向かいます。 18:00頃

    大分駅前までは約36Km、1時間10分ほどでした。

    Oさん運転お疲れ様でした。
    2日目、奇跡的な出来事もあり楽しい旅となりました。

  • この日の飲食は、お魚が美味しそうなお店「食堂 よっちゃん」へ。17:30頃<br /><br />予約をしていないので入れないかも・・・。<br />ほぼ満席だったのですが、最後の一席が空いていました。<br />ラッキー!

    この日の飲食は、お魚が美味しそうなお店「食堂 よっちゃん」へ。17:30頃

    予約をしていないので入れないかも・・・。
    ほぼ満席だったのですが、最後の一席が空いていました。
    ラッキー!

  • よっちゃんのメニュー<br /><br />地元のフリーペーパーには、<br />大将自ら出漁、採れたて新鮮な海の幸が自慢と紹介されています。

    よっちゃんのメニュー

    地元のフリーペーパーには、
    大将自ら出漁、採れたて新鮮な海の幸が自慢と紹介されています。

  • よっちゃんのお刺身の盛り合わせ<br /><br />その他にも美味しいものを頂けました。<br />御馳走様でした。<br /><br />長い旅行記となりましたが、最後までお付き合いいただき有難うございました。<br />(おしまい)大分石仏巡りの旅は(その3)へ続きます。

    よっちゃんのお刺身の盛り合わせ

    その他にも美味しいものを頂けました。
    御馳走様でした。

    長い旅行記となりましたが、最後までお付き合いいただき有難うございました。
    (おしまい)大分石仏巡りの旅は(その3)へ続きます。

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この旅行記へのコメント (10)

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  • ホーミンさん 2011/10/20 17:34:58
    惹かれる地形
    morino296さま

    こんにちは。

    丁寧に撮影され、丁寧なコメントを書いて下さって、とても勉強になりました。

    石仏以外の話ばかりになって恐縮ですが・・・

    このお写真の街並みに惹かれます。
    道路を底にして、Vの字型に立派な家が向かい合って建っているのですね。
    左右に、この状態の街並みが続いているのですか?
    こういう街って、珍しくないですか?

    そして、ツーリスト今中さんにバッタリと出会われたんですね?!
    しかも九州で!
    私たちがお互い顔も知らなかったとき、藤森神社で一緒になったことがありましたね。
    遠く九州で出会われるとは、見えない糸で繋がれているようではありませんか〜。^m^

    トラベラーさんに知り合いが多い人は、旅先でこういう楽しみもあるんですね。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/10/20 20:21:38
    RE: 惹かれる地形
    ホーミンさん

    こんばんは。
    いつも有難うございます。

    大分石仏巡りの旅、長々とお付き合いいただき有難うございます。

    杵築の街並みに関心をお持ちになったようですね。
    サンドイッチ型の城下町、もっとゆっくり楽しみたい街でした。

    ホーミンさんは、天念寺耶馬の灯籠と石橋「天念寺無明橋」に興味をもたれるのではないかと思いましたが外れちゃいましたか。

    今中さんとの遭遇は驚きですよね。
    ホーミンさんとものニアミスもあり、「世の中狭い」では済まされないような気がしませんか。
    それだけ、私がウロウロしているのでしょうが・・・。

    morino296
  • かにちゃんさん 2011/10/16 17:11:52
    おつかれさまです

     morino296さん

     丁寧な旅行記もさることながら、
     実際の旅行も、いつものように?タフでいらっしゃいますね〜

     わたしは、宇佐神宮も、国東半島も行ったことがないので、
     いつか、訪れたいと思っていますが、
     そのときには、morino296さんの旅行記が、いいガイドになりそうです!

     それから、石橋のアーチ橋、(眼鏡橋でよいですか?)が、
     熊本や大分に多いと知りませんでした。
     長崎の眼鏡橋は有名だけれど、
     わたしも、そういえば、中津で見たこと思い出しました。

     そして、4トラベラーさんと偶然お会いになったのですね!
     それはそれは、びっくりされたことでしょう〜
     やっぱり、宇佐神宮がパワースポット?!だったのかな?
     あ、でも、morino296さんは、以前、鎌倉でも4トラのフォトスクールの一団!とも、遭遇してますよね、 4トラと縁がおありになるのなかな(笑)

     ではでは。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/10/16 17:59:49
    RE: おつかれさまです
    かにちゃん

    こんにちは。
    いつも有難うございます。

    旅行記、ちょっと長くなってしまいましたが、ご覧いただき有難うございます。

    今回、出掛ける前に、銀座一丁目にある大分県観光案内所へ行って、
    資料を貰い、いろいろ説明を聞いたのと、
    図書館で借りた「大分県の歴史散歩」という本がとても参考になりました。

    道路事情がよく分からなかったので、コース設定が難しかったのですが、
    カーナビ便りで、いろいろ回ることが出来ました。

    確か、大分はお父様のご出身地でしたね。
    大分県、まだまだ見所も多くありそうなので、また出掛けてみたいと思っています。

    国東半島の山の中で4トラベラーさんとの遭遇、びっくりしました。
    知らないだけで、いろんな所で4トラベラーさんとすれ違っているのかも知れませんね。

    morino296
  • 天星さん 2011/10/16 02:59:09
    お疲れでしょうね
    ずいぶんと歩きまわれましたね〜
    タフですね

    宇佐神宮の南側に小高い山にも
    お社が2カ所あります。
    すべてのお社まわると
    15〜16か所ぐらいだったかな?

    天念寺や川中不動、岩戸寺、文殊仙寺と
    ずいぶんと行きましたね〜
    杵築まで行かれてるとは
    よく1日でそこまでまわれたもんですね
    おそれいりました!

    お疲れさまでした。

    天☆

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/10/16 08:29:35
    RE: お疲れでしょうね
    天星さん

    おはようございます。
    書き込み&投票、有難うございます。

    お蔭様で、3日間とも秋晴れの好天に恵まれ、
    予定した以上に歩き回れました。
    観光マップくらいしか持っていませんでしたので、
    どれくらい時間が掛かるのかよく分かりませんでしたが、
    カーナビが大変助かりました。

    一部、道路の通行止めもあり、両子寺へは辿り着けませんでしたが、
    3日目に行くことができました。

    旅行記(その3)、これからコメントをいてますので、またUPしましたらご覧ください。

    morino296
  • ツーリスト今中さん 2011/10/15 13:08:48
    文殊様のお導き\(◎o◎)/!
    先にメールを拝見しました。ありがとうございました

    さすが296さん、文殊仙寺のみならず岩戸寺などの写真綺麗です
    私はどうも暗いのをよく分かっておらず露出やブレなどで情けない写真ばかりに(−−〆)
    296さんと別の視点からの見るに堪えそうな旅行記を作る事にします
    (296さんが先に作って下さって良かった)


    国東半島は石仏のみならず日本の情緒が随所に感じられてとっても気に入りました。今回は「ついでに一日」だったので次回はじっくり見たいと思いました。
    半島全体が石岩で有難い感じがしました!
    文殊様も岩戸の中に鎮座されて12年に一度しか外をご覧になれないのもお気の毒な?ような。。。でもお祓いやお話しも伺えて単に拝見するだけでなくってとても良いご開帳だったと感激しました。

    偶然と言うにはあまりにも!本当に何と言って良いやら。。。
    お目にかかった際にもお話ししましたが折も折、
    「296さんに前日頂戴した誕生日祝いのお礼メールを差し上げなくっちゃ」「296さんなら国東半島は絶対にお好きな筈だし」と文殊仙寺でメール送信したばかりの所にバッタリ!
    (296さんのソフトバンクの携帯は圏外で届いていなかったと言うオチもありましたね。お目にかからなかったら圏内になってから【あれ?一緒だったの?】と言うことにもなっていたのでしょうね)

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/10/16 08:19:29
    RE: 文殊様のお導き\(◎o◎)/!
    今中さん

    おはようございます。
    ご覧いただき有難うございます。

    私も、大分・国東半島を気に入りました。
    六郷満山、石仏巡りを目的に出掛けましたが、
    地元の人々と触れ合い、その魅力が増した気がします。

    3日目の旅行記はこれからコメントを入れますので、
    もう少し時間が掛かると思いますが、またご覧ください。

    morino296
  • ゆうこママさん 2011/10/15 11:39:56
    奇跡の国東
    おはようございます。

    私にとっては、宇佐神宮も天念寺も杵築も行きたかったのに、事前準備不足と時間切れとであきらめた場所。
    296さんの旅行記で楽しませていただきました。
    石仏の写真は拡大して拝見。
    大分の仏像って本当に個性的です。

    そして、そして何よりも、奇跡の遭遇に仰天しました。
    こんなことってあるのですね。
    ツー今さんも同時期に国東方面に旅行されていることを存じておりましたので、最初はてっきりご一緒かと思っていました。ところが、296さんの第一話を読んでそうではないことを知ります。
    そして、まさかの石段での遭遇。
    読んでいるこちらまでドキドキしてしまいました。

    繰り返しになりますが、こんなことってあるのですね。
    映画よりもドラマチックかも。

    morino296

    morino296さん からの返信 2011/10/15 12:06:17
    RE: 奇跡の国東
    ゆうこママさん

    こんにちは。
    いつも有難うございます。

    (その2)ようやくUPした直後にご訪問いただき有難うございます。
    ボリューム的には2編に分けるべきでした。

    大分・国東半島、想像していた以上に満足できました。
    また、機会があれば再訪したいです。

    ツー今さんとの遭遇は、神がかり的ですね。
    まさか、北海道から九州までワープされているとはビックり。

    (その3)も、また時間が掛かりそうですが、ご覧いただければ嬉しいです。

    こちらは、午前中で激しい雨も止み、これからちょっと出掛けます。
    では、また。

    morino296

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