2011/06/03 - 2011/06/04
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無知無謀さん
2011年05月29日(日曜日)から06月11日(土曜日)まで13泊(1機中泊含む)14日で、個人手配による夫婦のトルコの旅を楽しんできました。
個人旅行ですので、計画変更はもちろん、失敗や選択のミスによる後悔もありましたが、予想を超えた楽しい旅を送ってきました。なお、「海外旅行は天候次第」と言われる方も多いと思いますが、その面では好天にめぐれました。
本旅行記は総集編、16本に分けた各都市毎の観光編、及び、3本の番外編(ホテル、交通機関、その他)で構成しました。
その中で、本旅行記は16本に分けた各都市毎の観光編の一つでセルチュク エフェス編です。
旅行記としてアップをし、少しでも、皆様のお役に立てる事もと考え作成しましたが、どちらかといと備忘録であり、自己満足の記録になってしまったかなとも反省しています。本旅行記は写真も重要ですが、フリー旅行のすばらしさとフリー旅行の困った点、および、こんなことを知りたい等も記しています。
尚、ツアー旅行以上に個人旅行では年齢による計画面・実行面で相違が生まれると思います。その意味では、60歳前後の夫婦の旅であることを考慮してお読みください。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
6月3日金曜日。
カイセリ(カッパドキア)発16:45でイズミルへ。
16:25発のイスタンブール行きには日本人ツアー客が1グループいました。
しかし、イズミール行きには、日本人客は無し。
ツアー旅行はもちろん、個人旅行でもあまり例のないカイセリ→イズミル移動だと思います。
悩んだ末の変則移動、理由等は旅行記・番外編で。
ペガサス航空でイズミル着18:20。 -
イズミル空港へ到着。
エーゲ海地方最大の都市で、かつ、トルコ第3の都市です。
しかし、私達の旅行は、イズミル素通りです。 -
本日中にエフェス遺跡観光のセルチュクへ移動。
いろいろ調べた結果、1日6便しかないが、空港からセルチュクへ行く鉄道が最も便利。しかし、この鉄道(トルコ国鉄)の時刻表がなかなかWebで見つけられず。最終的には何とかそれらしきものは見つけましたが、PDFファイルであり、本当に最新の時刻表であるか不安でした。
写真は空港から鉄道の駅への連絡口。 -
駅の窓口で確かに19:30発の電車を確認。
ちなみに、ここの空港駅の正式名称はA.Menderes駅
空港もIzmir Adnan Menderes Airportが正式名称?
もし、時刻表が古く、または、大幅な飛行機の遅れ等で、この電車に乗れなかったら?
その場合の対策には悩んでいました。何しろ1日6便の最終電車ですから。
その場合は、まず、空港からイズミール市街へHavasででて、そこからオトガルへ。そしてオトガルからセルチェクへというルートか?
または、タクシーで、ある停留所まで行き、このイズミルからセルチュクへのバスに途中乗車する案(4travelで質問したところ、この案をいただきました)?
しかし、電車があって本当に良かった。
日本でなら時刻表どおりの当たり前の事かも知れないが、見知らぬ国ではいまいち不安でした。 -
イズミル市内のAlsancak(アルサンジャック)駅からこの空港駅のとなりのCUMAOBASI駅までは、かなり頻繁に近郊列車があるようですが、セルチュクへは1日6本のみ。
たった3トルコリラ 150円強です。
19:30発でセルチュク着20:39. -
駅の窓口に聞くと、「チケットは電車の中で購入してください。1時間ほど時間がありますから、Cafeでお待ちください」とのこと。
この駅で乗車した人は10名弱、観光客はゼロ。
非常に便利な移動手段だと思いますが、ポピュラーな移動手段ではない? -
20:39セルチュク駅到着。
さすがに、暗くなりました。 -
セルチュクでは駅から数分のUrkmezホテルへ
今回の旅行で、最もシンプルなホテルです(ネムルートダーゥの山小屋ホテルは別として)
でも国鉄駅とオトガルから近く、エフェス観光、シリンジ村観光、そしてパムッカレへの移動等は便利です。
周辺には大型ホテルはなさそうで、観光客はクシャダス泊まりか? -
小さなバルコニーも付いていました。
-
セルチュク街を散策し、お土産屋をのぞき、セルチュク駅前の噴水近くのレストランのテラス席で夕食。
当然でしょうが、何処の街でも22時は、まだ宵の口。 -
肉団子チーズ焼き、ムサカ(ハンバーグみたいなもの)等とEFESビール。
-
6月4日土曜日エフェス観光です。
遠くに見えるのは何? -
まずは、屋上テラスで食事。
食事前に、散策してホテルに戻ったとき、果物や野菜を買って戻ってこられたホテルの従業員にお会いしました。Just in timeで、その果物を朝食に。 -
8:30チェックアウトし、(スーツケースは預かっていただく)、歩いて5分のオトガルへ。
最初に、15:45発のパムッカレ直行便(普通は、デニズリでミニバスへ乗り換える)のチケットを25リラで購入。
オトガルには、写真のようなミニバスが所狭しと10台以上並んでいます。
「あのバスに乗りなさい」と教えてくれた、(セルチュク入り口経由)パムジャック行きのバスに乗り込む。 -
9:10エフェス遺跡いよいよ入場です。
入場後、左脇の事務所で日本語音声ガイドを借用(チケット20リラ、音声ガイド10リラ、音声ガイド機器のデポジットとして10リラ)し、見学のスタートです。 -
アルカディアン通り。
大劇場と港(現在、海外線はかなり移動してしまい、実感は全くないが港があったとのこと)を結ぶアルカディアン通り。 -
アルカディアン通り(皇帝アルカディアにちなんで名付けられた)をより大劇場側から見た風景
-
大劇場
ヘレニズム・ローマ時代(紀元前4世紀から紀元後4世紀)に建設
直径154m、高さ38mで半円形。
24、000人収容 -
今でもコンサートなどに使用されているようです。
今度のトルコ旅行で、4つ大劇場を見学します。 -
4つを合成した写真です。
左上:エフェスの大劇場
右上:パムッカレのヒエラポリス
左下:アンタルヤ・ミュラの劇場
右下:アンタルヤ・アスペンドス -
下から見た大劇場
「さー今日は暑いぞ!!」 -
大理石のマーブル通り。
-
マーブル通りにある、娼館の広告(ツアー客を中心に人だかり)
大理石の上に、世界最古の広告として知られる娼婦の館を示す絵が彫られています。冠を頭にのせた女性の絵、ハートの絵、娼館の方向を示すために左足の絵が描かれており、「女王様のような美しい女性と一緒に愛を育みたいのなら、このまま進むと左側に彼女が待っています」という意味に解釈されています。
また、これより小さな足の人は立ち入り禁止という年齢制限の意味だと言う説もあります。
本当かな?
一方、全く異なり、女性の顔は女神像であって、神殿への案内図だという説もあるそうだ。 -
ケルスス図書館
ローマ帝国のアジア州執政官だったケルススの死後、彼の息子が父の墓室の上に記念で建築したもの。地震等で大きな被害を受け、1970年代に修復。どの程度修復したのか? あまりに整いすぎていると思いましたが・・・。 -
知恵、運命、学問、美徳を象徴する女性像。
オリジナルはウイーンの博物館にあるそうです。
これコピー? -
蔵書12,000冊だとの事ですが、あまり図書館のイメージがわきません。
図書館に向かって右側に商業地アゴラへ続くマゼウス門とミトリダテス門。
ちなみに、アゴラとは、古代ギリシアの都市国家ポリスにおいて不可欠な場所である広場を指すギリシア語である。市場とか広場とかいう意味です。
そういえば、JALカード会員誌が「AGORA]です。 -
ケルスス図書館からヘラクレス門へ延びているクレテス通り。
-
娼館です。
先ほどの広告に寄れば、「マーブル通りを進み左側にあります。」
クレテス通りの左側にありますが、マーブル通りにも面しているとの事。 -
皆さんがお座りになっているところは、休憩の椅子ではなく、公衆トイレ跡だそうです。仕切りはなかったそうです。本当かな?
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再度公衆トイレ。
ある意味、壮観です。
トイレの下には水が流れており、設備としては、水洗トイレであり、進んだ文明を表しています。 -
ハドリアヌス神殿。
正面玄関の装飾は美しく、前門のアーチに女神、市の守護神ティケ、奥の門にはメドゥーサが、悪魔払いの目を光らせている。 -
次は、スコラスティカの浴場。1世紀に建設された公衆浴場。
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当時は3階建てだったようで、これは2階からみた写真
-
このあたりが浴槽だそうです。
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地震で破壊された浴場を自費で再建したという「スコラスティカの像」。
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次が、三角ファサードが特徴的なトラヤヌスの泉。
皇帝トラヤヌスに捧げられた泉で、本来、高さ12mあったものが修復時に縮小して再現されたものです。 -
ヘラクレスの門です。
クレテス通りの両側に大理石の石柱が立っている。この石柱に、ライオンの毛皮をまとったヘラクレスレリーフがあることから、ヘラクレスの門と呼ばれている。当時はこの石柱の上に勝利の女神のニケのレリーフが置かれていたそうです。
記念碑ですが、ここは通路ですので、誰もいない時に写真を撮るのは大変です。 -
これが、ギリシャ神話に出てくる天使の翼の、勝利の女神ニケのレリーフ
-
更に拡大します。
ニケ、英語で”NIKE”。スポーツブランドのナイキのモデルだそうです。
Wikipediaより
社名の由来は、社員の一人ジェフ・ジョンソンが夢で見た、ギリシャ神話の勝利の女神「ニーケー (Nike)」から -
ヘラクレスの門の近くにあるメミウスの碑。
ローマの悪政に対する民衆の抵抗運動ポントゥスの乱から、エフェスを平定したローマの独裁官、スッラと息子ガイウス、孫のメミウスという三代にわたるエフェスの支配者を祭ったもので、紀元前1世紀に建てられたそうです。 -
右側から見ると彫刻が見られます。
-
拡大しました。
結構綺麗です。 -
メミウスの碑の反対側にアーチを持つポリオの泉があります。
-
そのポリオの泉のアーチの右側がドミティアヌス神殿。
エフェソスの街でも最大級の神殿だったといわれるドミティアヌス帝神殿。
いまは数本の柱が残るだけだけれど、かっては巨大な円柱が連なる壮麗な神殿だったらしい。
ドミティアヌス帝は1世紀後半に皇帝に即位したものの、後に独裁的な政治を行い、ついには奥さんに暗殺されてしまったというローマ皇帝です。
死後は元老院に功績を全て否定され、皇帝の像もすべて破壊されてしまったとのことである。 -
この柱の像を拡大しました。
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ドミティアヌス宮殿から上のアゴラへ。
このあたりから南口が見えます。
バスの便を考えると北口の方が便利なため、オデオン、市公会堂を見学し、北口へ戻ることにします。
今回の旅行で円形劇場は4つと記しましたが、もうひとつありました。
それが、このオデオン、音楽堂です。
全市民が参加する会議は大劇場で、こちらでは代表者会議やコンサートが実施されたようです
収容人数は1400人。 -
暑くなってきました。
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市公会堂前です。
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北口への帰り道。
再度、クレテス通りです。 -
もう一枚。
今回の旅行で一番混雑していた遺跡でした。 -
旅行者を眺め特徴を見つけるのも、また楽しい。
日傘をさすのは東洋人(韓国人が多い)。 -
短パン、サンダルは欧米人
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紫色の後姿の女性
「ズバ と決めているのは欧米人
今回の写真にありませんでしたが、太りすぎも欧米人。 -
独特のカラフルな服装は韓国人のツアー。
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北口から数分のところ、朝降りたところと同じところでセルチュク行きのミニバスを待ちます。
20分おきにバスが来ます。 -
空にはハングライダーが飛んでいました。
シリンジ村編へ。
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