2011/01/15 - 2011/01/15
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morino296さん
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神奈川県中郡大磯町は湘南発祥の地。
その昔は東海道の宿場町として賑わい、明治以降は著名人の邸宅や別荘が立ち並ぶ町として知られますが、地元に伝わる伝統行事を知る人は意外と少ないかも知れません。
大磯町では、毎年1月14日(現在は1月第3土曜日)に道祖神(セエノカミサン)の火祭り(左義長)がおこなわれます。
地元ではセエトバレエ(セエトバライ)、ドンドヤキ、ダンゴヤキなどと呼ばれ、南下町(坂下・浜之町・大泊・子の神)、北下町(中宿・浅間・大北)、長者町のそれぞれの町内ごとに祭りが執りおこなわれます。
左義長という名称は、明治後期に伊藤博文の側近によって使われ始めたそうですが、古くからの呼び名かどうかは疑問とされています。
昭和32年に「大磯の左義長」として神奈川県無形民俗文化財に指定されてから「左義長」の名が普及したようです。
(平成9年には国の重要無形民俗文化財に指定)
町内によっては、12月8日にイチバンムスコ(一番息子)と言う行事が行われます。
ゴロ石と呼ばれる真ん中がくびれた石に縄をつけ、子供たちが家々をまわり、「〇〇さんにいいお嫁さんがきますように、イチバーンムスコ」などと家人に頼まれた願いを唱えながら玄関先で地をつきます。これが正月行事の始まりだともいわれています。
また、この日、目一つ小僧と呼ばれる厄神が来るとも伝えています。
目一つ小僧が村人の行いを帳面に書いてまわっていたところ、夜が明けてしまい慌てて帳面をセエノカミサンに預け、1月15日に取りに来ることを告げて帰って行きました。
帳面を預かったセエノカミサンは困り果て、自分の家と共に帳面を燃やしてしまいました。
これがセエトバレエの始まりだといわれます。
1月14日(第3土曜日)の夜、海岸では「サイト」と呼ばれる藁の山が焚き上げられます。
(大磯町のHPを参照しています)
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大磯駅
三角屋根の駅舎で関東の駅百選に選ばれています。
明治20年(1887)開業の伝統ある駅です。
明治18年(1885)、日本最初の海水浴場が開設され、その後、保養・療養の目的で大磯に多くの著名人が長期滞在や別荘を建築するようになりました。
大磯には、8人もの宰相が別荘もしくは邸宅を構えました。
(伊藤博文・山県有朋・大隈重信・西園寺公望・寺内正毅・原敬・加藤高明・吉田茂) -
駅前の和菓子屋の店頭に貼られた左義長のポスター
お店では、左義長だんごも販売されています。 -
旧山口勝蔵別荘
昨年11月末までは、イタリアンレストランとして使われていましたが閉店しました。
日本最古のツーバイフォー工法によって建てられたものだそうです。 -
国道1号線(東海道)
駅前の観光案内所で案内図をもらい、海岸へ向かいます。
ここは、箱根駅伝で使われています。
茅ヶ崎まで9Km、江の島まで16Kmです。 -
北下町大北 道祖神社
海へ向かって歩いていると、何やらお囃子の音が聞こえたので横道にそれてみると、お祓いが行われていました。
ここは、第七番所の道祖神で、祭神は猿田彦命。 -
北下町大北 道祖神社
左義長の無事を祈るお祓いが終わり御神酒で乾杯です。
見物人(私を含め2、3人)にも御神酒が配られ、一緒に乾杯させていただきました。 -
第七番所 道祖神(塞神社)
「七所(ななとこ)参って八所(やあとこ)せ」
セエノカミサン(道祖神)参りの第七番所です。 -
ヤンナゴッコ
縄で編んだ神様の小さなお宮です。
この縄の編み方が出来る人も少なくなっているようです。
伺ったところ、ヤンナゴッコには、前の年の悪いことなどが詰められていて、これを左義長で燃やすのだそうです。
まず、下帯の若衆によって海の中へ運ばれて、海側と浜側で綱引きをした後、ヤンナゴッコは足でつぶされるそうです。
ソリと呼ばれる木の上に裸の男達が乗り込み、氏神様をお祀りしている神社のもとへ町内を巡りながら綱で引かれて帰るそうです。 -
ヤンナゴッコを乗せたソリを担いで海岸へ向かいます。
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ヤンナゴッコを乗せたソリは、町内を一周した後、
西湘バイパスの下を潜り、海岸へ運ばれます。 -
海岸のサイロの下へ、ヤンナゴッコを運びます。
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海岸には9つのサイロが並びます。
このサイロは、地域の皆さんが総出で、朝7時頃から作り上げます。
このサイロには、お正月飾りや古いお札、ダルマなどを藁で覆って作られています。
島崎藤村が晩年を大磯で過ごしたのは、左義長の壮大さが気に入った為とも言われているそうです。 -
祭りの準備
松の内(1月7日)が過ぎると子供たちは正月のお飾りを集めて歩き回り、青年たちはセエトの材料となる松や竹を調達します。
次いで、町内各所に大竹やオンベ竹を立て、町内境に道切りのシメを張るほか、セエノカミサンのお仮屋を作り子供たちが籠ります。
祭り当日、町内各所のおんべ竹やお仮屋などを片付け、集められたお飾りや縁起物を浜辺に運んで9つの大きな円錐型のサイトが作られます。 -
海岸線に並ぶサイロ
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長者町の道祖神
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長者町の道祖神とサイロ
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海岸のサイロ
左義長の点火は午後7時、まだまだ時間があります。 -
サイロ
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ダルマが沢山ぶら下げてあります。
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サイロ
飾りものが沢山付けられています。
弓矢は、今年の恵方(南南東だったでしょうか)を向けられています。
まだ点火までは5時間以上あるので、他を散策することにします。 -
大磯漁港
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大磯漁港の防波堤の先から見た北浜海岸に並ぶサイロ
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日本最初の海水浴場発祥地の碑と初代軍医総監松本順謝恩碑
大磯漁港の西側にあります。
明治18年(1885)、 松本順氏により大磯海水浴場開設。
松本氏は順天堂を開いた佐藤泰然氏の次子で、蘭医ポンペに師事した後、将軍家茂・慶喜の侍医となり、その後初代陸軍軍医総監に就任たそうです。 -
照ヶ崎海岸
この辺りが、日本最初の海水浴場だったようですが、
当時の海水浴は、潮流で身体に刺激を与え海辺の清涼な空気を吸うことだったそうです。
泳ぐというのではなく、岩の所々に差してある鉄棒につかまり、海水につかっているだけだったようです。 -
照ヶ崎海岸
ここからは富士山も眺められるのですが、残念ながら今日はこんな感じでした。
写真の右側に、富士山の裾野だけが少し見えますが、吹雪の中だったようです。
この海岸は、砂地ではなく石ころで、湘南石と呼ばれる黒光りした石ころが拾えます。 -
海岸から東海道へ移動します。
この辺りは、南組問屋場と呼ばれる大磯宿にとって重要な場所だったそうです。 -
東海道(国道1号線)に面したお菓子屋さん
店の中は覗きませんでしたが、ガイドマップには、島崎藤村や吉田茂に愛された店で、「西行饅頭」「虎子饅頭」が有名なようです。 -
新島襄終焉の地
同志社を創設した新島襄、天保14年(1843)江戸神田の安中藩邸内で生まれ、元治元年(1864)函館から脱国しアメリカに渡り、苦学10年キリスト教主義教育による人民教化の決意を抱き帰国し、明治8年(1875)京都に同志社英学校を設立。
その後、同志社大学設立のため東奔西走している中、病にかかり明治23年(1890)療養先のここ大磯の百足屋旅館で47歳の生涯を閉じたそうです。(解説より) -
新島襄終焉の地に咲いていた梅の花
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大磯町のマンホール
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湘南発祥地の碑
東海道の道端に立つ石碑 -
鴫立庵
門前を流れる川(写真の右から左へ流れる)は、すぐ右折し沢となり、沢の水は渚に近い砂地に吸い込まれて消え、この辺りの沢が鴫立沢で、海を控えた砂浜は「こよろぎの浜」と呼ばれます。 -
鴫立庵
鴫立沢は、西行法師を記念するために、後人が名付けたものだそうです。
鴫立庵は、寛文4年(1664)小田原の崇雪が草庵を結んだのが始まりで、元禄8年(1695)俳人の大淀三千風が入庵し、第1世庵主となりました。現在は京都の落柿舎、滋賀の無名庵とともに日本三大俳諧道場の一つと言われています。 -
鴫建庵 富士見の西行像
西行法師(平安末期〜鎌倉初期の歌人)、大磯の海岸辺りを吟遊したといわれます。
西行法師が、このあたりの海岸を吟遊して、
「こころなき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮」という名歌を残しています。 -
鴫立庵
手前から、鴫立庵室、俳諧道場が並びます。 -
鴫立庵 法虎堂と虎御前碑
曾我兄弟の仇討ちで有名な『曾我物語』のヒロインで曾我兄弟の兄・十郎祐成の恋人のお虎さん(虎御前)。
堂内には、有髪僧体の虎御前19歳の姿を写した本尊が安置されています。
十郎と五郎は、早くから父の仇を討とうと考えていたので妻を持つことを考えなかったが、五郎の勧めもあり妻を持つことになった十郎は自分が死んだ後のことを考え大磯の遊女であった虎を選んだといわれます。
俳句の季語に「虎が雨(とらがあめ)」という言葉があるが、旧暦の5月28日に降る雨に後世の人びとが虎女の悲しみを重ねたものである。兄弟が死んだ後、残された虎女は曽我の母のもとを訪ね兄弟を弔い出家をしたそうです。 -
鴫立庵 円位堂(西行堂)
正面の突きあたりには、三千風が建てた元禄そのままの建造物があり、堂内には等身大の西行法師の坐像が安置されています。
毎年3月末に行われる西行祭はこの堂の前で盛大に行われるそうです。 -
鴫立庵 俳諧道場の屋根と梅の木
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鴫立庵 俳諧道場横の梅の花
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鴫建庵 俳諧道場前の花一輪
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鴫立庵 西行笠懸けの松
西行法師が笠を掛けたのでしょうか? -
鴫立庵 五智如来
釈迦、阿弥陀、大日、薬師、宝勝の五仏が並びます。 -
鴫立庵に入り、右手の奥まったところに「鴫立沢」の標石があります。
裏には、祟雪「著盡 湘南 清絶地(ああ、しょうなんせいぜつち)」と刻まれていて、“清らかですがすがしく、このうえもない所、湘南とは何と素晴らしい所”という意味だそうです。
祟雪にとって、大磯の「鴫立沢」付近のこの景色は、中国 湘江の南方 一帯の ” 湘南 ” の美しい景色に似てなんとも美しい場所であったことから、「著盡湘南清絶地」と刻んだといわれています。
これが、「湘南」の発祥の地の所以です。 -
鴫立庵 茶室
まだ、14:40頃です。
点火までは、4時間以上あります。
この後は、道祖神巡りをします。 -
七所参り(ななとこまいり)
左義長の祭りの前の数日間、地元の人たちはセエノカミサンにお参りして歩きます。
特に七ヶ所に参ることを七所参りといいます。
最近は、七ヶ所から一つ増えて「七所参って八所 ( ヤアトコ ) せ」などとはやす事もあるそうです。
あげられた賽銭は子供たちの小遣いとなり最年長の子が分配するそうです。
また町内によって子供たちが歌い踊りながら家々を訪問して商売繁盛を願うオカリコという行事も行われるそうです。 -
第一番所 南下町坂下 道祖神
社祠の中には、お宮あり、御神体は御幣です。
民家の軒先にあります。 -
一番息子と目一つ小僧
町内によって12月8日に一番息子という行事が行われます。
石に縄をつけ、子供たちが家々を巡り、「○○さんにいいお嫁さんが来ますように、いちばーんむすこ」などと家人に頼まれた願いを唱えながら玄関先で石を地につきます。(これが正月行事の始まりといわれるそうです。)
また、この日は目一つ小僧という厄神が来て、村人の1年間の行いを帳面につけて回る日でもあるそうです。 -
第二番所 南下町浜之町 道祖神
双体道祖神 -
第二番所 南下町浜之町 道祖神
石碑の中には、馬頭観音、如意輪観音もあります。 -
この細い道(東海道と海岸道路の間)の両側に道祖神がありますが、注意しないと見過ごしてしまいます。
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第三番所 南下町大泊
道祖神は、熊野神社の境内(左側)にあります。 -
第三番所 南下町大泊
双体道祖神
(この日は、海岸に運ばれていました) -
第四番所 南下町子之神
ここもちょっと分かりにくい場所でした。 -
第四番所 南下町子之神
双体道祖神
(海岸へ移動していました) -
第五番所 南下町中宿
道祖神 -
第五番所 南下町中宿
道祖神 御神体は御幣 -
第六番所 北下町浅間町
浅間神社の境内にあります。 -
第六番所 北下町浅間町
道祖神 庚申塚 -
浅間神社の境内で
猿の腰掛でしょうか? -
日枝神社
第七番所 北下町大北は、最初にお祓いをやっていた所です。 -
第九番所 山王町 日枝神社境内
青面金剛(庚申)
「七所参り八所せ」には入っていないようですが第九番所と書かれていました。 -
第八番所 長者町
双体道祖神
(こちらも海岸に移動していました)
長者町は明治23年の大火を契機に南下町からの移転によってできた町で、同じようにセエトバレエが始められたそうです。 -
長者町の町内会の集会所
左義長ダンゴを付けた長い竹を持った人が集まって来ました。
ここでは、通行人やボランティアガイドさんが案内してきた人にお酒を振舞ってくれます。私もご馳走になりました。
まだ、左義長の点火までは3時間ほどあります。
気温が下がって来ましたので、皆さん熱燗で体を温めていました。 -
16:50頃の海岸(点火までは、まだ2時間以上あります)
19時に9つのサイトに火が入れられます。
セエノカミサンの宮元や宮世話人が、その年の恵方に火をつけます。
この火で団子を焼いて食べると風邪をひかない、
燃やした書き初めが高く舞い上がると腕が上がる、
松の燃えさしを持ち帰って屋根に載せておくと火災除けのまじないになる
ともいうそうです。 -
そして、セエトの火が燃え盛る頃、若い衆が裸になってソリに載せたセエノカミサンの仮宮を壊して海に引き入れ、さらに浜方と陸(おか)方に分かれて綱を引き合う、ヤンナゴッコという珍しい行事も行われます。
織田信長が好んだといわれる滋賀県近江八幡で行われている左義長とは少し違いますが、大磯町に伝承される火祭りも大事に続けて欲しいものです。 -
南下町大泊の双体道祖神
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第四番所 南下町子之神
双体道祖神 -
この時間になると、気温も下がり寒いです。
まだ、2時間も待つ気力がなくなり、サイロの燃え上がるところを見るのは諦めて帰りました。
皆さん、ダンゴはうまく焼けたかな?
次回は、点火の時間に合わせて来るようにしたいです。
おしまい
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この旅行記へのコメント (6)
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- nomo1215さん 2011/01/24 17:58:10
- この時期の風物詩・・。
- morino296さん
こんにちは・・。
寒い日が続いていますがお変わりありませんか??
新しい年になってどこでもいろいろな行事がありますね。
私も今の場所に家を構えてから、田んぼで同じような子供の行事があり ます。(同じ県なのに、私の育っ場所ではありませんでした。)
『どんど焼き』と呼んでいます。
子供を育てている頃は、その時期になると夫婦そろって
お手伝いをしたことを懐かしく思い出しました。
寒い朝早くから手伝い、暗くなって赤々と火が燃えだす頃には
すっかり疲れ切っていた事・・。
子供達は準備していたお餅やら・豚汁をほおばって・・・。
準備が大変で私は早く卒業したい子供の行事でした。
・・若かったから出来た・・。と今はっきり言えます。
今同じことをしたら1週間は寝込みそうです・・。
・・今年も素敵は旅行記楽しみに拝見させていただきますね。
nomo1215
- morino296さん からの返信 2011/01/24 23:09:53
- RE: この時期の風物詩・・。
- nomo1215さん
こんばんは。
いつも有難うございます。
一年で一番寒い時期とはいえ、本当に寒いですね。
地球が温暖化しているとは思えないような寒さですね。
各地に残る伝統行事を守り続けるのは大変なご苦労だと思いますね。
お世話をされる方々のご苦労を子供たちは知らずにいることも多いでしょうが、
大人になって故郷の思い出として残るのではないでしょうか。
そして、その人たちが次の世代へ引き継いでくれることを願いたいですね。
大磯でも、裸で海に入る若者が少なくなっているようで、昔の若人が頑張って続けているようです。
おだんごの売れ行きは好調で、発売前から行列が出来ていたようです。
子供だけでなく、大人も楽しんでいるようですね。
引き続き、お付き合いのほど宜しくお願いします。
morino296
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- waterlilyさん 2011/01/17 14:05:28
- 著盡 湘南 清絶地
- morino296さん、こんにちは♪
大磯に伝わる行事の由来のお話、面白いですね〜。
大磯が湘南発祥の地だったのですか。
8人もの宰相が家や別荘を構えたとのこと、今大寒波で雪のニュースを見聞きします度、南関東地方が雪が少なく、気温が低い季節でも陽が当たれば暖かくさえあるというこの地方の恵まれた気候を思いますと、別荘地として開かれていった所以に納得する昨今です。
>当時の海水浴は、潮流で身体に刺激を与え海辺の清涼な空気を吸うことだったそうです。
泳ぐというのではなく、岩の所々に差してある鉄棒につかまり、海水につかっているだけだったようです。
なるほど、そうだったのですね。勉強になりました!
泳がなくても海辺の清涼な空気を吸うだけで健康に良いのですね。
鴫立庵に咲いた梅の花のお写真にこの記録的な寒さの冬も、もう春が近づいて来ているのだと嬉しいです♪
近くでいながら、なかなか行く機会のない大磯のあれこれをじっくり紹介して頂き、とても勉強になりました。
ありがとうございます!
PS:そうそう、昨秋の鎌倉の流鏑馬の貴重な当たり的を、ご主人様が流鏑馬をなさっている方から戴きました。
何にでもご利益があるとのことで、珍しいので昔の旅行記の最後に追加して載せようかと思っております。
当たり的がこうしてお守りとなるということを初めて知りました。
- morino296さん からの返信 2011/01/17 23:16:59
- RE: 著盡 湘南 清絶地
- waterlilyさん
こんばんは!
いつも有難うございます。
大磯、なかなか行く機会がなくて、久々に行ってきました。
少し前に吉田茂邸が不審火で焼失してしまいましたが、
それ以外にも、お屋敷がなくなっているようです。
大磯の左義長は、初めてでしたが、調べて見ると興味深いですね。
駅前の観光案内所でガイドマップ「歴史と味の散策路」をいただきましたが、結構いろいろ楽しめそうですよ。
> PS:そうそう、昨秋の鎌倉の流鏑馬の貴重な当たり的を、ご主人様が流鏑馬をなさっている方から戴きました。
> 何にでもご利益があるとのことで、珍しいので昔の旅行記の最後に追加して載せようかと思っております。
> 当たり的がこうしてお守りとなるということを初めて知りました。
それは良かったですね。
私も、逗子海岸の流鏑馬で当たり的を頂いてきましたよ。
寒さが厳しいですが、お大事にしてください。
morino296
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- bettyさん 2011/01/16 23:53:12
- 梅の花、咲いているのですね♪
- morino296さん、こんばんは〜
きょうの大阪はとても寒かったので何処へも出かけていません。
きょうは運動不足なので眠くもなく、こんな時間なのに起きています^^;
うちの小さな庭の小さな梅の木のつぼみはまだ固くて、中々咲きそうに
ありません。
なのに296さんはもう咲いている梅の花の写真を撮られていたので
驚きました。
きょうは寒かったですが、ちょっと春を感じました♪
betty
- morino296さん からの返信 2011/01/17 07:10:22
- RE: 梅の花、咲いているのですね♪
- bettyさん
おはようございます。
いつも有難うございます。
寒い日が続きますね。
センター試験の日は、よく雪が降る気がしますが、受験生は大変ですね。
この日は、梅を観に出掛けた訳ではないのですが、ラッキーでした。
梅の花も、早咲き、中咲き、遅咲きとあるようですよ。
熱海では、早咲きの梅だけでなく、熱海桜も咲き始めているようです。
春が待ち遠しいですね。
morino296
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