2011/09/10 - 2011/09/14
2396位(同エリア5334件中)
幸福美満さん
中国は仕事で何度も行ったのに、北京がまだでした。遅い夏休みで、やっと行くことが出来ました。駐在の友人にお世話になり、とても充実した楽しい旅でした。
ちょうど中秋で「3連休」のとき、現地の人々も街全体も、どことなくウキウキしたような雰囲気でした。
初日;深夜に北京着(デルタ航空)、
2日目;北京中心部から南西に60kmの北京猿人遺跡、その間にある盧溝橋、午後は什刹海、鼓楼、南鑼鼓巷のメジャー観光地でありつつ情緒あふれる地域、羊肉火鍋の夕食
3日目(中秋);王井府から故宮のまわりをぶらぶら歩き(中には入らず)景山公園にのぼって天安門、そして日壇公園内のレストランで北京ダックの夕食
4日目;公共バスで万里の長城、市内にもどってから地壇公園、雍和宮周辺をぶらぶら
5日目;早朝フライトで帰国
宿泊は王府井から東に徒歩15分くらいの胡同にある小さなホテルでした。
飛行機は、中国旅行に強いアクトトラベルのサイトで、ホテルはagoda.comで予約しました。
- 旅行の満足度
- 5.0
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空港からホテルまでタクシー、100元ちょっとを予想してましたが、メーター+高速代で86元、スムーズに走って24時過ぎにつきました。
久々に中国で一人でタクシー、緊張しました。
夜遅く(ガイドブックの細かい字は見えない)、あまり有名でない場所なので、
分かりやすく拡大した地図も用意して、
高速降りてからもずっと地図と首っ引きで現在地を確認し、
東四南大街を降りてからは、標識を1つ1つチェック、
「次を左!!」と伝えて、無事到着。
史家胡同は特に有名な建物もないところで運転手さんも「知らない」だったので、ほっとしました。 -
Red Wall Garden Hotel Wanfujing
とにかくネット上の口コミ評価が高かったので選びました。
スタンダードダブル朝食付4泊630US$(円高で良かった・・・)
本当に受付スタッフのお姉さんも感じが良かったです。
四合院を洋風に改築したような建物。
内装は、「外国人から見た中国」っぽさがいっぱい。
宿泊客は白人の方が多かったです。 -
まだ新しく、清掃も行き届いて、きれいでした。バスタブは無いけど、とても気に入ったので、次回も使うかもしれません。
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翌朝、よく晴れました。
中庭にコーヒーを飲む人も。
夜も外で飲めます。 -
中秋だからか、赤い灯篭が飾られていました。高いところで3階建て、全38部屋の小さなホテルです。
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ホテルの前の通り;胡同フートンは「井戸」の意味(井戸のまわりに住居が出来る)だそうです。
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あす月曜は中秋で休み、よって今日は3連休の中日。
あまりにさわやかな秋晴れ。
路駐がずらり。
駐在友人がチャーターした白タクで迎えに来てくれて、南西に向かいます。
高速道路沿いの標識で「香港まで2300km」。
約1時間、周口店に近づくにつれ、だんだんと緑が多く、田舎の雰囲気。
街中では全く見えなかった山が見えてきて、
東京で言えば、京王線で高尾山までやってきたような感じです。
23区でも多摩でも「東京」、みたいに、ここでも「北京」なんですね。 -
世界遺産;周口店猿人遺址、到着。入場30元。
今から50万年前に生きていたとされる「北京原人」(現地では「北京猿人、学名はホモ・エレクトス・ペキネンシス)の頭蓋骨化石などが、1929年に発掘された場所です。 -
入場ゲートから、長い坂道を登っていきます。
両脇には、発掘に携わった、中国や欧米の考古学者の写真とプロフィールが、延々と続いています。 -
考古学史上の大発見の舞台。
にもかかわらず、化石は日中戦争中、アメリカに避難させる道中で紛失。博物館などで展示されているのはレプリカ。 -
一般見学者は使用不可。研究者用のエレベータ。
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石灰質で化石が残りやすい地質だそうです。
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色々書きましたが、考古学に造詣がある訳ではなく、
期待してたのはこういうの。
予想通り、やっぱりありましたー!! -
男性がウサギ、女性がシカを捕獲。
頭蓋骨などの化石から(何食べてたか、どういう生活してたかが分かるのでしょうが)
ここまで(表情も)リアルに想像できるのがすごいなあ、と思います。 -
空気がおいしく、遺蹟がなくても、きれいな公園。
とてもすがすがしい場所でした。 -
食堂、行かなかったけど、北京原人定食とかあったりして。
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渋谷のモアイ像みたいです。
後ろが博物館。 -
博物館の中にもありました。
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お土産売り場。博物館出口に1つ、駐車場に1つ。
お客さん皆無、店員さん3名。
北京五輪の際に作られたであろう、聖火リレーの北京原人、たしか800元くらいでした。 -
なんと星付きトイレ!(ここは二つ星)
確かに、作りも立派で中もきれいでした。 -
燕京八景(燕京は北京の古称)の1つ、盧溝橋(1192年)、遺蹟から北京に30kmくらい戻ったところに。
燕京八景とは、金の章宗が選び、清の乾隆帝が足を運び、自ら題字を書き、石碑を残した北京の景勝八選だそうです。
日本にも○○八景はいくつかありますね。
盧溝橋は下の6番、月の名勝。
しかも明日は中秋の名月!!
1晴嵐:春または秋の霞。
2晩鐘:沈む夕日と山中の寺院の鐘楼の組み合わせ。
3夜雨:夜中に降る雨の風景。
4夕照:夕日を反射した赤い水面と、同じく夕日を受けた事物。
5帰帆:夕暮れの中を舟が一斉に港に戻る風景。
6秋月:秋の夜の月と、それが水面に反射する姿の組み合わせ。
7落雁:広い空間で飛ぶ雁の群れ。
8暮雪:夕方ないし夜の、雪が積もった山。
各地で八景めぐり、してみたいなあ。 -
マルコ・ポーロが東方見聞録で「これほど美しい橋は見たことが無い」と絶賛した盧溝橋。欄干1mおきくらいに獅子の彫刻、全500体、すべて姿勢や表情が違います。
もちろん、日本人にとって「盧溝橋」といえば日中戦争の始まり、盧溝橋事件(1937年7月7日)ですが。。。
ちなみに7月7日七夕は、中国ではバレンタイン的なイベントだそうです。 -
喉のあたりに落書きが!
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1つ1つまったく形が違います。材質も違うのは、部分ごとに修復しているからでしょうか。
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橋の中央は昔のままの石畳。
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これは古そう。
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手前のは古そう、奥のは新しそう。
新しいのは表情もユーモラスで、子獅子が2匹くらいじゃれついたり(ちょっとわざとらしい!?) -
橋を往復して、橋の東側に戻ると、のどかな緑の中に、ドライクリーニング店。
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橋の東正面にある宛平城の城壁。
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宛平城の入り口。
城は”街”の意味。
ちなみに、シドニーのベトナムタウン;”カブラマッタ”は
アボリジニの言葉で”マッタ”が街なので
”卡城”(卡は”カ”の音訳)と表されてて面白いと思いました。
この門の奥に「抗日戦争記念館」。 -
この道は、盧溝橋を見て博物館へ〜という観光客がぞろぞろ通りますが、洗濯物が堂々と干されていました。
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中国人民抗日戦争紀念館。パスポート提示で無料。
日本軍の侵略、南京大虐殺、731部隊、従軍慰安婦などに関する展示。
戦後の日中友好まで言及されているのが、救いです。
この後、市の中心部、什刹海で遅いお昼にしました。午前でこれだけまわれて大満足!
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