2010/02/25 - 2010/02/25
1224位(同エリア1451件中)
WT信さん
昨日ゲーテ広場で目にした失業者のデモ集会は、やはりその一部の群衆が実際に国立考古学博物館に侵入したらしく、厳重な警備体制が敷かれてしまったお陰でそのとばっちりを受け、我々の入場は拒否されたのだ。
そのリベンジとして、小川TDが編み出した考えは、ホテルの出発を予定より1時間早め、9時に開館する国立考古学博物館には少々早めに到着し、1番に入館。
それでも見学に許される時間はぎりぎり30分しかない。
そこで国立考古学博物館の小川TDが推奨する数点の主な展示物を小川TDが誘導する。
小川TDが推奨する数点の主な展示物の中には当然ポンペイから出土したモザイクも含まれていたが、この部屋は時間内には開けて貰えなかった。
そこで時間の大半は、”ファルネーゼ家コレクション”と云われる、大理石の彫像の数々と、1部のポンペイから運よく焼け残って出土したガラス・銀・銅製品の品々の見学となった。
会館内でのイヤフォーンガイド使用も禁じられたこともあって、何ら解説も出来無かったことを気にした小川TDが、日本帰国後に恒例の日誌と合わせ、国立考古学博物館と主な収蔵品の要約を作成し、送付して呉れた。
それによると国立考古学博物館は、ナポリ国王付騎兵隊の兵舎として建設された建て物が後に大学の校舎となり、19世紀の初め、膨大な”ファルネーゼ家コレクション”収蔵の場所となり、後にポンペイやエルコラーノの遺跡から発掘された遺品の数々が加えられ、今日の世界有数の古代博物館となった。
今回主として見学した”ファルネーゼ家コレクション”とは、ナポリ・ブルボン王朝カロル3世の、ローマの名門貴族ファルナーゼ家出の母が、ブルボン家に嫁ぐ際に持参した膨大な美術コレクション。
(その内絵画部門は、後にスペイン王カルロス3世によってカポディモンテ(丘の上)に建造された宮殿に移され、現在のカポディモンテ美術館となっている。)
驚くことにこれらの彫像は、ギリシャ時代に造られた青銅製の彫像がモデルだと云う。
しかし青銅は溶かされて武器となって仕舞うため、ローマ時代に大理石で模造されたものとの事。
何れにしろ、貴重な遺品であることに違いはない。
あれだけ制限時間30分と注意されていたのに、「美尻のヴィーナス」に見とれている間、皆と逸れ、少々迷惑をかける羽目となった。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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