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本編は第9日目です。<br />東京を出発して、四国、下関を回って、Uターンで山陰周りで東京に戻ってきます。<br />片道切符もいよいよ最終章が近く成って来ます。<br />下関から出雲へ来て、一日出雲大社、松江で遊びました。<br />この後、夜行で京都へ。<br /><br /><br />1965年春。<br />高校1年の春休みに、親友に誘われて東京から関西、四国、山陰を回って12日間の旅行に出た。<br />切符は、同じ駅を通らない国鉄の片道切符で出発地の東京まで戻ってきた。<br />当時の写真、ネガフィルムから、もう一度旅行をなぞってみた。<br />青春片道切符として何時までも記憶に留めておきたい。<br /><br />【日程】<br />0日目(3/22) 出発 東京→ 車中泊<br />1日目(3/23) →名古屋→奈良、興福寺、大仏殿、薬師寺、法隆寺、大阪→車中泊<br />2日目(3/24) →香川、栗林公園、屋島、日和佐(泊)<br />3日目(3/25) 日和佐(泊)<br />4日目(3/26) 室戸岬、高知(泊)<br />5日目(3/27) 龍河洞、池田、高知(泊)<br />6日目(3/28) 高知、高知城→宇和島(泊)<br />7日目(3/29) 移動、宇和島→下関(泊)<br />8日目(3/30) 下関(泊)<br />9日目(3/31) 下関→出雲大社、松江→(京都) 車中泊<br />10日目(4/1) 京都→(昇仙峡) 車中泊<br />11日目(4/2) 昇仙峡、帰宅<br /><br />

思い出の 青春片道切符 1965年 (7) 9日目 下関→出雲、松江→京都

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1965/03/31 - 1965/03/31

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TAKEおじ

TAKEおじさん

本編は第9日目です。
東京を出発して、四国、下関を回って、Uターンで山陰周りで東京に戻ってきます。
片道切符もいよいよ最終章が近く成って来ます。
下関から出雲へ来て、一日出雲大社、松江で遊びました。
この後、夜行で京都へ。


1965年春。
高校1年の春休みに、親友に誘われて東京から関西、四国、山陰を回って12日間の旅行に出た。
切符は、同じ駅を通らない国鉄の片道切符で出発地の東京まで戻ってきた。
当時の写真、ネガフィルムから、もう一度旅行をなぞってみた。
青春片道切符として何時までも記憶に留めておきたい。

【日程】
0日目(3/22) 出発 東京→ 車中泊
1日目(3/23) →名古屋→奈良、興福寺、大仏殿、薬師寺、法隆寺、大阪→車中泊
2日目(3/24) →香川、栗林公園、屋島、日和佐(泊)
3日目(3/25) 日和佐(泊)
4日目(3/26) 室戸岬、高知(泊)
5日目(3/27) 龍河洞、池田、高知(泊)
6日目(3/28) 高知、高知城→宇和島(泊)
7日目(3/29) 移動、宇和島→下関(泊)
8日目(3/30) 下関(泊)
9日目(3/31) 下関→出雲大社、松江→(京都) 車中泊
10日目(4/1) 京都→(昇仙峡) 車中泊
11日目(4/2) 昇仙峡、帰宅

同行者
友人
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル
旅行の手配内容
個別手配
  • 9日目 下関→出雲 電車が動かない!!<br />             <br />楽しかった下関とももうお別れだ。これからは泊まりは電車になる。下関から山陰本線で出雲を目指した。YAMAの親類の見送りを受けて、予定時間に「間もなく出発します」のアナウンスがあり、「ゴトン」と音がして、サヨナラ・・・のはずだった。<br />ところが、前のほうの車両のみ出発となり、我々の車両は切り離されて動かない。なんで!!! 見送りのメンバは笑っている。<br />どうしたことかと、車掌さんに聞いたら、後ろの車両はどうも美祢(みね)線経由で山陰本線に行くらしい。本来の海岸伝いより早いので、出発は後でも長門市で追いつき合流するらしい。ばつが悪かったが、数十分遅れで我々の車両も出発した。<br />美祢線を経由する列車・編成は1985年に廃止されて今は無い。<br />正確に言うと美祢線経由だと、来た路線を通り片道乗車券の一筆書きに成らないのだが。ま、良いでしょう。

    9日目 下関→出雲 電車が動かない!!
                 
    楽しかった下関とももうお別れだ。これからは泊まりは電車になる。下関から山陰本線で出雲を目指した。YAMAの親類の見送りを受けて、予定時間に「間もなく出発します」のアナウンスがあり、「ゴトン」と音がして、サヨナラ・・・のはずだった。
    ところが、前のほうの車両のみ出発となり、我々の車両は切り離されて動かない。なんで!!! 見送りのメンバは笑っている。
    どうしたことかと、車掌さんに聞いたら、後ろの車両はどうも美祢(みね)線経由で山陰本線に行くらしい。本来の海岸伝いより早いので、出発は後でも長門市で追いつき合流するらしい。ばつが悪かったが、数十分遅れで我々の車両も出発した。
    美祢線を経由する列車・編成は1985年に廃止されて今は無い。
    正確に言うと美祢線経由だと、来た路線を通り片道乗車券の一筆書きに成らないのだが。ま、良いでしょう。

  • この入場券は<br /><br />何で買ったのだろうか?<br /><br />片道乗車券は下関まで買うと一筆書きで戻れない。片道乗車券は一駅手前の幡生で折り返し綾羅木に向かっている。それで、下関から1駅分買ったのだ。最初の旅行記で紹介した切符を見ると、確かに幡生で折り返している。<br />うん、苦労しているね。<br />

    この入場券は

    何で買ったのだろうか?

    片道乗車券は下関まで買うと一筆書きで戻れない。片道乗車券は一駅手前の幡生で折り返し綾羅木に向かっている。それで、下関から1駅分買ったのだ。最初の旅行記で紹介した切符を見ると、確かに幡生で折り返している。
    うん、苦労しているね。

  • 出雲大社へ  拝殿  <br /><br />日本海を見ながら出雲へ。京都へ行く途中に何処を見学しようかと思い、出雲大社、松江が頭に浮かんだ。出雲大社は神様の総本山、神話の国、縁結びの神様くらいしか知識が無かった。<br />どこやら、厳かなメロディも聴こえてきた。ピーヒャラと雅楽の演奏の中、結婚式が執り行われているみたいだ。神楽殿だと思われるが、雅楽の演奏もあまり聴いたことが無く、その厳かな式の模様に感動した。<br />

    出雲大社へ  拝殿 

    日本海を見ながら出雲へ。京都へ行く途中に何処を見学しようかと思い、出雲大社、松江が頭に浮かんだ。出雲大社は神様の総本山、神話の国、縁結びの神様くらいしか知識が無かった。
    どこやら、厳かなメロディも聴こえてきた。ピーヒャラと雅楽の演奏の中、結婚式が執り行われているみたいだ。神楽殿だと思われるが、雅楽の演奏もあまり聴いたことが無く、その厳かな式の模様に感動した。

    出雲大社宝物殿 美術館・博物館

  • 2007年8月訪問時<br /><br />この拝殿は、1959年に再建されたもので、1965年の訪問時にはまだ出来たばかりだった。

    2007年8月訪問時

    この拝殿は、1959年に再建されたもので、1965年の訪問時にはまだ出来たばかりだった。

  • 本殿<br /><br />本殿も立派だが中に入ることは出来ない。現在の本殿は延享元年(1744年)に作られた。高さは24メートルで、神社としては破格の大きさだが、かつての本殿は現在よりもはるかに高く、中古には48メートル、上古には96メートルあったと伝えられている。本当なら見てみたかったが。背景に八雲山(やくもやま)。<br />

    本殿

    本殿も立派だが中に入ることは出来ない。現在の本殿は延享元年(1744年)に作られた。高さは24メートルで、神社としては破格の大きさだが、かつての本殿は現在よりもはるかに高く、中古には48メートル、上古には96メートルあったと伝えられている。本当なら見てみたかったが。背景に八雲山(やくもやま)。

  • 本殿<br /><br />本殿は、「大社造り」と呼ばれる様式で、日本最古の神社建築の様式。<br />

    本殿

    本殿は、「大社造り」と呼ばれる様式で、日本最古の神社建築の様式。

  • 2007年訪問時の本殿<br /><br />やはり、中に入れないので遠くから見る。

    2007年訪問時の本殿

    やはり、中に入れないので遠くから見る。

  • 神馬は子宝のご利益<br /><br />鳥居の左側には青銅の神馬・神牛がある。この神馬には子宝のご利益があるといわれている。鼻の辺りを撫でながら祈願すると願いが叶うので、1667年に奉納されて以来200年以上も鼻を撫ぜられているので、神馬の鼻はピカピカに光っている。<br />縁結びに子宝とは商売が上手。<br />

    神馬は子宝のご利益

    鳥居の左側には青銅の神馬・神牛がある。この神馬には子宝のご利益があるといわれている。鼻の辺りを撫でながら祈願すると願いが叶うので、1667年に奉納されて以来200年以上も鼻を撫ぜられているので、神馬の鼻はピカピカに光っている。
    縁結びに子宝とは商売が上手。

  • 松江城                 <br /><br />出雲大社の後にまだ自然が残っていた松江城周辺を散策する。静かな佇まいが大いに気にいった。当時のアルバムには武蔵野を歩いているみたいだと記述。

    松江城                 

    出雲大社の後にまだ自然が残っていた松江城周辺を散策する。静かな佇まいが大いに気にいった。当時のアルバムには武蔵野を歩いているみたいだと記述。

    松江城 名所・史跡

  • この像は 岸清一像<br /><br />この像は、散々調べて近代スポーツの父、松江生まれの岸清一の像と分かる。東京オリンピックの年1964年(この旅行の前年)に県庁に復元されたものである。しかしながら、後ろに松江城が見えて、この写真は県庁には思えないのだが・・・。現在の写真を見ると後ろに県庁が見えるので移設した?。<br />

    この像は 岸清一像

    この像は、散々調べて近代スポーツの父、松江生まれの岸清一の像と分かる。東京オリンピックの年1964年(この旅行の前年)に県庁に復元されたものである。しかしながら、後ろに松江城が見えて、この写真は県庁には思えないのだが・・・。現在の写真を見ると後ろに県庁が見えるので移設した?。

    松江城山公園 花見

  • 京都へ<br /><br />今夜は宿が無いので、夜行で京都へ。往路は、奈良、大阪を通ったので、復路は京都だ。<br />残りも、後二日。元気である。<br /><br />この続きは<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10546603<br /><br />この旅行記は以下の旅行記の続きです。<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10545096/

    京都へ

    今夜は宿が無いので、夜行で京都へ。往路は、奈良、大阪を通ったので、復路は京都だ。
    残りも、後二日。元気である。

    この続きは
    http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10546603

    この旅行記は以下の旅行記の続きです。
    http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10545096/

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