2010/02/23 - 2010/02/23
325位(同エリア530件中)
WT信さん
ポンペイの西側は急激な斜面で、ポンペイの人達は、止むを得ず城郭の北西に門を置き、斜面に沿って北西に道を設けることにした。
その門がヘルクラネイム門で、中央が馬車道、両脇に人の為の潜り門が設けてある。
ヘルクラネイム門を抜けると左手に半円の石の台座とその奥に円形の壁の1部を載せた3本の円柱の見えてくるが、2つとも墓の部分。
この辺りの発掘は、我々がこの遺跡に入場した劇場地区と同じく最も初期の発掘地域で、ナポリの国立考古学博物館で見ることが出来る、「青いガラスの壺」もこの近くの右手の墓から発掘された。
この先も墓と云われればそうかなと思える墓地が連なる道の先が二股に分かれ、直進すればオプロンティスと云う軍港が有った港へ向かう。
我々は右手に分かれるスペリオル通りを秘儀荘に向かった。
満開の水仙畑を過ぎると、秘儀荘の長い回廊の屋根に敷かれた、まだ新しい蜜柑色の瓦屋根が見えてくる。
回廊のユニークなデザインが施された柱廊を通り、秘儀荘の中に入る。
運悪く陽が陰って仕舞い、保存のため屋根に瓦が張られていることもあって、壁で仕切られた部屋の内部はかなり薄暗い。
フレスコの壁画の休憩室、浴場と台所を覗き、地下連絡路の入り口が有る、列柱廊に囲まれた中庭の様な所を抜けて、木造の山羊の頭の大きな葡萄圧搾機が有るワイン鋳造所へ。
ギリシャの万能にして女性好きな神ゼウスとティーバイ王カドモスの娘セメレとの子ディオニュソスは葡萄の神でもあり、嫉妬したゼウスの正妻ヘラから逃れるため頭を幾つかの動物に変えた。
その主たる動物が山羊であったと云う。
秘儀荘は紀元前2世紀頃に建てられた貴族の屋敷であったが、主が代替わりしたらしく、ワイン鋳造所として残る場所も、当初はフレスコ画で飾られた部屋をつぶし、ワイン鋳造所に拡張してしまったらしい。
皮肉なことに79年の噴火が、当初の様子の破壊を阻止し、今に残った。
その最たる遺構が客間の壁に画がかれらている、若い女性のディオニュソス秘教の入信の一連の儀式を描いたフレスコ画で、この一連の壁画からこの屋敷は秘儀荘と名付けられた。
ディオニュソスはヘラからの逃亡先に下界の人間社会を彷徨ってもいるが、その際葡萄酒を振る舞い、エクスタシーな雰囲気をつくりだし、特に女性に人気となり、ディオニュソス秘教へと評判になって行ったらしい。
秘儀荘では、ワイン鋳造所もディオニュソスを意識して作ったと思われ、この客間の壁画は単に部屋を飾るだけでない、秘儀荘の主(あるじ)のディオニュソス秘教への並々ならぬ関心の度合いを感じさせ、薄暗さが一層神秘性を漂わせている。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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ポンペイ遺跡旅行マップ
http://www.geocities.jp/tshinyhp/sicilia-southitalia/sicimap/southitalynwmap/pompei/framepompei.html -
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墓地から発掘された「青いガラスの壺」
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山羊の頭の木製葡萄圧搾機(復原)
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アトリウムの水溜め
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客間の床
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写真をを元サイズに拡大してご覧下さい。
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客間の窓(窓を開けて内部に光を採り入れた)
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