2011/06/21 - 2011/06/21
7237位(同エリア10353件中)
キヌちちさん
ロンドンで「ビートルズ・ウオークス」に参加し、ビートルズゆかりの場所を見て歩きました。1969年発売のアルバム「アビイ・ロード」のジャケット写真で4人が渡っている横断歩道を感激の気持ちをかみしめながら渡りました。世界中からビートルズ・ファンがやってくるというこの横断歩道は、2010年にイギリス政府から文化的・歴史的遺産の指定を受けたそうです。訪問時にも大勢の人々が何度も横断歩道を行き来して、歩く姿をカメラのレンズに収めていました。
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「ビートルズ・ウオークス」参加者の集合場所のマリルボン駅。日本人の参加者は他にはおらず、総勢三十数人。参加費は6ポンド。
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ガイドのリチャードさんが出発前のあいさつ。20年以上「ビートルズ・ウオークス」のガイドをしており、昨年までに15万人以上を案内しているそう。
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最初の見学場所は、1964年に制作されたビートルズ最初の映画「A Hard Day's Night」(日本でのタイトルは「ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!」)での撮影地の一つ、マリルボン駅。リチャードさんが同駅での収録シーンの写真を示して説明してくれた。
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マリルボン駅右横のBoston Place。「A Hard Day's Night」のオープニングでビートルズが大勢の女性ファンに追っかけられて走ってくるシーンが収録された。ジョージが転ぶシーンはハプニングだった。台本にはなかったが、ディレクターが「よい出来」と感じ、そのシーンをそのまま映画に使った。映画を見直したら、起き上った後ジョージをはじめ4人が苦笑していました。自然な演技だったんですね。登場ファンも実際のファンだそう。
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マリルボン駅構内。4人がファンに追われて駅舎内に駆け込む場面、左壁側に置かれていた3つの電話ボックス(その後に撤去されて今はない)をジョン、ジョージ、リンゴが使うシーン、3人がファンから逃げるのに苦労している間、付け髭で変装したポールがベンチで新聞を読むシーンなどが撮影された。プラット・ホームでは列車の乗り込む場面が収録された。
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マリルボン駅構内。付け髭で変装したポールがベンチで新聞を読むシーンの写真を掲げて説明するリチャードさん。
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映画の中で4人はリバプールからロンドンまで列車に乗ったとされているが、実際の撮影は乗り降りともこの駅だった。
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ウエストミンスター・カウンシル・ハウス(元マリルボン登記所)。ポールとリンダが1969年3月12日に、リンゴとバーバラが1981年4月にそれぞれ結婚届を提出した所。ポールとリンダは空き瓶やファンを避けながら裏口から建物に入った。建物外にはビートルズ・メンバーとの最後の結婚チャンスが消え去ってしまった、と数人の女性ファンが泣き叫んでいたそう。
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ウエストミンスター・カウンシル・ハウス前で説明を聴くウオーキング参加者ら。
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リンゴが1階と地階を所有していたアパート。シカゴ・トリビューン紙は「究極のロックン・ロール・アパート」と称した。リンゴが他へ引っ越した後、ポールが地階、1階にジミー・ヘンドリックス、アニマルズのチャス・チャンドラーが借りて住み、大勢のミュージシャンが行き来した。ジョンはここで先妻のシンシアと別れ、オノ・ヨーコと暮らした。ジョンとヨーコは移って来た日にLPのカバー用に2人の裸の写真を撮ったが、EMI社長が不快感を示すなど物議を醸した。またジョンとヨーコは大麻所持で警察に逮捕された。ジョンはこれが後に影響し、1971年に移った米国で76年までグリーン・カードを取得できなかった。
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リンゴが所有していたアパート。ジョンは1968年にここで暮らした。アパートの玄関横の壁には、ジョンの名誉を称えてイングリッシュ・ヘリテッジが与えた「青の銘板」が掲げられている。
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リンゴが所有していたアパートについて、長いエピソードを聴くウオーク参加者。
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物議を醸したジョンとヨーコの裸の写真を示すリチャードさん。皆さん苦笑しておりましたが、当事者の1人が日本人であり、当方は複雑な心境でした、この時は。
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ベイカー・ストリートのアップル・ショップ。アップル・ショップはビートルズの最初の主要なアップル事業だった。ビルの外壁は一時サイケデリック調のカラフルな絵で彩られたが、地域の不評を買い、地方自治体の命令により取り除かせられた。
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ベーカー・ストリートのアップル・ショップ。ここの壁にもジョン・レノンの「青の銘板」が掲げられていた。
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アップル・ショップ入居ビルの外壁が、サイケデリック調のカラフルな絵で彩られた時の写真。
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ウインポール・ストリートのアッシャー家。ポールが1966年まで住んだ。ポールはこの家の娘で、女優のジェーン・アッシャーと67年に婚約(68年に解消)した。ジェーンの兄は「ピーターとゴードン」のピーター。ジョンも頻々に訪れ、この家でアメリカで最初のヒット・チャート1位になった「抱きしめたい」をはじめ、「イエスタデイ」「ヒア・ゼア・アンド・エヴリホエア」などの曲が作られた。
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ポールが一時住んだアッシャー家。
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映画「ヘルプ」の撮影で使われたブランドフォード・ストリートのレストラン横。リチャードさんが掲げる写真はリンゴが登場するシーン。
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参加者は地下鉄のベイカー・ストリート駅からセント・ジョーンズ・ウッド駅まで1駅乗車。アルバム「アビイ・ロード」のジャケット写真で世界的に有名なアビイ・ロードの横断歩道を目指します。
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地下鉄駅から徒歩10分くらいでしょうか。はるばるやってきました。アビイ・ロードの横断歩道。感無量です。多くの人たちがビートルズのように歩道を渡る姿を写真に収めていました。
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訪れた時、日本人の姿は見かけませんでした。これだけ世界的に有名な観光スポットでは珍しいことです。
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「アビイ・ロード」のジャケット写真についてと、その後のさまざまな反響などを細かく説明してくれたリチャードさんの腰には、いつの間にか「アビイ・ロード」のジャケット写真をイメージしたバッグが提げられていました。気が付かなかった。
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思ってた以上に交通量は多いですが、横断歩道に信号機はありませんでした。
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この横断歩道は、2010年にイギリス政府から文化的・歴史的遺産に指定されたそうです。中央の白い服のお嬢さんは何度も何度も横断を繰り返しておりました。
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白い服のお嬢さんがまた渡り初めました。
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中央の年輩のおじさんも歩くポーズを変えながら歩道の横断を繰り返しておりました。
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ここから横断歩道を写すのがベストのようです。横断歩道を渡り終えた人が交代でカメラ役となり、こちら側にやってきます。
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手前の黄色いジャンパーの人は交通監視員でしょうか?
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横断歩道の周囲は大勢の人だかりが途切れませんでした。自らは横断しないで、他人の横断光景を眺めているだけの人も多数いました。
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あれ、中央にまた白い服のお嬢さんの姿!、まだ渡っていました。30分近くも渡っています。すごい!!ビートルマニアの根性を見たような、脱毛、いやもとい脱帽!!
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ビートルズのアルバム「アビイ・ロード」ジャケット写真のパロディの一つ。
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アビイ・ロード・スタジオ。イギリスのレコード会社EMIが1931年11月に開設したロンドンの録音スタジオ。1970年代にアビイ・ロード・スタジオと改名するまで、EMI Recording Studiosという名称だった。改装工事中でした。
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アビイ・ロード・スタジオ。ここでビートルズは発売されたレコードの大半を占める191曲を録音した。
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アビイ・ロード・スタジオ前に掲げられていたファンがジョンへ宛てた手紙。
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アビイ・ロード・スタジオの門柱と塀。所狭しと落書き、世界中のファンによるメッセージが記されていた。
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日本人によるメッセージもかなりありました。
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地下鉄「セント・ジョーンズ・ウッド」駅舎入り口横の「ザ・ビートルズ・コーヒー・ショップ」。ビートル・グッズもいろいろ販売しておりました。
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地下鉄「セント・ジョーンズ・ウッド」駅舎内。窓を通して「ザ・ビートルズ・コーヒー・ショップ」の店内が見える。
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ガイドだったリチャード・ポーターさんが著した「Guide to the Beatles'London」。上記の写真説明はこの本を参考にしました。
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