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  2010年5月から6月にかけて、以前から訪ねたいと思っていた中国シルクロ-ドの一部を旅してきた。<br /> 旅程はつぎのようである。<br />・ 行程:関空 ⇒ 上海・蘇州 ⇒ 西安 → 嘉峪関…敦煌…吐魯番(トルファン)…敦煌 <br />            ⇒ 北京 ⇒ 関空 ( ⇒;航空便, →;列車, …;バス)<br />・ 期間:5月28日(金)~6月11日(金)    *ビザ免除期間いっぱいの15日間<br /><br />

「羌」を訪ねて敦煌へ 中国シルクロード紀行2(西安)

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2010/05/30 - 2010/06/02

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タケ

タケさん

2010年5月から6月にかけて、以前から訪ねたいと思っていた中国シルクロ-ドの一部を旅してきた。
旅程はつぎのようである。
・ 行程:関空 ⇒ 上海・蘇州 ⇒ 西安 → 嘉峪関…敦煌…吐魯番(トルファン)…敦煌
⇒ 北京 ⇒ 関空 ( ⇒;航空便, →;列車, …;バス)
・ 期間:5月28日(金)~6月11日(金) *ビザ免除期間いっぱいの15日間

  • [西安駅]<br /><br />  翌朝5時に起床。YHをチェックアウトし、地下鉄・磁浮を乗り継いで上海浦東国際空港第2ターミナルへ。9:25発のCA1216便で西安へ向かう。2時間40分ほどで着陸した西安咸陽空港は西安市街の北西約50kmの所にあり、空港前からリムジンバスに乗車。周りが畑地の中をしばらく走ると高速道に入る。バスの中の中国人はところ構わず大声で携帯で長電話する人が多く、ハタ迷惑限り無い。<br />  やがて古い民家の密集地の中に高層ビルの立ち並ぶ地区が現れて、一時間ほどで大きな城壁門を通り抜けると巨大な鐘楼の近くに到着。地下をくぐり抜けて中央郵便局横にあるYHにチェックイン(一泊約500円)。荷物をロッカーに押し込んで早速散策に出掛ける。<br />  陝西省の省都である古都西安は、肥沃な土地であることから紀元前11世紀から2,000年もの間 それぞれの王朝の都が置かれていた所で、古来 絹,茶,陶磁器等の中央アジアさらにはヨーロッパとの交易路であったシルクロードの起点「長安」としても知られている。最盛期は人口100万人を擁する世界最大の国際都市であったと言う。中心街は周囲を14kmあまりの長方形状の城壁に囲まれていて、城内の道路は唐代の長安時代の名残りでほぼ東西と南北の碁盤目状になっている。途中の屋台で低い椅子に座り込んで昼食(ナスやジャガイモ等の野菜や肉を煮込んだものに卵,白飯付きで85円ぐらい)  。気温は23℃前後で空気は乾燥している。古びた民家の間を通り抜けて、一時間近くかけて北東端部にある鉄道の「西安站(駅)」に到達。ここは鉄道の基点の一つなのだろう、頭上はるか上に大きく「西安」と柿色の看板の架かった長大な駅舎で、大勢の中国人たちが列を作って切符を買い求めたり、喧騒の真っただ中の駅前の広場で重そうな大きい荷物の上に座り込んだりしているお馴染の光景が目に入ってくる(漢人だけでなく、頭にスカーフを付けた回=ウイグル=族の女性の姿も見られる)。

    [西安駅]

    翌朝5時に起床。YHをチェックアウトし、地下鉄・磁浮を乗り継いで上海浦東国際空港第2ターミナルへ。9:25発のCA1216便で西安へ向かう。2時間40分ほどで着陸した西安咸陽空港は西安市街の北西約50kmの所にあり、空港前からリムジンバスに乗車。周りが畑地の中をしばらく走ると高速道に入る。バスの中の中国人はところ構わず大声で携帯で長電話する人が多く、ハタ迷惑限り無い。
    やがて古い民家の密集地の中に高層ビルの立ち並ぶ地区が現れて、一時間ほどで大きな城壁門を通り抜けると巨大な鐘楼の近くに到着。地下をくぐり抜けて中央郵便局横にあるYHにチェックイン(一泊約500円)。荷物をロッカーに押し込んで早速散策に出掛ける。
    陝西省の省都である古都西安は、肥沃な土地であることから紀元前11世紀から2,000年もの間 それぞれの王朝の都が置かれていた所で、古来 絹,茶,陶磁器等の中央アジアさらにはヨーロッパとの交易路であったシルクロードの起点「長安」としても知られている。最盛期は人口100万人を擁する世界最大の国際都市であったと言う。中心街は周囲を14kmあまりの長方形状の城壁に囲まれていて、城内の道路は唐代の長安時代の名残りでほぼ東西と南北の碁盤目状になっている。途中の屋台で低い椅子に座り込んで昼食(ナスやジャガイモ等の野菜や肉を煮込んだものに卵,白飯付きで85円ぐらい) 。気温は23℃前後で空気は乾燥している。古びた民家の間を通り抜けて、一時間近くかけて北東端部にある鉄道の「西安站(駅)」に到達。ここは鉄道の基点の一つなのだろう、頭上はるか上に大きく「西安」と柿色の看板の架かった長大な駅舎で、大勢の中国人たちが列を作って切符を買い求めたり、喧騒の真っただ中の駅前の広場で重そうな大きい荷物の上に座り込んだりしているお馴染の光景が目に入ってくる(漢人だけでなく、頭にスカーフを付けた回=ウイグル=族の女性の姿も見られる)。

  • [西安駅前にて]

    [西安駅前にて]

  • [駅前広場の背後に見える城壁]<br /><br />  つぎの移動はこの駅からということで、大体の様子は掴めたので引き返して、鐘楼の辺りを見回しながらYHに帰る。クーラーの効いた部屋の同宿者はスペインやチリ,フランス等からのバックパッカーだった(女性も同部屋)。ロビーでは世界一周を目指しているという若い日本人女性とも出会った。羨ましいほどの元気さである。

    [駅前広場の背後に見える城壁]

    つぎの移動はこの駅からということで、大体の様子は掴めたので引き返して、鐘楼の辺りを見回しながらYHに帰る。クーラーの効いた部屋の同宿者はスペインやチリ,フランス等からのバックパッカーだった(女性も同部屋)。ロビーでは世界一周を目指しているという若い日本人女性とも出会った。羨ましいほどの元気さである。

  • [居並ぶ兵馬俑-1]<br /><br />  翌日は一日ツアーに参加。9:30の迎えのマイクロバスで出発。同行者はオーストラリア人の熟年夫婦,エクアドル人の若い男性2人、それに韓国人女性とメキシコ人男性というカップルだった。午前中は今回旅行のハイライトのひとつ 「秦始皇兵馬俑博物館」を訪れる。1974年、井戸を掘っていた農民が5mの深さの所から偶然にその一部を発見したという兵馬俑が1~3号坑に保管されている(1987年に世界文化遺産に登録)。入場料(約1,250円)を支払ってかまぼこ型の広大なドーム1号坑内に入ると、5mほど下前方の掘り下げられた坑道に東を向いて居並ぶ兵馬俑群が目に飛び込んでくる。その数2,000体ともいわれる等身大の種々の表情を持つ陶製の兵士や馬である。中には首から上の無い兵士俑もあるが、何よりも四列縦隊に並んで立つ兵士俑の数の多さに圧倒される。一段高い土の上には修復を待つ兵俑や馬俑が整然と並べられている。その数もまた莫大なものである。

    [居並ぶ兵馬俑-1]

    翌日は一日ツアーに参加。9:30の迎えのマイクロバスで出発。同行者はオーストラリア人の熟年夫婦,エクアドル人の若い男性2人、それに韓国人女性とメキシコ人男性というカップルだった。午前中は今回旅行のハイライトのひとつ 「秦始皇兵馬俑博物館」を訪れる。1974年、井戸を掘っていた農民が5mの深さの所から偶然にその一部を発見したという兵馬俑が1~3号坑に保管されている(1987年に世界文化遺産に登録)。入場料(約1,250円)を支払ってかまぼこ型の広大なドーム1号坑内に入ると、5mほど下前方の掘り下げられた坑道に東を向いて居並ぶ兵馬俑群が目に飛び込んでくる。その数2,000体ともいわれる等身大の種々の表情を持つ陶製の兵士や馬である。中には首から上の無い兵士俑もあるが、何よりも四列縦隊に並んで立つ兵士俑の数の多さに圧倒される。一段高い土の上には修復を待つ兵俑や馬俑が整然と並べられている。その数もまた莫大なものである。

  • [居並ぶ兵馬俑-2]

    [居並ぶ兵馬俑-2]

  • [居並ぶ兵馬俑-3]

    [居並ぶ兵馬俑-3]

  • [兵馬俑]

    [兵馬俑]

  • [修復を待つ兵馬俑群]<br /> <br />   隣に位置する2号坑の坑道には、弓を持った歩兵隊や戦車隊等と共に、2,200余年前の赤や紫,青に彩色された発掘当時の兵俑の写真が展示されている。現在保管・展示されている兵馬俑はどれも既に土色に褪せてしまっているが、何千という兵馬俑がこのように鮮やかに彩色されて並んでいた、と想像するだけでも壮大なロマンを掻き立てられる。最も小さい3号坑は兵馬俑最高指揮部隊が置かれていたと言われる場所で、未発掘部分も多く残されている。少し離れた文物陳列庁には武器等の出土物が展示されていて、兵馬俑の歴史的背景や発見・発掘の経緯等が説明されている。始皇帝の権勢の大きさを思わずにはいられない。1時間半ほど滞在してから、1.5kmほど西側にある秦始皇帝陵には昼食後に向かったが、現在工事中で行けないとのことで、陳列館でその規模や形を想像するのみだった。

    [修復を待つ兵馬俑群]

    隣に位置する2号坑の坑道には、弓を持った歩兵隊や戦車隊等と共に、2,200余年前の赤や紫,青に彩色された発掘当時の兵俑の写真が展示されている。現在保管・展示されている兵馬俑はどれも既に土色に褪せてしまっているが、何千という兵馬俑がこのように鮮やかに彩色されて並んでいた、と想像するだけでも壮大なロマンを掻き立てられる。最も小さい3号坑は兵馬俑最高指揮部隊が置かれていたと言われる場所で、未発掘部分も多く残されている。少し離れた文物陳列庁には武器等の出土物が展示されていて、兵馬俑の歴史的背景や発見・発掘の経緯等が説明されている。始皇帝の権勢の大きさを思わずにはいられない。1時間半ほど滞在してから、1.5kmほど西側にある秦始皇帝陵には昼食後に向かったが、現在工事中で行けないとのことで、陳列館でその規模や形を想像するのみだった。

  • [兵俑の彩色写真]<br /><br />  帰途、6,000年前の母系氏族社会の村落遺跡である半坡(ハンパ)博物館に立ち寄って、17時半頃YHに帰着。かつての玄宗皇帝と楊貴妃の保養温泉地であった「華清池」がツアーに入ってなかったのは残念だった。午後からは小雨模様で気温22~25℃の蒸し暑い一日だった。鐘楼近くの露店で、西安市のバス路線等の入った地図を購入する。

    [兵俑の彩色写真]

    帰途、6,000年前の母系氏族社会の村落遺跡である半坡(ハンパ)博物館に立ち寄って、17時半頃YHに帰着。かつての玄宗皇帝と楊貴妃の保養温泉地であった「華清池」がツアーに入ってなかったのは残念だった。午後からは小雨模様で気温22~25℃の蒸し暑い一日だった。鐘楼近くの露店で、西安市のバス路線等の入った地図を購入する。

  • [兵馬俑 文物陳列庁にて]

    [兵馬俑 文物陳列庁にて]

  • [阿部仲麻呂紀念碑]<br /><br />  翌6月1日は68回目の誕生日。昨夕からの雨が降り続いていたが、思い切って日本との関わりの深い場所を訪ねに出掛けることにする。先ずは中国銀行で両替(レートは空港より良い)。傘をさして城壁の東門(長楽門)をくぐって歩いてひたすら東へ向かう。行き先は唐代三大宮殿のひとつとされる興慶宮公園で、50分ほどで到着。玄宗皇帝と楊貴妃が遊んだ沈香亭や宴会を開いたという花萼相輝楼等が再建されているが、お目当ては「阿倍仲麻呂記念碑」である。場所を探すのに手間取ったが何回も訊ねて、閑散とした児童遊園地の奥にようやく見つけることが出来た。<br /><br />阿倍仲麻呂 ; 716年、19才で吉備真備や玄昉(ゲンボウ)らと共に遣唐使として入唐、長安に滞在。科挙試験にも合格して時の皇帝玄宗に重用されて晁衝(チョウコウ)という中国名を賜わり要職を歴任した。752年に一旦帰国の途についたが、台風に見舞われて漂流した後、安南(現ベトナム)を経て再び長安へ戻った。以降73才で永眠するまでに帰国はならなかった。なお、多くの遣唐使船が難波津の港を出港し、最初に着いたのは現上海の南に位置する貿易港 寧波(ニンポー;当時は明州)であったが、暴風雨等のためここまで無事に行き着くのは稀だったという。彼らはここから洛陽を経由して長安入りした。現在 寧波は長岡京市の姉妹都市となっている。   <br /><br />= 参考図書; 「長安の月-阿倍仲麻呂伝-」(大原正義/著 関西書院)=<br /><br />石碑の側面には、彼の生涯の業績や望郷の念を詠った望郷詩(&quot;天の原 ふりさけみれば 春日なる……&quot;の原詩),親友だった李白の哭晁卿衝詩 等が刻まれている。

    [阿部仲麻呂紀念碑]

    翌6月1日は68回目の誕生日。昨夕からの雨が降り続いていたが、思い切って日本との関わりの深い場所を訪ねに出掛けることにする。先ずは中国銀行で両替(レートは空港より良い)。傘をさして城壁の東門(長楽門)をくぐって歩いてひたすら東へ向かう。行き先は唐代三大宮殿のひとつとされる興慶宮公園で、50分ほどで到着。玄宗皇帝と楊貴妃が遊んだ沈香亭や宴会を開いたという花萼相輝楼等が再建されているが、お目当ては「阿倍仲麻呂記念碑」である。場所を探すのに手間取ったが何回も訊ねて、閑散とした児童遊園地の奥にようやく見つけることが出来た。

    阿倍仲麻呂 ; 716年、19才で吉備真備や玄昉(ゲンボウ)らと共に遣唐使として入唐、長安に滞在。科挙試験にも合格して時の皇帝玄宗に重用されて晁衝(チョウコウ)という中国名を賜わり要職を歴任した。752年に一旦帰国の途についたが、台風に見舞われて漂流した後、安南(現ベトナム)を経て再び長安へ戻った。以降73才で永眠するまでに帰国はならなかった。なお、多くの遣唐使船が難波津の港を出港し、最初に着いたのは現上海の南に位置する貿易港 寧波(ニンポー;当時は明州)であったが、暴風雨等のためここまで無事に行き着くのは稀だったという。彼らはここから洛陽を経由して長安入りした。現在 寧波は長岡京市の姉妹都市となっている。   

    = 参考図書; 「長安の月-阿倍仲麻呂伝-」(大原正義/著 関西書院)=

    石碑の側面には、彼の生涯の業績や望郷の念を詠った望郷詩("天の原 ふりさけみれば 春日なる……"の原詩),親友だった李白の哭晁卿衝詩 等が刻まれている。

  • [空海紀念堂にて]<br /><br />雨はなおシトシトと降り続いていたが、そこから更に南に40分ほど歩いて「青龍寺」に向かう。これまた少し離れた奥の方に、唐代に留学僧の一人としてここで密教を学び、帰国して高野山を拠点として真言宗を開いた空海の像が置かれる立派な「空海記念堂」が建てられている。居合わせた一人の僧侶に訊いたところ、空海は中国語ではフーハイと呼ぶとのこと。そこからはタクシーに乗って15分ほどの所にある「陝西省歴史博物館」を訪ねる。伝統的な宮殿様式を有する広大なこの博物館は、先史時代から清代までの文物が1?3展示室に数限りなく展示されており(唐三彩の陶磁器も多くあり)、休憩室で休みながらゆっくり鑑賞できる。近くの&#39;大雁塔曲江風景名勝区&#39;という大きな公園のある「大雁塔(慈恩寺)」は、四角7層,高さ64mの塔で、かの唐僧玄奘三蔵が17年もの歳月をかけてインドから持ち帰った大量の経典や仏像を保存するために建立されたものである。広大な噴水池のある広場は内外の多くの観光客で賑わっている。<br /><br />= 参考図書; 「玄奘三蔵のシルクロード-中国編-」(安田暎胤/著 東方出版)=

    [空海紀念堂にて]

    雨はなおシトシトと降り続いていたが、そこから更に南に40分ほど歩いて「青龍寺」に向かう。これまた少し離れた奥の方に、唐代に留学僧の一人としてここで密教を学び、帰国して高野山を拠点として真言宗を開いた空海の像が置かれる立派な「空海記念堂」が建てられている。居合わせた一人の僧侶に訊いたところ、空海は中国語ではフーハイと呼ぶとのこと。そこからはタクシーに乗って15分ほどの所にある「陝西省歴史博物館」を訪ねる。伝統的な宮殿様式を有する広大なこの博物館は、先史時代から清代までの文物が1?3展示室に数限りなく展示されており(唐三彩の陶磁器も多くあり)、休憩室で休みながらゆっくり鑑賞できる。近くの'大雁塔曲江風景名勝区'という大きな公園のある「大雁塔(慈恩寺)」は、四角7層,高さ64mの塔で、かの唐僧玄奘三蔵が17年もの歳月をかけてインドから持ち帰った大量の経典や仏像を保存するために建立されたものである。広大な噴水池のある広場は内外の多くの観光客で賑わっている。

    = 参考図書; 「玄奘三蔵のシルクロード-中国編-」(安田暎胤/著 東方出版)=

  • [玄奘三蔵像と大雁塔]

    [玄奘三蔵像と大雁塔]

  • [鳳鳴九天劇院での艶やかなショー]

    [鳳鳴九天劇院での艶やかなショー]

  • [回坊風情街]<br /><br />  夕刻には近くにあるテーマパーク「大唐芙蓉園」内の鳳鳴九天劇院で、唐代の優雅な踊りを再現した一時間余りのショーを鑑賞。市バスで一旦YH付近まで帰り(市バスの中は携帯電話で所構わず大声で話すので、停車場名等の案内がよく聞こえない)、鐘楼の北側にある回族(=イスラム教徒)の人々が多く住むという「回坊風情街」に出掛ける。食べ歩きの屋台街は夜が更けるにつれて人並みが増えていき、一軒の食堂で串焼き牛や羊肉とピリ辛の麺の夕食を摂る(約320円)。雨も止んでいたので、食後しばらく鐘楼の北西角にあるベンチで一休み(風があって涼しく、家族連れやカップル等多くの人々が涼んでいる)。ライトアップされた大きな鐘楼や鼓楼を見上げながらYHに帰り着いたのは21時半過ぎだった。疲れて足が痛い。それにしても、中国は歩行者よりも車優先という感じであるが、歩行者も信号無視で広い道路を横断するため、大きな警笛を鳴らしながら高速で近ずく車にヒヤッとさせられることが多々ある。事故の起こらないのが不思議なくらい。

    [回坊風情街]

    夕刻には近くにあるテーマパーク「大唐芙蓉園」内の鳳鳴九天劇院で、唐代の優雅な踊りを再現した一時間余りのショーを鑑賞。市バスで一旦YH付近まで帰り(市バスの中は携帯電話で所構わず大声で話すので、停車場名等の案内がよく聞こえない)、鐘楼の北側にある回族(=イスラム教徒)の人々が多く住むという「回坊風情街」に出掛ける。食べ歩きの屋台街は夜が更けるにつれて人並みが増えていき、一軒の食堂で串焼き牛や羊肉とピリ辛の麺の夕食を摂る(約320円)。雨も止んでいたので、食後しばらく鐘楼の北西角にあるベンチで一休み(風があって涼しく、家族連れやカップル等多くの人々が涼んでいる)。ライトアップされた大きな鐘楼や鼓楼を見上げながらYHに帰り着いたのは21時半過ぎだった。疲れて足が痛い。それにしても、中国は歩行者よりも車優先という感じであるが、歩行者も信号無視で広い道路を横断するため、大きな警笛を鳴らしながら高速で近ずく車にヒヤッとさせられることが多々ある。事故の起こらないのが不思議なくらい。

  • [交通整理する婦人警官たち]

    [交通整理する婦人警官たち]

  • [公園内のトイレ]

    [公園内のトイレ]

  • [鐘楼から南門を臨む]<br /><br />  翌日は良い天気で青空が覗いていた。地下道を通って高さ36mの「鐘楼」に向かう。重櫓複屋造りと呼ばれる楼閣に登ってぐるっと一周すると、この建物は東西南北各大街の4つの大通りが交わる心臓部に位置し、それぞれの通用門に真っすぐ繋がっていることがよく分かる。一番近くには城壁の南門(永寧門)が見通せる。楼閣は石の土台の上に建てられているという。西北隅には重さ5トンの鐘が陳列されている(往時には時間の告知をしていたようだ)。10:30から楼閣内で10分間ほどの楽器(中国琴,笛,太鼓,二胡,小さな幾つかの吊るした鐘それに木琴のような楽器)の合奏があったのでしばし鑑賞。<br /><br />

    [鐘楼から南門を臨む]

    翌日は良い天気で青空が覗いていた。地下道を通って高さ36mの「鐘楼」に向かう。重櫓複屋造りと呼ばれる楼閣に登ってぐるっと一周すると、この建物は東西南北各大街の4つの大通りが交わる心臓部に位置し、それぞれの通用門に真っすぐ繋がっていることがよく分かる。一番近くには城壁の南門(永寧門)が見通せる。楼閣は石の土台の上に建てられているという。西北隅には重さ5トンの鐘が陳列されている(往時には時間の告知をしていたようだ)。10:30から楼閣内で10分間ほどの楽器(中国琴,笛,太鼓,二胡,小さな幾つかの吊るした鐘それに木琴のような楽器)の合奏があったのでしばし鑑賞。

  • [鐘楼からの修景]

    [鐘楼からの修景]

  • [ライトアップされた鐘楼]

    [ライトアップされた鐘楼]

  • [碑林博物館の玄奘三蔵刻図]<br /><br />  一時間半余りで退出して、南門の近くにある「碑林博物館」を訪ねる。もともと孔子廟だった所で、最奥にある碑林の7つの陳列室には漢代からの大書家による石碑や墓碑文等数多くの文章や絵が石面に彫られて展示されている。博物館の周りには書や絵(掛け軸等)を扱ういかにも中国然とした屋台や売店が林立している。

    [碑林博物館の玄奘三蔵刻図]

    一時間半余りで退出して、南門の近くにある「碑林博物館」を訪ねる。もともと孔子廟だった所で、最奥にある碑林の7つの陳列室には漢代からの大書家による石碑や墓碑文等数多くの文章や絵が石面に彫られて展示されている。博物館の周りには書や絵(掛け軸等)を扱ういかにも中国然とした屋台や売店が林立している。

  • [城壁の上-1]<br /><br />  そば状の黒い麺の昼食後、南門から城壁に登る(入場料約560円)。この城壁は唐の長安城を元にして旧市街を囲むべく明代にレンガを積み重ねて築かれたもので、高さ12m,上幅12?14m,東西に長い方形の総延長は約14kmとなっている。思っていた以上に幅広い城壁の上端には四角い石が無数に貼りめぐらされており、北を向くとすぐ近くに市街の中心部に位置する鐘楼が見えるが、東西を眺めると端の方は霞んで見えないくらいである。上がった所にはレンタサイクルがあり、借りることにする(一人乗り100分間で約300円,保障金約1,400円)。時計周りに走り始める。石貼り道は欠けている箇所もあって凸凹が多くて走り難い。城壁の内側には古い造りの家並みが続いている。西南端で北へ向かうとやがて西門(安定門)に到達。ここはシルクロードを臨む最大の城門で、古来 多くの人たちが西方を目指して旅だった所 。今は大きな街路樹に遮られて直接西側の道路は見渡せないが、往時を思いやると感慨深い場所である。<br />  さらに鐘楼からははるか彼方に見えていた北門(安遠門)を通り過ぎてしばらく進むと、外側眼下に先日街路内を歩いて行った西安駅が見えてくる。ここまでで70分ばかりかかり、東側の城壁を南門へと急ぐ。凸凹があって走り難い上に、途中には緩いながらも登り坂もあって足もかなり疲れてきたので、前へ進むのがかなり苦痛になる。必死でペダルを踏んで東門を越し、東南端を曲がってやっとの思いでスタート地点に辿り着いたのが制限時間の5分前だった。自転車を返して、大砲の展示してある涼しい南門の近くの城壁上でしばし休憩。足が疲れて立っているのもやっとという状態だった。徒歩で競争している欧米人の若者グループや、歩いて一周している人も何人か居た。が、何とか城壁を一周するという思いは果たせた。

    [城壁の上-1]

    そば状の黒い麺の昼食後、南門から城壁に登る(入場料約560円)。この城壁は唐の長安城を元にして旧市街を囲むべく明代にレンガを積み重ねて築かれたもので、高さ12m,上幅12?14m,東西に長い方形の総延長は約14kmとなっている。思っていた以上に幅広い城壁の上端には四角い石が無数に貼りめぐらされており、北を向くとすぐ近くに市街の中心部に位置する鐘楼が見えるが、東西を眺めると端の方は霞んで見えないくらいである。上がった所にはレンタサイクルがあり、借りることにする(一人乗り100分間で約300円,保障金約1,400円)。時計周りに走り始める。石貼り道は欠けている箇所もあって凸凹が多くて走り難い。城壁の内側には古い造りの家並みが続いている。西南端で北へ向かうとやがて西門(安定門)に到達。ここはシルクロードを臨む最大の城門で、古来 多くの人たちが西方を目指して旅だった所 。今は大きな街路樹に遮られて直接西側の道路は見渡せないが、往時を思いやると感慨深い場所である。
    さらに鐘楼からははるか彼方に見えていた北門(安遠門)を通り過ぎてしばらく進むと、外側眼下に先日街路内を歩いて行った西安駅が見えてくる。ここまでで70分ばかりかかり、東側の城壁を南門へと急ぐ。凸凹があって走り難い上に、途中には緩いながらも登り坂もあって足もかなり疲れてきたので、前へ進むのがかなり苦痛になる。必死でペダルを踏んで東門を越し、東南端を曲がってやっとの思いでスタート地点に辿り着いたのが制限時間の5分前だった。自転車を返して、大砲の展示してある涼しい南門の近くの城壁上でしばし休憩。足が疲れて立っているのもやっとという状態だった。徒歩で競争している欧米人の若者グループや、歩いて一周している人も何人か居た。が、何とか城壁を一周するという思いは果たせた。

  • [城壁の上-2]

    [城壁の上-2]

  • [城壁の側面]

    [城壁の側面]

  • [絲綢之路(シルクロード)起点群像-1]<br /><br />  そこから今度は女性ドライバーのタクシー(市バスの女性ドライバーも結構見かける)を拾って、10kmあまり西側に離れた所にある旧シルクロードの起点地に向かった。<br />唐代に開遠門というシルクロードへの出発地のあった場所である。公園になっている中には、西域商人がラクダに乗ったキャラバン隊等の巨大な石像彫刻(絲綢之路起点群像=シルクロード起点の群像=)が建造されていて、当時の面影を偲ぶことが出来る。ちょうど、中国の歴史を知って旧友たちに教えてあげるんだ と写真を熱心に撮っている学生カップルが居た。市バスで鐘楼へ帰着したのが18時ちょうど。<br />  夕食は西安名物の餃子定食。小さな三角形をした真珠餃子を入れて煮込んだスープ等はおいしかったけれど、他の餃子の味は期待していたほどではなかった。結局量が多くて食べきれずに、残った分はお持ち帰りにしてもらう。20:15 YHに帰着。この日は晴れていたため暑くてその上乾燥していたので、のどがすごく乾いた(ペットボトルの水が欠かせない)。腕や首筋が真っ赤に焼けてヒリヒリする。

    [絲綢之路(シルクロード)起点群像-1]

    そこから今度は女性ドライバーのタクシー(市バスの女性ドライバーも結構見かける)を拾って、10kmあまり西側に離れた所にある旧シルクロードの起点地に向かった。
    唐代に開遠門というシルクロードへの出発地のあった場所である。公園になっている中には、西域商人がラクダに乗ったキャラバン隊等の巨大な石像彫刻(絲綢之路起点群像=シルクロード起点の群像=)が建造されていて、当時の面影を偲ぶことが出来る。ちょうど、中国の歴史を知って旧友たちに教えてあげるんだ と写真を熱心に撮っている学生カップルが居た。市バスで鐘楼へ帰着したのが18時ちょうど。
    夕食は西安名物の餃子定食。小さな三角形をした真珠餃子を入れて煮込んだスープ等はおいしかったけれど、他の餃子の味は期待していたほどではなかった。結局量が多くて食べきれずに、残った分はお持ち帰りにしてもらう。20:15 YHに帰着。この日は晴れていたため暑くてその上乾燥していたので、のどがすごく乾いた(ペットボトルの水が欠かせない)。腕や首筋が真っ赤に焼けてヒリヒリする。

  • [絲綢之路(シルクロード)起点群像-2]

    [絲綢之路(シルクロード)起点群像-2]

  • [路傍での昼食]

    [路傍での昼食]

  • [街中での龍踊り]

    [街中での龍踊り]

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