1987/12/28 - 1988/01/11
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mimicatさん
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今年2011年、エジプトで市民パワーでムバラク大統領が退任しました。
そういえば、まだ若いムバラク政権がイスラエルからシナイ半島を取り返し、ソ連と外交復活と元気いっぱいだった頃にエジプトを旅行したんですよねー。
若き日を思い出して、いにしえ旅行記にまとめました。
まだうら若い乙女だったので、一人旅は親が却下。ツアーを探しました。
トルコとエジプトを夫々1週間ずつかけて巡るツアーを発見。
当時、この辺りを周るツアーは一般的じゃなく、選択肢が限られていた中で一番希望に近いものは2週間必要だったんですよ。
旅行費用が高く、誰も一緒に行ってくれず、一人でツアーに参加しました。
先ずはトルコからです。
私、昔から旅行記を書くのが趣味だったんで、この時の日記もちゃんとあります。
今読み返すと、ませたガキだったなーと思いますが、なんだか懐かしくもあり、その頃の記憶がどんどん蘇るし、それなりにいろいろ考えてた若い感性みたいなものが感じられて、非常に楽しかった。
20年後、今の私を振り返って、未来の私は「子狸」とでも思うのかな。
その1
アンカラ(ヒッタイト博物館)
カッパドキア(ギョレメ、ウチヒサール等等)
イズミール (エフェソス)
その2
イスタンブール (アヤソフィア、ブルーモスク、トプカピ宮、ハマム)
その3からエジプト
その3ルクソール(王家の谷、カルナック神殿、ルクソール神殿)
その4アスワン (ハイダム、アガカーン廟、アブシンベル神殿)
その5カイロ (カイロ博物館、サッカラ&ギザのピラミッド)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
12/29
関空はまだ影も形もなく、伊丹空港から大阪から参加するツアーの皆さんと国際線で成田へ移動、東京組みも合流し、しばらく待ってアンカレッジへ。赤ワイン色の朝焼けに感動し、アンカレッジ空港に空の港を実感。
その後デュッセルドルフで給油フランクフルトへ。フランクフルト空港で、他のツアーメンバーとご挨拶。数時間の待ち合わせでミュンヘン行きに乗り換え、ミュンヘンでまた乗換えてやっとアンカラへ到着です。
長〜〜〜いよねぇ。なんか各駅停車のルフトハンザ便って感じ。
アンカレッジなんて、今行かないもんなー。
昔の飛行機って燃費が悪くって、頻繁に給油しないとダメだったんだねぇ。
ところで、帰りはラッキーにもツアーなのにファーストとビジネスの席に。私は遠慮してビジネスにしましたが、機内用のアメニティパックを初めてもらいました。
小ぶりなモノグラムのポーチに歯ブラシ、アイパッド、靴下なんかが入ってました。
歯ブラシはドイツっぽく黒。折りたたみ式で優秀。
このポーチ、使い勝手が良くて、この後も長く旅行用として愛用してた。 -
12/30
アンカラには夕刻着いたのでホテルに1泊し、翌日カッパドキアへ移動です。
ホテルに着いた後、一人でホテルの周囲を歩きました。
6:00pm、ラッシュアワーのバス停の人人人に驚き、ドラム缶1個の焼き栗屋、ライトバンの揚げパン屋などの屋台に若き私は興味津々でした。
私は1人で参加したので、一人部屋かと言うとさにあらず。
今は一人参加だと大抵1人部屋代金ですよね。昔は相部屋OKだったんですよ。
大阪、東京からそれぞれ一人参加の女性が2名ずついて、相部屋が2組。
このツアー、料金が高かった事もあって、年齢層がぐっと高いのですが、私と東京の2人は他とは少々世代差があり、自然と仲良くつるむようになりました。
12/31
朝6時、アンカラの町中のモスクからアザーンが流れます。
「寝ぼけ眼でベランダへ出て、人影の無い通りを眺めた。しばらくボーっと目覚めつつある街を見てた。」
夜明け前の呼びかけは一発で好きになりました。 -
カッパドキアへはバスで移動。途中、ドライブインで給油。その間、待っている乗客にはチャイが振舞われた。ガソリン代に含まれているらしい。
この後もう1回給油して(つまり、遠いのよ。あるいは燃費が悪いか)、トゥーズ湖を過ぎてやっとカッパドキア入り。
途中のホテルで昼食。
これが。.....マズイ....。
今回の旅行中、一番苦労したのがカッパドキアでの食事。クセと臭いでX。オリーブオイル臭い。スープですら油ギトギト。サラダまで臭い。
イスタンブールに着くまで、食べられるのはパンとバターとワインというキリストのような食事をしてました。
まずはカイマクルの地下都市の遺跡へ。
モスリムに追われたクリスチャンが隠れ住んでいたアリの巣のような巨大地下都市。隠れキリシタンだよー。
この写真は台所だったと思うな。
高さ1mほどの狭い通路をくねくねと上がったり下がったり。
こんな所に住んでいた人が居たなんて。ココで亡くなった人も居ただろう。どんな気持ちで日々すごしていたのか(と、若い私は感じ入っておりました)。
現在の私がこの地下都市をもう一度訪ねたらどう感じるだろう。 -
地下は案外暖かかったが、外は雪景色。
サッカーで遊ぶ子供たちがすっ転んだ私を助けてくれたので記念撮影。
この後ウチヒサールへ。小高い展望台のような場所の頂上へ雪道を上がって360度の景観を堪能。キノコのような奇岩の間にモスクのミナレットが目に付く。
降りる時、先にみんなが下りてから一気に降りようとボケーっと待っていると、下から上ってくる東洋人あり。「コンニチハ」と声をかけているので日本人と思って、先に「こんにちは」と挨拶すると「ハロー」と返ってきた。後で聞くとシンガポール人だそうな。大きなカメラと三脚を抱えていて、プロのカメラマンかなとチョット印象的だった。 -
ギョレメへ移動します。
ギョレメって「見てはいけない」という意味だとガイドさんが言ってました。
「ここからはちょっと歩きましょう。なに、5分程度ですよ。」と添乗員。
たっぷり15分は歩いた。 -
古い写真で困るのは、私自身が邪魔っだって事ね。
皆さまはセンターを無視して、後ろの景色をご覧ください。 -
邪魔なんだよー。
-
露店で手袋購入。ちょっと寒かったもんで。
この手袋はかなり長期間愛用してました。だってすごくユニークでかわいい柄だったので、とても好きだった。
1年後くらいに神戸のエスニックショップで1400円で売られているのを見てビックリ。だって、私200円くらいしか払ってない。もっと買って、お土産にすればよかった。
岩窟教会を見学したり、丸1日エンジョイしました。 -
地元の絨毯屋さんへ連行され、ナカナカ良い品を見せていただき目の保養になりました。
アップルティを飲みながら(これが美味しいの)、絨毯について詳しく教えてもらえて、これは良い経験でした。
ペルシャ絨毯みたいな華麗なものではなくて、羊毛のガッシリした絨毯でした。
その後ホテルへ。
クリスマスの飾りがしてありました。
素朴な感じが良いですね。
「夜遅くまでにぎやかな音楽と人の声が聞こえた。うるさい。
そういえば、きょうは大晦日だ。
行く年来る年 in カッパドキア。」 -
1/1
「エキゾチックなお祈りの声の中で目を覚ますと白い朝だった。
窓の外は薄靄に包まれた町並みとミナレット。山頂の城砦も白っぽく、積もった雪も薄ボケて、何もかもが幻想的だった。
久保田早紀の「異邦人」そのまんまで、ベッドの中で小さな声で歌ってみた。ロケーションがぴったりなせいか、すんごい名曲だと涙が出そうなくらい感動してしまった。」
カッパドキアを後にして、次はアンカラへ。
道中、前方になにか遺跡が見えてきました。 -
キャラバンサライ跡。
昔、キャラバン隊が休憩したところです。
青い空、白い雪。
まっさらな雪を見ると歩きたくなるでしょう?
で、あっちこっち新雪を踏み荒らして走ってた。
後で東京組みの友人たちと写真交換したら、彼女たちのはるか後ろの方で走る回る私が写っていて大笑いだった。 -
現代のキャラバンサライはドライブイン。
この靴磨き台、すごく良く出来ているので写真を撮らせてと頼むと、一緒に撮ってOKだったので、また私が邪魔。
真ん中には客の足が乗る台、両脇には私物や道具の収納箱、足台の周りのとんがりキャップを取ると各色靴クリーム。
キンキラの黄金色のベースに各国の美女(舞妓さんも)がほほ笑むサービス付き。 -
アンカラへ戻りヒッタイト博物館へ。ヒッタイトは人類初の鉄器を使用した人たちです。
ギリシア・ローマ時代の展示品も多かったけど、この中で注目していたのが木の机って言うのがナカナカ渋いなー、私。
大きな石のテーブルの猫足状のライオンに似ているといわれて「褒められたんだよね?」と複雑な心境に陥ってました。 -
「博物館を出て坂を上って旧市街方面へ。坂の頂上、アンカラ城址の前にズラズラーっとナッツを売る店が出てた。ポリのタライみたいなのにレーズンやピスタッチオ、アーモンドなど、名も知らぬドライフルーツやナッツが並べられ、後ろは麻袋のまんま置かれてる。木箱にギッシリ詰まっているのは、ナント、干したイチジクだった。お店の人が沢山沢山試食にナッツやフルーツをくれるので、両手とポケットが一杯になってしまった。
「イチジク、甘くておいしい!」と言ったら、ツアーのお母さんたちが我も我もと買い求めたので、ご褒美といったところか。」
干しイチジクはこの時が初体験。日本では見たことが無かった。みんなが買ったと書いてあるということは、たぶん皆も初体験だったんだと思うな。
今でも私は干しイチジクが大好物です。 -
「丘の上から見るケマルアタチュルク廟。
本当はココも見学するコースなのだが、今日は1/1でセレモニーがあるとかで、外国人は入れない。
おかげで時間が空いてしまったようで、繁華街の大通りにある公園でバスを下ろされ、しばらく自由行動になった。
1軒の雑貨店で歯磨き粉を買った。後でガイドに見せたら、顔をしかめて「甘いよー」といわれた。
ホント、異常な甘さの歯磨き粉だった。」
確かチョコレート味。この歯磨き粉の箱、アルバムに張ってあります。 -
「正月休みを取っている店が多い中、ひときわ明るい店があった。カフェ・ミルカ。半分はカフェ、半分はパンやクッキーを売る店になっている。結構大きい。
集合時間まで30分なので、売店の方で何か買おう。
私はミルフィーユに似たケーキを選んで、合図すると、お兄さんが紙で2重に包んでくれて、白いメモ用紙に400と書いてくれた。
うわっ、助かった。会話しなくても値段がわかった。お金を渡そうとすると、首を振る。で、レジに連れて行ってくれた。
友人たちもクッキーを選んで清算。
ニコニコしたおじさんが渡してくれる、手作りクッキーの試食を沢山したので、喉が渇き、コップ1杯いくらって感じで売られているジュースを1杯もらってお金を払おうとするとまた首を振られた。
今度は「代金は要らないよ」って意味らしい。
3人とも大感激で、覚えたてのトルコ語で、「有難う」「おじさん、ハンサム!」って口々に言ったら、おじさんは大いに照れて、もう1杯ジュースを「ハイッ」てくれた。」
公園に再集合、飛行機でイズミールへ。 -
1/2
今日はエフェソスの遺跡がメイン。
エフェソスへ向かう道。羊待ち渋滞中。この道を羊さん達は堂々且つのんびりと通ります。
羊たちが全部渡りきるまで、バスは止まって待たないとダメなんです。
数が半端ないから、長く待ちます。
記念撮影が出来て良いけどね。 -
エフェソスの遺跡
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図書館
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在りし日の様子
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この道をクレオパトラとアントニウスも通ったそうです。
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ローマ劇場
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音響効果、今でもナカナカのもんですよ。
ガイドさんが舞台で1曲(ウシュクダラ)歌ってくれました。
イズミールには当時勤めていた会社の事務所があったので、私はツアーを離れて駐在員と合流し、美味しい夕食を食べに出かけました。
ここまで食には本当に苦労していたので、港町イズミールの美味しいシーフードをモリモリ呆れるくらい食べて、よっしゃー、復活! -
1/3
午前便でイスタンブールへ飛びます。
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いにしえ旅行記 1987-88年 トルコーエジプト
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