2011/08/28 - 2011/08/28
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りょしゅうさん
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平安末期、歌人として名高い寂蓮法師は諸国遍歴の旅で出雲を訪れ、初めて見た出雲大社のあまりの高さに驚き「やわらぐる光や空に満ちぬらん 雲に分け入る千木(ちぎ)の片そぎ」と詠んだ。
その出雲大社の「平成の大遷宮」に伴い、本殿(国宝)の大屋根を飾る千木(ちぎ)の用材を氏子たちが境内に届ける、千木奉曳(ほうえい)式が800人余りの氏子の参加で営まれた。
千木は銅板に包んで組み合わせ、年末には本殿大屋根に上げられ、平成25年5月10日にご神体を遷(うつ)す「本殿遷座祭」が執り行なわれる。
※遷宮(せんぐう):本殿が従前とは異なる境内に新築移転したり、同じ境内で別の位置に新築移転したりする際のほか、本殿の修理や新築の際に一時的に神体を移動する場合にも遷宮という。出雲大社は60年ごと。
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 徒歩
-
『千木奉曳式』の行われる、「旧JR大社駅」は国の重要文化財。
ほとんどが廃線当時そのままの姿で保存されています。
田舎の駅にしては珍しく「貴賓室」もありました。
※明治45年に大社線が開通し、大正13年に現存する駅舎が建てられたが、惜しくも平2年3月31日で大社線は廃線。 -
9時15分頃。
出発地である大社駅に行ってみると、氏子のみなさま方はもうおそろいです。 -
「大鳥居町内シャギリ保存会」会長さん。 -
「奉曳式要項」を見せてもらいました。
勇壮なシャギリは行列のいちばん最後のようです。 -
要項によると『千木』の曳き手は氏子の方々500人。
※千木(ちぎ):屋根の両端で交叉させた木で、今日では神社にのみ用いられ、神社建築の象徴である。
出雲大社など出雲諸社は一般的に、祭神が男神の社は千木を外削ぎ(先端が地面に対して垂直)に、女神の社は内削ぎ(水平)であるとされる。 -
右側に整列なさっている方々は、町内会長さんや氏子会の幹部の方。 -
御本殿大屋根に掲げられる4本の千木のうち、南側の2本の千木が今回奉曳されます。
岩手県紫波地方で数年前に伐採された樹齢300年の松で、福井県永平寺寺町で長さ8・32m、重さ600?に加工されているそうです。 -
奉曳式は一般的にはお木曳(ひ)きと呼ばれる奉祝行事。
ご近所のおばさん「紅白だなて(ではなくて)なんで白黒の幕だらか(だろうか)?」と出雲弁でおっしゃっていました。
「なるほど、後で調べておきましょう」 -
トラックの先の2本の白いロープ。
太さは運動会の綱引きのロープくらいで、長さは100mはありました。 -
いよいよ千家隆比古(せんげながひこ)出雲大社権宮司による「千木奉曳式」
地面を這う白くみえるものがロープです。 -
そして午前9時過ぎより、千木御用材を祓い清める清祓式を斎行。 -
出雲大社を代表して同じく権宮司の千家和比古(せんげよしひこ)様も・・・(無冠の方)です。 -
報道陣。 -
ちびっ子たちは待ち疲れて、少々お疲れの様子。
でも大人になったらきっと今日のことを思い出すでしょう。
「60年に1度。もうできない経験なんだよ!」 -
10時
横断幕を持った出雲大社ボーイスカウトの子供たちを先頭に出発です。 -
駅から50mほどで右に曲がった後はずっと真っ直ぐの道。
松並木の「大社本通り」を進みます。
明治以降、ここからが「出雲大社の正式参拝道」です。 -
2階から見ると・・・
荒木郵便局(旧名:大社本通り郵便局)前を通過する行列。 -
筵道(えんどう)に入る道路は交通規制(遮断)されています。
※筵道:天皇や貴人が徒歩で進む道筋や、神事に祭神が遷御するときの道に敷く筵(むしろ)。むしろは敷いてないけどこのような場合は筵道らしい。 -
筵道を祓い清める先祓の神職。 -
後に続く「吉兆囃子」の大太鼓。 -
「吉兆囃子」小太鼓。 -
大社本通りも、ここまでが「駅通り」。
一の鳥居をくぐればここから“神都”旧杵築(きづき)「神門通り」。
杵築(出雲)大社のお膝元である杵築の町は、いにしえから続く“神々の国の首都”なのです。
※一の鳥居(宇賀橋の大鳥居):高さ23m。扁額の大きさ畳6枚分。 -
「宇賀橋」を渡る奉曳のご一行。 -
一の鳥居をくぐる『千木』 -
「木遣音頭」を歌いながら神域に入って行きます。 -
行列は松並木の神門通りを・・・ -
二の鳥居(木の鳥居、勢溜の大鳥居)、いわゆる「出雲大社正門」。
正門前の階段は、車が通れるように板が敷いてあります。 -
そして、そこを「先祓の神職」が通過なさいました。
※勢溜(せいだまり):寛文の御造営の時、人の勢いが留まるようにと整備された。今でもここに立つと元気が湧いてくるから不思議。また毎年10月に行われる大学三大駅伝の一つ「出雲駅伝」はここからスタートします。 -
二の鳥居を『千木』が通過。
42年前、この勢溜(せいだまり)の大鳥居が建立される時もこのような「お木曳き」行事がありました。 -
先頭は「下り参道」のもうずっと先・・・ -
・・「祓社(はらいのやしろ)」を通りすぎ「祓橋」近くまで来ていました。
※「祓社」:ここで拝礼をし身も心も浄め、それから「祓橋」を渡るとより深く浄められます。 -
その後行列は、三の鳥居(鉄の鳥居)をくぐった後、松の参道を進みます。
※松の参道:以前は神の道として皇族や殿様しか真ん中を通れなかった。 -
四の鳥居(銅の鳥居)前では宮司の84代国造千家尊祐様が待っていらっしゃいました。隣には秘書が控えています。
数歩離れた所に同じ国造家80代北島建孝様もいらっしゃいます。
両国造家は天照大御神の第二子「天穂日命(あめのほひのみこと)」から連綿と続いています。
以下、お歴々が・・・ずらり。
※国造は火継式を経て就任し、神火を引継ぐことは「天穂日命」が現代に生き続けるということである。国造とは出雲においては神に近い存在なのである。 -
赤いストラップを首にぶら下げているのは現代の語り部たる「出雲のかたりべ」の皆様。
10時からの研修予定を変更しての見学とか。
「これこそ生きた教材。話のネタになります!」(笑) -
『千木』はこれより境内である四の鳥居(銅の鳥居)前に到着。 -
「おや!?」 宮司様、千木の到着の様子をデジカメで・・となりの秘書さんも。
こんな人間的なお姿、めったに拝めません!(笑)
ここに載せていいか迷いました。 -
銅の鳥居の前で奉曳のご一行 「整列!」 -
氏子の奉仕によって恙無く千木奉曳式が終えられたことへの謝意を述べられ・・・ -
・・・「先の大震災の地からご用材をいただき、高々と掲げられることは、国民が復興に熱い思いを結ぶ、その象徴ともなる」とのお言葉も・・・
-
そして壇上から降り、ご本殿に向かって深々とお拝礼をなさいました。
その一連の所作は美しく・・・これが「品格」というものでしょうか? -
この模様は今日の夕刻のTVニュースで放映されるでしょう。 -
最後の締めは、氏子会副会長の「万歳三唱」
11時過ぎに終了しました。 -
「勢溜の木の大鳥居」より神門通りのコンクリートの大鳥居(宇賀橋の大鳥居)を眺めました。
出雲大社の参拝は、たとえ車でもこの一の鳥居から順番にくぐって行き、段々と神域に近づく・・・、『千木』が通ったこの道順こそ正式な参拝道なのです。
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この旅行記へのコメント (9)
-
- Nimo5さん 2011/09/24 22:47:46
- 早朝よりのお出掛けお疲れ様でした。
- はじめまして。
朝早くよりお出掛けだったようで、お疲れ様でした。
きれいなお写真をたくさん見せていただき、晴れやかであったあの日を思い出しております。
当方も一仕事終わらせてから馳せ参じましたが、出発前の式典には間に合わず残念でしたが、こちらで拝見することができました。
奉曵の行列は予想以上に長く、一旦最後尾まで見送った後、カメラを担いで先回りするのはかなりの重労働でしたが、良い天候に恵まれ満足の行く式典見学となりました。
手前味噌ではございますが、式典の一部を動画として公開いたしましたので時間のあるときにでもご覧になって下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=G4ubxaKCH_0
初めての御挨拶でしたのに、当方の不躾の段ご容赦下さいませ。
- りょしゅうさん からの返信 2011/09/26 09:43:22
- RE: 早朝よりのお出掛けお疲れ様でした。
- こんにちは!
書き込み有難うございました。
ナンノなんのあなたの動画の方がはるかに上を行っています。比べるのが恥ずかしいくらい!
奉曳行事の映像もさる事ながら、「出雲の原郷」斐川町で撮影された“鉄道のある風景 島根県簸川郡斐川町にて”にはビックリしました。
普段なに気なしに見ている風景があんなにも情感がこもっていたとは・・・。
それに、あの「支豆支の御埼」や「去豆の折絶」さえ映っているではありませんか・・・(笑)
早速この欄に書き込んでくださっている、出雲の大ファンである前日光さん、コンパスさんにURLを送ってあげようと思っています。
また楽しい動画を見せてください!
どこかで出会う予感がしませんか? りょしゅう
- Nimo5さん からの返信 2011/09/30 11:55:43
- RE: 早朝よりのお出掛けお疲れ様でした。
- たいへん丁寧な御返答を頂戴いたしましたこと御礼申し上げます。
更には、小チャンネルを事細かく御覧いただきましたこと重ねて御礼申し上げます。
当方、ビデオカメラを担いで撮影に回ることはあれど、郷土史や古代史にはめっぽう弱いものでして、こうして数々のくにびき神話に登場する用語を用いてお話しいただけますと後学に役立ちます。
さて、本日(9月30日)を以て斐川町の単独町制が終了するわけで、最終日の模様を観に出掛けようと思いましたが、涙雨落ちる空模様にどうしたものかと頭を抱えております。
斐川町は、素晴らしい風景の宝庫で出雲市内よりも数多くの作品を作る場にもなっておりました。
明日、出雲市と合併したからと言ってその地の風景が何一つ変わるわけでもないのでしょうが、一抹の寂しさを覚えるところで御座います。
また、出雲大社御本殿千木奉曵式の折には、勢溜や鉄鳥居の付近でお見掛けしていたのかも知れないですね。
近隣にお住まいのことと拝察申し上げます。今後ともご贔屓のほど宜しくお願い申し上げます。
- りょしゅうさん からの返信 2011/09/30 17:58:33
- RE: 早朝よりのお出掛けお疲れ様でした。
- 本来なら動画サイトのNimo5さんのところにおじゃましてコメントをしないといけないと思いますが、何しろ出無精なので申し訳ありません。
先日、ブログネタになると思い、くにびき神話の舞台巡りのツアーに参加しました。えらい先生の説明付きで教養を高めるには良かったのですが、あいにくの天候で肝心要の佐比売山(三瓶山)と火神岳(大山)の写真は撮れず、国を引いた綱とされる薗の長浜(稲佐の浜)と弓浜半島は行っただけ、国引きを終えた八束水臣津野命が叫び声とともに大地に杖を突き刺したという「意宇の杜(おうのもり)」には行ってもいません。
やはりこの3点セットがないと壮大な『くにびき神話』のブログは成り立ちませんね・・・?(笑)
そうでしたか?いろいろありましたが・・・明日でしたか?
斐川町のことを藤岡大拙先生は出雲の原郷とおっしゃっていますが、まさに出雲の古代ロマンが息づいていると思います。その景色はNimo5さんのビデオカメラに取り込まれると見る人の郷愁を誘い、都会の人ならば心のふるさとと感ずるかもしれません。
10月、11月はちょくちょく出雲大社に行くことになります。
こちらこそよろしくお願いいたします。
りょしゅう
-
- 前日光さん 2011/09/05 23:31:11
- 千木奉曳式!
- こんばんは。
ずっとコメントしようと思っておりましたが、自分の旅行記作成に忙しくしていました。
平成の大遷宮の一つとして、このような儀式もあったのですね?
私は、神楽と同じくらい、神社の千木というものが大好きなのです。
あの、大空に向かってスックと伸びているところがたまりません。
千家様の神々しいお姿を近くでご覧になれたのですね。
出雲国は、未だにあの方を「国造」として仰いでいらっしゃるのですよね。
何か、現実と神話とがまだ分離されていない感じが、とてもよいと思います。
平成25年5月には、本当にそちらに伺いたいと思っています。
千木奉曳式の詳しい様子を拝見できて、とてもうれしいです。
前日光
- りょしゅうさん からの返信 2011/09/06 15:28:04
- RE: 千木奉曳式!
- 今回と同じような「お木曳(ひ)き」は、僕が生まれてから今度が3回目です。
昭和28年の大火で焼失した拝殿を、昭和34年に再建した時。それに当ブログに記載していますように、42年前勢溜(せいだまり)の大鳥居が建立される時もこのような「お木曳き」行事がありました。しかし、実際に見たのは今回が初めてです。
宮司様は境内で時々、このブログに載せているようなお姿でお見かけします。
この姿はきっと、一般人のスーツくらいの平服なのかもしれません。
このようなお姿の時はちょっと勇気が入りますが、お声をかけても答えていただける可能性が強いみたいです。
普段は気さくで、とても頭が低いとの評判です。
再来年5月10日の「本殿還座祭」の時は、国造として黒の束帯(最高の装束)をお召しになり、北島国造と共に100人位の神官を従えご奉仕なさいます。
たぶん写真撮影はできませんが、これは見ものです。本当にぜひお出で下さいませ。お待ち申し上げます。
りょしゅう
-
- こんぱすさん 2011/08/31 10:01:12
- なかなか盛大な式ですね!!!
- 写真を見ると、式を行う人は大変多いですが、観客は少ないですね。
こちらですと、大した行事でなくても、自称?セミプロカメラマンだけでも
大変な数になるようですが・・・
先日、図書館で梅原猛氏の「葬られた王朝」を見つけて、読み始めています。 古代史は古文が読めないのと、推測が多いのであまり読むことはないのですが・・・ オオクニヌシの時に出雲王朝が、日本の覇権を取ったという主旨かな?
今夏に「体のガタ」が明確になり、まだ軽い段階とのことですが、多種の薬を服用し始めています。 いつかそういう時がくるとは思ってましたが、欧米などの遠方への旅行は止めるつもりでいます。 人並み以上に行っているはずですから・・・
- りょしゅうさん からの返信 2011/08/31 11:42:00
- RE: なかなか盛大な式ですね!!!
- > 写真を見ると、式を行う人は大変多いですが、観客は少ないですね。
> こちらですと、大した行事でなくても、自称?セミプロカメラマンだけでも
> 大変な数になるようですが・・・
まあ、田舎ですからこんなものですよ。
昔のことを思えば大祭礼でも、最近はこんなかんじです。
H25年の5月10日の本番は、たぶん相当な人出になると思いますが・・・。
> 先日、図書館で梅原猛氏の「葬られた王朝」を見つけて、読み始めています。 古代史は古文が読めないのと、推測が多いのであまり読むことはないのですが・・・ オオクニヌシの時に出雲王朝が、日本の覇権を取ったという主旨かな?
神話と歴史や考古学とはちょっとギャップがあります。
梅原先生はその隙をついて、神話が語る出雲王朝など架空のものだとおっしゃっていましたが、近年の荒神谷や加茂岩倉の大量の青銅器、さらに出雲大社の古代柱の発掘で、今までの説を完全に覆してしまわれました。
http://4travel.jp/traveler/ryosyuu/album/10525278/
僕はオオクニヌシもスサノオも一人ではなかったのでは・・・と思っています。おそらく前方後円墳が普及しだした3世紀頃迄の葦原中国の首長を神話はオオクニヌシなどと呼んだのではないでしょうか?
スサノオやオオクニヌシはどちらも弥生人。
弥生人とは大陸や半島から稲作技術などの先進技術を携えて、繰り返し繰り返し、日本にやってきた渡来人だと思っています。
そしてその先端技術を、航海術に巧みな海人族と提携し広め平定していったのが葦原中国では・・・。
その頃は国というより「クニ」、国境などなかったと思います。
「魏志倭人伝」で言う所の倭人。これは現在の日本と朝鮮半島南部の海人族を指しているのでは・・・というのが僕の自説です。
> 今夏に「体のガタ」が明確になり、まだ軽い段階とのことですが、多種の薬を服用し始めています。 いつかそういう時がくるとは思ってましたが、欧米などの遠方への旅行は止めるつもりでいます。 人並み以上に行っているはずですから・・・
そうですか?
詳しいことは分かりませんが心配ですね。体を十分いたわってあげて下さい。
海外は何が有るかわかりませんが、国内ならどこでも大丈夫。
今後も元気なブログを期待しています。
りょしゅう
- こんぱすさん からの返信 2011/09/01 18:14:21
- RE: RE: なかなか盛大な式ですね!!!
- > > 写真を見ると、式を行う人は大変多いですが、観客は少ないですね。
> > こちらですと、大した行事でなくても、自称?セミプロカメラマンだけでも
> > 大変な数になるようですが・・・
>
> まあ、田舎ですからこんなものですよ。
> 昔のことを思えば大祭礼でも、最近はこんなかんじです。
> H25年の5月10日の本番は、たぶん相当な人出になると思いますが・・・。
>
> > 先日、図書館で梅原猛氏の「葬られた王朝」を見つけて、読み始めています。 古代史は古文が読めないのと、推測が多いのであまり読むことはないのですが・・・ オオクニヌシの時に出雲王朝が、日本の覇権を取ったという主旨かな?
>
> 神話と歴史や考古学とはちょっとギャップがあります。
> 梅原先生はその隙をついて、神話が語る出雲王朝など架空のものだとおっしゃっていましたが、近年の荒神谷や加茂岩倉の大量の青銅器、さらに出雲大社の古代柱の発掘で、今までの説を完全に覆してしまわれました。
> http://4travel.jp/traveler/ryosyuu/album/10525278/
> 僕はオオクニヌシもスサノオも一人ではなかったのでは・・・と思っています。おそらく前方後円墳が普及しだした3世紀頃迄の葦原中国の首長を神話はオオクニヌシなどと呼んだのではないでしょうか?
> スサノオやオオクニヌシはどちらも弥生人。
> 弥生人とは大陸や半島から稲作技術などの先進技術を携えて、繰り返し繰り返し、日本にやってきた渡来人だと思っています。
> そしてその先端技術を、航海術に巧みな海人族と提携し広め平定していったのが葦原中国では・・・。
> その頃は国というより「クニ」、国境などなかったと思います。
> 「魏志倭人伝」で言う所の倭人。これは現在の日本と朝鮮半島南部の海人族を指しているのでは・・・というのが僕の自説です。
>
> > 今夏に「体のガタ」が明確になり、まだ軽い段階とのことですが、多種の薬を服用し始めています。 いつかそういう時がくるとは思ってましたが、欧米などの遠方への旅行は止めるつもりでいます。 人並み以上に行っているはずですから・・・
>
> そうですか?
> 詳しいことは分かりませんが心配ですね。体を十分いたわってあげて下さい。
> 海外は何が有るかわかりませんが、国内ならどこでも大丈夫。
> 今後も元気なブログを期待しています。
>
> りょしゅう
>
「こんぱす」より
海人族はブログで始めて知りましたが、内容がわかりました。
あれだけ出雲神話が記紀に記述されているからには、何らかの根拠があると考えるのが自然でしょうし、朝鮮から人や文化が何度も渡ってきたと考えるのもそうですし、オオクニヌシは複数の人であるというのも大いにありうることと思います。
図書館で日本の古代史についての最近の本を探して、もう少し読んでみようと思っています。
>
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