2010/09/10 - 2010/09/15
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sansakoさん
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7月初頭から予定していた「フランス、鉄道とレンタカー乗り捨ての旅15日間」の旅の出発4日前に母が緊急入院した。
フライトから鉄道からレンタカーからホテルから、全部オンラインでキャンセルしたり変更し、病院通いの日々。
さて母の具合も安定し航空券の期限も迫ってきた9月に、急いで仕切り直しの短縮ヨーロッパ旅行とあいなった。
さあ、どう組み直そうか。
7月で計画したパリ発着で南仏レンタカー移動案は、やはり初夏がいいと思うので却下した。4日間のパリのミュージアム・パスを既にインターネットで購入していたので、パリを外す訳にはいかない。
パリ一都市滞在も検討したが、日本航空のミラノとアムステルダムへの運行は10月から無くなるという。
イタリアへは2年前に行ったし、それならあまり寒くならない内にアムステルダムに入ってパリから出るのはどうかということになった。
折しも8月から日本で上映が始まった、ドキュメンタリー映画『ようこそアムステルダム国立美術館へ』のホームページを見つけた。
予告編を見ているとアムステルダム人の美術館の改修工事を巡っての騒動ぶりが愉快そうで、益々身近になって来て、それじゃあ7月の計画の一部でもあった「鉄道移動」も楽しめるじゃないの、ってことになった。
しかも欲張ってブリュッセルにも立ち寄りたくなってきたので、たったと美術館を中心に3都市を巡る旅にすることにした。
そしてこの旅行記は、そのアムステルダム、ブリュッセルを経た最後のパリ篇だ。
9月4日 自宅出発~成田移動 (成田泊)
9月5日 日本 (成田泊)
9月6日 成田発~アムステルダム移動 (アムステルダム泊)
9月7日 アムステルダム (アムステルダム泊)
9月8日 アムステルダム~ブリュッセル移動(ブリュッセル泊)
9月9日 ブリュッセル (ブリュッセル泊)
9月10日 ブリュッセル~パリ移動 (パリ泊)
9月11日 パリ (パリ泊)
9月12日 パリ (パリ泊)
9月13日 パリ (パリ泊)
9月14日 パリ (パリ泊)
9月15日 パリ (機中泊)
9月16日 日本着 (実家)
9月17日 日本 (実家)
9月18日 日本 (機中泊)
9月19日 帰宅
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 観光バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
1日目(9月10日)
ブリュッセル南駅から再び赤い列車、タリスに乗ってパリ北駅に到着した。
適当な写真が無いので猫男をくっ付けちゃえ!
いやはや家を出て日本経由で欧州へ入って7日目。ちょっと疲れてきたニャ〜。洗っていないジーンズもお疲れ気味だ。
ホテルへはタクシーで向かう。
タクシーはプジョー307のステーションワゴン、オール・グラス・ルーフで車内は明るかった。 -
7月にキャンセルしたホテルはHôtel Odéon Saint-Germain とHotel Edouard 7だった。今回Hotel Edouard 7が取れなかったので、パリ初心者に同じく便利なオペラ座付近に別のホテルに6泊するこにした。(写真)
むかし、両親と泊まったホテルもこんなサイズだったなあ。
こちらのレセプショニスト達はとてもフレンドリーで好印象。コンシェルジェの対応も良く、顔も覚えてくれて、ナイトクラブのチケットも迅速に取ってくれた。 -
バスルームも狭いなりにいろいろ工夫されているが、タオル掛けに触れたらパイプバーの片方がいきなりブランと落ちて来た。もしバスタブに浸っていたら丁度頭や顔の位置に落ちてくるから危ない、危ない。
外出のついでにフロントにそれを伝えると、期待以上に迅速かつ丁寧に対応してくれて戻った時には修理されていた。客室のあるホテルは大変だ。だけどタオル替えの時に気がつくはずだけどな。忙しくてリポートし忘れちゃったのかな。 -
ホテルの廊下
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早速ホテル界隈を散策に出かけた。
昔ここに来たときは、オペラガルニエは修復中で騙し絵が掲げられていた。
適当な写真が無いので猫男再登場。 -
ふらふらと夜のバンドーム広場に雌猫が出た。(ちなみに、犬も好きです)
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食事処を探してふらふらと歩いていたら、何かのナイト・ロケ中。駐車事情がこれだから、機材車のトラックもコンパクトだった。
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と、同じ通りで「JAPANESE BISTRO」「MANGA LOUNGE」と言うネオンが目に飛び込んで来た。この写真は地階のMANGA LOUNGEへの降りる階段にあるデコレーション。流石フランス、と唸ってしまった。
家に帰ってからここのHPをのぞくと、今ドキの秋葉原でみかけるようなウエイトレスさんまでいて、オタク文化満載のお店だ。 -
夕食はホテル付近の、にぎやかで入りやすいところで取った。
お隣の席には若い日本のお嬢さんとそのおばあちゃまの、二人連れが食事を終えた所で、オランジェリー美術館が良かったと教えてくれた。 -
今回の利用ホテルの外観。
パリのホテルでも朝食は付けずに予約。
ここはマドレーヌ駅方向へ歩けばスーパーのモノポリもほど近く、ギャラリー・ラファイエットやプランタンも近くて、お買い物に便利。 -
2日目(9月11日)
晴天だ。アムステルダムはあんなに寒かったのに、パリは暖かい。
パリは広いので、日本語の半日観光のバスに乗って効率よく要所を巡って行く。
目印に新聞を筒状に丸めて掲げ持ったガイドさんに引率されてゾロゾロと行くが、付いて行くだけでいいので、初日にはつくづく便利だ。
モンマルトルの丘へ続く階段。
今は亡き父とこの辺をモンマルトル墓地まで散歩して、著名人のお墓を探したっけ。 -
階段を上りきって、振り返る。
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サクレ・クール寺院前の広場からパリの街をパチリ。
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さりげなくシック。
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ここへ来る2ヶ月程前に黒の愛猫を亡くした。
こんな仕草もしていたっけ。可愛いな。 -
テルトル広場。
かつてのここが「村」だったことが偲ばれる。 -
テルトル広場。
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この標識は子供を車道側にしてはいけない、という事か。。な?
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こちらもモンマルトルの一景。
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白い壁に扉が可愛い。
この辺りはユトリロが好んだ壁や路地がいっぱいあるんだろうな。
多くの日本人画家が学び、そして魅了し続けているパリなんですね。 -
パリには無駄なスペースを作らない路上駐車事情があろうとも、この縦列駐車は見かけた中で一等賞だった。
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丘を降りて、ムーランルージュの赤い風車。
パリにはその昔、風車がいくつかあったらしい。ルノアールやロートレックも通ったというダンスホール、ムーラン・ド・ラ・ギャレットもこの辺りだ。この辺の風車のある建物は酒場、社交やエンターテイメントのシンボルなのかとふと思う。 -
半日観光の後はルーブルに時間をあてた。
4日間のミュージアムパスを持っていたので、どこだか忘れちゃったけど横っちょの入り口から入場した。全く混んでいなかった。むしろ空いていた。
写真はピラミッドの一部。 -
今回是非観たかったのがこちら。
古代オリエントの「バビロンの女神」。頭に抱く三日月から、天に係る女神でイナンナとかイシュタル(アッカド語)などと言われている。
高さ僅か15〜6センチで、見応えがあるものではないけど、アフロディテ、ヴィーナスの起源と聞いちゃ、見たくなっちゃうではありませんか。
体はアラバスターという素材。物知りのMr.Wikipedia(ウィキペディア)にお伺いしますと、同じアラバスターでも現代モノは雪花石膏、古代モノは方解石と違いがあるようだ。彫刻に適した滑らかで柔らかい素材らしいデス。
頭髪はテラコッタ、目とおへそはルビー、金のアクセサリーを付けて可愛らしい。
相変わらず写真不足で写真はないが、
これに続く古代エジプトの展示は見応えがあった。
大英博物館もそうだけど、ここは古代オリエントからの大変な資料室だ。しかし夫はずらりと並ぶ棺やミイラを見ながら「きっと怒っているな」とつぶやいた。
うむむむ。確かにあれだけ並ぶと異様な圧倒感がある。
墓は暴かれ盗掘され、遺体や財宝は持ち去られ。。。
そして何千年たっても彼等の死生観を強烈に今に伝えている。凄いなあ。 -
もうひとつ可愛らしいのを。
自然光がやわらく入って展示されている場所がいいのかな。
こんな柔らかい聖母子像も好き。 -
リシュリュー翼にあるフィリップ・ポー(Pillipe Pot)の墓碑。一度見たら忘れられない強さがある。怖々と、、、やはりフードの中をのぞいてしまった。
横臥像の下の空間には実際の石棺でもあったのだろうか。オリジナルではどう置かれていたのか知りたい。
泣き男が持っている紋章は、フィリップが治めていたブルゴーニュ地方の8つの領土だとか。
映画「ロード・オブ・ザ・リング」に出て来た、こういう大きな黒いフードの怖い馬上のローカルなロード達を思い出す。もう一つ思い出すのは鬼太郎の友、ネズミ男。 -
マルリーの中庭
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さて、夕食はこちら。
確か「カバ」という名のレストラン。Hippopotamusというチェーンレストランみたいだけれど、シャンパンはどこで飲んでも美味しくてのお。(写っていないけど) -
3日目(9月12日)
外での朝食と混雑を予想して早めにオルセー美術館へ出かけた。ここはホテルの裏手。週末の朝とあって街は静かだ。 -
マドレーヌ寺院のある地下鉄マドレーヌ駅の階段を降りて、
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プラットフォームだ。
このベンチの空間を空けた配置がいいね。 -
朝食は開館を待つ間にオルセー近くのカフェで。バゲットに味があり麗しく美味しい。これにバターとコーヒーだけでOK!
オムレツは舟形(木の葉型というかな)をしてなくて、お好み焼きかピザか、卵をフライパンの片側に寄せるのを忘れちゃったかのようなのが出て来た。 -
オルセー美術館とルーブルを結ぶ橋には、想いを込めた南京錠がたくさん付けられている。
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開館前のオルセー美術館。だあれもいないくて気持ちいい朝。
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黒い彫刻と建物のコントラストがいい。猫は余計だけど他に写真が無いので仕方が無い。
この時オルセーは丁度2年間の大改装工事中だったけれど、違和感を感じる事無く楽しめた。この改装中に日本を始め海外の美術館を巡った作品は110点ちょっと。この年初めに運良くキャンベラの国立美術館に来たので観ておいた。
そういえば、2011年秋に既にオープンしている新生オルセー美術館の一部に、日本人デザイナーのベンチが設置されているそうだ。氷の塊のような、水が流れているような透明度の高いベンチ。これは昨年シドニーのギャラリーで、ストロー何万本の中で展示されていたのを観た。作家は吉岡徳仁氏。 -
館内では、最初は同じ展示室を一緒のペースで進んでいた夫とそのうちはぐれた。私は、ちょうど前を行く絵画に詳しい日本女性が、絵の見所をご主人に解説しているところで、なるほどにゃあ、と拝聴していたりして。
アールヌーヴォーも良かったし、彫刻も良かった。
結局主人とはお昼時になって館内出入り口付近の歩道橋で再会した。
どうせ何処かで会うからとお互いに放ったらかしだったけど、一応文句言って置かねばと言いかけたら、一緒に見たい絵のところに連れ去られて逆戻り。
それにしても館内の写真が1枚も無い。撮ったら駄目だったのかもねえ。
見終わって出て来た時には、入り口はご覧の長蛇の列。建物に向かって右側の入り口はミュージアムパス所持者専用になっていてスムーズ。
ここでは先にパスを手に入れておくか、早起きするべし。 -
次に向かったのは、サン・ジェルマン・デ・プレ教会。
ロマネスク美術に興味をそそられているワタクシとしては、7月に取りやめた旅行計画でポワティエのロマネスク教会を廻る事も検討していたこともあったので、パリにいるならと、先ずは身近なロマネスク教会に立ち寄った。
(余談だが、その時は、パリから鉄道移動しブロア駅でレンタカーを借りて、ロアールのお城をひょいひょいと観て、ポワティエ〜ボルド〜カルカッソンヌ〜南仏いろいろという、力の入った計画だった) -
そしてここにもあった、あった、柱頭彫刻が少しだけ。
文字を持たぬ信者にわかりやすいように作られた物語彫刻は、その土地土地で地域性があり、作風や表現が異なって面白い。ロマネスク美術を見て回れる事ができたら、何て楽しいことだろうと思う。
そのうち行きますぞ。レンタカーのロマネスクの旅〜。待っておれ〜。
と言う事で、素早く見て腹ぺこ夫婦は先を急ぐ。 -
途中、サン・ジェルマンの可愛い窓辺にうっとり。
赤が映えてきれい。 -
同じ窓の引き絵。
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サン・ジェルマンのお菓子屋さん。
マカロン君が待っていた。 -
バゲッドサンド君も待っていてくれたのね。
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遅めのランチでシャンパン。
はいはい、頂きますよお。 -
午後もちょっと遅くなってから次は、中世美術館へ。
ここは一角獣のタペストリーと、1世紀頃のローマ時代の浴場跡が遺跡として展示されているので有名なところ。
ノートルダム寺院にあった彫刻や柱頭彫刻、ステンドグラスもたくさんあって、間近に見れる。 -
聖母子像いろいろ。
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おでこと塊感にちょっと惹かれた一品。
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こちらもおでこと着物に興味を持った一品。
中世のヨーロッパでは、おでこを剃って広く見せるのがお洒落だった時期があって、そんな肖像画もたまに見られるけど、これもそんな時代で作られたものかもしれない。 -
これも可愛い。
お召し物がよろしいようですが、このファミリーは聖家族でしょうか。
マリアさまとキリスト、そしておとっつあんのヨセフかな。されるがままのヨセフの愛情を感じる微笑ましい作品。「あいたた、髭をひっぱるんじゃないよ」なんて聞こえて来そう。
これら彫刻も神から世俗へ移行したからこそ出来る表現。ゴシック美術と呼ばれる時代への移ろいか。 -
キリスト教の宣教に使用された観音開きの祭壇。当時のモバイル祭壇。(だったハズ。。。)
キリスト受難の6シーンと、十字架降下までを絵と浮き彫りで説明している。文字を知らない人々への教えのために使用されたらしい。宣教師達はこれをロバや馬にでも引かせて持ち運び旅に出たのだろうか。
そしてやがてその地域で教会が建設されたりするのでしょうか。
それとも、戦い続きの中世だから従軍祭壇!? -
中世美術館の建物を出たら午前中とは打って変わって晴天。
夫のトイレを待つ間に見つけた中庭のホタテ貝。
この壁のホタテ貝はここで何を意味するモノぞ。
ホタテ貝と言えば聖ヤコブのマーク。それに中世とくれば、サンティアゴ・デ・コンポステーラ巡礼だ。この美術館はブルゴーニュの修道士とゆかりのある建物だったと言うから、きっと関係あるんだろう。 -
続いてシテ島へ向かう途中のオタク通り。
アメリカの漫画やゲームのキャラクターのフィギュアがいっぱい。この通りの並びにはLittle Tokyo-La mansion du mangaと言う漫画書店もあった。
フランス人はかつてのパリ万博でジャポニズム・ブームに沸いて、100年以上を経た現代ではおオタク文化が受けている。
こんなフィギュアも2〜300年後くらいには、美術史や文化史に残って、未来のオタク研究家は個々のフィギュアの生まれた背景や個性を探求するんだろうか。 -
シテ島。パリ最古の橋、ポン・ヌフ。
パリの歴史は古代、この島に砦を建てて住んだパリシイ族から始まった。
(Photo:1962年角川書店発行「パリとパリジエンの歴史」より) -
こんな感じで始まったデス。角付き毛皮をまとってマス。
(1962年角川書店発行「パリとパリジエンの歴史」より) -
シテ島脇のセーヌ川。
映画「フランティック」にこんな河べりがあったな〜と思って撮った。面白い映画だった。ハリソン・フォードは情けない顔が似合うトラブルに立ち向かうヒーロー。 -
もう時間も遅くて混んでいて、中に入る気になれなかったノートルダム寺院。
外観だけ観て来た。
ず〜っとず〜っと昔、小学生の頃、ヴィクトル・ユーゴー原作の「ノートルダムのせむし男」の映画を観た。鐘をつく場面と怪物達の彫刻のほんの数場面しか覚えていないないけど、せむし男が細身だったから多分1956年のフランス版だったと思う。
前に両親とここを訪れた時も、父は同じ事を思ったかもしれない。
もう一度見たいなあ。 -
ここでいくつか資料を拝借しているこの本、角川書店発行「パリとパリジエンの歴史」。当時ベルギー、パリに在勤した伯母から譲り受けた。
1962年発行で、詩的見出しが戯曲の台詞ようであり、文体も少々読みにくのだけれど、良く集めた資料やふんだんな絵と写真でとても面白い。これだけの数の写真印刷だから、当時のお値段で6500円。 -
1日良く歩いた後、ノートルダム寺院近くで一休み。
ビールをぐびぐびっと! -
こんな感じのお店でござんした。
-
ある日家の前庭で、庭のことでは何かと世話を焼いてくれる隣人と、今回の欧州行きの話しになった。隣人おじさんは毎年最低2〜3回、夫婦で、あるいは家族で海外旅行をする。パリに行くなら夜はナイトクラブだ、ムーランルージュだと勧めるので、アイアイサーと、予定に入れていた。
予約はホテル到着時にコンシェルジェに頼んでおいたが、希望日には席が取れず、結局リドへ。
夜9時からのショーで、まだうっすら明るい日没のシャンゼリゼをそぞろ歩きしながらリドへ向かった。
ショーは40ユーロのシャンパン付きで二人で180ユーロ也。
ショーが始まる迄の間、ステージ前はお客のダンスに解放される。
いつかチャチャ位踊れるようになりたいものだ。
ダンサー達の鍛えた美しいボディに比べて、我が腹はたるみ、ボヨンボヨン。
この後は、深夜に開いていたシャンゼリゼ沿いの L'Alsaceと言うレストランで夜中の腹ごしらえだ。これだからお腹はボヨンボヨン。納得。 -
4日目(9月13日)晴天
夕べの就寝は遅かったけど、オランジェリー美術館へ向かうべく起きた。
地下鉄でやって来たここは朝9時半頃のコンコルド広場。
かつての革命広場だ。
月曜日の朝とあって、交通量の多いこと。大きなロータリーで車が広場をグルグル廻っていた。 -
広場っぽい写真が無いからGoogleから拝借。
(写真はGOOGLE MAPから) -
チュイルリー庭園を通って、セーヌ川沿いに建つオランジェリー美術館へ向かうが、途中にこんな風に椅子が置いてあるから、やっぱり座っちゃう。
天気も気温も申し分無く、噴水の音を聞きながらのんびり1時間ぐらい読書するのにぴったりの場所だ。しかし本日の忙しい旅人はそうも言ってられんので、この辺にしておく。
それにしてもこの椅子、背もたれの角度違いで2種類あって、すごく可愛いのだ。
木製のアームレストがいいんだな。
家の庭の椅子で良さげなものを探していたので、本気で持ち帰りたくなってしまい、しばし見入ってしまった。今度こんなのを探してみよう。 -
オランジェリー美術館。モネのお部屋。
焼失して今は無きテュイルリー宮殿のオレンジ温室だった建物を,モネの睡蓮の連作展示のために整備した。
(オレンジの温室。。。そうか、当時貴重だった温暖なスペインのバレンシアオレンジに味をしめた王族が自国でもと、ここで栽培したのかもしれないな。きっと。想像デス) -
日本人は印象派の絵画もクラシック音楽も大好き。
特にモネは大人気。 -
近寄って見る。
ひゃあ、モネだわ〜。 -
写真はガラス越しに見る、ポール・ギョーム氏のアパルトマンのミニチュア。
とっても良く出来ていて、和む。
モネもいいけど、ここでは、自分の美術館を夢見、志半ばで夭折した画商ポール・ギョームのコレクションを、妻と実業家の再婚相手とで引き継ぎ、やがて国に寄贈した作品群を見ることができる。モディリアーニ、ピカソ、マティス、ルノワール、セザンヌ、シスレー、ユトリロと、近代の見応えのある収蔵作品は、大いに鑑賞でき大満足だ。 -
ここで実際に展示されている絵画は、ギョーム氏のアパルトマンではこんな風に展示してあったんだ。
こんなにお洒落じゃないけど、ちょっと昔(人により、大分昔)に銀座に「現代画廊」と言う画廊があったそうな。そこの画商で作家で美術エッセイストの洲之内徹を思い出した。氏の本を読んだ事はまだないのだが、縁があったようで彼からの葉書を何枚か東京の家で発見した。「気まぐれ美術館」始め著書もたくさんあるので、そのうち読んでみよう。きっと日本近現代洋画の鑑賞が面白くなりそうだ。 -
さて、この部屋はマティスとピカソの絵が多く展示されている。
この時期、ピカソ美術館が工事のため閉館中で残念だったが、ここでイイものを見れたので、満足。
タイトルは忘れたが(手元に画集が無い)若い夫婦が嘆き抱き合っている絵に、我ら夫婦は揃って打たれてしまった。
夫は猫だけどピカソが好き。(見ているのはマティス) -
私はこんな色のあるマティスが好きだ。
これなら自分でも描けそうだなんて思わせちゃって、もう。 -
マリー・ローランサン
子供の頃、高級クッキーの缶にローランサンの絵が印刷されていたような記憶があるけど。。。東郷青児の間違いかな。どっちでもいいのだが、子供の目に印象を残す幻想的な絵に違いは無いのだった。 -
セザンヌ作品もいろいろあって、人物画も良かった。
パリには他にも行きたい美術館があったけど、アムステルダム、ブリュッセル、パリの諸美術館を駆け足で廻った最後の美術館として、オランジェリーは良い締めくくりだった。
翌日ベルサイユ宮殿も控えているので、これ以上欲張ると雑になっちゃうからね。 -
さてこの日の午後は、マレ地区に出かけた。
お昼はこちらのカフェで、ブリュッセルのあのレストラン以来、久しぶりにお肉を頂く。これまでサラダとお魚が多く、お肉はモノポリで手に入れる、つまみのプロシュート(生ハム)くらいだったものね。
相変わらずフード写真が無い。あるのは食べ終わった汚れたお皿とボヨンボヨンのお腹が写っているのしか無い! -
マレ地区。この辺はお洒落なエリアだ。
とあるウインドウで、YOKOに似合いそうな素敵なワンピースを発見!(写真無し!すまぬYOKO)。
私のお腹と二の腕が締まっていて、もうちょっと若かったら衝動買いしそうだ。
値段を見ると、これが結構高い。
こういうお洋服は、彼氏が奮発してプレゼントしてこその品だ、と我ら夫婦で納得。 -
どこをどう歩いて来たか。
途中、輝くオ−ラに包まれた可愛い顔をしたファッションモデルとフォトグラフー、AD風の人が通りの真ん中に躍り出て,ゲリラ的撮影を始めた。良く見ると彼女の細かい編み目のストッキングに2つ程大きな穴があいている。パンク風なら分かるけど、普通の膝上丈のワンピ−スドレスに穴開きストッキングで平っちゃら。どうも普通のファッション撮影と違って、モデルも個性が強そうでこの穴開きストッキングが妙に似合う。モデル以上女優未満と言った人物のポートレイト撮影と言ったところだろうか。 -
そんなで、何かのアトラクションを見ているようだったが、やがて、サン・マルタン運河に出た。
(GOOGLE写真) -
パリに学びパリで認められパリで亡くなった日本人画家の一人。
これを描いた荻須が見た風景はサン・マルタン運河だったんだな。。。きっと。 -
こうしてリパブリック広場まで歩き、地下鉄でホテルへ戻った。
-
夕方、ホテル近くのデパート、 ギャラリー・ラファイエットに表敬訪問。
ここでは自分にブーツと、主人はセールのジーンズを2着お買い物。
上の階にカフェがあると聞いて歩いていたら、エスカレーター前でウロウロしている中年インド人カップルに「××売り場は何処か知っていますか?」と声をかけられた。こちらも旅行者だから分からないと応えたとたん、「あ、いや〜、日本人ですか、そりゃちょうど良かった!私たち今度日本に行くのだが、為替はいくら位かな」「これだけのお金を両替しなくちゃいけなくてさ、日本のお札がどんなのか見た事無いので見せてくれないか」と言ってお財布の中の厚いUSドルの札束を見せびらかせてくれた。そこですかさず女性が言ったもんだ。「私たち、新婚旅行で行くの」身なりはきちっとしている、中年の新婚さん。「わ〜、それはおめでとう」と祝福したが、もうこのあたりからこちらも変だナ、と思い始めている。主人が「僕は外国では現金持たないよ。カード精算だよ」と言ってもなぜか引き下がらない。「それホント。彼はいつも持っていないですよ」と言ったら、「じゃ、あなたは?」と聞かれた。ワ、ワタシですか!主人は笑い出した。
「日本円とはお財布別にしていてホテルに置いてある」とうっかり本当の事言ちゃったら、「それでは、ホテルに取りに行ってはどうか。私たちは幸せな新婚旅行をしたいのだ」と真顔でのたまうではないか!
ふざけるなー、と思ったか、言ったか、もうこの時点では、そこまで言いますかと私まで笑い出してしまった。「いえいえ先を急ぐので。では良いハネムーンを!」と挨拶して足を進めたら、渋った顔をして何処かへ行ってしまった。カフェに行くのに一周したら、エスカレーターの下に隠れるようにしてまだ何かこそこそしていた。きっと、偽札で安いレートで外貨と交換する常習犯かもしれないな。ここで日本円を見せたら巧妙な事をしたのかもしれないけど、とにかく気をつけよう。
そんなことがあって、そのエスカレーターに乗ってカフェでの軽食でござる。 -
この日の夕食を求めて9時過ぎにホテル近くを北駅方面へぶらぶらと。
そこで「LEGRAND CAFE CAPUCINES]と言うレストランの表のメニューをのぞくと
フランス語のわからぬ私でも、オマール、アメリケーヌとあるのが読めた。
「海老のアメリケーヌ」とくれば、80年代の原宿の「プレイバッハ」の記憶が呼び起こされた。美味しかったな〜。行けばいつもアメリケーヌ。
てなわけで、ここに決定!
(写真はLEGRAND CAFE CAPUCINESのWEBより) -
しか〜し、思い出のアメリケーヌとは違ったイメージ、違ったお味。これはオマール海老でなくて伊勢エビ!?
もっとクリーミーだったのに、昨今のフランスも健康志向になってきたってことでありまひょか。
インテリアはアールヌーヴォーで落ち着けた。
(写真はLEGRAND CAFE CAPUCINESのWEBより) -
5日目(9月14日)
この日は朝から電車でベルサイユへ向かった。
地下鉄の通路は通勤の人達が忙しそうに歩いているのを見ながら、我々はミルクスタンド(カフェ?)で簡単な朝食を取り電車へ乗り込む。 -
前もベルサイユ宮殿には両親と電車で行ったのだが、行きと返りで違う電車に乗ったような気がしたな。
フライトやクルーズ、ホテル選びは率先して調べて吟味して提案してくれる我が夫だが、こういう細かいことを調べるのは大抵私の役目だ。家を出発して11日目のこの日になると、もうこちらも旅の疲れが出て来て、路線図を追うにも目がしょぼしょぼしてくるから、だんだん横着になって来る。
で、今回はコンシェルジェに聞いて、Invalides駅で乗り換えて行く。
ところで、黄色いポストイットとペンは、コミュニケーションを助ける私の旅の必需品だ。調べる事、調べた事、聞いた事、何かの要領や役立つ事を等をポストイットにメモって、いつも取り出しやすいようにしておくのだ。忘れない様にホテルのドアやTV脇に貼っておくこともできる。最近固有名詞が出にくくなっている上に、外国語だ。1回で覚えられる分けがない。iPhoneもいいけど、相手に書いてもらう事もあるからね。黄色と言う目立つ色もまた重要! -
さて、乗ったRERの車内は向かい合わせの座席でこ綺麗だった。途中の駅から、革ジャンを着た大柄な黒人の男性が私たちの前に座った。
目があったりそっぽ向いたり、ガイドブック読んだり、どうにも目の落ち着き場所が無い。最初はお互いに黙っていたけど、そのうち英語でいろいろ話すようになった。アフリカのどこそこの出身だとか、どこそこで働いているとかそんな事。全ての内容は忘れたが、能天気な観光客が見る華やかなフランスの裏にはアフリカからの移民との問題も多く、そんな事を思い出させられるような時間だった。優しそうだけど醒めているような落ち着いた人ではあった。
(写真はムービーからの切り取り) -
ベルサイユの駅に付いて1KM近く歩いたかな。
ここでは地図を拡げてキョロキョロしなくても、人の歩く方向を追って行けば宮殿に辿り着ける。 -
宮殿前には昔は無かったセキュリティ設備のある入り口が、新しく設置されていて、たくさんの人が既に並んでいる。
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入館して、日本語ナビを受け取るとすぐに、1710年完成の王室礼拝堂。
ルイ16世とマリー・アントワネットの婚礼も行なわれた。
1624年にルイ13世が建てた最初の小さな狩猟の館から現在の建造物になるまで、どのような変貌を遂げたのか、この「VERSAILLES 3D」が分かりやすくて面白い。
http://www.versailles3d.com/jp/ -
いろいろと研究中のさんさこさん。
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スワロフスキー製のシャンデリア。
この宮殿で1日に消費されたロウソクは一体何れくらいになったのだろう、と調べてみたら、マリー・アントワネットの生まれる以前の1739の年舞踏会時で、2万4千本と言う説有り。取り替えるだけでも大変だああ。
ロウソクって小さな黒煙をあげるから、実際は天井なんてすすけてたんでしょうなあ。 -
ちょっとしたところの彫刻に目が止まる。
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絢爛豪華な王様の寝室。
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こんなファブリックに目も行っちゃう。
-
同じ柄だけど、こちらの方が好きだな。。
リスが可愛いでしょ? -
ふと表を見ると、、、何だあの金色の物体は。
-
でで〜ん!
そうなのだ。丁度この日10月14日から現代美術家の村上隆の作品展がベルサイユ宮殿で始まったのだ。
前日にホテルのTVのニュースで知ったが、歴史的建造物や美術と一緒に展示するには作風が合わないと、抗議が出ているそうで、観光客はどう受け止めるかで物議を醸している様子。それにしても、この企画を通した学芸員も勇気有るけど、それを承認したベルサイユ宮殿側もすごい。頭が固くないんだな。
フランス人は、幕末から明治は浮世絵や工芸品、今日はオタク・マンガ文化背景のオタクアートと、日本文化において親日的。 -
ということで、村上隆氏の作品をいくつか。
サザビーズのオークションで一躍有名になった作品も登場。
欲しい人は欲しいのだ。 -
私はセクシーウエイトレスよりもこちらのほうがまだほっとする。
でも確かに、なんでここに?と言う感じだったけど。。。。 -
しかしながら、これらは何かで見た事があって、実物を見れたのでホウホウと。
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ここでの作品展示が賛否両論とのことだけど、観に来ている人は写真を撮ったり眺めたり無視したり。
欧米人はさほどこのギャップに不満気ではなさそうだった。
むしろ日本人やアジア系の観光客が戸惑っていた感じだ。 -
かくいう私も、最初はウワ〜っと思ったけど、個別展示もあったし、つい写真を撮っちゃう。
-
これなんかシャンデリア背景に可愛いと思ちゃった。
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ほらね。
村上作品がどで〜んと展示されている所もあったけど、気にせず観れる所もある。 -
お花はこんな空間でこんな風に笑っているし。
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お庭に出れば、先ほどの金色はカッパだった。
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さて、今回はトリアノンや王妃の村里まで出かけたい。
前回、父はプチ・トランに乗って一人で庭園を見て回ったけど、私はこの噴水抜けの景色をスケッチしている母につきあったんだ。
この日もスケッチしているアジア系の女子を見かけた。上手に描いてた。
先ずは運河沿いに真っすぐ歩いて、途中トイレと売店に立ち寄りベンチで軽食を取った。
長期滞在ができたなら、時間に縛られずに1日を過ごすのにもってこいの庭園だ。
天気が良く日射しが強くなって来た。 -
水路から大トリアノン迄テクテクと1.5KM程歩く。
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大トリアノンのピンク色の渡り廊下。テラスと言うべきかな。
(写真はベルサイユ宮殿のHPより) -
大トリアノン
(写真はベルサイユ宮殿のHPより)
続いて小トリアノンへ移動。 -
バラを持つマリー・アントワネット。
これを描いた宮廷画家もとっても可愛らしい顔の女性画家だ。ベラスケスもそうだったらしいけど、実物よりも割り増しで美しく描く事も宮廷画家は忘れない。クライアント様ですから。今で言うならデジカメの美肌モードと言ったところかしらん。
(写真はコンパクトカメラのムービーから切り取ったから画像) -
素敵なお皿。
高解像度で見るとイイ。 -
この部屋では可愛い花柄ファブリックが統一して使われている。
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各宮殿で使われているいろいろな生地を見るのも楽しい。
いい柄の生地はいつまでも作り替えられる。
昔は着物からお布団になって座布団カバー。我が家も母の新婚時代のワンピースがクッションカバーになって、端切れは小物入れの袋になった。 -
アントワネットが農村生活を楽しむために拵えた、王妃の村里への移動途中。
庭園の中では野趣溢れる花達だ。 -
まるで、
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おとぎの国のよう。
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カボチャ、かぼちゃ、南瓜!
王妃の村里の畑。
大きいいんだな、これが。南瓜の馬車をがいくつも現れそうだ。 -
さて、帰りこそはプチ・トレンに乗ろうと、乗り場の列に並んだ。
しばらくしてやってきたけど、列に並んでいる人は皆がっかり。時間的に帰路に付く人で8割がた一杯だ。我々はギリギリ乗れるのか微妙な所に並んでいたけど、果たして乗れなかった。炎天下で暑いし、次を待たず歩くことにした。 -
覚悟はしているがこの道のりだア!
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更にこの距離だアアア!
そして駅迄さらにかかる。
ええ、歩きましたとも。今回一番歩いた日だ。 -
さあ、今回の3都市アムステルダム〜ブリュッセル〜パリと巡った旅の最後の晩はオペラ観賞でしめくくる。
ホテルに戻り着替えて出かけた。
事前のチェックで、ロッシーニのオペラ「アルジェのイタリア女」と「さまよえるオランダ人」をガルニエとバスティーユのオペラ座で演ると知ったので、観るならこの日と考えていた。
「アルジェのイタリア女」は丁度シーズンが始まったばかりの公演2日目なので、無理だろうなあと思いつつもホテルの近くなので、パリ2日目に駄目元でオペラガルニエの売り場に立ち寄ってみた。最悪な座席だけが何席か残っていた。普段、座席にはちょっとうるさいさんさこさんですけれども、オペラガルニエの中も見れるし、25ユーロだ、行ってみよう!と、最悪中のベスト座席を買った。公演当日にはショップで折りたたみ式オペラグラスも買った。
階段を上って、上って。 -
ここまであがった。
天井に頭をぶつけそうな感じだけれど、シャンデリアと一緒にシャガールの天井画のディテールを間近に見れた事は意外にも良かった。劇場を見下ろした光景はこんな事でもないとなかなか見れないしネ。
ステージの右端10%が欠けて見れないと言う座席の位置の悪さは覚悟していた事だったけれど、ピッチの狭さと言ったら酷いもんだった。足を三つ折りにたたまないと収まらないくらいだ。体の大きい欧米人も苦しそうだった。 -
私たちはクラシックコンサートやバレエは好きで行く方だが、オペラは初心者だ。
座席は悪く、舞台上に流れる英語の字幕も追いずらく読もうとも思わなかったが、ソプラノの美しさに感動。歌う言語で違いも出るかと思うが、滑舌も美しくコロコロと唄う。
昔の地中海は海賊が横行していていたからね。こういう物語ができるんだと。
今はどうだか知らないが、1960年代のアルジェの日本大使公邸も海賊の親分のお屋敷だったと聞いた事がある。
さて、見終わったら階段を下りて、下りて。 -
6日目(9月15日)晴天
今回の旅の最終日だ。いやいや、良く移動し良く歩いた12日間でした。
疲れた旅行者はこの日はのんびりと起きて、ブランチを取りがてらすぐ近くのプランタンに最後のお土産の物色に出かけた。
最後にお部屋から中庭の雰囲気をパチリ。
そしてホテル近くのバス乗り場からシャルルドゴール空港へ移動。 -
空港では、ベルギーで買った免税品の手続きを、ヨーロッパを最終的に出発する空港ですることになっていたので税関オフィスに立ち寄った。
何やら新しい免税処理機械が導入されたとかで、TVのニュースで紹介するのに協力を求められた。「顔を伏せてくれたら」と協力中の写真。 -
空港ではパリで頂く最後のシャンパンを。
でもおつまみはポテトチップスしか無かった。
この旅行の後はすっかりシャンパン派になった。
シドニーにも、安くても美味しいスパークリングワインがある。
かくして、「仕切り直しの欧州旅行、アムステルダム〜ブリュッセル〜パリの旅」3部構成の旅行記は終わるのだ。
さすがにパリ篇が長くなってしまったが、
ここまでおつきあいして読んでくださった方々へ、
有り難うございました。 -
追記:パリで買ったお気に入りその1
これは何て言うんだ、本が印刷された厚紙製の飾りパネル。。。
舞台美術に使われるアイデアを取り入れたインテリア商品。
ただの厚紙の切り抜きなのに立体感がイイ。 -
追記:パリで買ったお気に入りその2
こちらはキャンバス地に本棚を印刷した壁紙もどき。
オフィスの本棚の裏面に貼ってついたて代わりに使用中。両面本棚ってわけデス!
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