2010/07/16 - 2010/07/16
1019位(同エリア1572件中)
まみさん
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2010/07/16金 タリン観光1日目
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・旧市街散策しながらCityBike社へツアー申込みに行く
・エストニア国立歴史博物館(2011年5月まで改装中で閉館)
・旧市街でショッピング
・ラエコヤ広場
・旧市庁舎と博物館見学&写真撮影
・工芸美術館
夕方17時から:「自転車で巡る、ようこそタリン(Welcome to Tallinn by bike)」に参加(20時まで)
<停まって説明を回った観光スポット>
・ふとっちょマルガリータ
・タリン港
・カドリオルク宮殿&公園
・大統領官邸と衛兵交代式見学
・歌の原
・第二次世界大戦記念碑
・ピリタ川とピリタ修道院
・ピリタ通りの海岸沿いのサイクリングコース
・ルサルカ像
【タリン泊:ホテル・バロンズ(Barons)】
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ホテルから一歩外に出たら、そこに広がっていたのは中世の香りをたっぷり漂わせたチャーミングな旧市街でした@
バルト3国旅行も、いよいよ最後の町タリンとなりました。
最後なのでホテルは少し奮発し、旧市街の中心、旧市庁舎のあるラエコヤ広場のすぐ近くにとりました。
その建物自体が旧市街の一部として遜色なく、外見も内部もクラシカルで老舗の貫禄もあり、観光に便利なロケーションで、期待以上でした。
※ホテル・レポートはハイライト旅行記にまとめました。
「2010年バルト3国旅行ハイライトその5:ホテルと朝食編<ラトヴィアとエストニア>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10485076/
バルト3国の首都はどこも、その旧市街が世界遺産に登録されている、中世から近代の雰囲気を残した観光名所です。
でも、リトアニアのヴィリニュス、ラトヴィアのリガ、そしてエストニアのタリンの中では、タリンが一番、チャーミングで可愛らしいと思いました。
プラン中の下調べで、そういう感想をあちこちで仕入れていましたが、確かにそうだと実感できました。
まるで中世にタイムスリップしたよう───と、こんな使い古されたフレーズを、タリンでは敢えて持ち出したくなります。
いや、そう表現するには、からっと晴天の下の街並みは、まるで舞台照明で照らされたかのように非常に明るかった上に、私のような観光客がひしめいていましたから、正確に言うなら、ヨーロッパ中世の街並みのテーマパーク、くらいかな。
あっちこっちでカメラを構えている人がいたり、ガイドに先導された団体が散りかけては固まってぞろぞろ移動したり。
その間を、中世風のコスプレの人々たちが蝶のようにひらひらと舞っていました。
でも人間の目というのは良くできたもので、都合悪いのは上手くよけて映すから、あちこちにいた現代の観光客は、中世の街並みを鑑賞する分には、それほど気になりませんでした。
それに、ほんの数歩移動するだけでいちいちカメラを構えたくなるような絵になるスポットばかりでしたから@
ただし、撮影意欲がそそられる魅力的なさりげないスポットが目白押しだった代わりに、ガイドブックで説明されているような、とりわけ歴史ある注目すべき建物ほど写真が撮りにくく、気に入った写真がゲットできなかったのは皮肉でした。
タリン観光は、まずは行く前からネットで目をつけていたCityBikeというサイクリング中心の旅行会社のツアーを申し込んでから、と思っていました。
実はCityBike社のツアーはホテルのレセプションで予約したかったのですが、できませんでした。
というのも、私が申し込もうとしていた2つのツアーのうちの一つは、2人からの参加という条件がついていたからです。
一人旅の私はもちろん、もう1人の参加者の当てはありません。
でも、私以外の誰か観光客がすでにそのツアーに申し込んでいれば、1人参加でもねじ込ませてもらえるかもしれません。
そういう事情だったので、ホテルのレセプションの人に電話で確認してもらったものの、直接CityBike社のオフィスに行って申し込んだ方が確実だといわれたわけです。
そして実際にオフィスに出向いたときの感触では、1人参加でもねじ込ませてもらえたのは、やはりカウンターで対面で申し込んだことが大きいのではないかと思いました。
それに、CityBike社のオフィスにたどりつくまでに旧市街を突っ切っただけで、もう十分タリン観光をした気分になれました@
オフィスは、旧市街の端の方の「ふとっちょマルガリータ」近くにあって、同じ旧市街同士、ホテルから徒歩圏内でした。
CityBike社のオフィスに近づくにつれ、中世のテーマパークのようと思った、ある意味、よそ行きの顔の街並みも、次第に普段着の下町っぽいところや、荒れた姿も見せ始めたのですが、今度はそれすらも物珍しく、どこか風情すら感じられました。
CityBike社はホステルも経営していて、スタッフは北欧系の顔だちでとても背が高い、ハンサムな若い兄ちゃんばかりでした。
同時に彼らがツアーガイドも兼ねていたようです。
CityBike社の公式サイト
http://www.citybike.ee/
CityBike社で申し込んだ2つのツアーは、ラヘマー国立公園めぐりの1日ツアーと、「自転車で巡る、ようこそタリン(Welcome to Tallinn by bike)」ツアーです。
前者は、翌日のを予約しました。
後者は、2010年7月当時は1日に2回催行されていたので、夕方5時からの午後便を予約しました。
なので、それまでは旧市街観光に当てることにしました。
だいたい午前11時すぎに開始できましたが、午後3時には切り上げました。
というのも、自転車ツアーの前にはいったんホテルにきちんとチェックインして、部屋に案内してもらい、もっと軽装になりたかったからです。
タリンに到着したとき、ホテルにチェックインするには早すぎたので、レセプションにとりあえずスーツケースを預けて観光をしていたわけですが、1泊旅行くらいできてしまいそうな重いタウンバックの中身のほとんどは、自転車ツアーのときには要らないですから。
しかも、ホテルは宿泊客にはケーキとコーヒー・紅茶のおやつを無料で提供してくれましたから、いつものごとく観光に時間を割くために昼食を抜く私ですが、それで軽く腹ごしらえもできました@
旧市街観光で1番目楽しみにしていたエストニア国立歴史博物館は、残念ながら2011年5月まで修復中で閉館でした(泣)。
2番目に楽しみにしていた工芸美術館は、ちょっと思っていたのと違いました。楽しめなかったといはいわないですが、エストニアの伝統工芸が見られるかと思っていたのに対し、どちらかというと現代アーティストの作品に重きがおかれていました。
伝統工芸はむしろ、旧市街にぞろぞろあったギフトショップでの方がてっとり早く楽しめたかもしれません。
あくまで土産なので、いかにもお土産らしい小物は伝統工芸とはほど遠いのですが、そういう可愛いものを見るのは(そして買うのは)大好きなんですもの。
※タリンでゲットしたおみやげの写真はこちらのハイライト旅行記にまとめました。
「2010年バルト3国旅行ハイライトその16:ゲットしたものゲットしたところなど(完)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10488479/
また、「地球の歩き方」ではあまりそそられなかった旧市庁舎内のタリン歴史博物館は、写真撮影がOKだったせいもあり、なかなか楽しめました。
旧市街の塔からの見晴らしも、やはり必見でしょう。
○○と観光客は高いところが好き、って言いますから(いや、言いませんネ)。
ラエコヤ広場では、馬車に乗った新婚さんが記念撮影しに来ているところにも遭遇できました。
ヨーロッパでは、金曜日や土曜日は結婚式日和なのでしょう。
そして、教会で式を挙げた後、町の絵になるスポットのあちこちで記念撮影をする習慣が、たとえばロシアにあることは知っていましたが、バルト3国にもあるようです。
旧市街の中心だけあってとても美しいラエコヤ広場に、黒衣の女性御者さんが引く馬車と、真っ白なウエディング・ドレスとタキシードの新婚さん。
とても絵になるシーンでしたので、しっかりカメラに収めさせてもらいました。
ぶっちゅーっと音が聞こえてきそうだった長いキス・シーンも@
新婚さんたちにはもちろん専門のカメラマンがついていて、2人はそのためにポーズをとっていたわけですが、観光客の視線も意識していたように思います。
※ラエコヤ広場の新婚さんたちの写真はこちらのハイライト旅行記に収めました。
「2010年バルト3国旅行ハイライトその15:フェスティバルとセレモニー編<エストニアにて>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10488476
2010年バルト3国旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2010年バルト3国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10481279/
詳細版「2010年バルト3国旅行の詳細旅程(写真付き)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2010/07/2010-ccbf.html
「中世の空気を今に伝えるエストニアの首都タリンは、バルト海のフィンランド湾に臨む港町。かつて閉ざされたソ連の一地方都市だった時代は遠く去り、現在は多くの観光客が行き交う北欧に開かれた“バルトの窓”となっている。
タリンには、すでに11世紀からエストニア人の砦(Lindanise)が築かれていた。しかし十字軍騎士団のバルト地方での動きが活発になると、これに呼応したデンマーク王によって1219年に砦は占領され、トームペアの丘に城が築かれた。エストニア人はこれを“Taani Linn(デンマーク人の城、町)”と呼び、現在のタリンの名の由来になったと伝えられている。
その後はドイツ人の入植が進み、13世紀にはドイツ名のレファル(Reval)でハンザ同盟に加盟、ロシアとの貿易の中継点として活気を呈すことになる。今に残る生きた博物館そのものの旧市街は、タリンが一番豊かだったこの時代に負うところが大きい。
しかし16世紀のリヴォニア戦争で商業都市としてのタリンの繁栄は終わりを告げる。スゥェーデン、ロシアと続く支配者の時代に、タリンは要塞都市としての性格を強めることになる。そしてソ連の占領による閉塞の50年も経験した。
エストニアが独立を回復して十数年が過ぎた今、タリンにかつての社会主義時代の暗い面影は見当たらない。ソ連の負の遺産を払拭し、ヨーロッパの表情を取り戻したタリンは中世ハンザ都市のにぎわいを再びよみがえらせている。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より)
ヴィリャンディからタリンへの移動とタリンのバスターミナルやホテルまで行くのに利用したタクシーの写真とレポートは、こちらのハイライト旅行記にまとめました。
「2010年バルト3国旅行ハイライトその3:移動と市内交通編<エストニア>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10483389/
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滞在ホテルの目の前のスール・カリヤ(Suur Karja)通り
まずは、ツアーの申し込みのためにCityBike社のオフィスに向かいました。
でもホテルが旧市街のど真ん中にあり、CityBike社のオフィスはふとっちょマルガリータがある旧市街の端にあるので、向かうだけで旧市街観光になります。
「タリンの街には時代の流れを反映した家々が並んでいる。ゴシックやバロック様式のデンマーク、ドイツ、スウェーデン、ロシアなどの建築家や職人によるさまざまな建物がある。現存する4500ものこの種の家には共通点がある。建物、窓の飾り、ポーチの紋章などに使われている石灰石である。石灰石は当初の灰色が時の流れとともに薄い青みや赤みを帯びたり、黄色っぽく染まったりと変化する。これが北欧の都市の赤い花崗岩や粘板岩や玄武岩とは違った色彩の街にタリンを仕上げている。」
(「バルト三国歴史紀行 エストニア」(原翔・著/彩流社/2007年発行)より引用) -
素敵な旗のあるレストランと塔が見える一角
「地球の歩き方」でも紹介されているレストラン「オルデ・ハンザ」でした。
「オルデ・ハンザ(Olde Hansa)
中世をテーマにした、タリンの町ならではのレストラン。著名な歴史家の慣習で15世紀の商家の雰囲気と料理の数々を可能な限り再現している。肉料理のメインは200EEKくらいから。食事をするなら建物内がおすすめ。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より)
旅行前に調べた2010年6月30日現在の換算レートでは、1.00エストニア・クローン(EEK)=6.91円でした。 -
オルデ・ハンザの店先で
店員さんが全員、中世風の衣装でした。
本日の夕食はホテルの目の前のこのオルデ・ハンザで頂きました。
エストニア旅行中にとった食事とレストランの写真はこちらのハイライト旅行記にまとめました。
「2010年バルト3国旅行ハイライトその8:食事とレストラン編<エストニア>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10485246/ -
ステキな風見鶏とライオンの石像と、それから教会の塔
……と思ったけれど。 -
あの塔は教会ではなくて旧市庁舎のものでした@
ゴシック様式の美しい建物は、教会かと勘違いしました。
ホテルから旧市庁舎のあるラエコヤ広場まで5分とかかりませんでした。
ちょうど団体客がガイドから説明を受けている最中で、一時だけとても混雑していました。 -
旧市街を囲む城壁のヴィル門と、ずらりと並ぶオープンカフェのテーブル
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中世の面影そのままのヴィル門
向かって右の建物は、お土産屋さんになっていました。
こちら側からだと分からないですが、門をくぐった反対側が店舗でした。
向かって右の建物も、お土産屋さんになっていたように思いますが、うろ覚え。 -
ウース(Uus)通りにはこんな家も
CityBike社のオフィスのすぐそばです。
ホステルも経営していたCityBike社のオフィスの写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19959703/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行ハイライトその12:自転車レンタル編」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10488157/ -
機雷博物館となっている建物と、奥に見えるのはスール・ランナ門の塔かな
CityBike社で無事にツアーの申し込みをすませた後は、タリン旧市街観光です。
これはCityBike社のすぐそばにあつて目を引いた建物でしたが、機雷博物館というのにはあまり興味が持てなかったので中には入りませんでした。 -
ピック(Pikk)通り26番のブラックヘッド会館
「ブラックヘッドの会館 Mustpeade Maja
守護聖人にエチオピア生まれの聖人マリティウスを戴いた友愛会の会館。ブラックヘッドの友愛会は1399年に組織されたギルドのような社交団体で、外国人や未婚の若い商人が大ギルドに加わるための準備期間としてここに籍を置いた。彼らは町の防御にも深く関与していた。
16世紀にオランダ・ルネッサンス様式に改築された建物の外壁は、騎士の姿をした友愛会のメンバーやハンザ都市の紋章など、さまざまなレリーフで飾られている。守護聖人が彫られたカラフルなドアは17世紀のもの。建築内部には音響がすばらしいゴシック様式の「聖オレフのホール」があり、コンサートに利用されている。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
クリームイエローな建物のブラックヘッド会館
タリンのブラックヘッド会館は、ラトヴィアのリガのものと違って見つけにくいところにありました。
門の周りの美しい装飾と、写真を撮っている他の観光客の存在で目をつけて、説明プレートに気付き、あら、こんなところにあったのね、というかんじでした。
リガのブラックヘッド会館のある旧市庁舎広場の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/21245229/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/21245230/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行第7日目(1)リガ初日観光:若人による歌と踊りの祭典パレード見学後(聖ペテロ教会の塔の展望台と市庁舎広場)」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10536480/
翌日も撮影したリガのブラックヘッド会館
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/21502622/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/21502632/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/21502633/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行第8日目(4)リガ:ホントはこれだけじゃないリガの新旧の街並みの魅力」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10540942/
説明プレートによると、タリンのブラックヘッド会が設立したのは1399年ですが、ピック通りのここの建物を会館として借りることができたのは1517年であり、大きなフェスティバル・ホールが1531年から1532年にかけて増築されたそうです。 -
ブラックヘッドの紋章の守護聖人マリティウスとその周りのシンボリックな装飾
このステキな装飾が施されたのは1597年だそうです。
プレートの説明によると、黒人の聖人マリティウスの顔の紋章の周りにあるのは、当時のタリンの支配者であった、ポーランド・リトアニア連合国のジグムント3世とアンナ王妃の紋章、ハンザ同盟の盟友都市のシンボルであるロンドン、ノヴゴロド、ブルージュ、ベルゲンのものなどがあるそうです。
と言われても……(苦笑)。 -
ファッショナブルな建物があった一角
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大ギルド会館だった歴史博物館は、2011年5月まで修復中で閉館(涙)
タリンの博物館の中では1番楽しみにしていたのに(号泣)。
展示の写真撮影もOKなところだったのに。
「エストニア歴史博物館 Eesti Ajaloomuuseum
大ギルドの会館を利用した博物館。エストニアの先史時代からの歴史資料が収められている。出土品など、使われていた当時の様子を再現した展示もあってわかりやすい。タリンの死刑執行人が使っていた16世紀の首切りサーベル実物の展示もある。メインの展示室は3つの柱が天井を支えている大ホールで、中世にはここで裕福な商人の結婚式や祝宴、タリンの重要行事などが催された。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
路地の間から旧市庁舎が見える
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パステルカラーの建物に囲まれた、旧市街の中心のラエコヤ広場
「ラエコヤ広場 Raekoja Plats
デンマーク人に占領される以前から、市場として存在していた広場。中世の広場では商品の売買のほか、結婚式の行進や折々の行事、稀に罪人の処刑も行なわれた。1695年、Panickeという僧侶が食堂の女店員を殺した罪で断首されたという。市議会薬局近くに十字架の半分、L字型をした敷石があるが、この場所で彼の首がはねられたといわれている。
広場に最後に市が立ったのは1896年のこと。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
聖霊教会の塔が見えるラエコヤ広場
「この広場は北欧からの移住者が造っている。タリンの街はこの広場を中心に職人たちが木造の家を建てて、ごく短期間に同心円状に拡大していった。離れたところにシトー会やドミニコ会の修道院ができた1246年からのことである。」
(「バルト三国歴史紀行 エストニア」(原翔・著/彩流社/2007年発行)より引用) -
ラエコヤ広場にどんとそびえる旧市庁舎
左側面の一番上の窓の上に、滑車を利用して荷物を持ち上げる揚重機の棒が飛び出ていました。
ハンザ同盟時代のドイツ商人の建物の特徴。
「旧市庁舎 Raekoda
北ヨーロッパに唯一残るゴシック様式の市庁舎。14世紀半ばに最初の建物が建てられ、1404年の増築後に現在の姿となった。65mの塔の上からは有名なタリンのシンボル、トーマスおじさん(Vaa Toomas)が町の変遷を眺め続けている。しかし現在塔の上にいるのはコピーで、1530年に作られた初代おじいさんは旧市庁舎内に保管されている。
旧市庁舎のメインホールは2階。階段を上がると、そこはハンザ同盟(青と黄)と、富と力(緑と赤)を象徴する柱の色彩が美しい「市民の間」だ。中世から町の賓客を迎えてきたホールで、現在も政府の迎賓会に使われている。壁にはソロモン王の伝説をテーマにした15世紀のタペストリー(複製)がかけられ、タリンの大紋章、小紋章も見られる。
1248年にタリンは自治都市の権利を得て、市議会を設立した。市議会が利用した「議会の間」には、当時の厳格な雰囲気を伝える装飾が残っている。なかでもふたつの長イスが興味深い。14世紀の長椅子の一端にはライオンに掴みかかるサムソンが、反対側にはトリスタンとイゾルデでが浮き彫りにされ、もうひとつの15世紀の長椅子の一端にはダビデとゴリアテの戦いが、もう一方にサムソの髪を切るデリラと、その下部にフィリスの馬になるアリストテレスのレリーフが刻まれている。同時に「議会の間」は法廷としても使われた。壁面上部を飾る17世紀の8枚の絵は、それぞれ「正義」をテーマにしたものだ。
このほか2階では台所や事務室、トイレなどを見ることができる。地下室と屋根裏は展示場としても利用されている。また夏期は塔の上に上って、フォトジェニックな旧市街のパノラマを展望することができる。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
旧市庁舎の雨どいの竜
タルトゥでも、竜の形をした雨どいを見つけました。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/21880291/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/21880292/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行第11日目(1)タルトゥ:徒歩で回った前半&聖ヨハネ教会とタルトゥの19世紀の市民の家博物館」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10558136/ -
旧市庁舎内の博物館にて、13世紀の服装
入口に博物館とあったのですが、旧市庁舎になんの博物館が入っているのか、「地球の歩き方」の博物館のページには載っていなかったのでよくわからず、はじめは入ろうかどうしようか迷いました。
ちょっと覗いてみたら、昔のタリン市民の服装のこれらのマネキンが並んでいましたので、たちまち興味がそそられました。
入らなければ、「地球の歩き方」に書かれたような旧市庁舎内は見学できないところでした。
入場料は60.00EEKでした。
(旅行前に調べた2010年6月30日現在の換算レート:1.00エストニア・クローン(EEK)=6.91円) -
博物館に保護されていた、風見鶏のトーマスおじいさん
これは現在、旧市庁舎の塔の上にいるトーマスおじいさんの1530年にとりつけられたオリジナルです。 -
15世紀のタリン市民の服装
以下はそばにあった英文説明をかいつまんだ内容です。
15世紀は中世タリンがとても裕福になった時代なので、市民も服装もファッショナブルになりました。
ヨーロッパでは14世紀後半からブルゴーニュ地方の宮廷のファッションが流行しました。
タリンの商人はフランダース地方と交易があったため、フランダース地方の良質の繊維がたくさん輸入されました。
人々の服装はそれまで基本的には布に穴をあけて頭に通し、ウエストを紐でしばるような単純なものでしたが、フランダース製の繊維のおかげで、ファッション史上で大改革が起こり、体型に沿った服装が作られるようになったそうです。
女性の服装は、ハイ・ウエストとなり、ベルトにはしばしば美しい装飾が施されました。
スカートはたっぷりしたものとなって、布の美しさを見せるものとななりました。
そでも着物のように長く垂れ、そで口も長くなりました。
男性の服装は、15世紀初頭では上着は短く、細身でしたが、15世紀末になるとひざに届くほど長くなりました。
ズボンと上着はいつも違う色でした。裕福な男性は写真の人形のようにチュニックを身につけました。
チュニックは毛皮でちどりされていて、そでは替えられるものでした。
ベルトはチュニックの上につけて、そこにポーチや剣をぶら下げました。
上着は刺繍や毛皮で装飾が施されました。
市民が着用する上着やタイツや頭にかぶるものの色は2色まで許されました。 -
大ギルド会館の模型
現在は両脇にぎっしりと建物がひしめいているため、大ギルド会館の全貌はなかなか見ることができませんでしたが、こうなっていたんですね。
この模型には、滑車を利用して荷物を持ち上げる揚重機が残っています。
「大ギルドの会館 Suurgildi Hoone
1410年に建てられ、大ギルドの集会やパーティー、結婚式などに使われてきた建物。1920年にギルドは解散し、現在はエストニア歴史博物館として使われている。
ギルドとは、同じ職業の人々がむだな争いを避け、なおかつ互助を行なうために作った組合のようなもの。タリンにはいくつかギルドがあったが、この大ギルドはその最高位にあり、市長、市議会の議員はすべてここから選出された。
外壁の正面には、大ギルドの紋章でもあった赤地に白十字のタリンの小紋章が見える。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
17世紀のタリンの市民の服装と暖炉
国は違うけれど、三銃士のダルタニアンってかんじがしてしまいます@ -
17世紀のタリンの市民の服装
こちらも、三銃士のアトスとコンスタンスを連想してしまいます@
説明によると、この時代のタリンはハンザ同盟としての繁栄は衰え、スウェーデンの支配を受けます。
手工業品が服飾に豊かにし、服装に経済格差が見られるようになりました。
その上、1631年に大ギルドは階級と権力の差を強調するような市民のドレスコードを制定しました。職人とその妻は、金鎖やベルベットやタフタや毛皮が施された服装を禁じられました。
このドレスコードは、タリン市民であったドイツ人商人をバカにしていたので、人々は苛立って抗議し、1636年には市議会に一部撤回させたそうです。 -
19世紀初頭のタリンのファッション
女性の服装は、フランスで流行した、簡素で直線的ないわゆるエンパイア・スタイルが主流でしたが、ビーダーマイヤーではもっと贅沢なものが好まれました。
そでの肩の部分が膨らみ、大きなつばの帽子とともにこの時代の女性の服装の特徴となりました。
服装の他に身につけるものが重要になりました。たとえば、雨傘や日傘、ショールやスカーフ、手袋、マフ、小さなハンドバッグなど。女性はストッキングをはくようになりました。
リボンやレースや造花などで飾られたさまざまなデザインの帽子も流行しました。
ウールやシルクのほかに、コットンが急速に普及しました。
以上は近くにあった英文の説明をかいつまんだ内容ですが、そんな女性のマネキンのお隣の男性は、平素の服装というより、あきらかに軍服でした。 -
貨物計測所(Weghhouse)の模型
品物の量や品質を測定する場所で、商業都市にとってはとても重要な建物でした。
これは、ハンザ同盟との取引が盛んになって手狭になったため、市議会が市場に新築を命じて1555年にできたものだそうです。
18世紀からは消防署として利用されたりしまたが、ソ連時代に火事で焼失したあと取り壊されて、いまではこの建物の壁の円形の浮彫りしか残っていません。 -
かつての城壁の門塔の模型
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かつての城壁の門塔の模型を反対側から見たところ
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2階の通商の間
かつてはワインセラーとしても使われていた、旧市庁舎の中でも最も古い部屋の一つです。 -
美しいタペストリーのある3階の市民の間
柱の色彩は、ハンザ同盟を象徴する青と黄に、富と力を象徴する緑と赤です。 -
座席とタピストリー
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ゴシック様式っぽい構造の市民の間
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「ソロモンの審判」のタピストリー
エストニアのルネサンス様式。
これはコピーで、オリジナルはタリン市の博物館に収蔵されているそうです。 -
議会の間
タリン市議会が開かれた、旧市庁舎の中でも最も重要な部屋です。
議員は無給でした。なので議員は裕福であることが必要でしたが、大ギルドのメンバーでなければなりませんでした。
市議会は司法権も持っていたので、議会の間は裁判の間でもありました。
タリンの法律は、ハンザ同盟のリューベックの法律をもとにしたものでした。
当時のヨーロッパでは、リューベックの法律が広く採用されていたそうです。
「(前略)「議会の間」は市議会や法廷に使われた厳格な場所だった。装飾も中世特有の深長な意味を持ち、格言や警句などを含んでいた。その主要テーマのひとつが「女性の誘惑に注意すること」(当時の議会はもちろん男社会)。前述のトリスタンも、イゾルデを愛したことで大きなトラブルに見舞われた。もうひとつの15世紀の長椅子に彫られたアリストテレス(フィリスにはめられ馬になる)やサムソン(デリラに髪を切られ力を失う)もしかり。それだけ当時の女性が強かったということかもしれない。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より) -
船の舳先のような、議会の間のイスの装飾・その1
まゆげの太い女神像@ -
船の舳先のような、議会の間のイスの装飾・その2
アンカーを持っている女性の半裸像とキューピットの頭@ -
議会の間のイスの装飾の狩りをする犬たち
タリンのバロック様式美術の傑作の一つです。 -
14世紀の長椅子の端のトリスタンとイゾルデ
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市長のオフィス
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17世紀の金庫のふたの銀細工に可愛い人魚の絵があり
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キッチン
市庁舎で宴会が行われるような大量の食事の用意が必要なときに、ここが使われました。
この後は、あの階段を上って屋根裏に出ます。 -
塔の屋根裏
旧市庁舎や町の復興の足跡を記した展示パネルがありました。 -
旧市庁舎の塔から見た旧市街
右手にの彼方にトームペア城が見えます。
左手の塔は聖ニコラス教会のものです。 -
旧市庁舎の塔から見下ろしたラエコヤ広場・その1
揚重機の荷物を引っかける先っちょが上からぶら下がっていました。 -
旧市庁舎の塔から見下ろしたラエコヤ広場・その2
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ラエコヤ広場を去る時に振り返って見たところ
路地の奥に見える旧市庁舎が一部見えます。
看板に日本語あり。
タリンを訪れる日本人観光客は意外に多いのでしょうか。 -
ローズ・カフェで一休み
ラエコヤ広場から伸びた狭い路地の一つにあったカフェで一休みしました。
テーブルの上にあるルーズリーフは私の旅日記帳です。
カフェラッテ(30.00EEK)を注文し、日記を書いたり撮った写真のことをメモしながら少し休みました。 -
ローズ・カフェのふかふかソファ
優雅に寝転がれるソファで、うっかり30分ほど居眠りしてしまいました。 -
ヌンネ(Nunne)通りに出たところ
トームペアの丘の展望台の下です。
展望台には翌々日に行きました。
今は工芸美術館に向かっています。 -
ライ(Lai)通りにて
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工芸博物館のある中庭へのゲートとその隣の建物
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工芸博物館
「工芸美術館
ライ通りから中庭に入って、右奥に入口がある。1階は特別展、2階が常設展に充てられている。クリスタルや皮製品、アクセサリーなど、センスのいいギャラリーのような雰囲気がある。」
(「‘09〜’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より)
工芸美術館の入場料は40.00EEKでした。
(旅行前に調べた2010年6月30日現在の換算レート:1.00エストニア・クローン(EEK)=6.91円)
美術館というよりアートギャラリーというのもうなずけました。
企画展は、Mall Tomberg女史の織物と、Jutta Matvei氏の陶器でした。
常設展は、民芸品のようなものがなかったのは期待外れで、洗練された現代アート作品の展示でした。でも織物の模様などに民族的な要素が感じられました。
工芸は家具や日用品も含めてひととおりありました。
家具や日用品は北欧デザインを思わせる、ラインがシンプルで、おしゃれなものが多かったです。
織物による美術が美しくて目を引きました。
ジュエリーは垂涎ものでした。もっとも、身につけるには大きすぎるものばかりで、ジュエリーというよりはアート作品というかんじのものが多かったです。
現代的なもの、バルト的なもの、ものすごく繊細そうなもの等いろいろありました。
美術館の見学が終わった後、休憩室でコーヒー(10.00EEK)を注文して、一休みしました。
工芸美術館はよく冷房がきいていましたが、暑いのでとにかくよく喉が渇いたのです。
喫茶店があったわけではなく、コーヒーは受付のおばさんが入れてくれました。 -
ライ(Lai)通りで見かけた芸術的な車
背後の建物の中にあったアートギャラリーのものかもしれません。 -
ライ(Lai)通りのアートギャラリーの窓に飾られた作品
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ライ(Lai)通りのアートギャラリーの窓辺
蛇のモチーフのメダリオンが可愛らしいです。 -
ライ(Lai)通りのアートギャラリー・その1
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ライ(Lai)通りのアートギャラリー・その2
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ピノキオとおじいさん!?
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人形劇場
手前の浮き彫り彫刻がさきほどのピノキオとおじいさんです。
この後はいったんホテルに戻って正式にチェックインし、午後5時からのタリン巡りの自転車ツアーに参加する準備をしました。
タウンバッグをサイクリング用のリュックに変え、中身は最低限にしました。レンタル用の自転車の多くは荷台に荷物が置けないことを警戒して。
ても、CityBike社で自転車にかごをつけてもらったので、走行中、リュックを背負わずにすみました。
ふつうの徒歩用の帽子だと落ちてしまうので日よけバイザーにしましたが、CityBike社で自転車用ヘルメットを借りたので不要となりました。
「2010年バルト3国旅行第13日目(2)タリン:郊外を回る自転車ツアー」へとつづく。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10569904
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