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関ヶ原の戦いに勝利した家康は天下人となりました。<br />「於大の方」は1602年、家康の招きで京都に上りました。

「於大の方」物語5(於大の方、上洛する)

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2011/06/24 - 2011/06/24

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fernando

fernandoさん

関ヶ原の戦いに勝利した家康は天下人となりました。
「於大の方」は1602年、家康の招きで京都に上りました。

同行者
一人旅
交通手段
新幹線 私鉄
旅行の手配内容
個別手配
  • 1602年、於大の方は、伏見城に家康を訪ねます。

    1602年、於大の方は、伏見城に家康を訪ねます。

  • このお城は「伏見桃山城キャッスルランド」の目玉施設として建設された、とある。

    このお城は「伏見桃山城キャッスルランド」の目玉施設として建設された、とある。

  • とはいえ立派な造りです。

    とはいえ立派な造りです。

  • 歴史的、文化的な価値はないとのこと。<br />また、耐震基準を満たしていない恐れがあるということで、お城の内部には入れません。

    歴史的、文化的な価値はないとのこと。
    また、耐震基準を満たしていない恐れがあるということで、お城の内部には入れません。

  • 歴史的に、考察されて建設されていないということか?<br />

    歴史的に、考察されて建設されていないということか?

  • 「江戸」の項でも触れましたが、皇居の伏見櫓とは明らかに違います。

    「江戸」の項でも触れましたが、皇居の伏見櫓とは明らかに違います。

  • しかし、そのたたずまいは、堂々と見える。

    しかし、そのたたずまいは、堂々と見える。

  • 圓徳院。<br /> 北政所ねねの終焉の地。

    圓徳院。
     北政所ねねの終焉の地。

  • 「於大の方」は「ねね」を京都の邸に訪ねた。<br />ねねがこの圓徳院に移り住んだのは1605年のことですので、於大の方が訪ねたのはここではない。どこかというと、「ねね」のことを調べていかなければならないので、ここでは割愛させていただきます。<br />

    「於大の方」は「ねね」を京都の邸に訪ねた。
    ねねがこの圓徳院に移り住んだのは1605年のことですので、於大の方が訪ねたのはここではない。どこかというと、「ねね」のことを調べていかなければならないので、ここでは割愛させていただきます。

  • 圓徳院の北庭。<br />伏見城から移したものです。<br />故に、この庭は「於大の方」は見ていたかもしれない。<br />

    圓徳院の北庭。
    伏見城から移したものです。
    故に、この庭は「於大の方」は見ていたかもしれない。

  • 伏見城の化粧御殿も移築したらしいが、今はない。<br />

    伏見城の化粧御殿も移築したらしいが、今はない。

  • 圓徳院の前の坂を登ると、高台寺です。

    圓徳院の前の坂を登ると、高台寺です。

  • 1606年の創建とある。<br />「於大の方」の死後であるので、ここには来ていない。

    1606年の創建とある。
    「於大の方」の死後であるので、ここには来ていない。

  • が、そのお庭は素晴らしい。

    が、そのお庭は素晴らしい。

  • 四季折々の風情を見せてくれるそうな。

    四季折々の風情を見せてくれるそうな。

  • 傘亭にてお茶をご馳走になる。<br />期間限定での開催です。<br />

    傘亭にてお茶をご馳走になる。
    期間限定での開催です。

  • 重要文化財です。<br />伏見から移築したもので、利休の意匠による茶席とのこと。<br />於大の方はこちらで、お茶していたかもしれません。

    重要文化財です。
    伏見から移築したもので、利休の意匠による茶席とのこと。
    於大の方はこちらで、お茶していたかもしれません。

  • 「豊国(トヨクニ)神社」。

    「豊国(トヨクニ)神社」。

  • 「於大の方」は「ねね」と一緒に来られたものと想像します。

    「於大の方」は「ねね」と一緒に来られたものと想像します。

  • 明治に再建されたものですので、実際の場所とは違います。

    明治に再建されたものですので、実際の場所とは違います。

  • 因縁の鐘。

    因縁の鐘。

  • 京都御苑。

    京都御苑。

  • 広い〜。<br />

    広い〜。

  • 「於大の方」は御所に参内して後陽成天皇に拝謁しました。<br /><br />ということで、「京都御所参観」に申し込みました。<br />

    「於大の方」は御所に参内して後陽成天皇に拝謁しました。

    ということで、「京都御所参観」に申し込みました。

  • 京都御所の中も写真撮影OKです。<br />「御車寄(オクルマヨセ)」。<br /> 皇居より参観者は気持ち少なめです。

    京都御所の中も写真撮影OKです。
    「御車寄(オクルマヨセ)」。
     皇居より参観者は気持ち少なめです。

  • 「諸大夫(ショダイブ)の間」。<br /> 控えの建物ということです。<br />

    「諸大夫(ショダイブ)の間」。
     控えの建物ということです。

  • 「紫宸殿(シシンデン)」。<br /> 最も格式の高い正殿。<br />

    「紫宸殿(シシンデン)」。
     最も格式の高い正殿。

  • 「清涼殿」。<br /> 永い間、天皇の日常の御生活の場として使用されていた。

    「清涼殿」。
     永い間、天皇の日常の御生活の場として使用されていた。

  • 「小御所(コゴショ)」。<br /> 天皇が将軍や諸侯と対面される場所ともされた。

    「小御所(コゴショ)」。
     天皇が将軍や諸侯と対面される場所ともされた。

  • 「御学問所(オガクモンジョ)」。<br /> 必ずしも学問のためだけでなく、和歌の会などにも用いられた。<br />

    「御学問所(オガクモンジョ)」。
     必ずしも学問のためだけでなく、和歌の会などにも用いられた。

  • 御池庭。

    御池庭。

  • 「御常御殿」。<br /> 京都御所の中で最も大きな御殿。<br /><br />家康は母於大の方に孝養の限りを尽くしました。<br /><br /><br />参考 「於大の方と水野氏」(東浦町教育委員会)<br /><br />

    「御常御殿」。
     京都御所の中で最も大きな御殿。

    家康は母於大の方に孝養の限りを尽くしました。


    参考 「於大の方と水野氏」(東浦町教育委員会)

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