2011/03/19 - 2011/03/21
430位(同エリア1325件中)
まゆままさん
春休みに山口、広島へ2泊3日+車中1泊の旅を決行。
一度宿泊してみたかった磯崎新設計の秋吉台国際芸術村への宿泊と、まだ未見だった門司・下関の近代建築巡りを主な目的で訪れた。
こちらの旅行記では一日目に訪れた門司・下関の建築巡りと秋芳洞の見学を。
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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金曜の夜から仮眠を取りつつ運転(旦那が)、なんとか朝10時過ぎ頃には門司にたどり着いた。
山口や九州方面へは数度訪れたことがあるのだけど、門司や下関を訪れるのは今回初めてのことで
門司港や下関のレトロ建築巡りを楽しみにやってきた。
まずはこちらの国際友好記念図書館。
明治35年に帝政ロシアが中国の大連に建設した東清鉄道汽船会社事務所を北九州市と中国・大連市の友好都市締結15周年を記念して
複製建築したものだそう。
大連にもこの建物とまるで同じものがあるという。 -
ハーフティンバー様式の煉瓦造りの建物でどこから見ても華やかな建物だ・・
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外壁の石や煉瓦は大連市で加工したものが使われているそう。
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玄関床に入れられたモザイクタイルも美しい。
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一階は中国レストラン、二階は図書室、三階は資料展示室になっている。
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一階フロアーには大理石の象嵌模様が。
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一階のレストラン。
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二階の図書館
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旧門司税関。
現在の建物は明治45年に二代目の庁舎として建てられたものの外観を復元したもの。
建設当初の建物は妻木頼黄の指導のもと建築技師咲壽栄一によるもので
税関庁舎として利用された後、昭和8年に民間に払い下げられ事務所ビルとして使用され、
その後倉庫として転用された際に建物の一部が取り壊され内部の装飾が全て撤去されてしまったそう。
建設当初の姿とは大きく変わってしまったがその価値が認められ
明治時代の建築当初の煉瓦などの部材を出来る限り保存、使用して現代の技術を駆使して復元された。 -
内部はギャラリーや休憩室として新しい空間に生まれ変わっていた。
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昭和初期の税関庁舎で使われていた玄関ロビーのシャンデリア。
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二代目の庁舎で使用されていた照明。
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アールデコ風のデザインのフェンスも二代目の庁舎のロビーで使用されていたものだそう。
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一階では年代物のおひなさまの展示がとても華やかだった。
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こちらは大正6年に建てられた大阪商船門司支店を修復した建物。
オレンジ色のタイルが目を惹く。 -
八角形の塔屋とセセッション風の装飾がとても美しい。
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遠目で見ると煉瓦のように見えたタイルだったが、近くで見ると光沢のある鮮やかなオレンジ色のタイルだった。
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こちらの建物も一階、二階はギャラリーに。
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ピンク色のかわいらしい外観の建物は昭和27年に建築された英国・スコットランド系の会社事務所、ホームリンガー商会。
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現在も会社事務所として使用されている。
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旧門司駅へやって来た。
大正3年開業で現在もJR門司港駅として使用されていて、木造の駅舎はネオ・ルネッサンス様式の瀟洒な建物。 -
駅舎の内部もレトロ感たっぷり。
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大正3年に駅が開設された頃から設置されていた水呑み処。
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旧洗面所も残る。
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駅舎2階の貴賓室への階段。
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現在は資料室となっていた元貴賓室。
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大正10年に三井物産の接客・宿泊施設として建設された旧門司三井倶楽部。
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玄関入り口上部に入れられた船のステンドグラス
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1階玄関ホール。
1階はレストラン、2階はアインシュタイン博士が宿泊したこともあるというメモリアルルームもある。 -
玄関ホールにあった暖炉
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昭和9年建築の山口銀行門司支店は現役の銀行。
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料亭跡や古民家が見られる町並みも。
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思わず入って行きたくなるような中華料理店が。
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扉のデザインが凝ってる〜
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玄関周りがこんなカラフルなタイルで覆われた建物も。
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町歩きの途中でお昼のランチ。
コックテールというお店で門司名物の焼きカレーを。 -
ほんとはまだ開店前だったのだけど・・
お願いすると入れて頂けた; -
半熟たまごを崩して食べる焼カレーは熱々で美味しかった。
カレーのドリア?という感じ・・ -
商店街を歩くと懐かしい駄菓子を売ってるお店が。
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子どもたちはここで駄菓子を買って一休み。
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お店の裏手にはこんな子どもの遊び場も設けられていた。
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大正10年建築の旧岩田酒店。
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西側には巨大な防火壁の煉瓦塀が残っている。
この防火壁のおかげで火災や空襲から焼失を免れることができたのだそう。 -
立派な煉瓦造りのうだつ。
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NTT門司電気通信レトロ館は大正13年に建築された門司では最初の鉄筋コンクリート造りの建物。
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壁の頂部分には小さな四角の穴があいており、「内田式流水防火装置」と呼ばれ、火災の際、ガラスの損傷を防ぐための水の出口となっているそう。
昭和20年の門司大空襲の際にも延焼防止に役立ったという。 -
ドイツ表現主義に通じるデザインだそうで、入り口もとてもモダンな建物だった。
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門司を見物した後は下関へ。
大正4年建築の旧秋田商会ビル。
主に木材取引を中心とした商社活動と海運業を営んでいた秋田商会、当時は下関を代表する企業だったそう。
現在は下関観光情報センターになっている。 -
外壁に数カ所入れられていた黄色と白のタイルが鮮やかでかわいい。
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一階はカウンターがあり事務所として使用されていた空間。
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建築当初からある米国製の壁時計が華麗・・
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2階、3階には書院造住居があり、屋上には日本庭園、日本家屋があるそうで、和洋折衷の建物だそうだが・・
ちょうどこの日は修復工事中、とのことで残念ながら上には上へは上がることができなかった・・ -
こんな重厚な金庫も残されていた。
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日本製の金庫のよう。
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秋田商会のすぐ隣には明治33年建築の日本最古の現役郵便局舎、下関南部町郵便局がある。
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大正13年に建築された旧逓信省下関電信局電話課庁舎。
シンプルでモダンな雰囲気。
大正末期から昭和初期にかけて全国に建てられた電話局舎はほとんどがこのようなタイプの建物だったそう。 -
現在は下関で生まれた女優・田中絹代の記念館となっている。
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田中絹代ぶんか館の近くにはこんな煉瓦造りの建物が。
明治40年建築のロダン美容室(旧宮崎商館) -
下関最後には唐戸市場へ。
観光客でごったがえす市場は海鮮丼やお寿司を売るお店がいっぱい。
お昼に門司で焼きカレーを食べた後だったが・・ちょこっとづつつまみ食い。 -
さくさくのふぐの天ぷらも。
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前から気になってた「おきゅうと」という食べ物。
福岡の名物だそうで、ためしに買ってみた。
お店のおばちゃんはこれは天草が原料といってたが、ちょっと磯の風味のする寒天といった感じだった。 -
宿泊先の秋吉台国際芸術村へ行く前に訪れた秋芳洞。
秋芳洞へやって来たのは20年ぶりくらい?!
子どもたちにとっては初めての洞窟探検を楽しみにしていた。
秋芳洞は総延長10kmの東洋屈指の大鍾乳洞。
そのうちの約1kmの観光コースを歩いた。 -
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鍾乳洞の入り口へ・・
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入り口付近にはスリル満点?な冒険コースというのがあって、暗闇の中、懐中電灯片手に我が家もチャレンジした。
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鍾乳洞の中はとても自然にできたものとは思えないような石灰岩の不思議な造形美があちこちに見られる。
百枚皿 -
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洞内富士
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地球上とは思えないどこかの異星へ降り立ったかのような不思議な奇景が広がる・・
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傘尽くし
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黄金柱
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岩窟王
天井から落下する水滴が原因となって洞穴の地面から積み重なって成長する石筍(せきじゅん)というもの。 -
マリア観音
これもほんとにイエスを抱いたマリア様に見える・・
こちらも石筍により出来上がった造形。 -
クラゲの滝のぼり
どれもこれもイメージにぴったりな名前がついてるなあ。
この後、途中で地上に出れば、秋吉台のカルスト台地が見れたのに、すっかり忘れててそのまま引き返してしまった・・; -
秋芳洞の入り口までのお土産屋さんが並ぶ通り。
表札屋さんやパワーストーンを売るお店などなど、石屋さんがたくさん -
この辺りで実際にとれるのは大理石だけだそうだが、石好きの子どもたちはカラフルできれいなパワーストーンに目が釘づけ。
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記念に皆でお気に入りのパワーストーンを買った。
息子はクリスタル、娘はトルコ石、旦那はゴールドストーン、私はローズクォーツ。
石それぞれに効能があるようなので大事にお守りにしよう。。
この後は宿泊先の秋吉台国際芸術村へ向かった。
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