2011/07/23 - 2011/07/24
494位(同エリア715件中)
風遊さん
大分は何度となく来ている,温泉では大好きま所ですが、周防灘に円形状につき出てる国東半島へは一度も行った事がありません。国東半島の魔崖仏と六郷満山と呼ばれる独自の仏教文化に触れに尋ねました。
六郷満山(ろくごうまんざん)文化は心に辿(たど)る道。
国東半島は「仏の里」と呼ばれている。
古代の宇佐で生まれた八幡信仰は、やがて古代仏教と融合して「神仏習合」が生れ全国に広まっていった。
国東半島にある六つの郷では、天台宗と結びつき、山間に多くの寺院を擁立して、独特の仏教文化を華ひらかせていった。
これが六郷満山文化といわれるものである。
豊後高田の山あいを訪ねれば、富貴寺大堂(国宝)、真木大堂(9体の仏像国重要文化財)、熊野磨崖仏(国重要文化財・史跡)などの見事な文化財から名もない石塔や野仏等に出会うことができる。
ここには六郷満山文化の息吹が満ちている。
さて「神仏習合」とは、神と仏との出会い。これは自然の中に神を見る信仰と、人間の生き方を求める仏の道が調和されているということ。
このことは、現代の「人と自然」との関わり、共生のあり方に通じるものがある。
六郷満山を包む山は奇岩奇峰。修験者達が悟りの境地を求めるにふさわしい景観をみせている。
豊後高田の山路の旅は、こころの辿る旅である。
熊野磨崖仏
鬼が一夜で築いたという伝説のある自然石の乱積みの険しい石段を登ると、左方の巨岩壁に不動明王(8m)と大日如来(6m)が刻まれています。不動明王はどこか微笑んだような姿で、引き締まった表情の大日如来とともに、息を切らせて訪れた人たちをその神秘的な姿でやさしく出迎えてくれます。
これらは平安時代末期の作といわれており、国の重要文化財に指定されています。鬱蒼とした山中にこれほど巨大なものを刻んだことは、当時の信仰の強さを物語っています。豊後磨崖仏の代表的なもので、日本最大級のスケールを誇ります。
また、約10年に一度行なわれる六郷満山の伝統行事である峯入りの荒行は、この不動明王の前を出発点とし、護摩を焚いて行程150km、約10日間の行に入ります。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車
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熊野魔崖仏の参道口
住吉浜リゾートパークを出て、道に迷いながらも1時間で到着です。 -
腰の調子は多少良く成ったものの、どれだけ続くか分からない山道に少々不安です。
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魔崖仏へ続く道は「熊野権現の道」
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ここで先客に、どの位かかると聞くと、ここまでの10倍あるよとの返事!
今回の旅の目的の一つの魔崖仏、さてさてどうしたものかと思案! -
さらに進むと、こんな急階段
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さらに上がると、階段ではなく石が積んである状態です。
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六郷満山(ろくごうまんざん)文化は心に辿(たど)る道。
国東半島は「仏の里」と呼ばれている。
古代の宇佐で生まれた八幡信仰は、やがて古代仏教と融合して「神仏習合」が生れ全国に広まっていった。
国東半島にある六つの郷では、天台宗と結びつき、山間に多くの寺院を擁立して、独特の仏教文化を華ひらかせていった。
これが六郷満山文化といわれるものである。
豊後高田の山あいを訪ねれば、富貴寺大堂(国宝)、真木大堂(9体の仏像国重要文化財)、熊野磨崖仏(国重要文化財・史跡)などの見事な文化財から名もない石塔や野仏等に出会うことができる。
ここには六郷満山文化の息吹が満ちている。
さて「神仏習合」とは、神と仏との出会い。これは自然の中に神を見る信仰と、人間の生き方を求める仏の道が調和されているということ。
このことは、現代の「人と自然」との関わり、共生のあり方に通じるものがある。
六郷満山を包む山は奇岩奇峰。修験者達が悟りの境地を求めるにふさわしい景観をみせている。
豊後高田の山路の旅は、こころの辿る旅である。 -
さらに勾配はきつく成るばかりです。
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まだまだ先は見えません。
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振り返るとこんな状態!
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私の頭はこんな状態。
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やっと見えてきました。磨崖仏
何故もこんな山の中に作ったの?もっと下界でもいいのでわ? -
大きな仏像は2つあるようです。
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不動明王
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大日如来
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不動明王は何とも愛くるしい顔をしています。
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この急階段を下ります。
膝はガクガク、当分足が笑っていました。 -
熊野権現道入り口にある胎蔵寺
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はり七福神
仏像の至る所に金・銀紙が張り付けられています。 -
5枚入ってる銀色のシールを体の悪い所に張ります。
一枚は財布に張りました。
す
る
と
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財布のお金が減らなくなりました? -
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以上、熊野磨崖仏と胎蔵寺でした。
これより真木大堂に向かいます。 -
熊野磨崖仏から数十分で「真木大堂」に着きます。
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六郷満山65ヶ寺のうち本山(もとやま)本寺として36坊の霊場を有した最大の寺院であった真木大堂・・・
現在、真木大堂の名で知られる馬城山伝乗寺(まきさんでんじょうじ)跡は、大分県豊後高田市田染真木にあり、
江戸時代の建物である本堂とは別に、昭和30年代に新造された収蔵庫内に
阿弥陀如来座像をはじめ、大威徳明王像、不動明王像、二童子立像、四天王立像の計9躯の平安仏を伝えています。
奈良時代元正天皇の養老年間に仁聞菩薩の開基で悲陀の匠が建立したと伝えられていますが、
仏像の作風からみて平安時代の建立で往時は広大な境内の中に七堂伽藍を備えて隆盛を誇った大寺院でありました。
約700年前に火災のため焼失してしまったが、現存する9躯の仏像は当時の人々の厚い信仰と守護のもとに難を免れて
今日に至っています。
現在の真木大堂は伝乗寺の各寺坊が衰退したので本尊をこの一堂に集めたものです。 -
真木大堂は仁聞菩薩によって養老年間(717〜23)の開基といわれています。宇佐神宮の境外寺院として建てられもので、六郷満山中山本寺のひとつで伝乗寺といっていたようです。36坊の霊場を有した国東最大の寺院であったが約700年前に火災のため焼失しました。
現在は江戸時代に再建された小さな大堂と収納庫が建っているのみであるが、収納庫には藤原時代の九体の仏像が安置されています。その中の阿弥陀如来座像と四天王立像は重要文化財となっています。
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「仏の里」とも呼ばれる、大分県の国東半島は石造美術の宝庫である。宝塔の一地方型である国東塔は、半島全域及び隣接する速見郡のみならず、福岡に近い中津市や熊本寄りの玖珠郡からも発見されているが、それら五百基近くあるうちの約九割が国東半島と速見郡内に分布する。幾つか重要文化財に指定されている。
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続いて富貴寺を訪ねます。
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