2011/04/14 - 2011/04/14
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くまゆさん
この春は、旅行の日程を自由に選べる幸運に恵まれ、一週間関西に行ってきました。
自由にとなると逆に、いつ・どこに行くか、迷いに迷ったのですが、やはり一生に一度は、満開の吉野の桜を見なければと、吉野にスケジュールを合わせ、プラス飛鳥/高野山/大阪造幣局にしました。
4トラベルだけでなく、いろいろなブログを読みまくり、吉野町観光課から、パンフレットを取り寄せ、宿や必要な特急はチケットを取り、準備万端整えて、出発しました。
ところが、あちこちで間抜けなことをしでかし、まったく情けないドタバタ旅行になりました。
でも、それはいつものこと。
ドジをいっぱいしても、最後はなんとかなり、結果オーライでした。 ^_^;
天気もよかったので、桜満喫の旅になりました。
①は、吉野ケーブルカー(9:26)~吉水神社(一目千本)~バスで奥千本~西行庵(昼食)~金峯神社。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
大阪まではマイレージ、泊まるのは姉の家というタダ乗り旅行開始。
4月13日(水)14:30羽田発
搭乗方法:タッチ&ゴー ??
2次元バーコードを用意して… ???
よく分からないまま、携帯に送られた予約通知を頼りに、羽田へ。
カウンター近くの制服のお姉さんに聞くと、テキパキとやりかたを教えてくれる。他人の携帯を熟知している! すごーい!!
2次元バーコードを取得して、それを保存して、表示の仕方を教えてくれる。
あれよ、あれよと出来てしまい、「すみません、もう一度始めからお願いします。。」
お姉さん、あくまでもにこやかに、もう一度。。
やっと分かって安心し、時間があるので到着ロビーのユニクロでお買いもの。
ふと気がつくと、もう時間! あわててセキュリティーチェックへ!
バーコードを表示して、無事通過して、ゲートは、あれ、何番だったっけ?
電光掲示板を見ても、焦っているとなかなか分からず、面倒になって係りの人に聞いて、ゲートに走る。(もらっていた紙のことを忘れていました。。)
教えられたゲートでバーコードを当てても、機械が反応しない。
ゲートのお兄さんにもやってもらっても、ダメ。。
「112便ですよね。大阪行きですよね」「いえ、札幌行きですよ。」がーん!! \(◎o◎)/! (ドジ①)
その後、大阪行きのゲートに行き、何事もなかったかのように、バーコードでタッチして、ゴー!
予約していた後方の窓側座席から、期待通りの素晴らしい富士山が見えて、たとえドジをいっぱいしても、いい旅になるに違いないと確信した。 -
大阪阿部野橋から、8:05発の近鉄特急で吉野へ行くはずが、ここでまた事件です!
予約した特急券を受け取ろうと、近鉄の受付に行き、予約番号を告げると、クレジットカードの提示を求められる。持っていたカードを全部出しても、全部違うと言われる。
がーん! 大阪のイコカを買ったからいらないと思って置いてきた、スイカのクレジットカードで決済したんだった!! (ドジ②)
番号さえ分かればいい言われて、家にいる人にカードを探してもらうが、見つからない。
仕方がないからまた買おうと思っても、売り切れでダメだという。
まったく、たった2000円のをなんでカード決済にしたんだ、その場で現金で払うことにしておけば、なんでもないことなのにと、自分のバカさを呪う。
あれだけ準備万端整えたのに、いつも肝心なことを忘れるんだから!
あーだこーだ言っているうちに、余裕があったはずの時間がなくなり、発車時間が迫る。
受付の人は、とにかく電車に乗れと言ってくれたので、世界遺産きっぷだけ買って、ホームに急ぎ、言われた通り3号車に乗りこむ。
席はガラガラ。 えっ? 売り切れのはずじゃないの?
適当なところに座り、車掌さんが来るのを待つが、そういう時ってなかなか来ない。。。
やっと来た車掌さんに事情を説明し、予約完了メールのコピーを見せると、「確かに、購入済みですね。」と言って、なにかを一生懸命している。
しばらくして、「阿部野橋から売れていて、乗客が座ってない席は2つだけだから、そこに座っていてください」と言ってくれる。
なるほど! なんて親切なんだ!!
樫原神宮前で、どっと乗り込み、満席になるが、私たちが座っているところには誰も来ないので、無事にその席で吉野に到着。
まったくぅ、自分のバカさにほとほと疲れますが、最後にはなんとかなるんだから、ま、いっか。
ここで、やっと写真について説明します。
吉野山駅に到着したロープウェーです。
ロープウェーに乗るとき、「人数確認」と称して、グループ毎に写真撮影。でも、乗車は勝手にどうぞ。 何? それ??
降りると、案の定出来上がった写真を売っている。
その速さに脱帽! -
3年前に、ツアーで吉野に行ったことがあり、今回は2度目なので、ハイキングをしたいと思い、宮滝まで「万葉の道」を歩こうかと計画していた。
ブログで読んだ人は、吉野の二つ手前の大和上市からタクシーで宮滝に行き、そちらから吉野に向って、万葉の道を歩いていた。
始めはそうしようかと思っていたのだが、満開の吉野は込むだろうから、朝早く行った方がいいと考え、吉野⇒宮滝を歩こうかと思った。
ところが、そうするには、宮滝からの交通手段が問題だ。
バスを調べると、1時間にからくも1台あるかないか。
それでは不安なので、タクシーを呼べるように、ロープウェーの駅で電話番号を教えてもらった。
(ドジ③ 実はバスの時刻表などを書いた紙を東京に忘れてきていた。。。(-"-) )
宮滝に行くか行かないかは、体調で決めることにして、歩きだした。
写真は(やっと!)、黒門を入って振り返ったところ。 -
世界遺産「銅(かね)の鳥居」(重文)
高さ約7.5m 室町時代に再建されたもの。
安芸の宮島の木の鳥居、大阪四天王寺の石の鳥居とともに、日本三大鳥居の一つといわれている。
(日本人って「三大」好きよねー。) -
世界遺産、金峯山寺「仁王門」(国宝) 室町時代(1456年)再建
(「きんぷせん」って読むんだ! ずっと「きんぷさん」って読んでた!! )
本堂の蔵王堂は南正面なのに、仁王門は北正面なのは、熊野から吉野へ向かう巡礼者と、吉野から熊野へ向かう巡礼者の双方に配慮したためだという。
なるほど。。 -
仁王門前の桜
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阿形
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吽形
姉が、仁王像の胸の筋肉が変なのがいつも気になるという。
確かに、この像も肋骨の下から人の字のように、ピンポン玉が並んでいる。 変!!
これからは、いつも胸の筋肉をチェックしてしまいそう。 -
仁王門
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世界遺産「蔵王堂」(国宝) 1592年再建
木造建築としては、東大寺大仏殿に次ぐ大きさだそうです。 -
蔵王堂
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蔵王堂を出て、また土産物屋が並ぶ通りへ
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歩いていると、なぜか、
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獅子舞が!?
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吉水神社への入り口
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蔵王堂が良く見える。
確かに、大きいなぁ! -
吉水神社へ
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わー! あった!!
これぞ、一目千本!!!
前回も桜の季節だったのに、これを見てないんですよねぇ。
4時間の時間制限の中、奥千本まで行ったから。。。 -
表紙の写真
これを見なくちゃ、吉野に来た意味がない!! -
秀吉が、「絶景じゃ!絶景じゃ!」と、大声で、子供のようにはしゃいだといわれる絶景!
今は誰もはしゃがず、黙々と写真を撮っています。。。 -
世界遺産「吉水神社」(書院・重文)
-
うんっ? 「南朝の皇居」?
今日は行ってないけど、「吉野朝皇居後」って、ほかにあるのに。。?
すみません、不勉強で。
後醍醐天皇が京都を脱出して大和に入ったとき、当時の住職であった吉水宗信法印が吉野全山の僧などを集めて、「後醍醐天皇を奉迎すべし」と説いた。反対者が多かったが宗信は「反対者あらば吾を殺して行け」と叫んで、説得に成功した。こうして後醍醐天皇は1336年に、宗信の僧坊である「吉水院」を行在所とされ、吉野は56年間の南朝の帝都となった、のだそうです。。
なるほど。。。 -
中は、文字通り古美術の宝庫で、しかも写真OK!
でも、なんとなく遠慮してしまって、あまり撮らなかった。
貧乏症で残念。。
襖絵「群鶴」狩野山雪 桃山時代後期 -
「日本最古の書院」という説明書き
我が国書院建築史の第一頁に位する本格式の住宅建築で現在日本住宅の源流をなす最古の実例として数々の珍しい手法が見られる初期書院造の代表的傑作である。(パンフレットから)
うーーん、そっかー。。 -
義経潜居の間
室町初期の改築で床棚書院の初期の様式を伝えるきわめて古風な遺構、だそうです。 -
静御前の衣装
本物??
2009年の秋の特別公開では、「色鮮やかな静御前の衣装」として紹介されているけど、現在のホームページでは「大河ドラマに使用した 義経の鎧、静御前の衣装」と書いてある。
でも、「義経の鎧」は本物だと思うし…… -
静御前の衣装を後ろから: これが本物なら、すごい保存状態!!
義経たちは5日間この吉水院にかくまわれた後、山伏の姿になって、大峰山に逃げた。大峰山は女人禁制のため、静御前は泣く泣くここで別れた。
静御前は今の年齢だと、16歳だったそうです!
『吉野山 峯の白雪踏み分けて、入りにし人の跡ぞ恋しき』
北条政子の心を動かし、命を助けられたという歌、素直でいい歌ですよね。
(和歌なんて分からないけど。。) -
部屋の手前の小さなスペースが、弁慶思案の間
大男がどんな顔をしてここに座っていたのやら。。 -
後醍醐天皇の玉座
秀吉が花見に際し修理したもので豪華な桃山時代の風格を残した書院。
ということは、後醍醐天皇がいたころの部屋とは、全然違うのでしょうね。
この豪華な桃山風書院と、義経潜居の間の室町初期の書院様式を比べて見れるところが貴重なんだそうです。
なるほど。。。 -
後醍醐天皇の玉座
『花にねて よしや吉野の吉水の 枕の下に石走る音』 後醍醐天皇
今もこの下を流れ続ける瀬古川のせせらぎを聞いて歌ったものだそうです。 -
後醍醐天皇の玉座
『みよしのの 山の山守 こととはん 今いくか ありて 花やさきなん』
(吉野の山の桜と、我が人生の花は、何時咲くのでしょうね) 後鳥羽天皇
『花さかん 頃はいつとも 白雲の いるを知るべに みよしのの山』
(花が何時咲くか、よくはわかりませんが、必ず素晴らしい花が咲きますよ) 吉水宗信法印(例の、「吾を殺して行け」叫んだ人)
吉野の地で、52歳で亡くなった後醍醐天皇の花は咲いたんでしょうか。。 -
義経の鎧:色々威腹巻 (重文)
これは、間違いなく本物ですよね。 -
陳列ケースに映った青空があまりにも美しかったので、パチリ。
でも、陳列ケースの中に何があったか、見てない…
院内には、水戸黄門さんや一休さんの書、蝉丸法師の琵琶、能面など、本当にたくさんの見るべきものがあり、400円は安いです!! -
豊太閤愛用金屏風:花見図 狩野永徳 !!
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「秀吉 花見の本陣」の立て札
『年月を 心にかけし吉野山 花の盛りを今日見つるかな』
私も、長年見たいと思っていた吉野山の満開の桜を、今日見ることができました!
おんなじ (^_-)-☆ -
御神木の横に「ここでお弁当は食べないでね」の札が。。
やさしい。。
そうよ、こんなところで食べないでネ。 -
重文の書院、外観。
我が国書院建築史の第一頁に位する本格式の住宅建築で現在日本住宅の源流をなす最古の実例として数々の珍しい手法が見られる初期書院造の代表的傑作である。(吉水神社HP)
それは分かったけど、いつ建てられたのか、はっきりしない。
Weblioで、文化庁の国指定文化財等データベースを見ると、「時代区分:室町前期」になっている。
えっ? 室町??
でも、義経潜居の間があるってことは、鎌倉初期にはあったということでしょう。このデータベースによると、義経の間も室町前期になっていますからね。 -
お庭
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ここからも蔵王堂が
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よく見える!
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なんだっけ??
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南は入母屋造、北は切妻造段違、などなど、とても複雑なつくりです。
桧皮葺
いつ建てられたのかは、はっきりしなくても、とにかく渋い素敵な建物です。 -
吉水神社、素晴らしいです!
実は、今回「義経駒つなぎ松跡」も「弁慶力釘」も見てないことに、今気がつきました。
そもそも、本殿を見たか??
また行かなくちゃ。 -
吉水神社を出てすぐ、沿道で柿の葉ずしを買いました。
鯖と鮭と両方。
いくら? 忘れた。。 美味しかったです (*^。^*)
吉水神社から竹林院まで歩く。
満開!! (電線が……) -
竹林院前のバス停で、宮滝に行くか、奥千本に行くか考えて、奥千本に行くことに決めた。
1台目のバスは満員で乗れなかったが、15分と言われたよりも早く次のバスが来て、乗り込む。
バスの道は杉ばかりで、桜はない。
これは、バスからの写真ではなく、バス停までの途中です。 ごめんなさい。 -
奥千本で降りて、金峯神社
今は入らずに、西行庵を目指します。 -
西行庵を目指して歩いて行くと、途中で分かれ道があり、どちらも「西行庵」と書いてある。
どっちに行けばいいの??
左に行く人が多いので、左に進む。
かなり登って、建物があり、やっと着いたと思ったら、ただの休憩所。
西行庵はさらに右に下る道に道標がある。
がっかりしてお腹が空いたので、休憩所で柿の葉ずしを食べることにした。
食べていると、反対の方からハイキングのグループがたくさん来る。
ひと組のリーダーらしいおじさんにどこから来たのか聞いたが、答えが分からなかった。
私たちは下の吉野から来たというと桜は咲いているかと聞かれ、中千本は満開だったと言うと「皆さん、中千本は満開だそうですよ。がんばりましょう!」10人ほどのおじさん・おばさんは大喜び。お礼を言われて、満開なのが自分の手柄のように、嬉しくなる♪
食べ終わって、右の道を下り始めるが、なかなか着かないので、道が違うのかと不安になる。戻ろうかと考えているとき、向こうから人が来たので聞くと、すぐそこだという。
安心して進む。
やっと建物が見えて、「あれだ!」でも、それはさっきのと同じような休憩所だった。 -
でも、そこはかなり広い広場になっていて、右手にありました!
西行庵。 -
西行が3年住んだという庵
-
中に「西行」が… ちょっと、微妙。。。
この棚、物を置けるの?と余計なことに神経が。。 -
前の広場でも、休憩所の中でも、皆さん昼食中。
私たちってば、変なところで食べちゃったみたい。。 -
この辺の桜は、まだつぼみが固い。
どうやって戻ろうか考えていると、左手の手すりがついた急な坂を登り始めたおばあさん(失礼!)が、金峯神社に行くのはこの道でいいのかと質問している。丁寧に答えていた若いおじさんが、「私も同じところに行きますから、ちょっと待ってて」と言っている。あんなおばあさん(失礼!)でも、一人で来てるんだねぇ。元気だねぇと感心する。
私たちは、その下の道を戻り始める。 -
すぐに、細い水が流れているところがあった。
「これが苔清水かぁ。うーん、うまい!」と飲んでいるおじさんがいて、やっと気がついた。
これが芭蕉の句でも有名な「苔清水」。
私たちも飲んでみる。
うん、美味しい。(ような気がする。。)
おじさんがいなければ、気がつかないで通り過ぎるところだった。
ありがとう! おじさん!
『とくとくと落つる岩間の苔清水 くみほすほどもなき住まいかな』 西行
『露とくとくこゝろみに浮世すゝがばや』 芭蕉 -
苔清水から少し登ると、手すりがついた道に出る。左から来る道は、さっきのおばあさん(失礼)が登っていた道だと思われる。そこからも登りが続き、ほどなく始めの分かれ道に出る。ずっと近いと感じた。
私たちと同じように迷っている人がいて、「どちらが近いですか?」と聞かれ、「右の方が近いですよ」と答えた。わ〜い、今まで聞いてばかりいたけど、答えられるようになった!
人に教えるというのは、楽しいことなんだねと再認識した。
それにしても、道標が不親切。どっちに行っても結局は西行庵に行けるとしても、考えちゃいます。それぞれの道に「西行庵まで○分」と書いてくれるといいのにと思う。
金峯神社に戻り、お参りしてから、義経隠れ堂に行く。 -
これは、ほんの100mぐらいで、近い。
-
義経が、追手に追われて、屋根を蹴破って逃げたといわれるお堂
蹴破る??! この屋根を?!?
ま、当時のはもっとやわな素材だったんでしょうね。 -
奥千本のバス停から金峯神社のあたりは、杉の木がたくさん切り倒されている。働いているおじさんに聞いたら、桜を植えるためだとか。
う〜ん。。 桜、ねぇ。。 確かにそのあたりはあまりないけど。。
なんとなく無残。。。
ここから、下まで歩いていきます。
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