2011/05/13 - 2011/05/19
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アルデバランさん
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西暦1066年という年はイギリス人にとって日本の1945年と同じように大変重要な年。
イングランド王のハロルドは兄弟やノルウェー人との戦いでヨークまで行ったり来たり。
そこへ満を持して従兄弟のノルマンディのウィリアムがドーバーを渡って攻めて来た!
バイユーの刺繍っちゅうのにその様子は描かれており、かわいそうにハロルドは矢に目が刺さってあっけなく戦死…
(あっ、逆か!目に矢が刺さって)
こうしてウィリアムがイングランド王になっちゃった。
だってノルマンディ公のウィリアムはフランス王の家来だよ…
ウィリアムはサクソン人の土地をぜーんぶ取り上げて貴族や騎士たちに分けたんだ。
そのかわり彼らはいざというには家来を連れて剣をもって王の下にはせ参じた。
いざ、鎌倉…なんて、上手いやり方を考えたね、ウィルは。
彼が短期間にイングランドをあっという間に支配できたのは各地の要所への城郭築城だといわれており
ここヨークなんぞ、8日間で築いたというから、まるで羽柴秀吉だよね…
当時の城郭は木造だったけど、土を大量に盛り上げてその上に城を築いたんだ。
しかもドゥムズデイ・ブックっちゅうウィルのノートに土地から何から、みんな記入するという念のいりよう。
これも羽柴秀吉ですね…
今となってはその時代の物はほとんど無いけどこのヨーク城があった所で昔を偲んで見ましょう…
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
クリフォード・タワー。
周りは朝は誰もおらずだだっ広かったけど、一面駐車場になってました。 -
こちらはどちらかといえばクリフォード・タワーの裏側です。
そこは上り口じゃないって!
うらにちゃんとした階段がありますので、ご心配なく。 -
入場料を払って中に入ると…
何もない!
これで入場料取るのか!と騒ぐ人きっといるだろうね。
上には登れるようです。登ってみましょう -
マウンドの上の塔(城壁)ですので見晴らしのいいこと、いいこと
(ヨーク・ミンスターのセントラルタワーには負けるけど…) -
ほらね、あれが先程いたヨーク・ミンスターのセントラルタワーです。
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マウンドの上に築いた石造りの城の壁だけが残った。
かつて奥歯の虫歯治療でまわりだけ残って、ちょうどこんな状態になったのを思いだしました… -
平面図的には八角形ではなく四つ葉型です
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おっ!昔のカッスル城の様子が模型でありました。
本丸がクリフォード・タワーだったのかな? -
今度はクリフォード・タワーの絵もありました。
ちゃんと屋根があったのね…
先程立った八角形は中央の柱の土台の跡だったんだ。
ウィリアム征服王が建てたのは木造というからこれじゃあないよね。
木造の城郭は1190年にユダヤ人が立てこもった時に彼らと運命を共にして焼けちゃった… -
南方向、ヨーク城があった方向は現在カッスル・ミュージアムになっています。
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登ったのは裏ですが下りは危ないので階段にしましょう。
それにしても、急です。 -
したから見上げると…
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チョイと離れたところからみると…
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おっ、モルテンだ。
ニルスの不思議な旅から帰って家族を持ったのね… -
な、なんで?
火砲が据えつけられてました…
後ろの建物がヨーク・カッスルミュージアムです。
以前は刑務所として使われていたのを博物館にしたそうです。 -
カッスルミュージアムはビクトリア朝、19世紀のヨークの街の模様、
そして人々の生活用具などを展示して興味ある人によっては大変楽しい内容の博物館です。
ヨークシャーの医者のDc John Kirkさんが集めたコレクション、これを刑務所の女子監房に保管していたのが博物館になったそうで、
そりゃそうだよね、こんなのを自宅に大量に保管してたら奥さんがなんて言うか… -
特にここがこのミュージアムのメイン
通りの名称は発案者のDc John Kirkにちなんで名付けたんでしょう、
「カークゲート」の家並みを再現してます。 -
中でも、通りの真ん中の馬車は一番の人気スポットです。
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カークゲートに面した家々は様々な店舗です。
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ロウソク工場ですね。
マニュファクチュアーと解説にもあります… -
警察もあります。
留置場から逃げ出すという貴重な経験もしました… -
ここは学校の教室です
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乗り心地はどうだったんでしょうか?
当時はアスファルト舗装なんて無いから。
それで、このサスペンション… -
2階に上がると…
古民具です。 -
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農具もありました。
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さらに進むと、恐るべし…
こんなところにも中国の影が。
そう言えば西太后ってビクトリア女王を凄く意識してたっていうから… -
冠婚葬祭の展示物が隣同士で並んでましたがその中の棺コーナーです。
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部屋の割りにソファーが大部分を占めてしまうのは日本の居間兼応接でも見かけました…
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トイレコーナーです。
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17世紀のダイニングを再現してます。
この時代はマニュファクチャーが孵化・展開して産業革命というゴールへ突き進むまさにその時代であり
このような家はやはり産業資本家の特別な家でしょうね
奥のオーク製の家具が贅沢です… -
ビクトリア朝のDc John Kirkの「カークゲート」を2階から眺めます。
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カッスルミュージアムを出て、tower stから城壁めぐりを開始します。
ミュージアム裏の城壁
ちょうどこの城壁が旧ヨーク城の城壁と重なるります。
防衛上、ノルマンコンクエストのウィリアム征服王はフォス川をせき止めヨーク城の周りを水で満たしたそうで。
かのドゥムズデイ・ブックにも載っているとのこと
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