2001/07/02 - 2001/08/07
2127位(同エリア3042件中)
ryoさん
たびの最後は二度目のミュンヘンに。
なぜかというと、先回ミュンヘンを訪れたとき、あまりに寒すぎて、たまらず4日間の予定を1日いただけで退散してしまい、美術館もまったく観なかったから。
最後にとっても楽しみにしていた二つの美術館に行って、たびは終わり~。
1ヶ月ちょっとの日程だったのに、帰るときにはブリュッセルで泥棒さんに入られたことがすでに遠い日に感じられたのをすごく覚えてる‥。同じ旅行での出来事とは思えないくらい、いろんな経験をした気がします。
そんなに長旅でもなかったけど、きっと良くも悪くもバラエティー豊かな旅行だったのだなぁと思います。
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アルテ・ピナコテーク。
ウキウキ〜♪
とっても楽しみにしていた、まず一ヶ所目。
ミュンヘンでの目的は二つの美術館へ行くことだけなので、ゆーっくり時間をかけるぞっ。 -
デューラー「4人の使徒」
左翼には聖ヨハネと聖ペテロ、右翼には聖パウロと聖マルコが描かれている。聖マルコは使徒に列せられていないので「4人の使徒」という画題は正しくないらしい。
デューラー自身がニュルンベルク市に寄贈し、1627年にマキシミリアン1世が購入した。 -
フィリッポ・リッピ「受胎告知」
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ティツィアーノ「夕刻の風景の中の聖母子」
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ボッティチェリ「ピエタ」
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ラファエロ「テンピの聖母」
ラファエロのフィレンツェ時代の主要作品の一つ。
フィレンツェのテンピ家にあったものを、1809年に国王ルードヴィヒ1世が購入した。 -
ラファエロ「カニジャーニの聖家族」
ラファエロがフィレンツェ時代の初めに、ドメニコ・カニジャーニのために描いた作品。
18世紀に塗りつぶされてしまった天使たちは、1983年に修復されて新たに描き加えられた。 -
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ラファエロ「垂幕の聖母」
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ヨルダンス「サテュロスと農夫」
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ルーベンス「メレアグロスとアタランテ」
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ルーベンス「レウキッポスの娘たちの略奪」
白鳥に変身したユピテルがスパルタ王妃レダに産ませた双子、カストールとポルックスはメッセニア王レウキッポスの娘たちをさらって妻とするが、カストールが姉妹の婚約者たちに殺されてしまい、ユピテルは双子を星(双子座)に変えて天に迎えた。 -
ルーベンス「最後の審判」
ルーベンスが描いた最大の作品。
伝統の通り、画面左には天国に昇る人々、右には地獄に落ちる人々、上方の天国にはキリストを挟んで左側に人類のためにとりなす聖母と天国の鍵を持った聖ペテロ、右側に寄り添うアダムとイヴ、十戒の板を抱えたモーゼなどの姿がある。
「最後の審判」といえば、ミケランジェロの作品が名高いが、ミケランジェロの絵では救済される人々さえもキリストに慄いているような悲劇的な雰囲気で描かれているのに対し、明るい光に照らされたルーベンスの作品では希望と喜びが優勢に支配している。
1615年にアントワープを訪れたドイツのノイブルク公の注文によって、ノイブルクのイエズス会聖堂の主祭壇画として制作された。アントワープに戻ったルーベンスが外国から得た最初の大仕事だった。
しかし17世紀後半には、裸体表現が祭壇画としてふさわしくないとして、君主のギャラリーに移された。 -
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ルーベンス「カバとワニ狩り」
バイエルンの選帝侯マキシミリアン1世のために制作された狩猟画の一枚。 -
ルーベンス「ルーベンスとイサベラ・ブラント」
1609年10月、32歳のルーベンスは18歳のイサベラと結婚した。
花嫁の父ヤン・ブラントはルーベンスの亡父や兄と同じくアントワープの市政に携わる法律家だった。
上層市民にふさわしく、豪華で洗練された装いの二人は、」末永い愛を象徴するスイカズラの木陰に寄り添っている。 -
ルーベンス「婚礼衣装のエレーヌ・フールマンの肖像」
1630年末、ルーベンスは4年間のやもめ生活を打ち切って、友人ダニエル・フールマンの娘、16歳のエレーヌと再婚した。
ルーベンスは53歳、親子ほども年の違う結婚で、事実ルーベンスの長男はエレーヌと同い年だった。
しかし、晩年のルーベンスの仕事の充実ぶりやエレーヌを描いた作品の印象からは二人の幸福な結婚生活が伺える。 -
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ルーベンス「エレーヌ・フールマンと息子の肖像」
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レンブラント「イサクの犠牲」
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エル・グレコ「聖衣剥奪」
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ティエポロ「三位一体に祈りを捧げる教皇クレメンス」
1739年頃、ケルンの選帝侯クレメンス・アウグストの委嘱で、ニュンフェンブルク城のコールフラウエン聖堂(1943年に破壊された)のために制作された祭壇画。 -
ティエポロ「東方三賢士の礼拝」
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ノイエ・ピナコテーク
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クリムト「マルガレート・ストンボロー=ウィトゲンシュタインの肖像」
ウィーンにはクリムトに肖像画を依頼するような裕福な家系がいくつもあり、モデルのマルガレートの父、カール・ウィトゲンシュタインもその一人だった。彼は鉄工産業で成功した人物で、前衛芸術の保護者として分離派館の建設費をまかなった。
しかしクリムトはこの肖像画が1905年の第2回ドイツ美術家協会展に初めて出品されたとき、その出来に満足しておらず、後になって頭の後ろに装飾的な帯を付け加えて、この若い女性の表現に奥行きを与えた。 -
シーレ「苦悩」
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聖ミヒャエル教会。
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この旅も無事に終わり〜。
良かった♪
次はどこへ行こう‥。
でも仕事が始まると長期のお休みは取れず、10年ものあいだ旅を封印することに‥(泣)。
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